9話―2 天下布武を頂く者達



 押し寄せる巨獣を彷彿させる大艦隊――尖兵となる竜騎兵が戦列を組んで飛来する。

 戦いは始まった――けど私はここで力を浪費する訳にはいかない。

 少なくともあの法の頂点と切り結ぶのは、私でなくてはならないから。


『ノブナガっ!まず私があの騎兵の戦列をかき乱す!――【武蔵】を任せる!』


 対するのが騎兵程度であれば、この戦乙女ヴァルキュリア航宙形態で対応出来るが――その後に控える護衛艦の群れは流石に【赤蛇焔せきじゃえん】に搭乗する必要があった。

 しかし【武蔵】の戦闘出力を現状確保出来たが、【赤蛇焔せきじゃえん】を再び私がまとうまでは魔法力マジェクトロン総量が不足している。

 ゆえにこの場は同盟の同志――頼れる【マリクト】の軍勢に任せるのが上策だった。


「カカッ!是非もなし……呂布りょふ――魄邪軌はくじゃきよ!お主らが夢にまで求めた舞台じゃ、遠慮は入らぬ――レゾン嬢と共にこの宇宙を駆けよ!」


 【武蔵】の艦橋で総監を任された主君の大号令が掛かる。

 【マリクト】がほこる二大武将は、その大号令と共に宇宙へえた――きっと今、この二人を止めるのは私でも困難だろう。


『うおおおおおっっ!我が殿よっ、その言葉待ち申した!この呂布りょふの最強は、正にこの時のためにつちかった様な物!魄邪軌はくじゃきっ、先にゆくぞっ!』


『貴様っっ!抜け駆けは許さんっ!このオレとて殿の言葉を待っていたのだ!――どちらがこの最強の艦隊を屠れるか、勝負と行こうじゃないかっっ!』


 一騎当千――その言葉こそ相応しい二人の武将が駆る巨大なる機影。

 呂布りょふが駆るは彼の愛馬の真の姿【鋼鉄の機馬 赤兎馬せきとば】――当の本人はさらにその愛馬上で見事な手綱さばきを見せる、呂布りょふを彷彿させる機体へ搭乗する。

 【魔導鎧楼機マガ・デウス・メイル】は魔界における呂布りょふの最終形態――四大真祖の物に近いが、本人が魔法力マジェクトロンを術式化出来ぬ事を考慮した巨大魔法鎧マガ・アームドと言える。


 【赤兎馬せきとば】は呂布りょふの猛る声を受け、宇宙を大地の如く駆け抜ける。

 あの鋼鉄の機馬には過去L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーの中でも禁忌の部類に入る、【霊装機セロ・フレーム】と言われた物から魔導技術へ転用された――【深淵を渡る者ブレーン・フェイズ・サーフィング】と言うシステムが、宇宙空間を疾駆すると言う常軌を逸した動きを可能にすると聞き及ぶ。

 重装備で且つ槍術戦用に機動力を特化させた呂布りょふの機体は、直線の機動力に劣る――その部分を【赤兎馬せきとば】が補う形だ。


『皆まで言う必要も無かろうが、片っ端から落としても構わんのだな!?レゾンよ!』


 猛る声が、モニター越しでうずうずした巨躯の武将の心情を叩きつけて来る。

 無論この戦いでは、法の頂点が有する機体を可能な限り減らしておくに限る。

 その意気で頼むと首肯し、さらっとこちらの心情も伝えておく。


「ああ!完膚無きまでによろしく頼む!――この様な形ではあるが、あなたが味方で心強い限りだよ……呂布りょふ!」


それがしもまたとない機会!レゾン嬢よ、そなたの道をこの呂布りょふが切り開いて見せようぞっっ!』


 猛然と宇宙を駆ける【鋼鉄の機馬赤兎馬】――その横を、宇宙の闇に紛れる様に疾駆する影。

 しのびと呼ばれた将の機体――呂布りょふの【魔導鎧楼機マガ・デウス・メイル】と基本設計を同じとしながら、搭乗者であるしのびの将の特性を如何いかんなく発揮させる装備。

 高速巡航形態を持つそれは【裏夜叉影月うらやしゃえいげつ】――四大真祖の【マガ・バットラウド】に代表されるステルス機能、光学的な視界から機体をロストさせたまま飛行・強襲する強襲突撃機体だ。


 更に使い魔であったローディが、テセラの魔法力マジェクトロンを用いて行った決戦魔法術式――それと原理を近しい物とする、量子ジャンプによる質量を持つ残像を武器にする。

 半量子体であったローディの様に、数百数千と言う数は無理だが――それでも確実に十数体の残像が一度に攻撃出来るのは、切り札に他ならない。


『さて、オレはレゾン嬢の戦いを間近では見た事がない!出来ればここでお披露目願いたい所だなっ!』


 そういえば、この将はずっと裏方で私を支える様主君に命ぜられていたな。

 戦いを拝見したいなどとは、確かに呂布りょふと二強を争うに相応しい言葉――今までの返礼も兼ねて返す言葉も選ばねば。


「ははっ!相当鬱憤うっぷんが溜まっていたようだな、魄邪軌はくじゃき殿!言われずともあなたの目に叶う活躍を――」


『レゾン嬢よ!』


 返礼途中で制された――その意図は――


『もはや我等は同志!魄邪軌殿などと他人行儀は不要だ……しかとその戦いを――の生き様を拝見させて貰うとしよう!』


 影に生きる割には、随分砕けた男だな――ではお言葉に甘えて。


「そうか!ならばよくその目に刻むといい――魄邪軌はくじゃき、あなたも戦果を見せてくれよっ!」


 小型モニターの向こう――相変わらずの厚いマフラーの様な防具で口元が見えないが、目元で分かるほど高揚したか……流石に笑った事が確認出来たな。

 そして首肯するや、敵陣営に躍り出るしのびの機体。


 二人の一騎当千が両翼に散り――程なく爆散する機影が無数に闇へと消えて行く。

 これはいかん……二人に先を越される。

 ガラにもなく心に熱くたぎる物が沸き上がり、己の戦乙女ヴァルキュリアの鎧にも全力を込める。


「さあ、あの法の頂点が鎮座する旗艦までこいつのままヴァルキュリアで持つか!?ベルっ、魔法力マジェクトロン充填完了の合図は60%で頼む!レゾン・オルフェス……いざ参る!!」


 胸部の魔法装飾、量子思念体のベルに合図を送り――「了解です、レゾン!」の返答を受け取った私も、二人に負けずに突撃へ移行。

 眼前の竜騎兵、まずはこいつらを掃討する。

 両翼のスラスターが気炎を上げ――紅き烈風となって、私は宇宙を駆けた。



****



 竜騎兵の戦列が舞い躍る嵐に掻き乱される。

 竜を模したその尖兵は、【峻厳しゅんげんの魔王】にとっての選りすぐりの力。

 魔界全土においてもその軍勢の脅威は知る所である。


 だが——三機の一騎当千が舞う宙空をさえぎる、戦列はことごとく宇宙の闇の藻屑と化していた。

 巨大な鋼鉄の機馬――まるで量子論的ゆらぎ宇宙の闇を大地の如く駆けるの機上、旋回する100mはあろう長大な魔槍が手に吸い付くように乱舞する。

 巨躯の武将 呂布 奉先りょふ ほうせんの最終形態である、【魔導鎧楼機マガ・デウス・メイル】が振るう破壊の権化――機体サイズで30mに届くその巨大鎧から繰り出される攻撃は、20mに満たぬ竜騎兵をガラスの様に打ち払う。


『まだまだ!この程度では我が魔槍【方天画戟ほうてんがげき】――満足できぬと嘆いておるわっ!さあさあ魔王の騎兵共よ、次々と推して参れっっ!!』


 竜騎兵とて、魔界の魔族からすれば恐るべき尖兵であるはずが――巨大鎧をまと呂布りょふを前にすれば、最早刈り取られるだけのわらである。

 一騎ずつなどと言う概念を吹き飛ばす攻撃――組み上げた戦列が、光景はすでに悪夢である。


 右翼ではその悪夢が猛威を振るう中――左翼では、騎兵が見えざる刺客の手によって次々と爆散して行く。

 【峻厳しゅんげんの魔王】も完全な機械兵と言う訳ではなく、それなりの自立型魔導回路で最低限兵士としての役割こなせる様、騎兵を仕立てている。


 それがこの惨状はどうだ――すでに自立型の思考では、見えざるしのびの機影を捉える事すら叶わぬこの劣勢。

 見えざる刺客【裏夜叉影月うらやしゃえいげつ】――しのびと言う言葉を体現したかの襲撃が、自立型竜騎兵をまでおとしめる。

 呂布りょふとは違うベクトルの悪夢がそこへ舞い降りていた。


『単純な思考パターンだ!これでは、落としてくれと言っている様なものだぞアーナダラスっ!呂布りょふへもこのオレへすらも、この程度の戦列――足元にも及ばんっ!!』


 両翼の騎兵が無残に戦列を瓦解させていく中――その中央は……どうやらその惨状を上回る悲劇が、紅き烈風と共に貫いていた。


 吸血鬼は未だ戦乙女ヴァルキュリア航宙形態を取り、手にする得物――魔竜双衝角ドラギック・フォーディスでの立ち回りで耐えしのぐ。

 後方にはその戦列を維持すべく竜騎兵を艦載する空母が、恐ろしき勢いで瓦解する戦列補充のため――第二、第三の騎兵を送り出している。

 送り出しているはずである――だがすでに、その戦列数が三機の一騎当千を押さえられぬ程に減少していた。


『ふっ!【峻厳しゅんげんの魔王】殿よ――まさか出し惜しみしているのではないだろうな!このままでは私はすぐにでも、あなたの喉元に食らいつくぞっ!』


 紅き烈風の音速で唸りを上げる竜の双角が、煌く閃光と共に戦列を縦に撃ち抜き――凪ぐ一撃が、横に騎兵の群れを掻き散らす。

 超常も超常――常軌などすでに、遥か昔に闇へ沈んだと見紛う戦場。

 法を司る魔王の軍勢が、下層界を代表する一騎当千が放つ悪夢の様な攻撃の中――次々と闇へ散っていく。

 その様は、傍聴席で格闘大会の観客さながらで見守る魔族をこの上なくヒートアップさせる。


 それが【帝魔統法】上の反論決闘とあずかり知らぬ魔族が目にしたならば、ついに魔界最後の最終大戦でも勃発したかと、走馬灯がぎるやも知れない。

 常軌を軽々と越えた熾烈なる戦場――されどまだ決闘の序の口である、それを現すかの如き艦影が荒ぶる武の化身達後方へその歩を進めていた。


「うむ、出だしはまずまず。あの二人を支援につけたレゾン嬢ならば、この戦果も予想の範疇はんちゅう――では壱京いっきょう殿!次は我等の――日の本がほこる〈不沈艦〉がその咆哮を上げる時じゃ!」


 巨獣の如く迫る大艦隊を相手取る、吸血鬼側唯一の艦艇——しかしその姿にはただの戦闘艦とは思えぬ美を宿す。

 前後に長く200mを超える全長——魔界の世界観には馴染まぬていの艦橋を船体のほぼ中央に配する、本来であれば海洋を疾駆する巨大艦。


 魔界からすれば異様――傍聴席の魔族すらも、立体モニターに映る謎の存在を目の当たりにし口々に騒ぎ立てる。

 無骨なる戦闘のために生まれたる超戦艦の姿に、誰もが驚きを隠せない。


「心得ました!よし――【真鷲組ましゅうぐみ】若衆よ!この艦を戦いの中操るのは皆初めてだろう――だがどうか、このオレに着いて来て欲しい!」


「レゾン嬢の策成功のためには、この【武蔵】の活躍がかなめだ——日本がほこりし超弩級戦艦の一角、その真価を宇宙へ轟かせるぞっ!!」


「「アイアイサーっ!!」」


 【真鷲組ましゅうぐみ】の宇宙出向組みが、統括部長の言葉に奮起する。

 ただし軍隊の様なそれではない——荒ぶる武の化身らにも似た、さながら海賊のノリであるが。

 

  武の化身それらが舞う戦場後方へ、船体を平行に静止した巨艦。

 巨大なる艦影は【峻厳しゅんげんの魔王】が擁する艦隊の護衛艦——その個々のサイズをも上回り、最後方で騎兵をばら撒く騎兵空母にも匹敵する様相。


 その静止した宙域—— 一騎当千の猛威を潜り抜けた軍勢が、手にした騎兵槍を構えつつ戦列を立て直して襲い来る。

 戦場の中――突然の静止の意味を測りかねる傍聴席魔族も、集中攻撃による惨状を想像したが――

 立体モニターへ、魔族らの想像を覆すが襲撃する。


「主砲右舷90度回頭、仰角10へ——各砲エネルギー充填!副砲並びに対空砲も待機!宇宙ならば【反統一場粒子ネガ・クインテシオン】の制限など不要だ!」


 超弩級艦が擁する三連装にして三門の巨砲——各砲身に配される反応機構が満たされた粒子の輝きによる弧を描き、迫り来る竜騎兵を射程に捉えた——


「主砲——全門斉射っ、ぇーーっっ!!」


 それは超高密度の粒子の帯——粒子と反粒子の対消滅を現す雷光をまとい、放たれた九条の烈光が宇宙を輝きで染め上げた。

 貫く閃光は襲い来た戦列を縦断する——刹那、宙域全ての騎兵が爆散……宇宙の闇に消える。


 統括部長が口にした言葉――【反統一場粒子ネガ・クインテシオン】の制限とは、地球上の環境に配慮し……抽出した重力子のみをエネルギー源として戦場を舞った、壱番艦大和の状況を指していた。

 つまり宇宙空間であれば、その制限を完全に解除した――文字通り最強状態での戦闘が可能であると言う事に他ならない。


 吸血鬼が差す一騎当千——その中には、この超戦艦も含まれているのだ。


「なんとっっ!?」


「おいおい冗談だろっっ!?」


 前衛にて、気炎を振りく武の化身――彼等は事前に主砲の威力と射程の推定を聞き及び、暴風の様な荒ぶりの中にあっても射線を意識した接戦を繰り広げていた。

 だが――あろう事かその推定を威力の主砲の閃条が、二人の舞う宙域をかすめ――【峻厳しゅんげんの魔王】の擁する陣営奥深く、護衛艦の戦列をも撃ち貫き……騎兵を送り出すナーガ・ラジャ級空母までも強襲したのだ。


「……こ、これは壱京いっきょう殿!さすがのワシも……想定外じゃぞ!?」


 総監を任された【マリクト】の魔王――この男ですら、想定を上回る威力に謎の汗を額に躍らせる。

 ノブナガは地球と魔界防衛作戦の折――壱番艦である【大和】の放った主砲の威力を見ていたゆえ、その知識にて事を図っていた。


 しかし総監を担う魔王に対し――さも動じる素振そぶりの無い統括部長 、その表情には彼にしては珍しいしたり顔が浮かんでいた。 


「これが【真鷲組ましゅうぐみ】の技術で蘇りし、魔導超戦艦の――真の姿にございます!壱番艦が【星の守り手】としての力なら……弐番艦であるこの【武蔵】は、星に仇名す【魔を穿つ刃】――」


 統括部長 緋暮ひぐれの推定した【武蔵】の潜在能力――そこには、L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーの技術制限を受けて余りある力の源泉が考慮されていた。

 言うまでも無い――魔界において、究極へと手を伸ばした紅き魔法少女レゾン・オルフェスの力である。


「レゾン嬢の最強へ頂く力が、この【魔を穿つ刃】をも最強へと導くのです!――もうこの名を冠する艦へ……命を救えず水面に帰す様な屈辱を、味あわせる訳には行きませんのでね!」


 統括部長が口にした言葉――そこにはかつて【武蔵】と言う名を冠した、悲しきその最後の雄姿への追悼の意が込められていた。

 今度こそ――【武蔵】の名をいただフネが、尊き命のために活躍出来る様にとの願いと共に――

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