第一章 夏のドレスコード(4)
丸テーブルを二つくっつけ、椅子を並べ直す。片方に女子三人、片方に男子二人で座ることになった。史郎は隼人に短く挨拶しただけで、その間ずっと編み続けていた。そんなに急ぎの作品を作っているのなんて初めて見た。引き止めて悪かったかなと今さらながらに思う。
「待ち合わせしているんです」
そう言いながら隼人は、本屋のロゴの入った大きな紙袋から編みかけのマフラーを取りだし、編み始めた。
レース編みをしている史郎の隣で、マフラーを編む隼人。なんだかとてもシュールだ。美咲はおもしろがって写真を撮っている。
理工学部六年生の隼人は、遥の姉――南の同期だ。南とは交際間近の恋人未満だったらしい。隼人が今編んでいるのは、南が編みかけのまま遺したものだった。黒と濃いグレーのピッチの大きなボーター柄。偶然それを発見して、隼人の好きな色が黒だと知った遥は、隼人のためのマフラーだと考えた。
「隼人先輩が続きを編んだらって提案したのは私ですけど、先輩に編み物の才能があるとは思ってませんでしたよー」
隼人も同じサークルだ。というよりも、もともと隼人と南が「都歩研」に所属していた。遥は南の足跡をたどって、同じ高校、そして同じ大学の同じ学部に進学し、同じサークルに入った。それで、隼人と知り合うことができたのだ。
遥は、服装も髪型も南の真似していたけれど、それは先月髪を切ることで終わらせた。ただ、経済的な理由で服はまだ以前のままだ。それに、中学二年から今まで姉の真似で過ごしてきたため、自分にどういうものが似合うのか、どういうものが好きなのかよくわからなかった。徐々に見つけていけたらいいかなと思っているところだった。
「そうですか?」
隼人は編み上がっている部分を見せて、
「南さんが編んだところに比べたら、僕なんてまだまだですよ」
「そりゃあそうですけど……私より遅く始めたのに、私よりも全然上手いじゃないですか」
遥の提案で隼人も史郎に編み物を習うことになった。一ヶ月ほど前のことだ。遥は毎週水曜に史郎から編み物を習っていたから、それに一緒に参加すると隼人は言っていたけれど、彼は卒論もあるし、聞いていないけれど就職活動だってあるだろう。結局二回しか参加していなかった。それなのに、できあがりはとても綺麗だ。
遥はなかなか編み目が均等にならない。最初は緩いのに、慣れてくると目が詰まってしまう。同じモチーフを作っているつもりなのに、一回りもサイズの違うモチーフになってしまうこともあった。
そんな遥の編地に比べたら、隼人の方がよほど均等だった。
「愛の賜物ですよね」
美咲が言うと、隼人は苦笑した。
「うわぁ、何してんの?」
大きな声が背後からかけられる。振り返ると、今度は背の高い女性だった。自分よりはいくつか年上だろう、学部生には見えなかった。隼人の待ち合わせの相手だろうか。
「編み物同好会?」
彼女は、がたんっと大きな音を立て、隼人の隣に椅子を置く。細身のジーンズのポケットからスマホとキーケースを取り出して投げるようにテーブルに載せると、椅子に座って足を組んだ。
「やあ、メイ。久しぶり」
隼人は彼女に微笑んだ。
「おかえり、かな。元気そうで何より」
「まあね。隼人もね。それよりも、コレが南の妹?」
遠慮もなく遥を指差す彼女を、遥たちはぽかんと見つめた。さすがに史郎も手を止めていた。
「メイだって……」
「隼人先輩を呼び捨て」
「コレ?」
隼人と親しげで、「南の妹」と遥を呼ぶなら、姉の関係者なんだろう。遥はとりあえず挨拶した。
「柘植南の妹の遥です。文学部の一年です」
「こちらは、
「月曜」
茗子は隼人に短く答えつつも、遥を上から下まで舐めるように観察していた。茗子の視線も気になるが、隼人がタメ口で話すのも気になる。彼は相手が後輩でもいつも丁寧な口調だった。
遥が困って愛想笑いすると、茗子ははっとしたように視線を逸らした。隼人に顔を向ける。
「知ってたから呼び出したんじゃないのか?」
「帰っているのを今日聞いたんだ」
「へー、誰から?」
隼人は斜め上に視線を逸らす。それでわかったのか茗子は舌打ちした。
「帰ったときに連絡して欲しかったな」
「そう? それは悪かったね」
「高野さんも、都歩研だったんですか?」
少し苛ついた様子で長いパーマヘアをかき上げる茗子に、里絵奈がいきなり話しかけたから驚いた。
茗子は目を眇めて、里絵奈を見る。遥は緊張を顔に出さないように努力した。
「あ、すみません。文学部一年の逸見里絵奈です。私も都歩研です」
里絵奈が自己紹介すると、すかさず美咲も、
「私は、山茶花女子から都歩研に入っている浜崎美咲です」
「理工学部一年の和田です」
史郎も軽く頭を下げたところで、茗子は初めて笑みを浮かべた。それを見て、遥はそっと肩の力を抜いた。
「へぇ、メンバー増えたんだ」
「今は十四人です。あんまり参加しない人もいますけど」
「上出来じゃん。私たちのころは十人いかなかったね」
隼人が茗子にうなずく。茗子はテーブルを指で軽く叩き、「それより」と隼人を睨んだ。
「何の用?」
「何の用って、今夜のドレスコードの件しかないだろう」
「えっ? 今年もあるのか!」
「空飛ぶ白衣の噂を聞いていないか?」
「ないな」
茗子は腕を組み、歯噛みした。
「
「帰国したばっかりだから気を使ってくれたんじゃないのか?」
「ありえない!」
苦笑する隼人に詰め寄って、
「噂の詳細を早く」
全く話に付いていけない遥たちは黙って二人を見守り、史郎はいつのまにかまた編み物に戻っていた。
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