第一章 夏のドレスコード(2)

 七月最後の金曜日。今日で前期の授業が終わる。学内はかなり浮かれ気味で、正門前で「飛び入り参加可」と書かれた打ち上げコンパのビラを配っている人がいたり、掲示板に花火大会を見に行く企画のポスターが貼られたり、広場の噴水でスイカが冷やされていたり、ブロンズ像が黄色いメガホンを持たされたりしていた。

 先ほどの四限で、授業は全て終わった。新山にいやま大学に入学して初めての長期休みを前にして、柘植遥つげはるかも少し浮かれていた。

 大学内にいくつかあるカフェのうちのひとつ、カフェ一号館――通称「イチカフェ」。遥はアイスカフェラテを飲みながら、正面に座る和田史郎わだしろうの手元を感心して見ていた。

「史郎君、最近ずっとそれ編んでるよね」

「ああ……」

「何? ストール?」

「ああ……」

 史郎は顔も上げないし手も休めない。一つ一つのモチーフが大きいのか編んでいるのを見ているだけだとどんな柄なのかわからなかった。口を開けた紺色のデイパックから薄い黄色のレース糸が伸びていて、史郎の手元でかぎ針がくるくる動くと、どんどん編地ができあがっていく。彼に編み物を習い始めてから三ヶ月経つけれど、遥はどれだけがんばっても彼と同じスピードで編めるようになるとは思えなかった。

 遥の隣に座る浜崎美咲はまさきみさきが「聞いてないでしょ?」と聞くと、同じ調子で「ああ……」と返ってきた。丸テーブルを囲んで逆隣に座る逸見里絵奈へんみりえなと三人で顔を見合わせる。

 美咲は新山大学の近所にある山茶花さざんか女子大学の一年だ。大学を超えて、遥と同じサークル「都内散歩研究会」――略して「徒歩研とほけん」に参加している。里絵奈は、遥とコースが同じで仲良くなり、サークルも同じだ。史郎も半ば強引に誘ったため、今この場にいる四人は、全員「徒歩研」のメンバーだった。

 周りの雰囲気に気付いたのか、史郎は一瞬だけ顔を上げた。黒縁メガネがこちらを見る。

「悪いけど、話しかけないで」

 言うだけ言って、また編み物に戻ってしまった彼に、美咲が口を尖らす。

「帰ってやればいいのに」

「あ、それは、私のせい」

 遥が右手を上げると、美咲は首を傾げた。

「どういうこと?」

「遥、今日、和田君の家に泊まるんだって」

 里絵奈がおもしろそうに笑って遥の代わりに答えると、美咲は身を乗り出す。

「どういうこと!?」

「私も一緒に史郎君ちに行くから、私たちの話が終わるの待ってもらってるの」

「そこじゃなくて! 泊まるって? なんで?」

「明日、結婚式なんだってさ」

 またも里絵奈が答える。美咲はがたんと椅子を鳴らして立ち上がった。

「えっ!? 結婚?」

 史郎と遥を見比べる美咲の腕を引いて、遥は里絵奈を軽く睨む。

「中途半端な言い方しないでよー」

「だって、美咲は絶対驚くと思って」

 ショートカットでジーンズにTシャツの里絵奈は、小柄なのもあって、普段からローティーンの少年のようだったけれど、そうやっていたずらっぽく笑うと余計だ。

 一方の美咲は膝上丈のフレアスカートの腰に手をあて、綺麗に整えた爪で遥を指差す。

「結婚なんて、いつの間にそんなことになってたの? なんで前日まで教えてくれないの?」

「ちょっ、美咲!」

 遥は美咲を強引に座らせる。美咲が大きな声を出したせいで、他の席の客もこちらを見ている。

「そもそも付き合ってないから! 結婚するのは私じゃなくて、史郎君の従姉のお姉さん」

 声を低めて、でも強く主張すると、美咲は「なあんだ」とほっとしたように息をつく。

「私に黙って結婚したりしないでね!」

「しないしない、大丈夫だってば」

 遥は、史郎の両親や従姉とも面識があった。

 史郎の実家は、大学から地下鉄で二駅先の場所で手芸店を営んでいる。史郎に編み物を習うとき、道具や材料を買うために、遥は何度も「ワダ手芸店」を訪れていた。美咲は知らないが、一度泊めてもらったこともある。史郎の従姉の安藤瑠依あんどうるいと、彼女の婚約者の野中雪哉のなかゆきやとも、和田家で知り合った。その縁で結婚披露宴に招待されたのだ。

「ずうずうしいかと思ったんだけど、結婚式なんて滅多に出られないじゃん。だから、どんな感じなのかなぁって興味あってさ」

「確かに」

 うなずいてから美咲は、もう一度首を傾げた。

「それで何で和田君ちに泊まることになるの?」

「なんかねー、気付いたらそんなことになったっていうか……」

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