第三章 湖畔のコードネーム(2)
二両編成の電車から降りると、気温が違った。
「わ、涼しい!」
「ほんとだ!」
「夏じゃないみたいですねー」
遥は、直前に降りた二年の
九月の第二木曜日。小中高校はとっくに二学期が始まっているけれど、大学はまだ夏休みだった。新山大学の後期は九月二十日からだ。この時期なら混んでいないだろうということで、遥が所属しているサークル「都内散歩研究会」――通称「
キャンプと言っても、コテージを借りるため、テントを張ったりする本格的なものではなかった。バーベキューの肉や野菜も人数分注文してあって、切った状態で提供してもらえるそうだ。しかも、駅まで送迎もしてくれる。――ここまでいたれりつくせりだと、キャンプと言っていいのかわからなくなるけれど。
「あ、そうだ。富士山」
電車の窓から見えてはいたけれど、遥は振り仰いで、改めて驚いた。
景色いっぱいに、富士山がある。『見える』レベルでしか接したことがなかったため、『ある』としか言いようがない存在感に圧倒される。
「やばい、富士山でかすぎる」
「晴れて良かったよね」
「だよね」
台風の心配もあったけれど、どうにか回避しての快晴だ。日焼け止めもバッチリで、帽子もUVカットの上着も装備している。
他に一年で参加しているのは、
「皆、揃ってるかー?」
三年で会長の
「返事が足りないみたいだが。まあいいだろう。今日から一泊二日で――」
と話しかけた雄貴を無視して、二年で幹事の
「挨拶はまた夜にしましょう」
最年長で六年の
以上、十一人が今回の参加者だった。
キャンプ場は、富士五湖の一つ
遥たちが降りたのは、可和口湖駅の一つ手前。絶叫マシンがたくさんあることで有名な遊園地に併設されたマウンテンランド駅だった。キャンプ場に行く前に遊園地で過ごす予定で、始発で出てきたのだ。
「おはようございます」
「よろしくお願いしまーす」
駅のロータリーに駐車されたマイクロバスには『志村キャンプ場』とある。口々に挨拶する都歩研メンバーを、日に焼けた顔で気さくに迎えてくれたのはキャンプ場のオーナーだった。
朝、荷物を預けてキャンプ場まで運んでもらって、夕方にもう一度迎えに来てもらうことになっていた。
「荷物の運搬までお願いしてすみません」
「いいよいいよ。毎年使ってもらってるからね」
「ありがとうございます」
「適当に中に入れてね」
浩一郎が冷蔵庫に入れて置いてほしい飲み物などをオーナーに直接渡している横で、他のメンバーは自分の荷物をバスに入れていった。湊と史郎がバケツリレーの要領で、中に入れてくれるため、すぐにやることがなくなった遥は、ぐるりと辺りを見回した。
「あれ?」
「どしたの?」
声を上げた遥に近くにいた美咲が聞く。
「女の子」
浩一郎と話すオーナーの足に女の子がしがみついていた。遥は子どもの年齢がいまいち予想できない。三歳よりは大きそうだけれど、まだ小学生ではないだろうという程度しかわからない。
「あ、
「大きくなったねぇ」
同じように女の子に気づいた優莉と紗那が手を振った。オーナーの娘だろう。木乃香は少し首を傾げて、二人を見た。
「あはは、覚えてないか」
「うん」
二人がしゃがむと、木乃香はおずおずと父親の足から離れた。
「また一緒に花火やる?」
「やる!」
今度は元気よく答えた木乃香の手に、パンダの編みぐるみを見つけて、遥は「パンダ? かわいい」と声をかけた。
すると、木乃香は、遥を見上げて、
「マドレーヌ」
「マドレーヌ? パンダじゃなくて?」
「うん、マドレーヌ。はじめまして、マドレーヌです」
木乃香は編みぐるみを両手で持って、お辞儀をさせた。それで、マドレーヌが彼女――彼ではないだろう――の名前だと遥たちも理解できた。「はじめましてー」と皆で挨拶しあっているうちに、浩一郎との話が終わったオーナーが木乃香を促してバスに乗せた。
「それじゃ、また四時にここで」
運転席に乗り込んだオーナーが、窓から手を振る。その後ろの席に座った木乃香は、マドレーヌの手を持ってバイバイさせていた。
マイクロバスを見送った一行は、さっそく遊園地のゲートに向かう。富士山は当然だけれど遊園地のアトラクションも存在感たっぷりで、到着した当初からコースターの滑る音と載っている客の歓声や悲鳴が定期的に聞こえてきていたのだ。
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