8話―5 意義を申し立てる!



 暗い通路、底知れぬ重圧――それは少し先の光が見える場所できっと自分を押し潰します。

 けど――もう大丈夫。

 わたくしはもう、大丈夫です。


 暗い深淵しんえんはどこまでも深くへ、わたくしいざなおうとしました。

 ――けどその度に、愛おしきお姉様の声が響き己を保つ事が出来ました。


 でも――その深淵しんえんから救われるまでには至らなかった。

 それははっきりとはしないおぼろげな感覚――内に居るもう一つの意識が、未だ深淵しんえんを彷徨っているような。


 ヴィーナ・ヴァルナグスであるわたくしは、ジュノーお姉様とミネルバお姉様と言う存在に――もう充分救われていたのに、深淵しんえんはこの身を浸蝕する事をめなかった。


 そんな時響いた新たなる叫び――魔界で生まれたわたくしだけではなく、赤く熱い心。

 今その声がくれる力は、ずっと私を侵食し続けた負の深淵しんえんの支配を凌駕しつつあります。


 だからこそわたくしは自分がとるべき責を全うするため、しかるべき場所へ立つ覚悟を得られたのです。

 もう迷いも恐れも無い――だって……約束してくれましたから。

 赤く凛々しき、ジュノー姉様ともミネルバ姉様とも違う勇ましき慈愛を持つ姉様が「君を守らせてくれないか。」――そう言ってくれたのです。


 その言葉が、向かうべき戦いの場へと――足を運ぶための勇気をくれます。

 巨大な法廷へ至る暗いトンネルつうろ―― 一歩、一歩と近付く運命さだめ

 例え罪人となろうと、わたくしは素敵なお姉さま方の想いに答えるため――これより、【ティフェレト】第三王女としての……を果たしに参ります。


 ですから――レゾン姉様……後は、よろしくお願いします……。



****



 初めて訪れた厳粛なる法廷の場――けれど、地球で聞き及ぶ法廷の場との様相の大きなズレが、今は魔界に居る事実を突き付けます。

 例えばこれが地球の法廷であれば、そもそも地上の人換算でも未成年であるヴィーナ――それが、死刑同等の刑に処される事は先ずありえません。


 ですがこの地――本来地球からみれば、別次元の異世界として扱われるほど文化や思考・認識の差異が存在します。

 ですから何を言おうと、今目にする現実が魔界に定められるルール――魔族を悪魔と言う害獣におとしめないための施策なのです。


 その事実を王位継承権を持つ者――そして……妹であるヴィーナを国より追放した者として、この傍聴席に設けられた王族関係者用の席へ身を委ねます。

 覚悟を持ち、ヴィーナの処される姿を見届ける――ですが私には今、悲痛など一欠けらも宿ってはいません。


 それは間もなくヴィーナは刑に処され重罰――死刑同等を言い渡される。

 けれど――その様をからです。

 その先陣を切る紅き烈風の訪れが、私の心から悲痛や絶望を無きものとしてくれるんですから。


「いや~~、これは正に大事になってしまったね~~マドモアゼ~~ル?」


「ぴゃっ!!?」


 心臓が飛び出て転がりそうになりました。

 なんであなたそこに居るんですか!?

 ここはヴィーナに関わる王族関係者しか、立ち入れないはずですが!?


「な……ナイアルティアさん!?お、お……驚かさないで下さいよ!と言いますか、なんでここにあなたがいるんですか!?」


 私が急に大声をあげたから、周囲を囲む一般魔族の方々を驚かせてしまったじゃないですか……(汗)

 ――で、本当になんでいるんですか……。


「いやね……ちょいとばかしボクも、許し難い状況を小耳に挟んでね~。まあ、ミネルバから君の付き添いを頼まれてたから、一応関係者としてはセーフだよ?」


 付き添いの件は初耳ですよ……まあ致し方ないとは言え、レゾンちゃんに袖にされた姉様の気持ちも分からなくもないですが――なんでよりにもよってこの変態さんなんですか。

 ――また名前にタキシードを付け忘れた……。


「おや?また君失礼な想像をしている様だね~。っと、そんな事より――テセラちゃん、君の大事なお役目の時間だよ?」


 変態タキシードさんの突然の出没で、危うく我を忘れそうになった私は――その言葉ではっ!となり、すぐさま未だ人気が無いはずの罪人が立つ壇上を見ました――


 そこには――


「――!?……ヴィー……ナ。凄く堂々としてる。」


 それは正に己が罪へ真摯に向き合い――それでいて、そこに科せられる重罰を余す事無く受け入れる覚悟。

 それが【ティフェレト】第三王位継承者としての凛々しさ、美しさとなってその身を包み――壇上へ上がった姿は、でした。


 ヴィーナが、どれ程の覚悟でそこへ歩みを進めたか――紅き烈風の訪れが約束されている今、それでも私はその姿を見て込み上げるものが頬を伝っていました。


「ここからは正念場だね……。許し難い存在は今、息をひそめている。」


 突然、隣りにいた私の付き添い魔族さんがいる場所から低く、重く――そして強烈な鋭さを宿す声が響きます。

 その声の主はナイアルティアさんです――ですが、私が知ってる……見た事があるナイアルティアさんではありませんでした。


 そこに居たのは魔族――それもいにしえの魔王級の魔霊力と霊格をたぎらせる強大なる者。

 伝説と言われた一人の魔族が、未だ見えぬ不審なる輩への静かなる怒りをたぎらせていました。


「ボクが許し難いのはね……魔界の魔族たちを害獣で終わらせない様にと、かの熾天使してんし達がその存在を賭けて掴み取った闇の未来――その本質を脅かそうとする行為、それが誠に度し難い事なんだよ……。」


 今まで感じた事もない、地底から轟音を響かせて沸き上がるマグマの様な……静かではある――けど、壮絶なる怒りのけがまさに弾ける寸前の用な霊圧。

 レゾンちゃんが画策した策の根底――その怒りを向けられる者の、これまでの行いを踏まえれば至極当然なのです。

 この魔族さんも、やっぱりローディ君と共に戦った伝説の一欠けなのですから。


 その思いに至った私――その魔族さんの霊圧に、一切のひるみも無くたった一つの事実を告げました。


「大丈夫ですナイアルティアさん!その度し難い相手を――私も、そしてレゾンちゃんも許しては置けません!けれど今の私は、大切なお勤めのため動けない――」


「だからきっと、レゾンちゃんがなんとかしてくれます!……だって、レゾンちゃんは――いえ、レゾンちゃんも私と同じく……魔族の希望と言われた女の子なんですからっ!」


 必死に声を張り上げて――周りに傍聴に訪れた魔族が居るにも関わらず、負けずに私も思いのけを叩きつけます。

 レゾンちゃんが、多くの強大な魔王さん達を圧倒して来た様に――私もまた、その魔王と言われる存在にもひるまぬ心を、いつの間にか身に付けていました。


 私の言葉が、今度はナイアルティアさんを驚かせる事となります。

 細く僅かにれた双眸そうぼうを見開いた後――今までホントに見た事も無い様な、とても優しい笑顔でそっと頭に手を置かれ――


「テセラちゃん……本当に大きくなったね。僕ら古き者の戦いも無駄ではなったと言う訳だ。ならば――」


 置かれた手が離れ――いつしかナイアルティアさんを覆っていた怒りが霧散、とても穏やかな声で……こう、告げたのです。


「ならば見届けよう……その新しき世代――闇の希望をまとう紅き少女が戦いを――!」



****



 傍聴席に詰め掛けた、哀れな罪人を拝もうとした各界の魔族達――そのざわめきすらも打ち払った、美の化身を髣髴ほうふつとさせる囚人となった少女。

 以後は水を打った静けさが永遠とも思われる程続き――その中で、おごそかに裁判が執り行われた。


「まずこちらの映像をご覧下さい。」


 反論決闘の監視に当たった魔族より、問題となる証拠映像が提出される。

 裁判員席を中心に、傍聴席からも視認出来る巨大な魔導式モニター――罪人であるヴィーナも同時に目に出来る様、360度へ複数枚展開された。


 それは反論決闘を申し込んだ【ネツァク】四大真祖――それを受け勝負に挑んだ赤き吸血鬼、レゾン・オルフェスの巻き起こした超常の決戦。

 王女の美に打たれた魔族らが、一行にこちら側に戻って来れぬ理由は――正にその超常の決戦を目にしたから。


 審判に当たる裁判員らですら、息を飲んだまま目を離せない――そんな映像のラストは言うに及ばず、最強を手にした吸血鬼レゾンの圧勝で幕を閉じる。

 ――だがその直後、多くの魔族が目にしたのは一瞬の惨劇と、それを無き物にした赤き吸血鬼の最強に至る能力。


 結果は確かに未遂で終えた――しかしこの映像は、反論決闘に勝負がついた直後の物。

 それが意味する事態を、理解出来ぬ傍聴者達ではなかった。

 同時に裁判員らにも、決断が迫られた――彼らとて信じたくはなかったが、最早映像に映りこんだ事実は変えようも無い。


「元【ティフェレト】第三王女ヴィーナ・ヴァルナグス……。この証拠映像に対し異論はあるかね?」


 監視に当たった監査官――その場に立ち会った時に見せた情は、正に彼の本意であった。

 異論の有無を問う表情にも悲痛が浮かぶ――しかしその問いへ、真っ直ぐに罪人となった王女は視線を向け――


「異論などございませんわ。……これはわたくし――。」


 その言葉「この凶行は自分ひとりの責である」――例え親愛なる身内四大真祖が関わっていようとも、それはあくまで王位継承権を持つおのれの責であると宣言した。

 罪人である彼女は見事に、王族としての義務を果たす――全ての責を自らが負う、その覚悟は並大抵の決意では成しえぬ行為。

 そこに、おのれの死刑同等の刑がかかるのならば尚更である。


 仮に約束された紅き烈風の到来がなかったとしても、彼女はきっと同じ決断をしただろう。

 次第にその、あまりにも健気な姿へ共感を覚え――涙し始める魔族すら出始めた。


 少女の決意は裁判員全てに伝わり――苦渋の決断であろうとも、その決は下る。

 最後にその王女へ死の宣告同等の判決を言い渡す物――峻厳しゅんげんの世界をつかさどる魔王が、裁判員席中央より静かに立ち上がる。

 その魔王ですら表情は悲痛に満ち、決を下すのが自分である現実を悔やむ様な面持ちが感じ取れる。


 ――しかし……魔王は決断した。

 これはいつの時代も変わらず、この法の頂点【峻厳しゅんげんの魔王】アーナダラスが下して来た裁決の一つでしかない。

 罪人――元王女ヴィーナへ……判決が言い渡る。


「元【ティフェレト】第三王女ヴィーナ・ヴァルナグスよ――」


 傍聴席も――そして裁判員席からですらも、悲痛にさいなまれる声が響く。

 が――その静寂に響く悲痛に混じり、遠く罪人が立つ壇上の奥より

 次第にそれは大きく――全力で近付いて来る。


「こたびの反論決闘勝利者への凶行を――天楼の魔界セフィロトに住まう魔族達へのいちじるしい侮辱とみなし――」


 罪人である少女は真っ直ぐに、峻厳しゅんげんの魔王を見据え――おのれに下される判決をしかと聞き届けようとする。

 例えそれが、いかな結末であろうとも罪は罪――背負っていかなければならぬ物だから。


 しかし悲痛も絶望も無い――間違いなく、彼女の耳にも届いている。

 この法廷の場に今、吹き荒れようとしている……灼熱の紅き烈風の進軍が――


「この世界……魔界全土からの追放を――」


 最後の判決の言葉――それが言い終わる前……壇上に灼熱の嵐が舞う。


「その判決に意義を申し立てるっっ!!」


 ざわめく傍聴席――今まさに死刑同等の追放宣言が成されようとする壇上の隣りへ、灼熱の嵐――紅き烈風をまとい……それは立ちはだかった。


 駆けた勢いそのままに舞う赤髪せきはつ――燃える様な赤眼せきがんに、ひるがえる吸血鬼を思わせる黒と赤を配した翼とも取れるマント。

 そしてその赤髪せきはつは、ここへ舞い降りるために結い直した――両の耳後へ束ねられたツインテール。

 そこには罪人である王女の、慕いし姉の思いも共にあると言う宣言。


 傍聴席の魔族――誰もが、あまりの事態にその目を見開いた。

 あり得ない――罪人となった王女の凶行の餌食寸前であった少女が、今そこに立ち……


 その者は紅き烈風――その姿は最強を越え究極へ至った存在。

 紅き魔法少女……吸血鬼――レゾン・オルフェスである。


 そして――灼熱の烈風をまといて現れたは、後に魔界世界の新たなる伝説となる宣言を――古き伝説に並ぶ魔王へと叩き付けた。


「私はヴィーナ・ヴァルナグスの罪赦免しゃめんを賭け――【峻厳しゅんげんの魔王】アーナダラスっ!!あなたへの――」


 誰もが耳を疑う言葉が――魔界を、そして宇宙を駆け抜ける。


いにしえの伝説への反論決闘を申し込むっっ!!」


 ――その時、魔界の伝説は新しき世代へと受け継がれた――

 

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