第二章 二人で奏でる分散和音(3)

 ACTの会場に着いてから、夏子のブースの場所を知らないことに気付いた史郎は、遥にメッセージを送った。五千近くあるブースを全部見ていくなんてとてもじゃないけれどできない。数分して遥から届いた返信には、ブース番号と共に、

『史郎君、来れるの!?』

『もう着いてる』

『用事は?』

『早く終わったから』

 そう返すと、デフォルメされた猫の周りをハートマークが飛ぶイラストが送られてきた。「いいね」くらいの意味だろうと流して、

『ちょっと見て回りながら、そっちに行く』

『了解』

 ……学ラン姿の男子学生が敬礼しているイラストも送られてきた。

 ふと気になって、瑠依と遥がやりとりしていたグループメッセージを遡ると、瑠依は史郎がACTに行くとは伝えていなかった。それで驚いていたのか。

 史郎は急に心配になった。用事があると言っていたのに、早く終わったからってこんなところまで――入場料もかかるのに出かけてくるなんて、遥からしたら気持ちが悪いだろうか。用事うんぬんも嘘なのだ。それが瑠依経由でばれないとも限らない。遥に会いに来たわけではなく、ACTに興味があったから来たと見えるように時間をかけて回ろう。

 そこまで考えてから、自分は遥に会いに来たのだろうかと首を傾げる。少し違う気がした。誰かの作品に遥が感動する瞬間に立ち会いたいとか、自分が得意な分野で遥が知らないことがあるならそれを教えるのは自分でありたいとか、そういう気持ちな気がする。そして、ただ会いたいだけよりも、その方が余計気持ちが悪いような気がして、史郎は軽く頭を振った。


 ACTはおおまかなジャンルごとにブースの配置がされている。柱に貼ってある地図を見ると、white-picotはファッションエリアに配置されているようだ。会場の端から見ていけば、アクセサリーエリア、ファッションエリアの順で、ちょうどいい程度の時間つぶしになりそうだった。

 イラストや写真なんかだと、自分は全くやらないため、純粋に客として見れるけれど、服飾や雑貨だと、どうしても作家目線で見てしまう。裏返して縫い目をチェックしたり、どうやって作るのか考えたり、だ。

 服飾は特に女性向けの作品が多い。ケーキのプリント生地にフリルたっぷりの丸いバッグを真剣に見ていたら、「プレゼントをお探しですか?」と聞かれてしまった。

 アクセサリーエリアの中ほどまで来たところで、既視感のある作品に行き合った。陶器のアクセサリーだ。少し考えてから、以前に遥と行った手づくり市で、遥が作品を買っていた作家だと思い出す。白い花のブローチが遥の鞄を飾っているのを見た。それと同じものが並んでいる。

「お手に取ってご覧ください」

 売り子の女性に声を掛けられ、軽く会釈する。ワダ手芸店として頻繁に出展している手づくり市だから常連の作家は顔見知りだけれど、この作家はそうではない。

 レースペーパーで綺麗に飾られたテーブルの端に、小さなピアスが並べられていた。史郎の目に留まったのは、ピアスではなく、それが載せられた銀色のアクセサリートレイだった。縁がぎざぎざになっていて王冠を模しているようだ。遥が持っているブローチと同じ花が一方の端に三個まとまって付いていて、そちらは白かった。

「これも陶器ですか?」

「そうなんです。銀を塗っているんです」

「ああ、銀彩」

 売り子の女性は作者だったようだ。陶芸はほとんど無知なのに、どこかで聞きかじった単語を思わず口に出してしまうと、史郎も作家だと思ったのか、

「これは銀っていうかパラジウムのマットなんですけど、いくつかの銀液を試したくて作った試作品なんですよ。ちょうどディスプレイにいいかなって思って」

 と、専門用語を出される。「パラジウムのマット」がわかるなら、そもそも陶器かどうかなんて聞いていない。史郎はわからない単語を聞き流し、

「売ってはないんですね」

「そうですね。すみません」

 もし売ってたら買ったんだろうかと自問する。何のために、と考えて、ため息をつきたくなる。いきなりもらっても遥は困るだろうし、それこそ本当に気持ちが悪いと思われそうだ。瑠依の披露宴のときのストールも断られかけたのを、押しつけた形だったのに。

 黙ってしまった史郎をどう思ったのか、作家の女性は別の作品を手で示した。

「銀彩だと、他にはこの辺のブローチがそうですね」

 いちおう手に取ってみたものの、別に銀彩が気になったわけではなかったので、史郎は礼を言ってその場を後にした。

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