第四章 アリアドネの暗号(8)

 朝、展示教室に着いて早々、遥は里絵奈と美咲に囲まれた。

「遥! 悪いんだけど、スタンプラリーの合言葉の担当やってもらえる?」

「服飾サークルの人、来れなくなっちゃったんだって」

「え、そうなの?」

 大学祭の二日目、土曜日。晴れていて気温もちょうど良く、絶好の日和だった。

 前日の金曜は、模擬店もなく展示もかなりの割合で設営作業中で、仮装パレードだけが主な人出だった。

 都歩研は、D号館五階の三十人くらいが入れる小講義室を借りている。展示用のパネルも借り、印刷したレポートを貼った。それほど凝った展示ではないため、準備は金曜の午前中で終わっていた。

 今日は、正門前の広場に設置されたステージでは軽音楽部やダンス部の発表が行われ、各門を結ぶ広い道に模擬店が並ぶ。講堂は有料のチケット制でお笑いライブが予定されている。外でロボットを動かしている研究室や、実験の協力を呼びかける研究室もある。学外からの客も、昨日とは比べものにならない。

 展示サークル共同企画のスタンプラリーは、土曜だけを予定していた。くじ引きでもらえる景品の一等が、日曜に講堂で行われるライブのペアチケットだからだ。

 スタンプラリーは、まず主要な門の前で展示マップ兼スタンプ台紙を配る。客は展示教室を回ってスタンプを全部集めて、スタンプラリーの本部に持って行くと、駄菓子をもらえる――ここまでが第一段階だ。マップやスタンプは美術・イラスト系のサークルが担当した。

 スタンプを集めると、駄菓子の他にヒントカードももらえる。それをもとに人を探して、合言葉を言うとシールがもらえる。シールを集めてもう一度本部に行くと、くじ引きができる――これが第二段階だ。

 くじの景品が豪華になったため、くじ引きまでにもう一試練与えよう、となったらしい。

 合言葉担当は、第二段階の重要な役割だ。

「私以外誰もいないの? 服飾サークルに手空いてる人は?」

「もともと人数多くないのに、皆、学科の模擬店の当番があるんだって」

「しかも、食べ物の模擬店ばっかり」

「あー、そっか。着物だもんね」

 合言葉担当を探すヒントが「袴」なのだ。食べ物や煙の匂いがつくのはまずいだろう。

「ていうかね、遥をご指名だから」

「諦めて」

 満面の笑みの美咲と苦笑する里絵奈が、遥の後ろに視線を送る。恐る恐る振り返ると、アイドル研の牧瀬姉妹だった。

「私たち、兼部してるの」

「よろしくねー」

 美以子みいこ詩以子しいこに両方から挟まれ、遥は抵抗する隙もなかった。

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