10話―2 星を纏いし王



 その大地に訪れた時は、いと小さき少女であった。

 天楼の魔界セフィロトに住まう数多の魔族が嘲笑ちょうしょうすらしたであろう。

 地球と言う大地の闇は限られた期間しか時を刻まない――故にそこで育つ魔族のたかは、ほぼ暗闇に覆われる魔界の大地で育まれた魔族に遠く及ばない。

 暗闇に包まれる時間が多ければ多いほど、魔族の体内に蓄えられる魔法力マジェクトロン――そして魔霊力総量が、魔族の種族としての霊格を高みへと誘う。

 それがこの世界での通説――地球との、如何いかんともし難い種族格差の壁である。


 しかもそのいと小さき少女は、本来自然に生まれた種ですらないただの害獣――野良魔族からの突然変異なのだ。

 天にそびえる魔界ですらも、稀に発生する野良魔族は純粋なる霊災であり忌むべき者である。


 通説は揺るがない――揺らぐ事も想像出来ない、魔界の真理とされていた。

 だが――歴史は新たなる種の覚醒を、今この宇宙へ刻もうとしていた。

 例えそこへ、天楼の魔界セフィロトに代表される一人の魔王が関わっていたとしても、そう事が上手く運ぶはずがない。 

 言わばその小さき少女――突然変異により生まれ持った種族の基盤こそが、彼女の成長に奇跡を呼んだのである。

 魔族において最も高き霊格を宿せし種族――吸血鬼と言う種族の基盤が、幾つもの奇跡を束ね今に至るのだ。


 その無数の奇跡の様な事態から導かれる事実を、旗艦を操る巨大な一室――その中央にある座へ鎮座した、峻厳しゅんげんを体現する竜王は噛みしめる。


「シャス・エルデモアの娘より聞き及んだ時、私は耳を疑った。テセラの名を持つ【ティフェレト】第二王女のみであれば、その成長からも納得がいく……。」


「それが何故――害獣より生まれ出でた下等なる有象無象を魔界へ呼び寄せたのかと……」


 峻厳しゅんげんを体現する魔王の擁する大艦隊――すでに大半が宇宙の闇の藻屑と消え、荒ぶる新世代の猛威が次々と残存する部隊を打ち払っていた。

 すでに力の均衡は吸血鬼側へ傾き――伝説になぞらえし魔王の眼前では、二対の超竜が舞い旗艦へと肉薄すると言う現実。

 大艦隊の進撃も、旗艦の放った破壊の訪れさえも越え――新世代の新星達が、新たなる歴史を背負い己がノド元へ喰らいついている。


 その現実のどこへ疑いを挟む余地があろうか――いと小さき半妖の様な吸血鬼が今、伝説になぞらえる同志と新世代の新星を引き連れ……紅き恒星となって宇宙を焼き尽くしているのだから。


「認めるしかあるまい……レゾン・オルフェス――お前はまがう事なき不死王ノーライフ・キングを継ぎし者。生ける伝説である、あの竜魔王……ブリーディア・リリ・ドルシェの力そのものだ!」


 多くの魔族が畏怖の念を込め、生ける伝説を【竜魔王ブラド】と呼ぶが――この伝説になぞらえる魔王にとってはいにしえに、魔界創生を賭けて共に戦いし同志であり友である。

 彼にとってはリリと呼ぶのが、むしろ普通であるのだ。

 竜の魔王と共にあった伝説達も、不死王ノーライフ・キングと呼ばれた少女の恐るべき力のたかを知りえている。


 その伝説になぞらえた者達――魄邪軌はくじゃきが、ヴォロスが……そしてナイアルティアまでもが新たなる世代に魅了されている。

 そして今また一人のいにしえの伝説が、眼前で己がノド元を食い千切らんとする高潔なる吸血鬼に魅了された。

 天楼の魔界セフィロトの歴史はすでに、レゾン・オルフェスと言う紅き吸血鬼を受け入れ始めていたのだ。


「よかろう……確かにお前は宣言した……全力で願うと。ならばこのままむざむざと勝ちを譲るは、いにしえの伝説として恥以外の何物でもない。」


「どの道お前達新世代に、のちを託した今だ――全てを出し切り華やかに散ってやろうではないか!」


 いにしえに名高き伝説の中でも、知略に寄る思考と大艦隊を持つ竜王が今——心の奥底より湧き上がる、鮮烈なるたぎりに突き動かされる。

 ——闘争本能——

 それは一様に魔族と言う種の遺伝子に刻まれる本能であり、魔族が魔族たる所以ゆえんである。

 しかしいたずらにそれを振るえば、魔族の社会など立ち所に崩壊を見せる。

 ゆえの【帝魔統法】——ゆえのセフィロトの樹を模した世界であった。


 それをおいて尚、魔界の法を統制する存在がたける。

 あの呂布りょふが、魄邪軌はくじゃきが——そして、四大真祖が見せたたぎりの様に。

 もはや湧き上がる熱きたけりを抑える事など、この伝説になぞらえた竜王ですら叶わなかった。


 そして——


「では【ネツァク】の新たなる魔王よ……魔界に降臨した、新たなる伝説を目指す吸血鬼よ!その目にしかと焼き付けるが良い——」


「【峻厳しゅんげんのアーナダラス】が先達せんだつとして振るう最後の武力——旗艦【竜王アナンタ】神龍形態を!……さあ、見事に超えて見せよレゾン・オルフェスよ!」


 熱きたけりの全てをさらし——伝説がその真なる姿を現わした。



****



 その咆哮はモニター越し——しかし、それが宇宙を揺るがせたと錯覚する程の猛烈極まりない霊圧。

 言うに及ばずあの銀のしずくまとう究極に並ぶそれ。

 けど今の私は、宇宙を震撼させる伝説殿のたけりが心地よい。

 過酷な修練の最中、対峙した巨躯の武将――反論決闘を挑みし四大真祖との激闘。

 この世界に来てからという物、魂と魂の駆け引き――しのぎを削る日常が、私にテセラの言う様な武人と呼べるたたずまいをまとわせたのだろう。

 本来魔族が遺伝的に宿す闘争本能とは、武のしのぎ合いへ至るまでの触りでしかない――私はそう実感している。

 つまりは、稚拙なまま闘争本能をさらけ出すは下等の所業――けどそれが、洗練された魂のしのぎ合いまで昇華させる事叶えば……魔族が早々に負に堕落する事はないだろう。

 きっとこの武の心を宿す行為は、これからの魔族のあり方へ大きな変革をもたらす新たな起点となるはずだ。


 彼らが――伝説になぞらえたいにしえらがこの魔界へ先ず、世界の安定と社会の基盤を導いた。

 ならば私達新世代はこれからの魔族のあり方へ、新たなる変革を招来する様動かねばならない。

 それがこの反論決闘と言えるならば――私は図らずして、最初の一歩を踏み出せた事になる。

 この戦いはただの決闘にあらず――何よりも大切な者のために挑む、正々堂々……尋常の勝負。

 伝説殿のたけりが心地良いのは、そんな様々な思考が影響しているのだ。


 そして――そのたけりが私のあおりで見事に火を灯し、いよいよ正体を現した。


「ボーマン、そして真祖らよ!心してかかれ……これより我等の眼前に現れたるは伝説殿のだ。ようやく引きずり出せた、あの魔王の真の姿――それを越えて終わらせる!」


 伝説殿の旗艦に異変――迎撃のため放たれていた対空砲火群が終息をみせるも、吸い上げられる魔量子マガ・クオンタムの奔流が一層激しくうごめきだした。

 美しくも恐ろしい地獄の終焉とも思える力の奔流――すると吸い上げられた輝きは、旗艦の動力部ではない……その艦首から下部後方へ流入する。

 エネルギーの奔流が流れ込むその旗艦底部――今までお目見えしていなかった魔法陣、想定したサイズに見合うほどに巨大……積層型魔量子立体魔法陣ビルティ・マガ・クオント・シェイル・サーキュレーダーが発現する。

 の発現は今居る宙域へ、我等が駆る竜機所かあの超戦艦をも上回る巨大な――想定したる存在モノが現れる予兆。

 現れた魔法陣に反応する様に、旗艦の下部全体で減圧による気体の放出と共に装甲がパージされ始めた。


 解放された旗艦装甲部が宙空へ舞う中、その艦体部分へ収まる物が徐々に私の視界を支配する。

 映る姿は正しく私が、穿うがたれた傷痕より覚えた違和感そのもの——明らかに旗艦の構造と異なる異形が収まっていた。


「そうだろう。この天楼の魔界セフィロト何故なにゆえ魔王や、それに匹敵する者が恐れられるか……。私が何度も目にして来た状況から推測すれば――簡単な事だ!」


 それはあの大切な友人テセラですらその域へ辿たどり着いた、物理的考察における終着点——超常を絶する魔法力マジェクトロンを行使するための、強力なる機動外殻への搭乗。

 伝説殿が今さらけ出す真の姿こそ、【峻厳しゅんげんのアーナダラス】が持つ魔法力マジェクトロンを力として行使する魔導の鎧なんだ。


『主よ……我が生涯で、まさか星の力をまとう巨龍と対峙するとは夢にも思わなかった……。』


 モニター越しで響く言葉がいつになく弱気な内容だなと、巨軀の真祖へ皮肉を飛ばしてみる。


「ガラにもないな、ボーマン。まさか怖気付いたか?」


 分かっている——言葉こそ弱気に取れる内容だ。

 しかし彼の思いは間違いなく——それを表す巨軀の真祖の表情が、まるで私やノブナガの如く口角を吊り上げ——


『まさか……私はむしろこの身が打ち震えてなりません!これ程の存在を相手取り——新たなる主と、新世代としての文字を我らが祖国へ持ち帰る事が出来ると!』


『主よ、我ら真祖はヴィーナ様と共に……この魂尽き果てるまで、主に着いて行く所存にございます!』


 見事なまでに真逆の思いのたかを、まだ熱く叩き付けられた。

 そうだ——あの亡きシュウが治めていた【ネツァク】のシンボルは〈勝利〉。

 私達はこの反論決闘を勝利で終わらせる事で、同時に真祖が祖国と愛してやまない大地へ相応しき対価を持ち帰る事が出来るんだ。

 それはシュウと言う偉大なる魔王へ、計り知れない恩を返す事と同義。

 、改めて決意と覚悟が研ぎ澄まされた。


 〈勝利〉の言葉とヴィーナの罪赦免——この決戦で全てが決まる。

 見ていろよ……面倒くさい魔王——あんたのお節介で救われた半妖吸血鬼が、

 その世界を守護して来た真祖の思いと、その世界の民の安寧の為に。

 だから——全てを見守っていてくれ……私が伝説を超える姿を!


「行くぞ!ボーマン、ケイオス、ファンタジア——そして、夜魏都よぎと!我らが【ネツァク】のほこりと意地……見せてみろ!」


『『御意!――新たな主の御心のままに!!』』


 四つの心と私の心が、高潔なる誓いで巨大なる一つの意志となり——二対の竜を駆って今、星をまと顕現けんげんせんとする神龍へ飛ぶ。

 ヴィーナ……あと少しの辛抱だ。

 反論決闘勝利とを経て——君の元へ必ず戻る。

 だから……待っていてくれ!



****



 その日、天楼の魔界セフィロト峻厳の地ゲブラーだけでは無い——あらゆる世界の魔族がその伝説の瞬間を待ち侘びる。

 数多の映像設備を用い、その決闘の全貌を魔界全土へ配信せよと打ち出す者により導かれた状況だ。

 魔界を統べし頂点——【魔神帝ルシファー】が歴史の動く瞬間を、世界へ向けて公表せよと命じたのだ。


 そこには重要な思惑が込められる。

 未だ動かぬ不逞ふていやから——万一魔界本土へ魔手を伸ばさんとした時、魔界の民が虚を突かれぬ様に。

 あわよくばその決闘を目の当たりにした、魔界の民のたぎる力を不逞ふていやからより世界を守る力に変える為に。

 決闘の終焉イコール今起きる超常の事態終焉では無い——真に魔界の異変を収める為に、魔界の頂点は紅き吸血鬼——そして戦国を駆けし魔王ノブナガの如く、知略と策略を駆使して万全を期す。


「新世代の者達よ……全てはとどこおりない。今はまずその試練を超えよ——期待しているぞ……。」


 魔界最上層、神の座に近き世界の中央——主惑星から伸び、エネルギー的に一体となる万魔殿パンデモニウム

 王座に座して事の行く末を見守る金色こんじき御髪みぐし——魔でありながら神々しさを称える男が、中空へ浮かぶ魔導式モニターを静かに注視する。


「そちらも動きがあれば頼む。ナイアルティアがいつでも動ける様控えている——峻厳の地ゲブラーが攻撃の矢面に立たされる可能性が最も高い。」


「そうなれば彼女の力も必要になる——その時は任せた…兄者。」


 同じく浮かぶモニターのうち一つ、万魔殿パンデモニウムを通じて主星へと繋がる回線――地上部のとある別荘を映す。

 神々しき者がその通信を介し見やるは、彼が言葉を送った存在と片割れに在る銀嶺ぎんれいきらめきをこぼす少女。

 魔神帝とさして違わぬ容姿の金色こんじき銀嶺ぎんれいと並び鎮座する姿は、この世にある如何いかな装飾も敵わぬきらびやかさすら放つ。


「ああ、こちらも準備は出来ている。王女殿下も……いや、テセラもすでに状況を察しているはずだ。――あとはレゾン様の活躍次第……守るぞ、ルシファー ――」


「この――我等魔族の理想郷……天楼の魔界セフィロトを!」


 兄と呼んだ、金色こんじきを同じく放つかつては天軍を統べし神々しき者より――今魔界を統べるいただきへ決意の言葉が送られる。

 強く首肯するいただきは、再び新旧の伝説達が舞う宙域を映す映像へ視線を戻した。


 その視界――モニターは鮮明に映し出す。

 反論決闘のとなる宙域で舞う二対の竜と――その大きさを凌駕する巨龍が、顕現けんげんする様を――


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