第一章 夏のドレスコード(5)
茗子は社会心理学専攻で、香坂准教授は茗子の指導教官だそうだ。
「毎年この時期に学内に変な噂が流れるんですよ」
「あとは、変なものが落ちてたりな」
「それが香坂先生の仕業なんですか?」
遥が聞くと、隼人と茗子はうなずいた。
「実験なのかわかりませんが」
「は、そんな大げさなもんじゃないだろ」
茗子は吐き捨ててから、ふっと表情を緩めた。
「ふざけた先生なんだ」
師弟関係は悪くないらしい。
茗子は表情を改め、隼人に聞く。
「空飛ぶ白衣ってどういう噂なんだ?」
「僕も今日聞いたんだが、深夜に研究棟の四階の窓から、外を横切る白衣が見えたって話だ」
「理工学部の研究棟?」
「いや、理工と文学部。あとは情報センターかな。階数もまちまちで、共通事項は白衣だけ」
「じゃあ、一つは白衣で決まりだな」
隼人と茗子の話がまとまったところで、里絵奈が尋ねた。
「さっきドレスコードっておっしゃってたのが、白衣ですか?」
「そう。香坂先生が流した情報を集めて、その通りの服装をしていくと通してもらえるんですよ」
「どこをですか? それも噂から推理するんですか?」
重ねて尋ねた里絵奈に、隼人は茗子を見た。
「場所は心理学コースのやつだけが知ってる。何年前だか知らないけど、最初の年は規模が大きくなりすぎて大変だったらしくて、以来、心理学の学生の紹介がない一般生は入れないことになってるんだ」
「そんな企画があることを皆知らないですからね。単なる怪談だと思って終わりです。参加しているのはほとんど心理学コースの人たちですよ」
「そうそう。通過してレポートを出すと香坂先生の授業の評価にしてもらえるし」
茗子はにやりと笑った。
「去年もおととしも私は立案の方にいたんだ」
「メイなら白衣以外も知ってるかと思って、融通してもらうつもりだったのにな」
「ずるするために呼び出したのかよ」
そこで美咲が片手を挙げる。
「あの、香坂先生の授業を取ってない学生でも何かメリットあるんですか? 私、新山大生でもないし」
「メリットはないけど、ちょっと良いことはある」
「ちょっと良いこと?」
遥たち三人の声が重なる。
「夏の風物詩といえば?」
「
茗子と隼人が順に言うと、遥たちは歓声を上げた。毎年、七月の最終金曜日に開催される花火大会だった。
「わぁ、見たい!」
「大学から見えるんだ?」
「楽しみー!」
茗子は呆れたように「そこまでか?」とつぶやく。
「期待するほど大きくは見えないぞ」
「僕のゼミで白衣を三着借りる約束を取り付けてきました。だから、メイ、悪いが彼らの紹介も頼めるか?」
「一二三四、五。で、六七八、か。まあいいよ」
「僕の予備の白衣も入れて四着は、君たちで着てください。……和田君は自分の持っていますか? それとも不参加ですか?」
隼人は史郎を振り返る。史郎はきちんと話を聞いていたのか、顔を上げるとうなずいた。
「いえ、参加します。自分の白衣持ってますので」
「できあがったの?」
遥が聞くと「まだ」と首を振った。それから、茗子に向き直ると、
「その噂って、場所の指定がありますか? サークル棟に落し物……なのか、いたずらなのか……変なものが置いてあったって聞いたんですが」
「場所は学内だから、サークル棟も範囲内だ。変なものって?」
「こけし」
「こけし?」
史郎が言うには、今朝サークル棟の全ての部室のドアの前に、それぞれ一つずつこけしが立ててあったそうだ。
「なんかそれ怖くない?」
「絶対怖いって」
「白衣より怖いでしょ」
きゃあきゃあ言う遥たちに、茗子は笑った。
「おそらくそれだ。いかにも香坂研らしい」
「え、もしかして、こけしを八個用意しないとならないってことですか?」
思いついて聞くと、茗子は顔をしかめた。
「私の分も要るから九個だ」
「こけしってどこに売ってるんですか?」
「さあ?」
首を傾げる茗子に、里絵奈が「百均?」、美咲が「インテリアショップとか?」、史郎が「東北地方のアンテナショップ」と口々に言う。
「そうだっ! 和田君、編みぐるみでこけし作ってよ」
「はあ? 冗談でしょ」
手を叩く美咲に冷たい視線を向ける史郎。
「さっそくその辺りを探して来てもらいますね」
隼人は微笑んでスマホを取り出して、ゼミ室で待たされていた三人に容赦ないお願いをしていた。
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