第一章 夏のドレスコード(3)

 招待を受けたときのこと。

 史郎の実家は手芸店だけでなく、ビルの大家でもあった。一階に「ワダ手芸店」を含む三店舗のテナントが入り、二階がワンフロアぶち抜きで自宅、三階から五階が賃貸マンションになっている。瑠依は会社が近くて便利だから、そのマンションの一室を借りているそうだ。

 瑠依から招待状を受け取ったのは、和田家のリビングだった。編み物を教わりに来ているつもりなのに、史郎の母の雅恵まさえや瑠依とお茶を飲んで、全然編み物が進まないことも多くなかった。この日もそうだ。

 七月最初の土曜日。披露宴は月末で、あまり時間がない。

「何着ていこうかな」

「それじゃ今から買いに行きましょう」

 何気なく遥がつぶやくと、瑠依はすぐさま宣言し、買い物に出かけた。もちろん、荷物持ちに史郎を連れていくことも忘れなかった。

 それで、「プレゼントするから選ばせて」と何か所も店を周って、何着も遥に試着させたのち、本当にパーティ用のワンピースをプレゼントしてくれたのだ。

「申し訳ないです、ちゃんと自分で払います」

 遥が断ろうとすると、

「たぶんもっと大変なことになるから、迷惑料だと思ってもらっておきなよ」

 そう史郎に言われた理由は、和田家に戻ってからわかった。

 瑠依が呼び出したらしく、彼女の妹の舞依まいも遊びに来ていた。かなり遅い時間になってから舞依の恋人の小松嘉匡こまつよしまさもやってきた。瑠依は二十五歳、舞依は二十二歳。嘉匡と舞依は同い年で、高校時代からの付き合いだそうだ。安藤家とも和田家とも家族ぐるみの間柄らしい。

 瑠依が自室から持ってきた服でファッションショーごっこのあと、美容師をやっている嘉匡が合流してからは、パーティ用のヘアアレンジの研究をさせてほしいと頼まれ、遅くなるからと瑠依の部屋に泊めてもらった。

 遥は先月髪を切ったばかりだ。ボブカットの前はロングヘアだったから、そのころならいろいろアレンジできたのに、とちょっと残念に思う。

 嘉匡は人懐っこく笑うと、

「披露宴当日も遥ちゃんのヘアメイクやってあげるよ」

「今さら何言ってるの? 最初からそのつもりで呼んだのよ」

「やってあげるじゃなくて、やらせてくださいでしょー?」

 瑠依が言えば、舞依もからかった。何を言われてもため息一つで受け流す史郎とは違って、嘉匡は「ひどっ!」と床に泣き崩れてみせる。

「いえ、私の方からお願いしたいです。でも忙しくないんですか? 瑠依さんのヘアメイクするんじゃ……」

 遥が言うと、瑠依は大げさなくらい手を振った。

「まさか!」

「お姉ちゃんは最初、和装なんだよー。だからヨッシーじゃ無理無理」

 キャリア系ファッション誌のモデルのようなパリッとした美人の瑠依に、和装は意外だった。

「ドレスは着ないんですか?」

「お色直しで着るわよ」

「わー、着物も似合いそう! 髪それで伸ばしてるんですか?」

「さすがに和装は鬘だけどね」

 瑠依が笑うと舞依が不満げに、

「かわいい弟分のために活躍の場を用意してくれたらいいのに」

「人生の一大イベントなんだから慣れてる人にお願いするのが当たり前よ」

「むぅ」

 二人の様子を見ていると、五年前に亡くなった姉を思い出す。遥も二人姉妹だった。

 瑠依の母――雅恵の姉だ――も会場で着付けてもらうため、嘉匡は舞依と和田家のヘアメイクを担当するらしい。どうせなら舞依も遥も泊まればいいと雅恵がまとめ、結局そういうことになってしまったのだった。


「ちゃっかり外堀埋めてるよね」

 遥の話を聞いた里絵奈が史郎を見る。

「人聞き悪いな……」

 どこから聞いていたのか、史郎が手を止めた。氷が解けたアイスコーヒーを飲むと、深く息を吐く。

「……何もしてないのに勝手に埋まっていくんだよ」

 史郎が小声でぼやくと、里絵奈は吹き出した。よく聞こえなかった遥は、

「え、何?」

「別に」

 指についた水滴を拭いてから、史郎はまた編み物に戻ってしまう。里絵奈に聞き直そうとしたけれど、美咲が「それより」と話題を変えた。

「どんな服、着て行くの?」

「オレンジ色のワンピース」

「あ! それで……」

「なるほど」

 遥が答えると、美咲と里絵奈は二人でうなずきあった。

「二人して何なの?」

「何って、ねぇ?」

「うん」

 苦笑を浮かべた里絵奈が口を開きかけたとき、

「楽しそうですね」

 低音の耳触りの良い声が突然降ってきた。

 振り返ると白衣を着た牟礼隼人が立っていた。

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