10話―4 天を裂く竜の女神



 巨龍の強襲――二対の竜と、速度も出力も拮抗する。

 巨躯の真祖が攻めあぐね、私ですら超速によるふところへの一撃もままならない。

 しかし悲観などない――それぐらいでなくては困る。

 仮にも伝説になぞらえたこの神龍――巨大すぎる相手だからこそ、≪勝利≫と言う言葉に重き価値を宿せると言うもの。

 何の事はない――私が、この伝説の巨龍を越えればいいだけではないか。

 すでに手足の様に馴染む竜の双角ドラギック・フォーディスを、速度に任せて打ち込むもそれを上回る速度でかわす巨龍をにらみ――これではせっかくの竜の女神も台無しと気付く。

 危うく力のまま暴走していた最初の頃の様なミスを犯しそうになって、まだまだ自分が魔界の徒としては稚拙と頭痛がして来た。


「ベル、見ろ!私はまた同じ過ちを繰り返す所だったよ!――全く……新世代の魔王を名乗って置きながら恥ずかしい限りだ!」


 私の声に量子体のまま、【赤蛇焔せきじゃえん】コックピット内立体モニターへ現れるベル――小人の様なその量子体でクスクスと微笑む。

 最近では「少女です!」との意志を全面に押し出す様な、量子体ながらも形取る衣装が銀色の雫をまと不死王ノーライフ・キングにも似たゴシック調ドレス――オレンジを中心としたその出で立ちが、やたらと女友達の印象を植え付けてくる。


『ええ、知ってます。レゾンはそうやって、何度も過ちを繰り返して来ました。ですが――』


『その度に間違いを洗い出し、必要な物を選りすぐり――常に研鑽を積んで来た事も知ってます。』


 一つ一つの言葉――いつも傍に居てくれた少女が想いを乗せて、私の耳をくすぐってくる。

 そして今必要な勝利を得る手段が、少しずつ鮮明な形へ構築されて行く。


 突撃は常に全力と意識していたが――緩急こそ重要と知り……。

 己だけが突撃すれば勝てると誤認するも――時には他人の助けが大事と知り……。

 少ない手数では戦いも不利と感じるも――必殺の一手を磨き上げれば、手数の不足も補えると悟り……。

 魔族としての生き様も、戦い方も――自分だけでの知識ではない、多くの者から時に教えられ……時に自ら教えを請うて歩んで来た。


 ならこの巨龍を瞬時に上回り――反撃の一手で勝負を決す手段、私はすでに持っている。

 思考をフル回転し引きずり出す――巨龍の本質的な弱点を突き、ぶち抜く必殺の戦術を。


「ああ、その通りだ!過ちは恥などではない……、恥ずべき行為だ!人も、魔族も――総じて過ちから立ち上がる事で高みへと至る!」


「地球で私を迎え入れてくれた、暖かな友人達からそう教えられた!だからこそ――今の私があるんだ……テセラとヴィーナと言う大切な魔の同族と共に!」


 私が存在する意義を――自身の意志を余す事無く紅き女神へ注ぎ込む。

 そう――最後の一手は、【赤蛇焔ベル】と私が一つとなる必要がある。

 あの銀色の雫を零す不死王ノーライフ・キングに並ぶ様に。


 全ての意志が覚悟と共に研ぎ澄まされ、巨龍の剛腕からの対空弾幕をかわし後方へ飛ぶ。

 同時に四人の真祖へ指示をばら撒いた。


「真祖らよ!これより私が奴をぶち抜く――あなた達の援護が必要だ……ファンタジア!」


『おっ、おう!ここでオレの出番か……任された、主よ!』


 唐突の指名で、歓喜に躍る触手の真祖――【魔導式無線誘導触手マガ・アンラインド・テンタクリアス】、彼の搭乗する機体の固定兵装であるシステムを借りる。

 狙うは巨龍の動力源――その接続強制解除だ。

 だが、直接指示を出せば伝説殿の虚は突けない――かといってファンタジアの今だ稚拙な短絡思考では、緻密な作戦を棒に振る恐れが高い。

 その状況を考慮し、事前に真祖らへは策を要した場合への対処を――それもへ移譲している。


「ファンタジア、あなたはその兵装への注力に専念してくれ!そして夜魏都よぎと——制御は貴女に任せる!」


 星から無尽蔵に放たれる力を一時的に切断――力の流れを操る術式は、その信に足る者が幾度もヴィーナの力を沈静化していた事から知り得ている。

 すでにモニターへ映し出される切れ長であるも、優しげな思慮を讃える真祖の司令塔を努めて来た者が……また珍しいしたり顔で私を見つめている。


「お任せ下さい!必ずや――主の道、切り開いて見せましょう!」


 この決闘の中、いささか気になったのは司令塔の真祖の表情――いつもよりやけに紅潮し、その双眸そうぼうがやたらとキラキラしていたのは……今はスルーするとして。

 最後は二人の猛き刃と剛腕の真祖――彼らもまた力を借りる必要がある。


「私が行く直前――道を開くあなたたちの力を信じる!ボーマン、ケイオス——真祖がほこる戦神達の底力……見せてくれよ!?」


『『御意――主の御心のままにっ!』』


 この二人は、もはや言葉など不要と口角が吊り上がる。

 互いのモニターでアイコンタクトの後――たける了承が返され、全ての手筈は整った。


 それを確認した私は最後の一手に要する魔法力マジェクトロン——己が放てる全ての力充填のため、極大術式を展開。

 無防備となる紅き竜の女神を守る位置で、黒き竜が二人の戦神の力をまとい突撃を敢行する。


「行くぞ、ベルっ!〈超振動ヴィヴラス魔導印マギウス不死王励起ノーディスヴェリオン――不死王の霊言・霊印・魔業を背負い、我は駆ける〉——」


「主を守護するぞ!伝説殿……物足りぬであろうが、我ら真祖がお相手致す。——受けよっ!」


 自身でも最大となる量の積層型魔量子立体魔法陣ビルティ・マガ・クオント・シェイル・サーキュレーダー——決闘の舞台である宙域へ所狭しと魔光の円陣を張り巡らせる。

 魔法力マジェクトロンの充填と攻撃に合わせたを同時に展開――しかしそのすきを伝説殿が見逃すはずは無く、私を上回る速度で巨龍が強襲する。


『どの様な一手であろうと――それほど大掛かりな術式……すき以外の何ものでもない!貰うぞ、王を目指す者よ!』


 その強襲より私を守らんとする黒の竜機――激突する気炎が、再びまばゆき火花と共に宙空を染め上げる。

 剛腕と剛腕が強力な魔霊力をまとい撃ち出される様は、超怒級戦艦の実体型砲弾を砲弾で打ち落としているのかと思える程。

 次第に巨龍と我が竜の女神との距離が詰められる――が、その頃合を見計らって射出される無数の物体。

 触手の真祖用機体の固定遠隔兵装【魔導式無線誘導触手マガ・アンラインド・テンタクリアス】、巨龍の背後へ向け変則的な軌道のまま超高速で弾き出された。


魔法力マジェクトロンはフル充填だ、コントロールは夜魏都よぎと……そちらに任せるぞ!オレの制御で主の策に支障を来たすぐらいなら、お前に委ねるのも已む無しだからな!』


「ええ、ファンタジア……あなたのいさぎよさ――無駄にはしませんよ!」


『ふっ、策はやはりそれしかなかろう!させぬ!』


 流石は伝説殿、動力を切断しに来たと踏んで後方への対空砲火――それも今だ宙域に待機する、旗艦両翼分も合わせた弾幕の嵐がばら撒かれる。

 それでも信を置いたる優しき指令塔――こちらも想定済みと、遠隔触手へ魔法力マジェクトロンを送るや対空砲火を回避させ始める。

 実質全てが必要ではない――最低限の時間、動力切断が出来る出力を維持できる相当数があればいい。

 それでも彼女の巧みな操作が、一切の被弾無く動力が抽出される元へ遠隔触手を舞う様に向かわせた。


「させぬのはこちらも同じ!ケイオスっ、力を集めろ!伝説殿を押さえ込む!」


『ああ!抜かるなよ、ボーマン!』


 黒き竜機のメインコックピットで吼える巨躯の真祖へ、白銀髪の真祖が同調――直後……竜機を取り巻く気炎が倍増し、拮抗していたパワーバランスが一時的に真祖らへ傾くと――


『おおおおおおおおっっ!くらえええええっっーーーー!!』


 傾くバランスのまま、一気に巨躯の真祖が剛腕の一撃を伝説殿の巨龍ふところ目掛けて押し込んだ。

 倍増された黒き竜機——猛然と押し込む勢いをさせじと巨龍の剛腕が押し返す。

その中にあって対空砲火が勢いを増すのは、伝説殿の強大な魔法力マジェクトロンの為せる技。

 だが——指定宙域へ遠隔触手が到達した時点で形勢が一気に反転する。


「くっ!流石は【ネツァク】が魔王に仕えし高潔なる者達——あの紅き吸血鬼以外で、この私に拮抗する者は初めてであるぞ!」


『なればその初めてを敗北の一幕へ加えるがよい、伝説殿よ!——我らが新たなる主が、来るぞ……このノド元へな!』


 たける巨躯の真祖——それを合図に優しき双眸そうぼうの真祖が、巨龍と主星の中間宙域へ魔量子立体魔法陣マガ・クオント・シェイル・サーキュレーダーを広域展開。

 操作された遠隔触手が、円を形取る配置へ次元的に固定された。

 直径にして200m——巨龍に迫るサイズの円形配置のそれらへ魔法力マジェクトロンが満たされ——


超振動ヴィヴラス魔導印マギウス黒竜帝ブラディオン!力の導きさえぎる魔の障壁よ!」


 放たれる優しき司令塔の術式が、魔法力マジェクトロンと共に遠隔触手各機へ満たされ——形取った円形の中、物理的なエネルギーを強制遮断する魔導障壁が鏡の如く張り巡らされる、が——


『うっ……!?主様、これは流石に……!』


 夜魏都よぎとの絶句は至極当然——遮断した力の源泉は主惑星ニュクスそのもの。

 普通に考えればそれ程の膨大なエネルギー ——その奔流を動力とする伝説殿の巨龍が異常なのだ。

 しかし、動力切断と同時に黒き竜機が咆哮を上げる。

 ここぞとばかりに持てる全ての機関出力を爆発させ——


「この機を逃すか!食らうがいい、伝説殿よ!D・D砲デイメンション・デストロイズ・バスター——零轟ゼロ・ブレイクっっ!!」

 

 巨龍へ接敵したまま剛腕に乗せられた黒き竜機の決戦奥義が、振り抜いた先——爆裂する。

 その体躯を直接撃ち抜けずとも、腕部ならばと接敵した巨躯真祖の狙いが激しい爆轟をともない——巨龍の剛腕を根元から撃ち砕く。


「主様!こちらは持って20秒……それ以上は——」


 優しき司令塔の真祖が全力で抑えにかかるも、流石に相手が主惑星ニュクスの力の奔流では1分すら持たせろと言うのは無謀だ。

 ——違うな……1分など必要は無い。

 今私は魔法術式展開を終えた——この瞬間の為に開発した、今まで寄り添い……使い魔から友となった少女と宇宙をかける


 その奥義展開を前に彼女を傍らへ呼び出した。


「ベル……。」


「はい、レゾン……。」


 私の声に量子体からいつもの魔族形態へ移行し、傍らへ寄り添う素敵な友達——その物質化した暖かさすら感じる手を取り、彼女へこれまでの感謝と想いのありったけを贈る。


「私が害獣と呼ばれたあの日から、ここまでこれたのは君のおかげだ……。今までありがとう——本当に、感謝している。」


 自分でも分かる——テセラ達と出会って当たり前の様に備わった満面の笑顔……とっくに自然と贈れるまでに成長出来た。

 悲劇を呼んだ自分の無力を悔い、その悲劇を生んだ野良魔族を憎悪し——醜態しゅうたいの限りを尽くした私はもう居ない。


「レゾン……。私もこの時をどれ程待ち望んだ事か……。行きましょう——そしてヴィーナ様の罪赦免しゃめんを、勝ち取りましょう!」


 この身を支えてくれた、本来であれば最強の部類に属する強大なの友が——同じく満面の笑みを贈り返してくれる。

 そして繋がる絆を宿した暖かな手で、互いの力——魂が同調するのを確認した私は、これより反論決闘用に編み出した……最終決戦奥義を発動する!


「伝説殿よ、この様な場ではあったが——その胸を借りる事となり、感謝している……。これはせめてもの返礼だ——」


「得と味わって貰おう……これがびゃく魔王の意思と、不死王ノーライフ・キングの力を継ぎし新世代——新たなる【ネツァク】を統べし魔王の全力だっっ!!」


 紅き竜が力に満たされる。

 魂よりみなぎる……研ぎ澄まされた鋭利なる裂帛の気合いが、これより放つ激烈なる一撃を前に静を——宇宙の闇と同化する様にただ静けさを放つ。


 クサナギ家表門当主であった桜花おうかは、決戦の最中静と動を使い分けていた。

 それこそが戦いの本質——いたずらな突撃ばかりでは勝機を得られぬ事を学んだが故、この静の瞬間こそが今の奥義を最強たらしめる姿。

 静は一切の無——そこから繰り出されるは激烈なる動。

 天空を切り裂く紅き突撃——決戦奥義。

 それを表すかの如く、竜の女神ドラギック・フレイア背部へ真紅の突撃を今かと待つ——六枚のスラスター翼が、気炎をたぎらせ恒星にも似た烈光を放つ。


 そして静の刹那――私は全てを解き放つ。


「術式展開……最終決戦奥義——【真紅霊装・千条閃牙・熖帝撃クリムゾン・サウザレイド・インフェルノ】っっ!!」


 静が、刹那の時を反転し動へ——

 宇宙を切り裂く、真紅の雷鳴と化す竜の女神ドラギック・フレイア——伝説殿の巨龍を猛撃した。

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