椿を前にすると僕は
くが
椿を前にすると僕は
____君は、本当によくわからないな。
少年はそう言った____
剣を____ソードオブカメリアを振るう。大剣というには些か小さいが、片手剣というにはまた大き過ぎるその剣は、白銀だった。白銀の剣に張り巡らされた血管のような赤は、眩く輝いていた。
剣を振るう。敵は百、二百……いや、もっといるかもしれない。圧倒的な数量に対して剣を振るうことを行うのは、自分____アルマレーム、ただ一人だった。
剣を振るう。斬っても斬っても、次から次へと敵が攻め立ててくる。近衛騎士団という肩書きがあるのが確かに理解できるくらいに、正しく強かった。
そして先ほどから、アルマレームには見えるはずのない幻影が見えていた。
幻影は少年の形をしている。その半分透けた容姿にはどこまでも幼さがあるというのに、幻影はまるで諦観を持った大人のような言葉を喋るのだ。
《なんでそこまでして戦うんだい》
剣の切っ先を指で突いて、少年は言った。
その向こうから、剣を振り下ろす騎士が見えたアルマレームは言葉を無視して、剣を半身になって避ける。
そのままガラ空きになっている騎士の腹へと膝蹴りを食らわせ、後ろの騎士たちにぶつけた。
次いで別の騎士が左手側より攻めてくる。
《あの王様は君のことなんか何とも思ってないというのに》
言葉に、奥歯を噛み締めた。
だがその悔しさをそのまま膂力へと変貌させ、左手側より迫る騎士を、薙ぎ倒す。腹の半ばから斬られ、確認するまでもなく絶命したが、その騎士の向こうより二人の騎士が迫る。
挟み撃ちをする気だろう。対応を思案する。しかし幻影が邪魔をする。
《もうさ、こんな奴ら通せばいいじゃないかな。どうせあの王様を殺しに行くんだし。それともあれかな。君はあの王様に自分の命を賭せるのかな?》
言葉で対応が一歩遅れる。
一歩遅れたせいで、二人の騎士は既に剣を振るうモーションに入っていた。
咄嗟に腹を斬られ倒れかける騎士の死体を掴み、二人の騎士へと投げつける。的確に命中すれば、二人の騎士は剣を手から溢して、後ろに吹き飛んだ。
《やっぱり、ないだろう。命を賭けて守るつもりなんて》
騎士団は、百人以上と戦っておきながら、未だ傷一つなく立ち続けるアルマレームに踏鞴を踏む。
幻影は騎士団たちの首領であるかのように、アルマレームの前に立つ。
《じゃあ諦めてしまえ。これだけ居てさ、本当に君一人で勝てると思っているのかい?》
「黙れ……」
《勝てないことは君自身が一番よく分かってるはずだ。だって体力、もう限界だろう?》
「黙れッ」
《君はあの王様に期待などしていない。希望など抱いていない。そして、守るべきとも思っていない》
「だ、まれェェェェェッッッ!!!」
絶叫し、走り出す。
その鬼気迫る表情に、騎士団は僅かに後退する。
幻影に向かい、駆ける。
幻影が笑ったような気がしたが、アルマレームは彼をすり抜け、騎士団へ迫る。
思わず最前にいた騎士たちが下がろうとするが、それは悪手だった。二列目の騎士が下がらず、衝突してしまったのだ。
前列の騎士たちが体勢を崩す。
それを見逃すほど、アルマレームも愚かではない。
「お、ォォォッッ!!!」
膂力に任せ、纏めて斬る。半分、中途で終わりかけたが、アルマレームの出した腕力は最前の残りを全て横に吹き飛ばすほどのものだった。纏めて吹き飛んだ騎士たちに見向きもせず、次の騎士へ行く。
《何がそこまで君を動かすんだ》
幻影は呆れたように言った。
アルマレームは、僅かに手の中の剣が震えたような錯覚を覚える。
「…………ッ」
止まりかけた挙動を強引に動かし、一人を斬り伏せた。
バックステップで後退し、一度騎士団と距離を取る。
「……そうだ。僕は、王に何も抱いていない」
幻影が、目を丸くしたような気がした。
アルマレームは自身の主君である王に想う言葉を、不意に呟く。誰にも見えぬ幻影に呟くということは、独り言になるのだろうか。ふと考えたが、思考をやめた。
「期待も、希望も、敬意も、親愛も、信仰も、憤怒も、悲哀も、嫉妬も、羨望も、夢想も、何も、抱いていない」
《……じゃあ、もうやめよう。戦う意味なんて、ないだろう》
幻影の少年が切なげに言った。
アルマレームは、ゆるりと首を振った。
「僕は……、ただこの城を守りたいだけなんだ」
幻影が、遂に言葉を失った。
それからアルマレームは手の中の剣を見つめる。銀と赤に彩られた一振りの剣は、初めて握ったあの日から変わらぬ輝きで、変わらぬ重みで、変わらぬ強さを秘めていた。
「此処にはさ、椿の花畑があるんだ」
《それは____》
「僕はそこで、この剣を師匠から授かった」
忘れない。忘れたことなどないあの日を思い返す。
朝焼けの中だった。白と赤の椿が花開く冬の朝に、アルマレームは師であった男といた。
朝日が差し込む中で、師よりこの剣____ソードオブカメリアを授かったのだ。手に馴染まない重みも、振りにくさも、この剣の何もかもを初めて体験した。
いつものように朗らかに笑って、師は言った。
『自分が想うものの為に戦いなさい』と。
その日の戦で、師は散った。
何度も悔いた。自分にカメリアを与えたから、師は死んだのではないかと、夢に見るほど悔いた。
だがその度に考える。
師が『想っていたもの』は何だったのだろうと。答えの分からぬ問いは、いつまでも彼に寄り添っている。
「僕は、師匠との思い出を守るために戦うんだ」
カメリアを握り直す。もう手に馴染んだ感触に再度心を決め、構えた。
《君は、そんな小さなものの為に戦うのか……?》
「そうだ。あの場所だけは誰にも汚させない。例え、我が王であっても」
踏み出す。
甲冑は重い。しかし重みなど、アルマレームの決意の比ではなかった。
幻影は、彼の背を見つめていた。少年は何を想ったのかは分からない。ただ一言、
《君は、本当によく分からないな》
少年は言った。
それは、アルマレームの動き出すタイミングと奇しくも同時だった。
剣を振るう。一人を斬り伏せて、もう一人と鍔迫り合う。と、横合いから二人の騎士が飛び出してくる。鍔迫り合っていた騎士を蹴飛ばして、彼は二人の振り下ろした剣を纏めて受ける。
流石に二人分の膂力を押し留めることは難しく、甲冑の足裏で地を擦りながら後退させられる。
圧される。奥歯を噛んで気張った時だ。
背に、不思議な温もりを感じた。
《……まったく。君が王の為に戦ってると思っていたのは、僕だけだったか》
幻影が、アルマレームの背に小さな手を当てていた。
振り返ろうとしたが、幻影は、
《振り返るな。君は前を見ていろ。あの思い出を、守るんだろう?》
「っ。……ああ!」
此処で終われば、きっとあの花畑は荒らされる。ならば終われない。終わっていいわけがない。
アルマレームは押し返す。二人を纏めて、押し返す。
ギィンッ‼︎ 剣の擦れる音が立ち、二人騎士は踏鞴を踏んだ。
その腹に剣を薙ぐ。二騎士は、たちまち絶命した。
屍を越えて一歩を更に踏み出す。
敵の屍山血河を築きながら、アルマレームはただの思い出の為に闘する。
それが師との約束を守ることに通じているから、彼は止まることを選ばず、剣を振り続けた。
しかし彼も人間だ。次第に完全だった動きにも綻びが生じ始め、体力の限界がチラつき出す。
前髪の数本を、騎士の剣先が切り落とす。そのままブリッジの体勢にまで持っていけば、サマーソルトの要領で相手の顎を蹴り飛ばした。
そして即座に退避。そうしなければ殺到する剣の群れにまとめて串刺しにされていたからだ。
肩で息をしながら、残り五十近くになった騎士団のメンバーに目をやる。
死した騎士の数はもう数えきれるほどの数ではなく、そしてその悉くをアルマレームたった一人で倒していた。
《なぁ》
「なんだ……!」
《流石にやばいだろ、君》
「何を____」
《剣持つ手が震えてるじゃん》
既にエネルギーなど切れていた。それでも動いているのは、単純に意思の力だけだった。
アルマレームは剣を握り直す。
それから、ふと呟いた。
「……情けないな。僕って奴は」
《今更だな》
幻影の言葉に、乾いた笑いが洩れた。
「そうだな。師匠が逝った時から変わってない。……これじゃあ、師匠に笑われてしまう」
せめて笑われぬように、アルマレームは虚勢を張って剣を構える。
限界など通り越して、彼は戦いに臨もうとする。
銀と赤の剣に、少年の半透明の手が添えられたのは、踏み出そうとした時だった。
アルマレームが驚きの言葉を呟くよりも早く、少年は口を開く。
《そんなことないって》
「え__」
少年は、困ったように笑って、
《アイツは、君が情けなくても、決して笑いはしないさ。優しく背中を押してくれるだろう。アイツは、そういう奴だ》
アルマレームは少年を見る。
銀色の頭髪に、赤い目。少年は、相変わらず困ったように笑っていた。
その少年を、アルマレームは呼んだ。
「__カメリア?」
言葉に、幻影は悪戯を成功させたように歯を見せて笑った。
《遅いぞ。アルマ》
その愛称で呼ばれるのは、いつ以来だっただろうか。師匠が呼んでくれていた愛称を、幻影の少年____ソードオブカメリアは知っていた。
《まったく。君はまだまだアイツには及ばないな。……でも、だからこそ、君は強くなれる》
アルマレームは、やっぱり驚いたままだった。
しかし次第に言葉が染みて行ったのか、剣を持つ力が戻り始める。確かな闘志を目に燃やしながら、再度剣を構えるのだ。
カメリアが、少しだけ頷いて、
《それでいい。さあ、行ってこい》
アルマレームの背を押した。
刹那、手中の剣が紅色の光を纏い、鳴いた。
かつて師が使っていた技。それがアルマレームの手にあった。
『自分が守りたいものの為に戦いなさい』。
彼の脳裏に師の言葉が浮かぶ。
師は、どんな想いで戦ったのだろう。
師は、どんな苦悩を背負っていたのだろう。
師は、どんなことを想いながら逝ったのだろう。
解答のない問いを見つめ続け、アルマレームは想う。
まだ、師にそれを聞きに行く時ではない。
だから、かつて師が使っていた剣を構え、かつて師が放った言葉とともに、『己が剣』を、ソードオブカメリアを振るった。
「『守護せし紅き剣』!!!」
『なぁカメリア』
《何だいミクリ》
『彼を、アルマをよろしく頼むよ』
《……任せておくといい。僕は、君が見出した剣なのだから》
『そうだね』
《それに__》
『ん?』
《__彼は君の唯一の弟子なのだから、君の教えたことが、彼を守るさ》
『俺の教えたことは、無駄ではなかったか』
《当たり前だ》
『……なぁカメリア』
《……何だいミクリ》
『アルマは、弱いかな』
《…………__》
《__そんなことないって》
椿を前にすると僕は くが @rentarou17
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