10話―3 天楼の敦盛



 かつて魔界と言われた主惑星ニュクス

 その神の如き竜は星をまとい現れた。


 竜王の名を称した旗艦より出でたそれは、物理的な体躯こそ産み落とした艦より小さき姿。

 だが、神を称する竜がまとうは星――魔族と言う種族を、光量子ひかりの刃より護るため星が吐き出す大いなる魔の盾。

 神龍を指す姿はその魔を守護する膨大なエネルギーが物質化した、体躯を遥かに上回る巨龍。

 本体より放出される峻厳しゅんげんの竜王の魔法力マジェクトロン――同調・媒介する事で星をまとう神の如き姿へと変化したのだ。


 巨大で――常軌を逸した姿は、それを食い破らんとする二対の竜機が赤子の様にすら思える。

 しかしその体躯から想像出来ぬ強襲が、二対の竜機をほふる速度で襲い来る。


『引き出したはいいが、これは中々想定外だな!この図体で私の【赤蛇焔せきじゃえん】を追い落とす勢いだ!』


 紅き吸血鬼は、己が力の集大成と呼べる竜の女神ドラギック・フレイアに搭乗――ようや辿たどり着いた伝説のノド元を脅かそうとするも、まさかの機体速度に翻弄される。


『くっ……この出力は!主よっ、我等の黒き竜と拮抗するぞ――この巨龍!』


 剛腕を構え、後方へ気炎を吐き突撃する黒き竜の一撃――同じく剛腕にて迎え撃ち、激烈なまでの衝突が火花を散らす。

 きしむ剛腕を弾かれつつ態勢を取る、真祖ボーマンをメインとする黒き竜機――引くつもりはなくとも、攻め切れない。


 天楼の魔界セフィロトの歴史上においても、これ程の激突は類を見ない。

 魔界を統治する法の制定は、魔族間の無用の争い減少に多大なる効果を見せていた。

 目立つ争いの大半は【反論決闘】が端を発すると言っても過言では無く、一部の例外を除けば新世代の魔王——【ティフェレト】が魔嬢王ミネルバと【ネツァク】がびゃく魔王シュウの即位前に見られた傍若無人が乱舞した時代程度である。


 しかしいかに新世代と言えど、魔族においての常軌の範囲内——魔界を治める頂きよりたしなめられる程度の荒ぶりは、上層界の魔族らからすれば若輩者の稚拙なたけりと取る者も少なからず存在しただろう。


 だが——すでにこの法に基づく決闘の場に、傍聴人としておもむいた魔族らの思考は考える事すら停止していた。

 過去に起きた狂気が席巻した時代など、最早遠き彼方へ追いやられる。

 今魔族らの眼前で繰り広げられる超常を遥かに超える激闘は、そこに魔界創生の伝説が再現されているかの如く彼らを魅了しているのだから。


 伝説になぞえる竜王が、真なる姿を星をまといて顕現し——それを迎え撃つは、同じく伝説の血統を継ぎし二対の超竜……その星を宿す巨龍の絶大な武力と拮抗する。

 魔界は今——その超新星誕生にも似た、新たなる創生の時代へ突入している。

 すでに決闘は勝敗の如何いかんに関わらず、魔界の伝説の新章として刻まれる秒読み段階に入っていた。


 ——が……その最中、決闘の背後に忍び寄る不穏の影。

 刻まれる伝説すらも浸蝕しんしょくせんと、静かに魔界を飲み込み始めていた——



****



 【反論決闘】を控えた最終の作戦会議。

 魔界外郭へ重力アンカーで取り付く異形の艦の一室――決闘が法基準により全容が記録される上での、策の詰めを話し合う同盟一同。

 何よりその決闘の後に訪れる不逞ふていの輩への対策が急務であった。


「――と言う様に、全容が会場へ余す事なくさらされる状況だ。それも踏まえた事前の合図を決議したいのだが……。」


 ただの魔族の成り上がりであれば、力押しと言う選択も無くはなかったが――仮にも魔界で並ぶ者なき策士と持てはやされたあの不逞ふていなる者……万全を期すに越した事はなかった。

 かく言うワシもそれ以降の算段をいくつか視野に入れ――ミツヒデと協議は進めていた所……準備した一つの案件をレゾンめに伝える。


「お主の言う合図とやらへ、わしから一つ提案がある……。なに、そこは通常なら思考の及ばぬが逆に相応しいと思うてのう?」


不逞ふていの者の動き――そこへ想定した、存在の本質を察知するに適した者が合図を送ると言う物じゃ。」


 ワシの提案と、そこに至る経緯を聞き及び――ふむとふける紅き吸血鬼。

 そこへ自分と共通する点を見出したあやつにより、提案した合図が採用となり――趣旨は同盟の志士へ伝えられた。

 まあ、流石にそのあまりにも常識を外れた合図の全容に、最初はみなその目を白黒させていたが――ワシの出自から没後、そしてこの魔界へ転生した流れを聞き……深い首肯で志士らの理解も取り付けた。


 ――その中であやつ、ミツヒデだけは「流石は殿、あなたはやはりノブナガ様にございます!」と、謎の理解を示していたな……(汗)

 それもそのはず――この身が人であった時分、戦国の世のそれをつぶさに知りうる者は……今傍にいる有能なる懐刀ミツヒデのみなのじゃから。




「ぐがっ!?」


 伝説になぞらえるあの魔王の大艦隊――残存部隊の掃討戦の最中。

 突如として我が身を襲うきしみ。

 これは肉体ではない――精神、否……魂の本質をむしば深淵しんえんの刃。

 忘れもせぬ魂がきしむ様な激痛――戦国の世でこの身を魔王へとおとしめたドス黒き闇のほころび。


「ノブナガ様!?……まさか――」


 異形の超戦艦艦橋――今最も近くにいる水軍の血を継ぐ男が、即座に異変へ気付き言葉を発しようとするが――


「……っ、ワシに構うな壱京いっきょう殿!そなたは【武蔵】の指揮に専念せよ!」


 統括部長を手で制し――余計な言葉を発さぬ様やるべき事へと専念させる。

 異変は想定済み――が、それを同盟の士に伝えるは同時且つ傍目に悟られずが重要であった。

 思考にぎる過去――長きに渡りむしばまれていた悪夢の様な苦痛がその頭をもたげるが、今事を仕損じる訳にはいかぬ。


 暗き深淵しんえんより訪れた闇の刃――全ては親愛なる肉親【織田 勘十郎 信行おだ かんじゅうろう のぶゆき】を、ドス黒き情念のまま手にかけた時から始まっていた。

 あの時の絶望から、忍びの里を滅ぼし――神仏を蹴散らす勢いのまま、僧らの居城を焼きつくした……あらゆる残虐なる所業が、この身を負の魔王オロチへと駆り立てた。


 じゃが今――わしは新たなる地にて、生を享受する魔族の王魔王として民を導いている。

 あの深淵しんえんがいくら深かろうとも、もう易々とこの身をくれてはやれぬ。

 その鋼鉄の信念をたずさえ――わしは艦橋の奥、この合図のためだけに準備させた六畳の間へきしむ身を引きり……凜と立つ。


 その手には魔界にてあつらえた天下布武を記す扇子――この【反論決闘】と言う超常の決戦最中であるからこそ、のちの行く末を願い……傍目が騒然とする想定外を演じてやろうではないか。


 超戦艦の回線は、証拠記録として開いたまま――その回線へ同盟の志士全てへ届く様に、扇子を右手に前へ伸ばし……同じく右足をり出した。 


『天楼の魔の~~五百余年~~化天げてんのうちを比ぶれば~~――』


 それはこの魔界で新たなる生を受け――真の天下布武を成した証とし、魔界の文化の先駆けとなる様アレンジした物――


『夢幻の如くなり~~再び生をけ~~――』


 戦国の世……かつて人であった己が手にかけた、多くの命への鎮魂と贖罪しょくざい――そしてとうとぶ念をその舞いに宿し――


『滅せるものの~~あるべきや~~――』


 そして今――魔界の伝説を超えんとする一人の吸血鬼の少女……その未来への勝利を祈願し贈ろうぞ。

 この【幸若こうわか天楼てんろう敦盛あつもり】を――



****



 恐らくそれを耳にした、傍聴席魔族達は困惑をあらわにしただろう。

 私も経緯を聞かされていなければ、それらと同じ思考に辿たどりつくはずだ。

 けど――それを提案したあのが、いかに人としての苦しみを耐え抜いたかを聞き及んだ私は……その舞いに、生きる事の過酷さと魂の覚悟を見た。


 あの男に戦国と言う世で降りかかった火の粉は、私もよく知る闇の浸蝕しんしょく――しかも彼はそのドス黒き情念に駆られ、無慈悲に多大な犠牲を生み出し続けたと聞く。

 それは長き年月を経てなお――第六天を名乗る魔王へ後悔となり刻まれている。

 多くを語らずとも、今モニター越しに映る舞いが全てを如実に語っていた。

 だからこそその舞が、この場に最も相応しき合図と思えた。


 そしてそれは、正しく深淵しんえん浸蝕しんしょくが近付く警告に他ならない。

 合図と聞き及ぶ同盟の志士らは、モニターに映る魔王の舞に最後の決戦への覚悟を決める。

 奴が今――そこまで来ている。

 私があの天下布武の魔王が提案するに乗ったのは、あの男が私以上に長き時間オロチ浸蝕しんしょくと戦い続けたと聞いたから。

 優にが、浸蝕しんしょくとの戦いであったと聞いた時――光に属する人類が、いかに強き生き様を持つ存在かを思い知らされた。


 ならばその光でありながら魔王と呼ばれた男が、戦いや人生の折り返しの際に好んで身を委ねた舞――≪敦盛≫を合図とする事に何の意義もあり得なかった。

 私や新世代と呼ばれる同盟の志士達――その決起とも言えるこの法に準じた決闘へ、その舞が捧げられるのは光栄の一言に尽きる。

 本能のままの戦いを、文化と言う舞で御する――新世代をうたう私達が今後魔界を担う上で、はありえまい。


 ――そう、新世代の魔界の士は……

 それは即ち生をとうとび、いたずらに争いを呼び込まぬ様己の闘争本能を律する誓い――魔界の新たなる時代の幕開け。

 それがあの日の本と――日出ずる国、日本と言われた世界から贈られた何よりの宝である≪心≫。


「ボーマン、ノブナガの決意の舞いは見たな!?全てが動く時だ――勝ちに行くぞ!」


 その日本より贈られた、まとい――深淵しんえん浸蝕しんしょくと対峙するための覚悟を決める。

 それを今共に居並び舞う、黒き竜機に搭乗せし巨躯の真祖へ熱きたぎりと共に叩きつけ――


『拝見いたしました!あれがあの、光みつる地球と呼ばれる世界の文化――我等の!実に覚悟が洗練されたぞ、主よ!』


『我等真祖一同―― 一切の抜かりなし!決めましょう……そして、戻りましょう――≪勝利≫の二文字をたずさえて!我等を待つ、の下へ!!』


 全ての真祖の覚悟が集まるモニターを一瞥いちべつ―― 一様に心は一つと、語らずともその目に刻まれる。

 今更ながらに思う――あの偉大なる白き魔王は、かつてこの高潔なる吸血鬼の真祖らを従えて魔界を席巻したのだろう。


 そして今度は私の番――共に寄り添う友……ベルも従えて、これより向かう先は勝利をもぎ取る戦い。

 その後因果の戦いを経て――私は害獣と言われた過去を

 彼女を――ヴィーナを魔界で正統な名目の元、護るための唯一の手段。

 

 勝利意外に道は無い――勝利意外に許されない。

 その紅く強き意志を受けた乗機――【赤蛇焔せきじゃえん】が咆哮を上げる。

 竜の女神ドラギック・フレイアが、闘神とも軍神とも取れる裂帛の気合に包まれた。


 さあ――ぶち抜きに行くぞ……星をまとう伝説殿の神龍を。

 赤煉せきれんの魔法少女――レゾン・オルフェス、いざ……参る!!

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