9話―6 決意の竜王が託す物



 交錯する突撃とあおりの中――戦乙女ヴァルキュリア内部、投影式モニターで伝説殿と熾烈なるを交わす。

 その最中――伝説殿の表情が動いた事に気付いた私は、それが意図する思考を読み取った。

 今は反論決闘の只中——正に相対する私と伝説殿。

 けれど未だ動かぬ不逞ふていやからへの備えとして、私はあらゆる策を講じて来た。

 それは伝説殿も同じ——魔界を守護する役を担う大艦隊を有する、彼の確固たる使命だ。


 そこへ至る私の思考と伝説殿の心情——幾つもの点と点が繋がって、一つの姿が未来を照らす道筋を生み出した。

 同時に私の脳裏へ一つの言葉が響いた気がした。

「後の事は任せたぞ。」と——


 刹那、再び襲う強烈な圧力——旗艦【竜王アナンタ】の後方、魔界の大気を構成する魔量子マガ・クオンタムの海がうねりを上げて吸い上げられる。

 視界に映るエネルギーの本流は、例えるならば昇竜——旗艦の名を表す正体がそこへ出現する。


「各機、油断するな!伝説殿の旗艦がエネルギーを充填し始めた!このまま一気にぶち抜くぞ!」


 恐るべき気配を感じながらも、同志へ突撃敢行を指示する私——まさかとは思う。

 けど——脳裏に響いた伝説殿の声は、全てを受け入れた者の悟りの極地を同時に感じた。


 旗艦【竜王アナンタ】が吸い上げている力は、基本物理に準じる力。

 純粋な魔量子マガ・クオンタムと言う物理エネルギーを糧とし、あの旗艦が運用されている。

 対する私が支配する、【竜魔王ブラド】が擁する力は霊的なエネルギーである魔霊力——生命を構成するエネルギー。

 つまりは伝説殿の種族である〈竜〉とは物理の象徴であり、私に宿る【竜魔王ブラド】の〈竜〉とは霊力の象徴——二つは同じ〈竜〉を冠しながらも、異なる本質を持つ存在である。


 そこから浮かび上がる伝説殿の力の源泉は、言わば主惑星【ニュクスD666】の魔量子的なレイラインそのもの——そう考えが至る時点で正気の沙汰ではない。

 その主惑星の力をあの旗艦にて操る程である——万が一それが不逞ふていやから制御を奪われよう物なら……この魔界どころか主惑星すら奪われる恐れがある。

 だからこそ伝説殿は逡巡しゅんじゅん逡巡しゅんじゅんを重ね……恐らくはこの私へ——いや、私達へ全てを託す心積もりで決断したと感じた。


 そう——憂いを絶とうとする決断だ。


 感じた警告のサインそのままを、突き進む【武蔵】へ対応をと指示を飛ばす。


「ノブナガ!……奴は自軍の艦隊諸共、私達を狙い撃つつもりだ!私と真祖らで一気に飛ぶ!だから——」


 そこまで口にした私へ投影モニターの先——見慣れたしたり顔で、見透かした様な返答が返される。


『是非もなし!レゾンよ、こちらは任せろ!後が支えておる故——さっさと行って済ましてくるが良い!』


 何とも頼もしき同志と、心より感謝した——導師に仕え、ベルの思いも振りほどいて突撃していた頃が嘘の様だった。

 今の私にはこれ程心強い味方が、その手を——思いを貸してくれる。

 何の迷いがあろうか——私は因果との戦いを控えたこの反論決闘を、ただひた向きに終わらせれば良いだけなんだ。

 至る思いは生きて支えてくれる者以外へ——すでに亡き、私と言う存在をへ心より感謝の念を贈りたかった。


 ありがとう、シスターテセラ——弱かった、害獣上がりの私を守り続けてくれて。

 ありがとう、偉大なる魔王シュウ——あんたが居なければ、私は大切な出会いを永遠に失う所だった。


 ありがとう、感謝する!では——行ってくる!


 ノブナガへ首肯と共に後方の指揮をゆだね、私は紅と黒の超竜を従えて——いにしえの竜王のノド元へと、飛んだ。



****



 傍聴席が歓声をどよめきに変える程に震撼する。

 峻厳しゅんげんの大艦隊後方で、軍勢を従えていた旗艦——竜王の旗艦が再び変容を迎える様を、大型モニターで確認していたから。


 上層界の魔族ですらあの峻厳しゅんげんを重んじる魔王が、自らの軍勢をおとりに使う様な行為は想定していない――それだけに、その竜王の旗艦が再び恐るべき圧力をまとい始めた事に戦慄する。

 しかし傍聴席では、それを視界に捉えてなお――伝説になぞえた竜の王がいたずらに不義を働くとは考えてはいない。


 彼らもまた感じていた……古き者である魔王が決断した覚悟の姿——そこから止め処もなく流れ出る、真の王者の誇りが受け継がれる様を。

 

 ――いにしえの世代から、新世代へと――


 歴史が受け継がれるその瞬間を前に、傍聴席の魔族達は打ち震えずにはいられなかった。


壱京いっきょう殿、レゾンめに後方のうれいを感じさせるでないぞ!?【武蔵】であれをどうにかする――手立てはあるか!?」


 吸血鬼の軍勢は魔王のノド元で肉薄する二柱の竜と、後方にて残艦隊を掃討する部隊に分かれた。

 しかしすでに、竜王の旗艦が再び破壊の訪れを放つ態勢へと移行中――それをかわせねば全てが水泡に帰す。

 【武蔵】含む後方の指揮を譲渡された魔王が、専門家である統括部長へ打開策を問う。

 かつて日の本は戦国時代――己が軍勢に海賊を従えたこの天下布武をかざす男も、子孫の時代が誇る巨艦はさすがに勝手が違っていた。


 決闘開始時に放った九条の主砲の威力――そこから己ではこの艦を適切に運用するは時間的にも不利と切り捨て、基本運用を専門家へ振った。

 時間さえ許せば魔王ノブナガも、類稀なる才にて奇跡の妙案を弾き出すであろうが――この瞬間においては、無い物ねだりも場違いと即決したのだろう。

 

 その即決はむしろ統括部長の魂に火を入れる。

 社会の裏にて日の目を見ぬまま、人生を終えようとした頃には想像すら出来ぬ―― 一国を統べるカリスマによる、全幅の信頼からの指示。

 彼にしてみれば、男冥利に尽きるとの思いと共に思考へ必殺の策を引っさげ応じた。


「無論です!この【武蔵】、不沈艦の名は伊達ではありません!各艦このまま突き進み、展開――同時にスラスター推進ノズル、右舷へ全開だ!」


 必殺の策――発した発言の中に耳を疑う指示が飛び、魔王が一瞬目を剥いた。


「な、ちょっと待て……アンカーとはいかりであろう!?お主正気か!?」


 正気を疑う指示に目を剥いた、【武蔵】艦橋の中央後方へ陣取る魔王を一瞥いちべつし、それこそあの吸血鬼が得意とし始めたしたり顔――ノブナガと言う魔界の天下人へ、揺るがぬ自信の統括部長がドンッ!と宣言を叩き付けた。


「ええ……正気も正気!そのような無茶も考慮した、我等の設計にございます!とくとご覧あれ――これが魔導超戦艦にして、【武蔵】を名乗る艦……そして、新時代を生きる【村上水軍】の新たなる戦い方であります!」


 止まらぬ超戦艦――それを迎え撃つ破壊の訪れが、ついにエネルギー充填を終え――


「【ネツァク】次期魔王よ!後方の守護を開けたのは間違いだったな!――躊躇ためらいはせぬ、我が艦隊ごとこの閃条で撃ち貫いてやろう!」


「【雷帝神の穿撃マガ・インドラシス・ヴァジュラ】――第二射……放てっ!!」


 超竜がまばゆき閃光に包まれ――開け放たれたその竜の頭部、伸びる巨大な砲身より破壊の訪れ……第二射が放たれた。

 それも今度は大艦隊が道筋を開かぬまま――二射目は確実に先ほどからしても、回避が困難なタイミング。

 艦隊中央がまばゆき破壊の到来で、瞬時に爆散する無数の地獄を解き放つ。

 

 吸血鬼の力をまとうも、その力場で破壊の閃条を防ぐ事は不可能――彼女の力はあくまで攻撃用であり、絶対防御の力ではありえないからだ。

 さらに超加速中の戦艦は、破壊の訪れに突っ込むと言う最悪の軌道を取る――絶望的な瞬間を前に、統括部長がしたり顔のまま叫ぶ様に指示を飛ばした。


「今だ、全艦対ショック体勢!重力アンカー前方30度へ放て!見せてやれ――これが【……秋津洲あきつしま流戦闘航海術だっっ!!」


「「アイサー!!」」


 統括部長の号令と共に【武蔵】右舷重力アンカーが射出され――次元位相へ固定される。

 刹那――艦体がアンカーを支点として大きく弧を描き、合わせてスラスターが右舷後方から船体を押す方へ向け全開になる。

 そこへ吸血鬼の魔法術式による超加速――凄まじい勢いで異形の超戦艦が


 破壊の訪れは強烈な圧力をともない――超戦艦が横滑った宙空をかすめ、遥か後方へ戦慄と爆豪を振り撒きながら宇宙をまばゆく染め上げた。

 その間尚も弧を描く軌道の超戦艦艦橋――すかさず統括部長の次なる指示が展開される。


「重力相殺!アンカーシステムパージ後――主砲副砲前門開け!表側主砲群はへ……とも主砲群はを穿つ!――当たるなよ!?」


「【反統一場粒子ネガ・クインテシオン】充填!艦隊をなぎ払えっっ!!」


 弧を描く超加速回避からの急制動――重量相殺で強引に宙空へ停止するまでに、展開される主砲副砲群。

 号令と同時に放たれた主砲副砲一斉射が、薙ぎ払う様に大艦隊――そして二柱の竜が飛んだ、【峻厳しゅんげんの魔王】が乗艦する旗艦をも強襲した。


 流れる様な回避からの反撃――この超戦艦のサイズで行われてはもはや怒涛の一撃。

 破壊の訪れが直線上の脅威であるならば、異形の巨艦が放った攻撃は全体を強襲する脅威である。

 この宙域に存在していた大艦隊が、……二つの破壊の閃条を浴び――驚異的な数の減少を見せる。

 刹那の攻防で、魔界の大気圏が放たれた力と広範囲で魔力干渉を引き起こし――爆散する艦隊が、散り行く幾千の花の様に宙域を埋め尽くす。


 と呼ばれた艦は、破壊の訪れを見事にかわし切り――敵の大艦隊を強襲する事に成功したのだ。



****



 うごめく闇が腐敗を呼び――それは何処いずこからい出る様に生まれ来る。

 紅き竜の軍勢といにしえの竜の軍勢が、宇宙を所狭しと駆け巡り――魔界史上類を見ない超常の激突が繰り広げられる戦地。

 全ての視線と感覚が、その超竜達の激闘へ注がれる中――世界を浸蝕するかの様な混沌が人知れず近付いていた。


「……私だ……勝利を掴む者は……。ワタシなのだ……。」


 その顔まで被されたフードをなびかせながら、天楼の魔界セフィロト――峻厳しゅんげんの大地へ立つ不逞ふていの影。

 見るとその足元――魔界に息づいていたはずの植物達が、黒き瘴気に犯されたかの様に朽ち果てていた。


「そうだ……潰し合え、疲弊し合え、甚振いたぶり合え。貴様達に未来などない。――魔界と言う世界はいずれ滅ぶ。そう……【帝魔統法】なるしきたりが世界を堕落せしめたのだ!」


 今まさに魔界が新たなる歴史の訪れを迎える――その瞬間をまるで憎悪するかの如き影は、魔界と言う存在を……【帝魔統法】と言う世界を生み出した基盤を真っ向から否定した。

 その影の思考に宿るはただ――己が勝利し、世界が終焉を迎える事。

 己の勝利こそが最優先……魔界の未来も、法も、魔族と言う種族すらも――その者にとっては取るに足らない不要のゴミでしかない。


「最後の最後――ワタシがその超竜を……いにしえなぞらえた竜の王を駆り、まずは手始めに天楼の魔界セフィロトを宇宙の藻屑にカエテヤロウ――」


 だが――不穏の影は意識が存在している様で、死人の様な精気の気配すら感じられない姿。

 フードの奥底にチラチラと見えるその双眸そうぼう――吸血鬼らが想定した者と似通わぬ表情。

 否――それは魔界の多くの者が知りえている、


 白髪を棚引かせるは、狂気の魔王と言われ魔界新世代と畏怖された――女性の姿がそこにあった。


「さあ、始めるぞ!見ているが良い――姿魔界に引導を渡すその様を!」

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