第二章 二人で奏でる分散和音(5)

「どうも……あの、和田です」

 white-picotのブースに行くと、遥はいなかった。顔は覚えていなかったけれど、そこに座っているなら彼女が夏子だろうと、史郎は挨拶する。戸惑った笑顔を浮かべた夏子は、「遥ちゃんは……?」と史郎が聞くと、納得したようにうなずいた。

「ああ! 史郎君ね?」

「はい」

「そんなに人手いらないから会場見てきてって言ったの。史郎君のケータイに連絡したって言ってたんだけど、会わなかった?」

「いえ」

 史郎は慌ててスマホを確認する。人ごみで邪魔だからデイパックにつっこんでいて忘れていた。『会場見て回ってるから連絡してね』とメッセージがあった。三十分ほど前だった。会場に着いてからは一時間以上経っている。少し時間をつぶしてからとは思っていたけれど、こんなに遅くなるつもりはなかったのに。

『悪い、今見た。ホワイトピコのブースに着いたところ』

 そう返信したけれど、遥からの反応はなかった。スマホを見ている暇はないのだろう。

 どうしようかと考える史郎に、夏子が話しかけた。

「あなたも作るんだって?」

「ああ、はい」

「遥ちゃんに見せてもらったわ。レース編みの」

 瑠依の披露宴に遥がつけたストールだろう。

「あれは自分でデザインしたの?」

「そうです」

「やっぱり?」

「……どこかおかしかったですか?」

 気になって聞くと、夏子は首を振った。

「遥ちゃん、何か言ってましたか?」

「うれしそうだったわよ」

「そうですか……」

 ほっと息をつくと、夏子は「ふふっ」と小さく笑った。怪訝な顔を向けると、夏子は「ごめんなさい」と謝る。

「史郎君は自分でデザインしないって遥ちゃんから聞いたけど、決まった相手に贈るならやっぱりその人のためのものを作りたいわよね」

「え?」

 考えたこともなかったけれど、結果から見ればその通りだった。誕生日に贈ったブレスレットも、先月のストールも、遥に合わせて作ったのだ。

「そう、ですね……」

「ほら、こうやって売ってるのって、選んでもらうのはこっちじゃない? そりゃあ多少は流行に合わせたりはするけれど、基本的には、私が作りたいものなのよね。それが、誰かの好みと合うか合わないか」

 夏子は両手の人差し指を立てて「1」と「1」を作ると、それを顔の前でぴたりと合わせた。

「まさに出会いって感じがするわよね」

「ああ、はい……」

 なんとなくわかる。

「気に入ってくれる人もいるし、そうでない人ももちろんいる。それはそれで仕方ないなって思えるの」

 机に並べられた夏子の作品に視線を落としてうなずく史郎に、夏子はいたずらっぽく笑った。

「でも、人に贈るのはねー。気に入ってもらいたいわよね」

 先ほどの、史郎が遥の反応を聞いたのを揶揄しているのはわかった。しかし、史郎は、

「夏子さんからもらったストール、遥ちゃんはすごく気に入ってたと思います」

 彼女は目を瞠って、それから微笑んだ。

「ありがとう」

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