8話―6 伝説殿よ、全力で願おうか!


「レゾン・オルフェス……と、言ったか。その方——今……何と申した……。」


 突如として法廷の場に躍り出た灼熱の烈風。

 しかしそれは現れたばかりか、この魔界の法を司る頂点へ常軌を逸した宣言を叩きつけた。


 傍聴席で不測の訪れを目にした魔族らが、驚愕——口々にざわめき始めたが、その宣言を突き付けられし法の頂点から放たれた、魔界の大気を震撼させる魔霊力を受け身を凍りつかせる。

 煉獄から響いたかの如き強烈な怒気に、下層界の魔族は愚か——上層界の魔族すらも吹き出す汗に身を硬直させ、ただ倒れぬ様に踏み止まるのがやっとの事態。


 しかし——【ティフェレト】王族関係者席を除く傍聴席が戦慄する中、不敵な笑みを引っさげて……罪人となった元王女傍へ居並ぶ

 魔界の司法の頂点へとさらなるあおりを加えていく。


「……繰り返す必要があるなら、もう一度宣言しよう。司法の頂点であるあなた——【峻厳しゅんげんの魔王】アーナダラスへの反論決闘を挑ませて貰うと言ったんだ。」


「——ヴィーナ・ヴァルナグスの重罰赦免しゃめんと引き換えにな!」


 法廷の場がさらなるおそれに鳴動する——現れた灼熱の烈風が、魔界の法の化身へ事もあろうか鮮烈なる怒気を

 き起こる嵐の激突が、ただ立ち——そびえる恐るべき者たちの間で猛烈なる力の奔流を産む。

 魔界史上類を見ない不測の事態到来に、立って構えるのもやっとである――その視界に映る映像を見流すだけの傍聴席魔族。

 それを置き去りにし――恐るべき者達の時間だけが時を刻む。


 いにしえの伝説になぞらえた法の頂点――険しさ宿す表情中央へぎりりと寄せられる眉根の下に、万物を射殺す眼光がただ一点……紅き侵入者へ向けられた。

 事前に同じくいにしえの友より聞き及んではいた――しかしいざその言葉を叩きつけられれば、伝説をうたう者としてのプライドがほとばしる。


「よもや私の力を見知らぬ訳ではあるまい……。その言葉を放つ身であれば、我が力の本質――偵察なりによって、見定めた上での口上であろうが……。」


「いかな最強ブラドの力を手にした頂きとは言え、を前に――事が素直に運ぶと、思っている訳ではないだろうな?」


 いにしえの眼光は侵入した最強をうたう者を、直上より見下ろす様な強烈な圧力で見据える――伊達や酔狂でその様な戯言ざれごとを叩くようであれば、一切の容赦無く消し炭にせんとする勢い。


 だが、それがどうしたと言わんばかりで灼熱の烈風――最強をうたう者は放つ。

 口角を吊り上げ――あの戦国の世を生きし覇王魔王ノブナガの様なあおりをまぶして。


「ああ、その点ならお気遣い無用だ。つい先日――それに対抗するためにだ……。」


「量より質の精鋭部隊だが――相手にとって不足はないだろ?殿。」


 いにしえの伝説は眼光をそのままに答えない――否、その眼光にて赤き最強の頂きを見定めていた。

 その口上に見え隠れする、溢れんばかりの自信の程を――秘めたる真価を計っている。


 しかし紅き最強の放った言葉は、あらぬ所へあおりの影響を及ぼし始めた。

 それが発する言葉のいずれもが、この魔界世界での常軌を逸する――所か、その常軌が逸し過ぎて、この法廷の場全体をも異常事態の渦中へと引きずり込んで行く。


 傍聴席でただ立ち尽くす魔族達は余りにも急展開過ぎる事態から、置き去りにされた思考がようやく追いつき状況の把握に至った所——よもや、訪れた紅き灼熱の嵐の奔流へ飲まれた事になど気付くよしも無かった。

 魔族らとてその紅き存在を知らぬ訳は無い——いや、むしろ知りえてしかるべきなのだ。

 それは眼前に展開された映像などでは無い、それより以前——魔界武門最強とうたわれた、あの呂布 奉先りょふ ほうせんが挑まれた修練と名を打つ一騎打ち。

 そう——あの魔王ノブナガのろうした策の一端が、こんな所まで影響していた。


 実際目にするまでは出処が不確であったため、あくまで噂の域を出ない——そう思考する者も少なくは無かっただろう。

 その不確定な噂のつゆを払う、驚異の現実が眼前に展開された——真実を突きつけられたのだ。

 疑い様の無い現実を目の当たりにした各界の魔族らが、次第にその様相を変貌させて行く。


 それはあたかも世紀の決闘を観戦する、熱狂に包まれた観客の様に——


「三国……同盟だって?一体どう言う——」


「まさか……【マリクト】や【ネツァク】が絡んでいるのか?」


「……あの吸血鬼の少女なら——もしかして——」


「行けるのではないか?呂布りゅふを超え……あの究極の不死王ノーライフ・キングへ届いた者だぞ?」


「もしかすれば……あの元王女をも——」


 徐々に高まる羨望せんぼうと、期待——言いようの無い高揚感。

 最早たかぶりを抑えられぬ魔族らから、たった一つの言葉が—— 一人の魔族の名を表す言葉が次々と溢れ出していた。


「吸血鬼……レゾン。」


「紅き魔法少女レゾン……」


「――最強をたずさえし者、レゾン・オルフェス。」


 騒めきの大波が、静かに法廷の場へ押し寄せ始めた矢先——再度の確認と言わんばかりに【峻厳しゅんげんの魔王】が突きつける。


「その方の軍勢を持ち得たとして——我に勝つつもりでここに立つか。それが正気の沙汰では無いと承知の上だろうな……。」


 怒気がすでに殺気を帯びて吸血鬼をおびやかす——が、その視線をサラッと流す様にかわす吸血鬼。

 り上げた口元をフワッと緩め、今しがた魔王と対峙した双眸を閉じると——隣に居並ぶ少女へと向き直り、再び静かに見開く。


 そこには——愛しき妹となった、罪人として立つ少女を慈しむ穏やかさが浮かび……既に視線を注いでいた元王女と見つめ合う。

 元王女の瞳——未だ残る、深淵しんえんの陰りをも抑え込む強き精神と……姉として隣り合う紅き少女を慕う想いがきらめきとなって、吸血鬼の赤眼へ映り込んでいた。


 見据えたその守るべき少女へも伝わる様——紅き最強が、この法廷に押し寄せる波すらも扇動する言葉を口にした。


「あなたはどうやら勘違いをしている様だから、一応言っておくが——」


「私は【ティフェレト】を追われたこの子が、路頭に迷わぬ様保護する――保護観察の権利会得のため……。」


 何気なく——さも当たり前の様に口を突く宣言。

 その言葉に法廷の場が震撼——傍聴席を埋め尽くす魔族らは、常軌の逸し方が超常へと突き進み……もはや紅き吸血鬼が生む灼熱の嵐から、逃れる事すら叶わなくなっていた。


「この決闘は。……約束したからな——『守らせてくれないか』——とな!」


 愛しき少女から視線を戻す吸血鬼——だが既にその表情、法の頂点すらあおり立てる鋭き赤眼に英傑えいけつの如き笑み。

 それは一つの歴史を動かす着火点となる。


「レゾン・オルフェス……!」


「吸血鬼レゾン!」


「レゾンっ……レゾンっ!」


「「……ゾンっ!レ・ゾ・ンっ!レ・ゾ・ンっ!レ・ゾ・ンっ!」」


 傍聴席が今——正に格闘トーナメント会場へ変貌した。

 熱狂と共に掲げられる拳――巨大な津波の如く捲き起こる「レゾン」コール。

 そしてその割れんばかりの声援は、たった一人の少女へ注がれる。

 魔界の歴史が——新世代の魔王誕生を認めた瞬間であった。


 巻き起こった灼熱の嵐は、すでに傍聴席を飲み込む一個の生命体。

 驚愕の事態——裁判員である魔族らすら怒濤の展開に狼狽うろたえてしまう。

 しかし彼らも傍聴席の者達と同じく、心の内に希望の欠片を見い出していた。

 この法廷の場には、すでに王族の務めを見事果たした少女の追放など——求めている者など居なかったのだから。


 ——そしての嵐の中、ついに伝説になぞらえた者の笑いが響いた。


「……クックックッ!ハーッハッハッ!見事……見事なりレゾン・オルフェス!よもやこの場に集う全ての魔族を味方に引き込むとは!」


 伝説の一角が高々に吠える——魔王はすでに察していた。

 

 法の頂点である自分は、魔界において威厳を保たねばならぬ——その縛りからくる義務を逆手に取り、元王女の重罰赦免しゃめんの返答をもぎ取る事。


「法の頂点である私が、赦免しゃめんへの対応を迂闊に出来ぬ様な場を作り出しおって……!これではまるでこちらが悪役ではないか!」


 そう放つ峻厳しゅんげんの魔王——恐らくはあの天楼の魔界セフィロト創生記時代から封殺していたであろう……長く険しさに包まれていたとは思えぬ程の豪快な笑み。

 今眼前に立つ紅き少女の策を振りまく姿へ、新世代魔王ノブナガ——さらには、あの魔神帝であるルシファーの如き先見の明を重ねていた。


 自らに戦う力が無いのであれば智をって——そこから見出される先見の力にて魔界を制す。

 しかし、この吸血鬼は智だけではない——


 それを理解するが故——【峻厳しゅんげんの魔王】はすでに笑みと同じく封殺していた思いの猛り……闘争本能が、吸血鬼の起こす嵐によって炎を灯していた。

 そして——猛るいにしえの伝説は遂に、紅き吸血鬼が待ち望むたったひとつの確約を宣言した——


「良いだろう!お前が——いや、お前達新世代の希望達がこの私に勝利した暁には……元王女ヴィーナ・ヴァルナグスの罪——その全ての赦免しゃめんを約束しよう!」


 魔界の震撼は【峻厳しゅんげんの魔王】の確固たる宣言——そして、それを耳にし沸き返りが頂点となる傍聴席の魔族らによって……灼熱の嵐が猛烈な爆風へ姿を変え、峻厳しゅんげんの世界から魔界全土へ音速で拡散した。


「では紅き吸血鬼——違うな、【!そなたとの決闘を——この【ゲブラー】が法の頂点、【峻厳しゅんげんのアーナダラス】が受けて立とう!」


 伝説がたぎる鼓動をすでに抑えられない——これは法の頂点如何いかんと同時に、魔界創生に関わるいにしえの者としてのほこりとプライドを懸けた超絶の決戦。


「一切手心など加えるつもりも無い……覚悟は出来ておろうな!!」


 沸く声援の大波——その空間を貫く怒気と殺気は伝説の威厳を、未だに叩きける現役さながら。

 その強烈極まりない爆風を、まるでそよ風を受け流す様に受け——得意技となった締めの言葉にて、紅き少女は最後の戦いへの一歩を踏み出した。


「そうか……ありがとう、感謝する。——では伝説殿よ……全力で願おうか!!」




――今、のちの魔界の歴史で語り継がれる事となる……伝説を越える伝説の反論決闘がここに開始された――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る