第三章 湖畔のコードネーム(4)

 最初に合流したのは隼人だった。

「二人だけですか?」

「はい。皆飲み物買いに行ってて」

「そうですか」

 隼人は遥に微笑んでから、「不甲斐ないですね」と史郎に目を向けた。

 美咲の意図はキャンプ参加者全員に伝わっているのだと思う。そもそも、何かといえば「付き合ってないの?」や「付き合わないの?」と言われていた二人なのだ。皆が気にしているのは遥も感じていた。

 隼人は前から史郎に対して当たりが強い。美咲は三角関係と言って勝手に盛り上がっているけれど、たぶん違うと遥は思う。隼人は遥が南の妹だから、必要以上に過保護なのだ。姉に成り代わって守らなくてはと思っているのか、遥に姉を投影しているのかはわからないけれど。

 史郎は「すいません」と頭を下げる。史郎が謝るなら遥だってそうだ。でも隼人は聞いてくれないだろうし、史郎も聞かないだろう。何にしてもこの話題は気まずい。

 遥は慌てて話題を探した。

「あの! 隼人先輩は、就職活動は?」

「大学院に行くことにしたんですよ」

 遥に振り返った隼人はにこやかに答える。

 彼は留年を繰り返して大学在籍六年目だ。思わず「まだ大学残るんですか?」と声を上げてしまう。

「もう少し一緒に過ごしたらわかるかと思ったんです」

 隼人は遥の背後をちらりと見た。誰と一緒になのか――まさか自分じゃないと思いたい――、何がわかるのか、疑問符が並ぶけれど、それを口にする前に後ろから飛びつくように美咲が現れた。

「遥、お待たせ!」

 ペットボトルを首すじに当てられ、遥は小さく悲鳴を上げた。振り返ると、里絵奈も湊もいる。

「ちょっと寄り道しすぎた、ごめんごめん」

 逆方向から、唐揚げ串を片手に翔平と雄貴と浩一郎が現れて一気に人が増える。二人三人が急に九人になって、さすがに迷惑だろう。

「並び直しましょうか」

 隼人が言って、皆で最後尾に移動した。

「ちょっと美咲!」

 列に並ぼうとする美咲を引っ張って、遥は少し離れたところまで来る。

「史郎君と二人きりにしてくれてるんだと思うけど、大丈夫だから」

「ていうけどさ、全然進展しないんだもん」

「そんなことないし」

 遥が小さく抗議すると、美咲は目を輝かせる。

「え、嘘。なんかあったの?」

「ない! ないって!」

 ぶんぶんと首を振って否定する遥の後ろから、「どうしたの?」と声がかかる。二年女子組、紗那と優莉だった。

「遅かったですねー」

「お手洗い、すごい混んでたよ」

「めっちゃ並ぶ」

「そうなんですか」

「今、皆、その列の後ろ辺りにいると思います」

 二人がやってきたことで、遥は話を切り上げることにした。二年のあとを歩きながら、美咲に小声で、

「とにかく大丈夫だから、普通にしてて」

「はーい」

 わかってくれたのかいまいち不安な間延びした返事の美咲に、紗那が突然振り返った。

「美咲ちゃん、遥ちゃんと和田君をくっつけようとしてるの? そういう余計なこと外野がやらない方がいいと思う」

「え?」

 美咲だけでなく、遥も面食らう。

「遥ちゃんも迷惑なら迷惑って言った方がいいよ。皆おもしろがってるんだから」

「あ、はい。今その話してて……」

「私ももうやめますので……」

 美咲は両手を軽く上げる。

「すみません」

「紗那」

 優莉が紗那の腕を引いた。紗那ははっとした顔で「ごめんね」と手を振った。

「違うの。少し気になっただけで。遥ちゃんが嫌な思いしてるんじゃないかなって」

「いえ、大丈夫です。ちょっと困ってたくらいなので」

 遥が首を振ると、紗那はほっと息を吐いた。

「それならいいんだけど」

「あの、ありがとうございます」

「ううん、ごめんね、おせっかい」

「いえ、全然」

 いつまでも謝り続けそうな二人を見て、「先に行くね」と優莉が紗那を引っ張って行った。

 取り残された形の美咲と遥は顔を見合わせる。

「そんなに嫌だった?」

「さっきも言ったけど、嫌っていうより困ってた感じ?」

「そ? ごめん。もうしないから」

 遥は落ち込んだ様子の美咲の背中を押して歩き出す。

「紗那さんに怒られると思わなかった……」

「だよね、びっくりした」

 列に並ぶ皆に合流した紗那は、いつも通りの穏やかな笑顔を浮かべていた。

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