第四章 アリアドネの暗号(4)
大教室が入っている建物のため、やってくる学生が多い。遥と史郎は入り口から少し避けた。
「瑠依さんの部屋を貸してもらう話なんだけど」
「ああ、うん」
「こないだ母に話したの。ちょっと考えさせてって言われたんだけど、大丈夫?」
「うちの方は平気。碓井さんの方はわからないけれど……」
「そうだよね……。紗那さんに確認してみるね」
遥が借りなかった場合、紗那が借りてもいいか交渉するのだ。
「結局、どんな事情なの?」
史郎に聞かれたけれど、遥が話していいことではないだろう。実家に居づらくなった、とは紗那自身が話していた。
遥が言いよどむと、史郎は、
「家具付きを探してるんだから、急いで実家から出たいんじゃないの?」
「うーん、急いではないと思う……たぶん」
「じゃあなんで、横から割り込むような真似を? そんな感じの人じゃないよね」
「うん、もちろん」
遥は少し考えて、
「えっと、たぶんね……私と同じで、何かきっかけがないと親に言い出しにくいんだと思う」
「ああ……なるほど」
「あと、さっきの。紗那さんが割り込んだわけじゃないよ。私が借りるか借りないかはっきりしなかったから……。史郎君に聞いてほしいって頼まれて、了承したのは私だからね。紗那さんは悪くないから」
遥が繰り返すと、史郎は、
「わかってる。だから、俺はあのとき遥ちゃんに怒ったんだよ」
「うん。……そうだ。改めて、ごめんなさい」
「俺も。悪い。言い過ぎたかも」
「全然、そんなことないよ」
あのとき。そう言われて、キャンプの夜が思い浮かぶ。
もう一つ、史郎に話があるのだ。
「あのね……あのとき、特別だって言ってくれたでしょ?」
「あ、ああ……うん」
「それで」
私たちってもう付き合ってるの?
付き合おうっか?
――どっちが適切なのか、遥は迷う。
一瞬言葉を切った遥に、史郎は視線を逸らした。
「もう嫌になった?」
「え? 何言ってんの? 違う。全然違うよ!」
「じゃあ何?」
「うん、だから……」
遥は再び言葉を切る。目の前の史郎は遥を見ていない。それが不安でもあり、不満でもあった。
遥は史郎に一歩近づいて、手を取った。彼は反射的に顔をこちらに向ける。遥は史郎の目を見て、
「私たちって付き合うってことでいいんだよね?」
「……ああ、そう、だと思う……。遥ちゃんがいいなら」
「そっか。良かった」
遥はほっとして笑う。握手をして「よろしくお願いします」と言うと、史郎はうなずきながら「こちらこそ」と聞き取りにくい声で返した。そしてすぐさま手を離すと、回れ右をした。
「授業始まるから」
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