第四章 アリアドネの暗号(5)

「えーっ! うそぉ! なんで!」

 史郎と付き合うことになったと話すと、美咲は大声を上げた。歓喜ではなく非難だ。

 放課後、二年から大学祭の展示の説明を聞き、改めて担当やスケジュールを決めたあと、遥と里絵奈と美咲は大学近くのカフェに場所を移していた。

「大学祭で、今度こそ、私がくっつけようって決めてたのにー!」

「見守ってって言ったじゃん」

「そうだけど! そうだけどー」

 むーっと声に出してへの字口を作る美咲。遥は隣に座る彼女の顔を覗き込んだ。

「お祝いしてくれないの?」

「するよ! もちろん」

 美咲はぱっと顔を輝かせると、「おめでとうー!」と遥の手を握った。

「私も。おめでとう」

「ありがとう!」

 向かいの里絵奈からの祝福も受け、遥は照れ笑いする。赤くなっているだろう頬に両手をあてて冷ます。

 お祝いと称してケーキを追加注文して、キャンプの写真を見たり、大学祭の話をしたりして、解散した。


 普段使っている榎並えなみ駅より隣の小鳥山ことりやま駅の方が近いからと逆方向に向かった遥と別れて、里絵奈は美咲と二人で歩いていた。

「私がくっつけたかったのになぁ」

 美咲は何度も繰り返していた。

「美咲は遥のこと好きだと思ってたんだけど?」

 里絵奈が尋ねると、美咲はきっと睨んだ。

「あんたは察し良くて嫌いだわ」

「そう?」

 里絵奈は笑う。

「私はあんたのこと嫌いじゃないけどね」

「へー」

 里絵奈が少し黙ると、美咲は話し出す。

「別に付き合いたいとかそういうんじゃないんだけどさ。恋愛感情なのか友情の濃いやつなのか、微妙。自分でもわかんない!」

 振り切るようにきっぱりと言って、美咲は続ける。

「でも、あんなはっきりしない編み物メガネに取られるのは納得いかないんだよね」

「編み物メガネ」

 里絵奈が吹き出すと、美咲は「でしょ?」と笑う。

「でも遥はあいつのこと好きだし、あいつも遥のこと好きだし。くっつくのは時間の問題、みたいな? だったら、自分でくっつけたら納得できるかと思ったんだよねぇー」

 美咲は両手を組んで前に伸ばして、「あーあ」とため息をついた。

「結局、それもわかんないな。どうあっても納得できなかったかも」

 里絵奈は少し不安になり、美咲の腕を掴む。

「美咲、邪魔はしないで」

「しないってば! するわけないじゃん。遥が幸せならそれが一番なんだから」

 里絵奈を振り返って、美咲は否定する。

「だけど、あいつが遥を泣かせたりしたら、徹底的に邪魔する」

「それはね」

 二人でうなずきあう。それから、美咲はふと真顔になり、里絵奈を見つめた。

「あんたも幸せになる権利あると思う」

 里絵奈は一瞬目を瞠って、それから笑った。

「わかってる」

 皮肉げに見えたのかもしれない。美咲は逆に里絵奈の腕を掴んだ。

「ほんとだからね!」

「うん。大丈夫。本当にわかってる」

 里絵奈は美咲の腕をはずして、促して歩き出す。立ち止まっていた二人を、横のアパートから出てきた住人らしき男性がすれ違いざまに訝しそうに見ていた。

「別に今だって不幸じゃない」

 里絵奈は「私は幸せだと思う」と強く声にした。

「ならいいけど」

 美咲は半信半疑なのか、まだ何か言いたそうにしていた。

「それに、恋愛だけが幸せじゃない」

「まぁ、それはそうだけどー」

「あんたは恋愛至上主義だから」

「っていうほど、経験ないけどさ」

 美咲はにやりと笑って、里絵奈を振り返った。

「そうだ、大学祭でさ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る