9話―3 時空を断つ超竜の一撃



 一万を越える大艦隊――【魔神帝ルシファー】によって正式に認可されるその軍勢は、魔界における内外への防衛のかなめである。


 かつて伝説になぞらえた魔族の大半が、魔王としてそれぞれの任に付く中――峻厳しゅんげんの大地を治める事となった魔王【アーナダラス】。

 元々厳格にして公正を重んじるこの魔族は、その力も相まって峻厳しゅんげんの地【ゲブラー】へ君臨するには最適とされた。

 それ以来――天楼の魔界セフィロトを魔族の理想郷とするために奮闘した彼は、魔界にとって未来のいしずえとして重要である【帝魔統法】の制定に着手。

 法の基礎を【アーナダラス】が立案し、まだ魔界が安定しきらぬ世代に臨時に選抜された六大魔王が魔界の頂点世界【ケテル】へ配された。


 【魔神帝ルシファー】を筆頭に、【ケテル】の六大魔王――そして法の頂点となった【魔王アーナダラス】が、魔界の立法・行政・司法を三分して執り行う様は地球の国家における三権分立に相当する。

 もちろん魔界特有の荒さは拭えないのだが。

 それでも魔族と言う種を未来に末永く存続させるためには、無くてはならぬ施策となったいた。


「レゾン・オルフェス――そして【マリクト】を代表する新時代の新星か。中々に挑み甲斐のある面々よ。だが――」


「こちらもただで済ませる訳にはいかんのでな。それ――お前達は我が策略、見破れるか?」


 この伝説は、かの魔界創生にたずさわる魔族においても知略により光の軍勢との戦いを支援した存在。

 荒ぶる気性の魔王が大半を占めるなかでの、屈指の知略型魔王であった。

 そこには軍勢や艦隊をようしていた経緯が関係する。


 今回の事態を招いた黒幕と目される、魔界より造反せし魔族導師ギュアネスも、この地では最強の知将との呼び声も高かった——しかし竜の魔王と導師では、如何いかんともし難い差が存在していた。 

 【魔王アーナダラス】と言う存在を識る魔族ならば公然の事実——導師の知略とは己が最優先であり、竜の魔王は魔界の魔族のために講ぜられる知略である。

 つまりは、導師は峻厳しゅんげんを体現する竜の魔王の足元にも及ばなかった。


 その峻厳しゅんげんを体現する者が、【反論決闘】を挑む吸血鬼――さらには加勢する魔界の新時代達を、静かに……万事とどこおりなく策の渦中へいざなっていく。

 しかしその策は――



****



 軍勢の戦列は一時は劣勢を見せた物の、次々送り出される布陣が厚さを増し――徐々にではあるが、三国同盟の一騎当千らを上回り始める。

 そもそも一万を越える軍勢に対し、わずか数機の手勢で均衡を取れる時点で異常な事態だが。


 竜騎兵の戦列に加え、後方より迫る護衛艦群の砲撃が開始され――無数の十字砲火を浴びた二大武将に、攻撃の緩みが生じる。

 竜騎兵の砲撃兵装は小径魔力砲――だが、鋼鉄の機馬を操る将にはダメージにもならず、しのびの将は狙う事すら出来ない役立たず。

 実質の白兵戦では見る影も無い――それほどまでに二大武将が異常なのだが、さしもの二人も艦砲射撃は避けざるを得ない。


 されど――艦砲射撃においてもその威力、上回る逸材が一騎当千後方より進軍して来た。


壱京いっきょう殿!素早さに勝る魄邪軌はくじゃきは、艦砲射撃も難なくかわせるが――呂布りょふの機馬がいささか不利!右舷へ攻撃を集中頼むぞ!」


 進み出たる魔導超戦艦【武蔵】の艦橋にて―― 総監を任された魔王ノブナガの指示が、かつて地球は日の本の戦国の世を駆けた……【村上水軍】の血を受け継ぎし統括部長を駆り立てる。


「御意っ!主砲壱番と参番を右舷へ――弐番及び副砲、左舷を狙え!本艦はこのまま直進――レゾン嬢の後方に付く!機関全速――駆けよっ【武蔵】!!」


「アイサーっ!」


 ノブナガによる号令の元……艦の指揮を取るその様は、もはや戦国の武将とその家臣――現代人であった緋暮ひぐれと言う男は、すでに戦国の世を駆けた水軍の祖先そのもと化していた。

 統括部長のたけりに当てられた真鷲ましゅうの若衆操舵で、巨大なる艦影が大軍勢の中央を突き進む。

 左右へ粒子の閃条をばら撒き、幾数の爆轟を越え吸血鬼後方へ陣取る用に向かう――が、その進軍は純粋な策でみれば一見失策とも取れる


 それを感知した自立型竜騎兵が、その艦後方へ張り付こうとする――


『残念ですが――行き止まりです!我等を忘れてもらっては困りますね!』


 後方への対空砲火に合わせた機体が、【武蔵】とも部――二対についのカタパルトより疾駆した。

 四大真祖が操る乗機【マガ・バットラウド】である。

 飛び出したのはまさに、レゾン、呂布りょふ魄邪軌はくじゃき、【武蔵】に次ぐであった。


「いいですね同志達!レゾン様の力解放のタイミングまで、このまま竜騎兵掃討の任に付きます!その後は――」


 王女ヴィーナを思うが余り、指令塔としての役で失態を犯した後悔に泣いた真祖 夜魏都よぎと――二度と同じ過ちを繰り返さぬという面持ちで、機体コックピット内より仲間を鼓舞せんと凛々しき声を響かせる。


『了解した!無論その後は我等が――レゾン様と共に、黒き最強で居並び艦隊をほふるのみだ!』


 【マリクト】の二強に劣らぬ気炎をたかぶらせる、巨躯にして半身魔導機械の真祖ボーマン・アルアノイド――口走るはすでに我が主君と認めた、最強を手にした吸血鬼に心酔するかの如き羨望と高揚。

 未だ愛しき主君ヴィーナと共に、すでに魅了された心は偽る事などない。

 最強の主君と共に赤と黒の竜の化身を居並べ、戦場を駆ける瞬間を心待ちにする。


『ボーマン!我等の目的はヴィーナ様のために勝利をもぎ取る事、努々ゆめゆめ忘れるなよ!……とは言え、そのたぎり――分からぬ訳でもないがな!』


 仲間が主君との共闘を心待ちにし奮起する様を制しながらも、先の【反論決闘】においては直接剣を交えたがゆえ――巨躯の仲間の言葉に共感を覚える、褐色肌に白銀髪の真祖、ケイオス・ハーン。


『不審なる者にそそのかされ、事の次第を悪化に導いたのはオレだ!だがレゾン様は、そのオレにさえ細やかな配慮に絶えない――ならば答えるしかない、己の全力で!たかが竜騎兵共、今日のオレは一味違うぞっ!』


 触手をうごめかす魔獣の血を持つ者。

 先の王女であったヴィーナ・ヴァルナグスの、行く末を賭けた反論決闘前――不審なる輩の戯言ざれごとに踊らされ、その口が零した様に望まぬ事態へ導いてしまった真祖ファンタジア。

 最強の吸血鬼との出会いが、直情かつ短絡的であった彼すらも高みに導き――今この真祖でさえ、慢心と言う言葉を振り払う事に成功する。


 仲間と共に状況を見定め、決して連携を乱さず機をうかがい――ここぞと言う瞬間で、愛機を走らせ着実に【武蔵】に取り付く騎兵の波を打ち払う。

 亡きびゃく魔王も真祖らの雄姿を見れば、感嘆と共に賛辞を振り撒くだろう――「お前たちは正に【ネツァク】がほこる最強の四柱である」と。


 【峻厳しゅんげんの魔王】を中心とした大艦隊――それをほふるは五つの一騎当千。

 傍聴席魔族は歓声に沸く者、呆然と尋常ではない超常の衝突へただ見入る者――吸血鬼側の奇跡の様な健闘を目の当たりにし、あまりの感動に涙する者。


 背後に押し寄せる無数の期待と羨望せんぼうは、紅き吸血鬼サイドへ与える力となり―― 一隻の超戦艦と共に、荒ぶる最強の機神達がを突き進む。

 そう――中央である。

 しかしその中央が誰にも気付かれぬ程の差で、わずかに逸らされている事を悟る傍聴席の魔族はいない。


 大艦隊の全体配置はまるで、少しづつ――少しづつ移動する。

 


 移動した中央の線上は――方向からして宇宙空間の何も存在せぬ彼方を指す様に突き抜ける。

 それと時を同じくし、【峻厳しゅんげんの魔王】の搭乗せし旗艦【竜王アナンタ】が大艦隊遥か後方――背後へ薄発光に流れる魔光の帯をまとい、その船体が不測の変貌を遂げる。


 ――否、背後の魔光は


「この私が旗艦【竜王アナンタ】をもちい、今ある場所を指定した意味――特と吟味するが良いっ……挑む者達よっっ!」


 竜の旗艦制御を行うその艦橋――響く伝説になぞらえた魔王の咆哮に反応する様に、大艦隊が中央を境に分断されて行く。

 【魔王アーナダラス】は無人の全機械艦隊を、魔法力マジェクトロンにて一度に操作した――大艦隊中央へ、


『受けるが良いっ!【雷帝神の穿撃マガ・インドラシス・ヴァジュラ】!!』


 旗艦【竜王アナンタ】――その体躯が現す竜の面艦首が三方へと開き、せり出した長大な砲塔が回転を伴い備えられた。

 同時に最後部竜の尾が大きく割れる様に展開し、最端部が【マガ・ヘリオスィア】へと至る。

 

 旗艦が膨大な魔法力マジェクトロンの海から力を吸い上げる――それはあたかも、大海より強烈な上昇気流で海水を吸い上げる巨大な積乱雲スーパーセルの様な――



****



 それは見えていた。

 我が同盟がほこる一騎当千が、今も騎兵と護衛艦を相手取り――広大な宇宙空間を所狭しと乱舞する。

 だが――その劣勢とも思える艦隊の動きに見えた規則性。

 わずかに感じる、一つの意志による一糸乱れぬ統制された艦隊の動き。


 ノブナガに課せられた修練で得た知識―― 一つの軍勢を統制する事の意味。

 そこにはいくつもの意志と思考が舞い、その全てを思い通りに操作する事など叶わぬ中で――厚い信望と統制の元、的確な指示にて動かされるのが軍勢と聞いた。


 それをってしても、軍勢を統制するのは至難のはず―― 一糸乱れぬ……と言うより、完全な一つの意志として動く軍勢はもはや軍勢ではない。

 導かれる解が、伝説になぞらえた魔王の能力の一端を紐解かせる。


「ベル……!この艦隊の動き――まさかとは思うがあの魔王、これ程の数を一人で思考制御しているとは言わないだろうな!?」


 確信めいた物はある――そこからさらに感じるもう一つの違和感に確証を得るため、戦乙女ヴァルキュリア胸部の共振増幅装置オーヴァ・レゾナンサーを通じて友へ問う。


『そうですね!あれはまがう事無き、【峻厳しゅんげんの魔王】が振るう力の一端です!それよりレゾン……私も感じた事の無い違和感が広がっています!ご注意を!』


 聞いててゾッとしないな――この一万近くの大艦隊を一人で統制するなど、どれほど常軌を逸しているのだあの魔王。

 そしてその中――ベルが気になる言葉を口にした。

 直感は自分が感じた違和感と、ベルの感じた物が恐らく同一であると思考が警鐘を鳴らす。


 警戒態勢の思考がすかさず、未だ後方に控えるはずの竜旗艦を視界に捉える――

 視界の先――宇宙においては流石に吸血鬼の遠目など役には立たず、戦乙女ヴァルキュリア航宙形態の超遠距離光学映像を睨む。


 竜を模した旗艦は巨大さでは【武蔵】をもしのぐ。

 上下は差は無く全長全幅においては【武蔵】以上の機械竜――広げた翼状の反応板の様な物が、その全幅を無用に巨大に見せている。

 前に伸びる首を模した艦首に胴を形取る艦体中央――それなりの距離があるが、大体は把握可能だ。

 そしてその後方へ伸びる竜の尾――待て、これは――


 映る竜の旗艦――全容を竜騎兵をなぎ払いながら確認、機を見て突撃へと移行する算段を整えようとした思考が……それを視界に捉えた。

 刹那、思考を一気に攻撃の算段より反転――瞬時に緊急の回避行動を取るべく必要情報を洗い出す。

 普通では考えられない――けど自分が普通を……常識を何度も越えて来たのだ。

 あの【峻厳しゅんげんの魔王】が、その常識を軽々越えて来る事など容易に察しが付く。


 思考に突き刺さる警告の二文字が、その射線上にある同志へ緊急事態の令をバラ撒いた。


『全機……敵旗艦の直線上から退避だっっ!!』

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