第三章 湖畔のコードネーム(6)

 あまり遅い時間にならないようにバーベキューを片づけて、花火をすることになった。

 オーナーは夏の繁忙期は管理棟に泊まりこむそうで、娘の木乃香このかも毎年花火に誘っているらしい。去年のことは覚えていなかったけれど、今朝の約束は覚えていたらしい木乃香は、こちらが食事の片づけを始めるのを見計らってコテージにやってきた。

 木乃香はデッキから直接下りた紗那に駆け寄る。

「木乃香ちゃん、花火しようねー」

「うん!」

 木乃香に構う紗那と美咲を遠巻きに見ていると、史郎が隣に立った。

「子ども苦手?」

「苦手っていうか……あんまり年下の子の相手ってしたことないんだよね」

 根本的に遥は『妹』なのだ。滅多に会わない従兄も年上だ。

「史郎君は苦手そうだね」

 遥が笑うと、史郎は難しい顔をした。

「話が通じればわかり合えると思う」

 ほどなく木乃香を追いかけてやってきたオーナーが、差し入れと言って手持ち花火のセットをくれた。

「子ども向けので悪いね」

 名所を散歩するサークルとは言っても、スポーツではなく散歩という辺り、どちらかと言えばインドア向きのメンバーが多い。元々、派手な花火なんて用意してきていなかった。

「今日はお客さん少ないから特別にね」

 オーナーはキャンプ場の真ん中にたき火を焚いてくれた。細い薪を数本組んだごく小さなキャンプファイヤーだ。

 キャンプ場のバイトの青年が声をかけて、テントを張っていたグループも集まってきて、差し入れの花火を楽しんでいた。

 手持ち花火なんて、いつ以来だろう。

 姉が大学に入る前の夏休みに自宅の庭でやったのが最後かもしれない。

 一人でやろうなんて考えたこともなかった。

 南が亡くなってから、母や父の実家に帰省する以外では家族旅行もしていない。外食も減った。かつて南が一緒にいた思い出は、容赦なく南の不在を突き付けてきた。それに、姉をのけ者にしているようで全く楽しめなくなった。

 今は少し意識が変わった。「お姉ちゃんもいたら良かったね」と、空になった姉の席を認めながら、新しい家族の形を作れたらと思っている。

 そこまで考えて、遥はふと思った。

 毎年ここにキャンプに来ているなら、隼人は南と一緒にここに来た思い出があるのではないだろうか。

 視線を巡らせて隼人を探す。彼は、たき火を囲む皆から少し離れたところに立っていた。ときおり横に視線を向ける隼人は、誰かと何か話をしているように見える。風に吹かれた花火の煙が、人の影に見えるせいかもしれない。

 目を凝らしていると隼人が遥に気づいて、こちらに手を振った。普通に穏やかな笑顔だったから、遥はほっとして手を振り返す。

 隼人は、南と出会ったサークルに参加し続けているし、キャンプも平気そうだし、まだまだ大学に残るようだし、南との思い出の場所に一人で立つことが寂しくないんだろう。受け止め方は人それぞれで、隼人と遥では立場も違う。彼が辛くないなら構わない。

「はい、遥ちゃんの分」

 優莉に渡されたのは線香花火だった。

「〆の線香花火」

 火をつけてから、そっとあとずさってしゃがむ。皆が静かに手元を見つめているのが少しおかしかった。

「あ、落ちちゃった」

 遥は線香花火が得意ではない。パチパチ花開く前に落ちてしまった。

「木乃香も。もう一回やる」

「じゃあこれあげるよ」

 隣にいた木乃香に残りの花火を渡すと、彼女は「うん」とうなずいた。

「木乃香、ありがとうだろう」

 オーナーが後ろから注意すると、今度は「ありがとう」とお辞儀をした。遥も「どういたしまして」と返す。

「マドレーヌ、持っててあげようか」

 遥は、パンダの編みぐるみをひきずるように持っている木乃香に手を差し出す。

「これ、ママが作ってくれたの」

「うん……?」

 微妙にずれた答えに遥が首を傾げると、美咲が横からフォローしてくれた。

「大事なものなんだねー」

「うん」

「じゃあ、気を付けて持ってないとね」

「うん」

 木乃香は紗那を付き添いにして、線香花火に再挑戦していた。

「そういえば奥さんは……?」

 優莉が立ち上がって、オーナーに尋ねた。きっと去年は花火のときにいたのだろう。

「今ね、ちょっと入院してるんだ」

「え? えっと……」

「違う違う。病気じゃなくて」

 言葉を詰まらせた優莉にオーナーは慌てて首を振った。

「妊娠してるんだけど、予定日より早く生まれそうになっちゃって、病院で安静にしているところ」

「そうなんですね」

「あ、おめでとうございます」

「おめでとうございます」

 遥たちが口々に祝いを述べると、オーナーは「ありがとう」と快活に笑った。それから、木乃香に視線を向ける。

「初めて母親がいないから不安なんだろうね。こうやって遊んでくれて助かったよ」

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