第三章 湖畔のコードネーム(7)
それぞれのコテージに引き上げたのは、九時を少し過ぎたくらいだった。
普段の生活を考えたら眠るなんてとんでもない。
「先輩たち、トランプやりません?」
マットレスを敷いた上に座り込み、里絵奈がロフトの二年に声をかける。「やるー」と返事をして降りてきた優莉は、遥たちが見たことがないゲームの箱をいくつも抱えていた。
「いろいろ持ってきたから、順番にね」
楽しそうに箱を並べる優莉に、紗那が苦笑する。
「優莉はアナログゲーム好きなんだよ」
外国のゲームで、日本語のものは一つもない。すごろくのようなボードを広げながら、優莉は「最初はわかんないかもしれないけど、教えるから、大丈夫」と請け負った。
優莉の案内で、サイコロを振ったり駒を進めたりしながら一戦終えたあとの二戦目。説明が不要になった分、話が次第に脱線していった。
「遥、和田君と何か進展あったんでしょ?」
ピンポイントで突いてくるのはいつも里絵奈だ。
「ほら、私のおかげでしょう!」
紗那に怒られたことが頭から抜けているのか、美咲は胸を張る。
「美咲じゃないって。もっと、朝からだよ」
里絵奈は遥の手首を指差す。
「それ、和田君からもらったんでしょ?」
「私もそれ思ってた!」
「ううん、違う。これは姉の友だちの編み物作家さんの作品」
回ってきたサイコロを振って駒を動かしてから、遥は話し出す。
「先々週? その作家さんの手伝いで、ハンドメイドのイベントに行ったのね。そのとき、史郎君と、えっと……ちょっと仲良くなった」
「仲良くって、そこ詳しく」
美咲が身を乗り出す。
「手を繋いだくらいだけど」
「何それ。全然変わんないじゃん」
大げさに天を仰ぐ美咲の横で里絵奈もうなずいている。イベントのある目に駒が止まった優莉が、再度サイコロを振りながら、
「そもそも付き合ってないのに二人で遊びに行く?」
「友だちならアリですかね」
そう答える里絵奈に、優莉は「男女の友だちっていうのが理解しがたいわー」と嘆息する。
「遥、和田君と家族ぐるみで仲良いんですよ」
「和田君の従姉の披露宴に招待されたり」
「えー、そんななの? いやもう耳にタコだと思うけど、あえて言いたい。なんで付き合ってないの?」
遥は何て答えたらいいかわからない。
なぜ付き合っていないのか。
――史郎に待ってくれと言われたから、だ。
「それで、進展って手繋いだだけなの?」
答えに詰まった遥をフォローしてくれたのか、紗那が話を戻す。あまり助け舟にはなっていないけれど、こちらはまだ答えようがあった。
「そのこないだ結婚した従姉が住んでる部屋に引っ越してこないかって言われました」
「え、同棲?」
「違います違います。史郎君のうちマンションのオーナーで、彼の家が二階で、上階が賃貸なんです。そこに従姉が住んでるんですけど、今使ってる家具は新居に持って行かないから、そのまま住まないかって」
遥は一息で説明した。
里絵奈と美咲が、ため息を吐く。
「和田君は、なんていうか、ちょっと飛び越えてるよね」
「その前に何かあるでしょーって!」
「や、あのね。いちおう、待ってって言われた」
史郎の肩を持つつもりでぽろっと零すと、二人はばっと勢いよく遥を振り返る。
「えーますますダメでしょ」
「なんで待たせる? 何を待たせることがあるわけ?」
「さあ?」
「ていうかさ、大人しく待つ必要あるの? 遥から言っちゃえばいいんじゃない?」
里絵奈に言われて、遥は目を見開く。
「そうだよね……」
待つ必要はないのだ。
それなのに、遥は史郎を待とうとしていた。お互い気持ちは透けて見えているようなものだけれど、決定的なことはなくて、だから自分から行動を起こすのは、やっぱり少し不安なのかもしれなかった。
「ちょっと考えてみる」
遥がそう言うと、里絵奈は苦笑した。
「あんたも、ちょっと待ってなんだ?」
「だね。あはは、うん。お互い様かな」
それから遥は美咲に、
「だから、美咲ももうちょっと見守ってて」
「あーはいはい。わかってるって」
そこで、ゲームが止まっていることに気づいた。優莉と紗那が無言でこちらを見ていた。
「すみません、順番誰でしたっけ?」
笑顔を向けると、二人は顔を見合わせてから、紗那が遥の手を取った。
「和田君の従姉の部屋、私が借りれないかな?」
「え?」
「遥ちゃんが引っ越すことに決めたんだったらごめんね」
「いえ、まだ保留にしてもらってて」
「本当? だったら、私が借りてもいい?」
「それは、史郎君に聞いてみないと……」
「そうだよね」
すっと引いた紗那の肩を優莉が軽く叩く。
「紗那、ちゃんと説明した方がいいよ」
「うん……」
小さくうなずいた紗那は、少しためらいつつ口を開いた。
「私、実家から通ってるんだけど、ちょっと家に居づらくて……。おととし、母が再婚して義理の弟ができたの。二つ下、今は高三で」
「わぁ、一つ屋根の下ロマンスみたいな?」
美咲が歓声を上げると、紗那はキッと睨んだ。
「勝手なこと言わないで! そういうの嫌なの」
「すみません……ほんと、私、黙ります」
「あ……。違うの、ごめんね」
頭を下げる美咲に、紗那は視線を揺らした。そして、ふいっと立ち上がると「ちょっと頭冷やしてくる」と出て行ってしまった。
呆気にとられる遥に、優莉が紗那の上着を差し出した。
「悪いけど、追いかけて直接聞いてあげてくれる?」
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