10話—5 深淵の訪れ 激昂の女神



 それは宙空を染め上げた。

 紅き千条が宇宙を走る雷鳴となり、巨龍を猛襲する一撃となる。

 鮮烈なる爆光を生み出す超常の激突——しかし刹那の後、弾かれた紅き竜の女神が巨龍と入れ違う。


「くっ……これがあの銀の雫が従えた究極!だが、防いでしまえばどうと言う事は——」


 傍聴席魔族もすでに思考が追いついていない。

 伝説になぞらえた魔王が操る巨龍が、二対の竜機に腕をもがれ——交差しながらであるが、その機体へ競りかすめたあとを刻む。

 誰もが究極の激突に目を奪われるも一矢が報いれずに巨龍健在の事態に、あの最強に手を伸ばした吸血鬼でさえ、伝説をほふるは無理なのかと―― 一瞬の逡巡しゅんじゅんを覚えたはずである。


 だが——それは始まりでしかなかった。

 かすめる巨龍後方へ走った真紅の突撃が、突如宇宙の闇へ消える——否、した。

 転移の先は巨龍の機体の死角——再び恒星の如き烈光と共に、紅き雷鳴が巨龍を強襲。

 完全に虚を突かれた巨龍をかすめる一撃は、さらに速度を上げ闇へ。


 そう——これは

 静から刹那の動より続く、激烈なる千条の真紅の突撃。

 かすめられた傷痕が確実に一撃目を上回る。

 巨龍は一撃をかわすにも、巨躯の真祖が操る剛腕の激突——その直後に訪れた紅き竜機が放つ静から動への襲撃の波に翻弄され、伝説になぞらえた竜王の思考が追従出来ない。

 紅き吸血鬼の突撃は、巨龍と言う機体では無い——竜王の、人体的な思考制御の弱点を付いたのだ。


 生命において、急激な動きの変化に対応出来る種は限られる。

 その中で人類——さらに対となる魔族の身体能力は、生命の中で全般的に平均値を示す。

 魔界では魔獣の血統が存在する故例外もある——だが、それもあくまで肉弾戦を得意とする種の特徴。

 相手が艦隊を指揮し、策謀を駆使して戦う者であればそのくくりには当てはまらない。

 それらはではなく、によって行動するからだ。


「まだだ!もっと——もっと速く!……私の技術の限界までっっ!!」


「うわああああああっっ!!ぶち抜けーーーーーっっ!!」


 遂に吸血鬼の奥義が炸裂する。

 巨龍がみるみる内に、全天より強襲する真紅の雷鳴に包まれた。

 紅き吸血鬼の魔法術式によるとは、この宇宙の闇全てを吸血鬼特有の影を用いた転移空間の場として作り変える事である。


 彼女の駆る竜の女神【霊装機神ストラズィール】には、テセラの使い魔であったローディの様な数百数千の量子体へと姿を変える機能は装備されていない。

 いないが——本体が光速に近い速度まで加速する、神世の力を有している。

 しかしそれは、物理的に生命が耐えうる限界を遥かに凌駕する行為。

 今までの、野良魔族と言う成り立ちのままでは実現は不可能な極限奥義。


 今この時紅き吸血鬼は、最強へとその手を伸ばした事で——遂に奥義を体現出来る頂きに辿たどり着いていた。

 それは彼女一人では成し得ない、ブラックファイア——銀のしずくこぼ不死王ノーライフ・キングの力であった友が傍にいるからこそ、紅き雷鳴と成せるのだ。

 そして――紅き吸血鬼は竜の女神ドラギック・フレイアである少女と一つとなり、伝説を超える猛襲を生む。


「ぬぅおおおおおおーーーーー!?」


 真紅の雷鳴にただ打ちのめされるだけの巨龍——伝説になぞらえた竜王は、なす術なく機体を制御する一室でひたすら衝撃を事に専念。

 しかしその表情には、既に悟りとも思える笑みが刻まれる。

 伝説になぞらえたはずの竜王を、激烈なまでの猛襲で打ちのめす存在が誕生した——その事実にたかぶりを抑えきれないのだ。


 それこそが、伝説になぞらえたいにしえの者達の切なる願いであったから。


 そして——千条の雷鳴が一点へ。

 紅き雷鳴が恒星の如き烈光を放ち、集まるは伝説が駆る巨龍の眼前。

 真紅に燃え上がる竜の女神が、最後の一撃のために打ち貫く構えを取る。

 既に巨龍は原型を留めぬ程の損傷——あの刹那を避け切れなかった伝説の竜王は最早反撃の余地も無い。

 ——否、とうに反撃を断念していた。


 悟りの境地に達した竜王が操縦室内立体モニターで、口角を吊り上げ眼差しを向けるは当然——伝説を越えようとする吸血鬼。

 そして吸血鬼の少女の燃える様な赤眼に映るも、伝説になぞらえし竜王。

 映る伝説に合わせる様に、紅き吸血鬼も口角を吊り上げた。


 直後——紅き雷鳴が収束、竜の女神がかざ魔竜の双角メガ・ドラギック・フォーディスが恒星の如く爆熱し……伝説の巨龍を、光速近くまで達した


「フレア……エンド!」


 紅き雷鳴が通り過ぎ、宙空に残される巨龍——だが致命的なまでに損傷を受けているにも関わらず、ただ砕かれた破片が浮遊するに留まった。

 この限界の勝負の中——紅き吸血鬼は、誘爆の恐れがある機関部を避けて攻撃していたのだ。

 それにはさしもの竜王も不満を投げる。


『これはまた随分と手加減されたものだな吸血鬼よ……。情けを望んだつもりはないのだがな?』


 巨龍の制御室――息も絶え絶えな竜王は、それでも伝説然とした眼光で訴える。

 鋭き刺し殺す勢いの眼光へ、口角は吊り上げたまま――真っ直ぐに睨み返す、伝説を越えた吸血鬼は……事も無げに返答する。


「ふぅ……これは尋常の勝負であっても殺し合いではないぞ?それに私もがいなければ、のだが?」


 その言葉で伝説になぞらえた竜王は、――、今しがた自分をほふったばかりの新世代をうたう吸血鬼に魅了された。

 まさに強者の器――最強をほこる吸血鬼一族に連なる高潔なる存在。

 真紅の竜の女神を駆る少女に――かつての、銀のしずくこぼ不死王ノーライフ・キングが重なる。

 竜王の口からはすでに笑いしか零れない――彼はその生涯で、これほどまでに見事な敗北を決する時が来ようとは想像もしていなかったのだ。


 清々しさすら浮かぶ敗北――伝説になぞらえた竜王は……ついに反論決闘の終止符となる宣言を、吸血鬼陣営と傍聴席を埋め尽くす魔族へ宣言する。


『いいだろう……。もはやこちらの反論の余地など皆無――魔界の歴史上最初の敗北が、これほどまでに素晴らしき物なら悔いも無い――』


『――宣言しよう……このいにしえを代表する竜王アーナダラス。私の負けだ……約束通り、ヴィーナ・ヴァルナグスの魔界追放の罪――!』


 ついにそれは宣言された――反論決闘を余す事無く記録する映像各種、そのいずれへも世紀の宣言が記録される。

 新世代を――不死王ノーライフ・キングを継ぐとうたう、地球からの移住者である吸血鬼が……伝説になぞらえた竜王を超えた瞬間であった。



****



 モニター越しの世紀の宣言は、後方に陣取った残艦体掃討部隊へもにわかに信じ難い歓喜をじわじわと運ぶ。

 相手は伝説になぞらえし竜王――魔界の法の頂点である。

 実感が直に浮かぶと言うのは無理な話であったが、徐々に膨れ上がる大歓声が現実をまざまざと浮かび上がらせる。


「……やり……おったぞ、あの小娘。ああ、ついにやりおった!」


 【マリクト】と言う荒廃が続く最下層世界を、天下布武の元統一した魔王ですらもこの現実――すぐに実感が沸かない。

 自分が成した統一とは訳が違うこの決闘の結果が高揚の中、脅威の事実を突きつけていた。

 天下布武をかかげた魔王が育て上げた、いと小さき吸血鬼がいにしえの伝説を越え――その先の未来へ辿たどり着いたのだ。


 ――だが、大歓声に包まれるも魔王は歓喜のたかぶりの渦中にあって……展開した警戒を緩めない。

 異形の超戦艦艦橋に詰める統括部長も、歓喜を覚えながら各種モニターへ視線を固定する。

 当然である――彼は直前総監を任された魔王に、訪れたる最後の因果の浸蝕しんしょくが牙を剥いた瞬間を見た。

 その不逞の輩が今だ姿――恐らくこの歓喜に酔いしれた瞬間、その気を許せばそれが襲い来るは明白。


「ノブナガ様……伝説殿の敗北宣言により、魔王の擁する大艦隊残存艦は停止しています。――ですが、未だそれらが動力をたかぶらせている状況……これは――」


 注視するモニター ――赤外線による熱探知で残艦隊をスキャニングした結果に、統括部長が更なる警戒を高めようとしたその刹那――

 警戒をあざ笑う様に、残艦体が再起動――制御されているはずの部隊が、

 同時に先の魔王を襲った深淵しんえんの刃――再びその負の力が、天下布武をかざす男へ襲い掛かる。

 それは正しく最後の事態が動き出した合図――天下布武の魔王が、己の身を襲う力に拮抗しながら今……伝説を越えたばかりの吸血鬼へと叫ぶ。


「……ぐっ!?……レゾンよ!奴めが来るぞ――警戒を厳とせよ!」


 異変は前方の伝説が敗北した宙域へも訪れた。

 敗北宣言によりひとつの役目を終えた法のいただきが、すでに見る影も無き神龍の制御室内――決戦により魔法力マジェクトロンを使い果たした身を、玉座を模す操縦席へもたれかかり息を吐いていた。

 あれだけの大艦隊を制御し続けた伝説は、直後の主星からのエネルギー抽出へも力を注いだ事で僅かの魔法力マジェクトロンを残し――それでも警戒に裂くだけの力は展開していた。


 警戒していたはずである――その伝説が、目を疑う光景に包まれる。


「っ!?――これは……ぬぅっ!?」


 法の頂きしかいないはずの操縦室――突如として魔王を囲む様に出現する、無数の魔量子立体魔法陣マガ・クオント・シェイル・サーキュレーダー

 それはなんらかの魔導が行使される予兆――すると突然、伝説の竜王から力が抜き取られる。

 ――それも体内に残存していた物だけに止まらず、


 伝説の竜王は自分に起きた異変と、いにしえの同志より報告のあった不貞の輩の情報を照らし合わせ――己が抜かった事実に辿たどりつき……同時に感じた只ならぬ気配へ、霊圧を叩き付けた。


「……貴様、いつからそこにいた。」


 その霊圧は姿を消していたのであろう存在の、魔導的な視覚疎外を打ち消した――魔導効果だけであるが。

 受けた霊圧はすでに抜き取られた影響で、竜王が感付いた不逞をひるませるだけの力も失い――無様にも不逞の侵入を許してしまう。


『いつから?おめでたい魔王ですね……私は最初からここにいましたよ?愚かな法を定めし者よ。』


 声が響く――しかしそれは生命が発する、声帯から出る類ではない複数の思念が音を形成し時空を震撼させ伝えた

 そこには精気など無い……ただ底知れぬ深淵しんえんから響く、亡者の嘆き様な負の気配が時空を満たしていた。

 立ち尽くす足元は瘴気しょうきただれ、空間は負の浸蝕しんしょくゆがみ――そのゆがみのままゆっくりと歩き出す不逞の輩。

 制御室としては大型の施設――中央玉座に対する位置より歩み寄るそれは、身にまと瘴気しょうきを漂わす白のローブを揺らし隠れたフードの下……邪悪なる笑みを躍らせた。


「そういう……事か。伝説とたてまつられ――私も焼きが回った様だ。その最初とは、魔界と地球衝突の危機――いや、それ以前の事であろうな。」


 魔王は今その身に起こった事実と過去の事件との関連性――同志から集めた情報より抽出した物から全ての事態を悟る。

 つまりは、魔界と地球衝突をくわだてた不逞が掛けた魔界での保険――


 不逞の輩へ向けた対策の、致命的……根本的な見落としがこの体たらく――伝説の竜王はその身の最後を悟る。

 突如として現れた不逞の最終目標は、まがう事無く己の命――にじり寄る不逞の輩の殺意、それも膨大な負の念が己の魂を圧倒している事からも想像に難くない。

 しかし、その伝説の双眸そうぼうには覚悟が宿るも絶望など映らない。

 それは不逞の輩が放つ魔の刃――


『では消えて貰いましょう――ええ、消えて貰いますとも。ようやこの魔界から愚かなる法などと言う物を消し去り――魔界を滅亡に追い込む事が出来るのですから……!では――』


 瘴気しょうきのローブをまとう輩がかざす右手――魔術文字の描かれた小剣が真っ直ぐ力なき伝説を捉え……魔導操作によって描く軌道が心の臓へ強襲した。


「させはしないっ!」


 小剣の軌道――確実に狙われた伝説の竜王の心臓。

 そこへ割って入る魔量子立体魔法陣マガ・クオント・シェイル・サーキュレーダー――寸での所で、空間転移により現われたる紅き雷鳴が叩き落した。

 赤き御髪みぐしは後頭部で二つに結われたツインテール、舞う前髪からのぞく赤眼の双眸そうぼう――竜の双角ドラギック・フォーディスたずさえた紅き吸血鬼がこの全てを予見し


 彼女からすればこの事態こそが、今回の件における最終ラウンド――己が魔界に住まうために越えるべき試練。

 因果との最終決戦……全てはこのため――伝説の竜王に刃を向けられる事も、全ては想定済みであった。


「大事はないか、伝説殿――」


 視界の先、フードに覆われた不逞の輩を警戒しつつ――力を奪われた伝説殿を庇う様に立つ吸血鬼。

 彼女が感じる魔導の痕跡――それはあのびゃく魔王が受け無力と化した物と同一の反応。

 狙われる伝説が十中八九、その魔導の標的にされる事を吸血鬼――ふところへ急くように突撃したのは、この凶刃を防ぐために他ならなかった。


 全ては想定していた――しかし、不逞の輩が取った姿……それは少女が全く想定していなかった

 眼前に映る不逞の輩がおもむろにそのフードをめくる。

 そこにあった表情……一瞬の戦慄と沈黙が吸血鬼を強襲し――


「……っな……!?――」


 少女はを想定していた――だが、不逞は事もあろうかの姿にて現れた。

 紅き吸血鬼ですら予想の範疇から外れた者――同時にその空間を中心とした宙域が、今まで感じた事の無い怒号をともなう魔霊力により揺らぎ始める。


 不逞の輩は侮辱ぶじょくさげすみ、あざけりと、あらゆるおとしめで吸血鬼の内に宿る――尊敬と畏怖を抱きし

 その蛮行は、少女の感情を爆発させるには充分過ぎた――魂の奥底より激流の如くが、激情と共に不逞の輩へと爆豪をともない叩き付けられる。


「ギュアネス・アイザッハーーーー!!!」


 紅き吸血鬼の、地の底より吹き出た膨大なマグマの奔流の如き激昂げっこうが――因果の最終決戦……全ての結末へ向かうための、戦いの火蓋となるのであった。

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