火曜日に赤い服を着てはいけない村
青出インディゴ
第1話
念のため漢字は伏せるが、以前、山陰地方に「ホノブチ」という小字地区があった。昭和の終わりに事情があって消滅した地名だから、現在はインターネットで検索しても出てこない。鬱蒼とした山奥の集落で、いかにも平家の落人伝説などが伝わっていそうな雰囲気を漂わせていたのだが、歴史は比較的浅かったようだ。というのは、だれも――ホノブチに住んでいる人でさえ――その土地の詳しい来歴を知らなかったからである。今日最も信じられている説は、戦後のある時期に、山のふもとに住んでいた数戸の家族が食物を求めて開墾した土地だということだ。そのほかにもいろいろ説はあったが、なにしろ決定打はないし、地区自体が消滅したいまとなっては調査研究しようなどという奇特な人はいなかった。本稿の筆者はとあることから興味を持って、地元の郷土史家数名を訪ねてはみたものの、みなさん首をひねるばかりで、なかにはホノブチという名前さえ初耳だというかたまでいた。なお、地名の由来についても詳細は不明である。
さて、このホノブチには数十年にわたって伝わる、奇妙なタブーがあった。筆者が興味を持ったきっかけは、まさにこのことなのである。
それは「火曜日には赤い服を着てはいけない」というものだ。
なぜかはだれも知らないし、いつからこんなタブーができたのかもわからない。ただ、これもまた奇妙なことに、ホノブチの人々はかたくなにこのタブーを守り続けていたようである。いったいなぜ、特定の曜日に、特定の色の服を着てはいけないのか。着るとどうなるのか。だれも詳しく知らないのに、かたくなに守り続けていたのはなぜか。筆者はさる筋からこのタブーの存在を知り、ここ数年趣味の範囲ではあるが、調査を続けてきた。そして近ごろある人物と出会い、非常に興味深い体験談を拝聴することができた。この奇妙な事実をぜひ広く世間に知らせたいと考え、「カクヨム」に投稿することにした。プライバシーを尊重するため(また、ある種の危険を回避するため)、いくらかのフィクションも交えながら、以下にその体験談を記す。
昭和五十年代のある三月の日、ひとりの男がホノブチを訪れた。仮にA男としよう。年のころは三十前後、長髪で長身痩躯、バンダナにラッパズボンを履いたいわゆるヒッピースタイルの青年だったという。実のところ彼はカメラマンであって、もっぱら世界各地の原住民を撮るのを生業としていた。今回ホノブチを選んだのは、これといった特別な理由があったわけではない。前回訪れた土地で生命の危機すれすれの体験をしていたから、今回は平和で穏やかな、歯に衣着せず言えばぬるま湯のような土地にしたかったというくらいのことである。実際来てみると、期待どおりの草深い山奥。まだ風はひんやりとして、野の花もこれからというところだったが、濃い緑に囲まれたのどかな土地だった。雄大な中国山地を背景に、古くさい民家と農家の人々でも撮れば、モノがあふれかえるこのご時世かえって珍しく、酔狂な出版社が買ってくれるのではないかという目論見だった。
そのころホノブチはほぼ完全な自給自足生活を送っていて、旅館や民宿などというものは存在しなかった。そこでA男は常のごとく、ひととおり集落を探索して歩いて、今夜ひとばん見知らぬ青年を泊めてくれそうな人のいい住民を探しはじめた。
「やあ、こんちは! ご精が出ますね、おじさん」
ほどなくA男は、小さな畑で作業をしていた老人を見つけて声をかけた。すると、老人は驚いてこちらを見た。ひとことも発さずまじまじと彼を見ているが、閉ざされた集落の人としてはありがちな反応なので、彼は意にも介さずにこやかな笑みを浮かべ続けた。老人は日に焼けた顔をポカンとさせて彼のほうに向けていたが、ふいに口をひらいた。
「えけん、えけん。今日は火曜だけん、赤い色の服は」
険しい表情で手をふりながら言うので、今度はA男のほうがポカンとしてしまう。彼が動けずにいると、老人は近寄ってきて、土に汚れた手でA男の上着をグイグイと引っ張った。それは目にも鮮やかな赤い色のチョッキだった。
「なにをするんです」
とっさに身を引いたが、老人の険しい目つきは変わらない。まるで射抜くようにA男を――というより、赤いチョッキを凝視している。気まずく思っているうちに、近隣の二、三軒から人が出て来て、彼らのやりとりを見物しはじめた。
「おまはんはなにしちょら」
「赤いのはえけんよ」
「赤は」
「赤は」
老いも若いも男も女もそんな言葉を発している。のどかな風景に相反するような緊張感がみなぎっていた。鬱蒼とした緑。方言で意味不明の抗議をし続ける住民たち。かろうじて「赤」という単語だけが聞き取れるが、それだけではなんのことかわかったものではない。パニックになりかけていたA男だったが、しばらくしてようやく自分のチョッキのことを責められているのだとわかって、それを脱いだ。とたん、周囲から安堵ともつかないため息が漏れ聞こえたのだった。
この時点で確かにA男は、なにかふつうとはちがう雰囲気がこの集落に漂っていることを感づいてはいた。しかしそれはどこの少数民族にもある、民族独自の風習のゆえだろうと結論づけ、仕事を続行することにした。要するに事態を甘く見ていたと言えるだろう。騒ぎの治まった周囲に彼はまた笑顔を作って見せ、お人よしはいないか観察してみた。そこでちょうど求めていたような人物が見つかった。家から出て来たなかに、二十代前半ごろの若い娘がいたのだった。さっと見た感じではいなか暮らしにふさわしいかっこうをしてはいるが、どことなく洗練された都会風の仕草が目を引いた。A男の人を見る目が察知して、次の瞬間にはよどみなく彼女に声をかけていた。
「こんちは。びっくりさせるつもりはなかったんだ。ぼくは写真家です。このへんでどこかいい撮影場所はないかな」
はたして娘は明快な東京のアクセントで答えた。
「写真家さん? 私たち悪気はないのよ、許してね」
それから二言三言言葉を交わして、A男は娘を連れだすことに成功した。
民家の集まりから離れた山中の小さな川に、娘はA男を案内した。川は苔むした岩肌を伝い流れ、陽光を反射して清らかに澄んでいた。上を向くと、上流に小さな赤い鳥居と社があるのが見えた。A男は確かに撮影場所としてふさわしいと感じたし、被写体としての娘にも注目していた。「清水と美女」、これはなかなかいいテーマだと考えたのだ。そこで彼女に頼んでしばらくそこで撮影させてもらい、その後はふたりで集落を巡りはじめた。
その道中でA男は娘からいろいろ話を聞くことができた。まず、彼女はA男の目星どおり東京に住んでいたことがあるという。そちらの女子大学を卒業したものの体を壊して帰郷。現在は回復し実家の農業の手伝いをしているそうだ。方言を介さず意志交換ができるというのは、A男にとって願ったりの人材だった。それからA男はホノブチという土地について詳しく聞き出そうとした。娘は現在の様子、たとえば家が何軒あるとか、長老はだれとか、農作物についてなどはよどみなく説明してくれるものの、歴史についてはほとんど語れるところがなかった。
「おじいさんやおばあさんに訊いたことはないの?」
とA男は尋ねたが、娘は首をふり、もともと彼らもふもとから移り住んだ人間なのだという。そこで歴史について訊くのはあきらめて、さきほどの住民たちの奇妙なふるまいについて質問してみることにした。
さて、このとき娘から聞かされたのが、冒頭に掲げたタブーである。火曜日には赤い服を着てはいけない――そんな戒めがホノブチには伝わっている。A男はひどく興味をそそられ、さっそく由来を尋ねた。娘は困惑した表情で言った。
「だれも知らないのよ。それを破ったらどうなるかも。ふつうのジンクスだったら、破った結果どうなるかまで語られるでしょう。たとえば、夜に口笛を吹くと蛇が出るとか、部屋の中で傘をひらくと不幸になるとか。でもこの戒めは、結果がどうなるかまでは語られてないの」
「奇妙だな。それにぼくには初耳だ。ほかの土地でこんな話聞いたことがない」
「私もよ。小さいころはあたりまえだと思って育ってきたの。東京に出て初めてふつうはこんな戒めないんだって気づいたわ」
非常に気になるが、彼女以上にこの話について知っている人もいなさそうだったし、打ち切りにするしかなかった。気づくと山脈に日が隠れようとしている。夕日は黄金色の残光を強烈に輝かせていた。チョッキを脱いでいたので、少し肌寒い。土の道に影法師が長く伸びていた。
A男としては絵になりそうな写真も撮れたし、また若い娘と知りあうこともできて、ホノブチの滞在はおおむね満足だった。そこで当初の予定どおり宿泊したいということを伝えると、娘は自分の家へ誘ってくれた。彼はもちろんふたつ返事で着いていった。
家は娘とその兄夫婦、両親祖父母という構成だった。いやな顔もせずA男を迎え入れてくれたが、ヒッピーの青年がもの珍しかったのかもしれない。さすがは娘を東京に行かせる家庭であるというべきか。当時はいま時分とは教育に対する考え方がずいぶんちがったのだ。
ただし祖母だけはA男を毛嫌いした。彼女は、A男が昼間赤いチョッキを着ていた男であることを覚えていて、彼を見るなり「えけん、えけん」と呪文のように唱えていた。それをどうにか娘をはじめとするほかの家族がとりなしてくれたのである。A男はそもそもが図太い性格ではあったので、とにかくその日ひとばんだけは厄介になることにして、明日以降はどうするか日が昇ってから決めようと楽観的に考えていた。
家は典型的な古いいなか造りだった。座敷で家族で囲む卓袱台、五右衛門風呂、外の厠。A男はいつものごとくわきあいあいと団欒に溶けこんだ。そして会話のなかで、興味を引いてやまない例のタブーについて少しでも情報を聞き出そうと努力したが、娘に聞いた以上のことはやはり引き出せないのだった。ことによると、本当に集落の人々はだれも知らないのかもしれない。もともとは確かな理由のある禁忌だったが、いつしか形骸化し戒めだけが残ったのか。そういうことはよくある。ただ奇妙なのは、ホノブチの歴史についてさえ、娘同様だれもがあいまいだということだ。
その日は床の間付きの座敷を拝借した。ふとんを敷いてくれた娘が、なんとなく含みのある笑みを残して出て行ったが、意図のあることかもしれない。A男はいまやこの奇妙な風習を持つ土地とそこに住むあたたかい家族を好きになりはじめていたから、娘がそのつもりなら、当然断る理由はひとつとしてなかった。期待に胸が膨らみ、興奮が最高潮に高まる。とはいえ、さすがにほかの家族の寝静まるのを待つべきだろう。彼は腕時計を確認しながらふとんに横たわった。
横になると、今日体験したさまざまなことが脳裏をよぎる。赤いチョッキを見た老人の奇妙な目、方言で「赤」と叫び続ける住民たち、清らかな小川、冷たい風、夕日と影法師、東京帰りの娘。「火曜日は赤い服を着てはいけないの」。そう言った娘の声が夜闇にこだまする。静かな夜だった。そう言えば川の上流に、赤い鳥居と社があったな……。
腕時計を確認すると十時をまわったところだった。その当時としては深夜だったのだ。(「が、いまから考えてみると」と、この体験談を筆者に語ってくれた人物はつけくわえた。「その時点ではまだ火曜日だったのです」)。
A男はそろそろいい頃合いと思い、ふとんから身を起こした。
障子の向こうがぼんやり明るくなっているのに気づいたのは、そのときだった。電球とかろうそくの光ではなかった。障子の向こう側が全体的に、淡く青白い色に発光しているのである。それは昼の陽光のような差し方だったが、陽光ほど明るくはなく、発光しているのにかえって夜の暗さが際立つような不可解な明るさだった。
A男はそっと障子をあけて、外を確認した。すぐ前は板敷の狭い廊下になっていて、正面は壁だ。なんの変哲もない砂壁で、よく目を凝らしたが、そこが発光しているのではなさそうだった。そこで障子のあいだから首を出して廊下を左右に見わたしてみた。彼から見て下手側は突き当りになっていて、とくになんの異変もない。上手側は鉤型に廊下が折れ曲がっていて、その角のところに障子戸がある。彼は息をのんだ。その障子が淡く光を放っているのだ。
考えてみれば奇妙なことだった。単にその部屋に灯りがともっているだけなら、A男の部屋の障子は右側だけが照らされるはずである。ところが照らされていたのは全体だ。また、その光の様子も不可解だった。電球のような強さはなく、ろうそくのようなあたたかみもない。
彼が頭を混乱させていると、向こうの部屋の障子に黒い影がよぎった。
悲鳴をあげそうになってあわてて口をとじる。家族のだれかがいるのかもしれない。しかしなぜかそうとは思えなかった。影はもう一度よぎった。それからもう一度。見ていると、はじめはひとつぶんだった影が、同時にふたつみっつと通りすぎるようになり、徐々に速度が増し、ついにはとんでもない勢いで左右に行き交いはじめた。
直感が告げていた。人間じゃない。
A男はいつの間にか足が震えていることに気がついた。手がびっしょり汗をかいている。恐ろしいことが起こっている、あるいは起こりつつある。それがなぜよりによって今日、外の人間であるおれに起こるのだろう。そこまで考えて、「赤い服」という言葉が頭をよぎった。
彼は動けないでいた。向こうの障子にはあいかわらず影が行き交っていたが、気づくと音が漏れ聞こえているのだった。それは音楽だった。三味線や鐘の音。ちんとんしゃん、ちんとんしゃん……そんな旋律だった。それを聞いていると、もの悲しいような懐かしいような、逆に浮き足立つような気持ちになってくるのだった。まるで見世物小屋の呼びこみやちんどん屋のような古きよき、でもそれほど大昔というほどでもない日本のメロディ。A男は手から力が抜けていくのを感じた。
やがて音楽にのせて、かすかな歌が聞こえてきた。
「……世界の……ヌシと……してみたい……」
それはひとりの声ではなかった。何人かが声をあわせて歌っているのだ。A男は障子の向こうのまがまがしい異形の者たちを思い浮かべて心底震えあがった。
歌はきれいな合唱ではない。ひとりひとりが思い思いに自分の歌いたいように歌っている。だから拍子もばらばらで、終わり方もぞんざいだった。そんなものが何度も何度も繰り返される。
「……世界の鴉を……してみたい……」
やがてだんだん歌詞が聞き取れるようになってきた。異形の者たちの興奮も高まってきたようで、それに合わせて音量もあがってくるようだ。
「あ、三千世界の鴉を殺し、ヌシと朝寝がしてみたい」
有名な都都逸だったのだ。愉快な歌なのに、なにが歌われているのかをはっきり知った瞬間、彼はショックのあまり失禁してしまった。
「だーおーかいの?」
「おらんおらん、早よ続き歌や」
障子の向こうの者たちの声がはっきりと聞こえ、A男は畳にしりもちをついた。
五分ほどそうしていただろうか。不思議なもので、出すものを出してしまうと逆に勇気がふつふつとわいてきた。A男はしばらく逡巡したのち、障子の向こうをのぞく決心をした。否応なく巻きこまれたのだ。なにも知らないで済ますわけにはいかない。世界を巡るカメラマンとしての本能は、なにも見落とすなと自分自身に対して呼びかけていた。
廊下に出る。やはりそこは夜闇に沈んでいて、角の部屋だけが明るいのだと再認識する。
ちんとんしゃん、ちんとんしゃん。音楽は奏でられ続けている。影は飛び交っている。恐ろしさに全身が震えるが、さすがに経験がものを言った。これほどまでの体験はないが、不思議な体験、不気味な体験はいままでも何度もしてきたのだ。
障子から死角になるところに身をひそめる。向こう側の者たちはこちらに気づいている気配はなさそうだった。そこで人差し指でそっと障子を突き、ごく小さな穴をあけた。
右目を穴にあてがった。
まがまがしい乱痴気騒ぎが繰り広げられていた。彼の泊まっている部屋と同じような床の間付きの座敷である。そこに、だらしなく着物を着崩した女たちが座ったり寝そべったりして、思い思いの格好で都都逸を歌っている。口がしまりなく大きくあけられ、目がうつろに泳いでいる様子は、能の生成を彷彿とさせた。
周囲で楽器を演奏しているのは、鬼たちだ。鬼としか言いようがない。赤い皮膚、巨大な牙、ふり乱した黒髪。障子越しでさえその部屋に漂う臭気が感じられる。腐った食べ物と酒、屎尿、それにおそらくは、血。
A男は女たちの着物がことごとく赤い色であることに気がついた。
「三千世界の鴉を殺しっ、ヌシと朝寝がしてみたいっ、あ、ヌシと朝寝がしてみたあい、してみたあい、してみたあい、ヌシと朝寝がしてみたあああい」
ぎゃーはっはという馬鹿笑いが起こる。女も鬼もひっくりかえって笑い転げている。彼らが笑えば笑うほど、A男は腹の底が冷え冷えとしていくのを感じる。三月というのに真冬のような寒さだった。
「殺し殺し鴉を殺し」
「殺し殺したあんと殺し」
「ヌシと朝寝がしてみたあああい」
ぎゃーはっは。また起こる馬鹿笑い。
もう耐えられなかった。A男は震える体を叱咤し、やっとのことでそこを離れ、廊下を進んだ。最初は気づかれまいと静かに歩いていたが、最後は転がるように玄関を出た。
外は満天の星空だった。中国山脈が黒々と雄大な山体を横たわらせている。A男は息を吸いこんで、吐いた。血生臭さがなくなるまで、何度も何度も繰りかえした。
カメラも着替えも財布もあの家に置いたままだったが、二度と戻る気にはなれなかった。あれはなんなのだろう。正体はまったく不明だが、ひとつだけ確信していることがあった。あれは不幸の象徴である。人間の不幸を願い、それを喜ぶ者たちだ。
A男はそのまま徒歩とヒッチハイクで山陰を北上し、最後は神戸の知人を頼って生活を持ち直した。それからしばらくカメラマンを続けていたが、やがて廃業し、一般企業に就職した。その後も文献をあさったり郷土史や民俗学に詳しい人に質問してみたりしたが、彼の体験したことの説明はついぞつかなかった。女や鬼が赤い色とどう関係するのかも不明である。時折、上流で見た赤い鳥居の社と関連づけて考えることもあるが、そもそも赤い鳥居は日本ではどこにでも見られるものであるし、結局なんの手がかりも得られないまま推理の袋小路に陥ってしまうのである。ついには彼はあきらめ、そのまま平凡な生活を送った。
平成二十七年の暮れ、筆者はとある筋から彼との接触に成功し、この話を拝聴したわけである。筆者もいまだに解答は思いつかない。が、民俗学的に意義深い話題であろうと考え、一般読者の英知を広く募りたく、とくにここに掲載させていただいた。記録は以上である。
一連のエピソードはこれで終わりであるが、ひとつだけつけくわえなければならないことがある。はじめに記したとおり、ホノブチという土地は現在は存在しない。A男氏が決死の脱出をしてから数週間後、大火で集落が全焼したのである。古い年代の記録のため、死傷者は不明。あの社がどうなったかも不明である。氏はホノブチの正確な場所だけは決して話してはくれなかった。
火曜日に赤い服を着てはいけない村 青出インディゴ @aode
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