―伝説の反論決闘―

 8話―1 遺恨の残滓



 四大真祖 夜魏都よぎとは【ゲブラー】の牢獄へ収監されたヴィーナの元へ向かう。

 それと時間を同じくして――【マリクト】の使者を言い渡された一人の忍が、峻厳しゅんげんの魔王への窓口となる施設へ向かっていた。


「まさかまた、あいつと語り合う日が来るとは……。レゾン嬢にはつくづく感謝だな。」


 伝説の一角である魔王への使者として、この上なく適任である男――【マリクト】がほこる二強の一人、しのびを統括する将の魄邪軌はくじゃきである。

 言わずと知れたこのしのび、かのアーナダラスとは伝説上の旧知――かの光に弓引いた大戦の裏舞台で、法の頂点と共に戦った仲だ。


 伝説の戦いから後――長きに渡ってたもとを別っていた二人。

 それは魔界を背負う者としての誓いであった。

 天楼の魔界セフィロト建造と言う、魔族の命運を賭けたプラン――それが軌道に乗り、新たな時代を担う魔族が出現するまでは言葉も交わさない。

 仲間であり――戦友であった魔王と交わした決意は、永劫の時間の中でそれきりとなっても不思議では無いものだった。


魄邪軌はくじゃき様がそれほどまでに心酔するレゾン嬢―― 一度面と向かって話をしたいものです。」


 【ゲブラー】へ通じる魔界の回廊――その空に当たる層を、一見姿は見えぬが間違いなくそこを滑空する機影が、蜃気楼の様に魔界の大気を歪めていた。

 亜音速程度ではあるが、その機影にしのびを統べる男――さらには背後へ控える、頭領である男に近しい出で立ちをまとうう、三人の男女が伏していた。


「何……いずれ話すだけの穏やかな日々も訪れよう。我らはそのための裏働きをこなさねばならんが……。お前達の活躍にも期待している、橙馬とうま黄竜おうりゅう緑鬼将りょくきしょう。」


 見えざる機体に控えるは、かの魄邪軌はくじゃきが指揮するしのび部隊。

 魔界においてしのび――偵察任務を行う特殊工作員の概念が乏しかった事に、あのノブナガが目を付けた。


 そのダイロクテン魔王が信を置く魄邪軌はくじゃきを中心に、魔界でその任に相応しき兵を募り――かつてこの、伝説となった一人に仕えた配下の魔族が集まった。


 名が現す通りその体躯には、所々名に冠した色の装飾が配され――しかし、特殊工作と言う任に適応させた軽装プロテクターをまとう。


 だいだいを名に持つは橙馬とうま――小柄な女性魔族はくの一の様な立ち位置か、オレンジがかった黒髪をポニーテールで結い、穏やかながら瞳の奥に鋭さを秘めた眼光。

 を名に持つは黄竜おうりゅう――女性よりもさらに小柄であるが、ゴーグルの様な魔導機を装着ししのびの部隊では智将を受け持つ頭脳派魔族。

 みどりを名に持つは緑鬼将りょくきしょう――魄邪軌はくじゃきとも変わらぬ体躯は、部隊での前衛担当を思わせる武装がそのプロテクター内部へ多数収納される。


 そして音も無く【ゲブラー】世界が入り口へ到達したしのび一行は、門を守護する様にそびえる二つの塔のふもと――光学的に乗り付けた機体を秘し、堂々とゲートまで向かう。

 今回【ゲブラー】の魔王アーナダラスへの体面は使者である。

 だが機体を秘させたのは、あの不審者がそれらに気付き――予定しないタイミングで行動を起こさぬための処置。


「これより先――アーナダラスが居る中央の巨塔までは、油断するなよ?」


 魄邪軌はくじゃきはそのまま峻厳しゅんげんの魔王への謁見のため、その者が待つ中央の本殿とも言える場所へ――そして後方に続くは、しのび部隊に属する三人の魔族。

 この地に入国した時点で察する事だが、周囲の防備が異常に強固である。

 【マリクト】勢からしてみれば【ゲブラー】の警備の堅さは事前に知りえた情報――しかし、情報を上回る数の【竜種ドゥラグニート】・魔族兵が所狭しと配備されている。


 もはやそれは、この国に存在する峻厳しゅんげんの魔王の力――〈軍隊〉が総力を挙げて防衛網を敷いている状況である。

 それは即ち、起こりうるであろう事態への備え――峻厳しゅんげんの魔王の元へ、すでに不審なる存在の情報が通っているとしのびの頭領は踏んでいる。


 だが詳細に至っては未だ不透明のはず――そこへ使者と言う形で訪れ、今後の情報連携に努めるのが魄邪軌はきじゃきと呼ばれた男の任である。


「(やはりしのびと言う役は面白い。俺は正面きっての戦闘は望むところだが、その戦闘を有利に運ぶための諜報活動……だったか。それが向いている。)」


「(あのいにしえの戦いの折も、俺は知を持って神霊を出し抜く部隊への協力を申し出た。)」


 歩みを進めながら、峻厳しゅんげんの地――多くの魔族が恐れおののく世界をくまなく目を通す。

 一見すれば確かに強固――しかしやはり魔族特有の、思い込みによる認識不足を感じていた。

 それは地球と魔界へ破滅を導こうとしていた、あの造反した導師の付け入る隙でもあったと、主君より聞き及んでいる。


 策士と言う存在は悪戯いたずらに強さを誇示こじする布陣に対しては、先ず真っ向から挑む策などは選ばない。

 それらを裏の裏――針の穴の様なほころびから、その布陣の瓦解を狙い済まして策を講じる。

 だがこの世界の魔王は〈軍勢〉と言う力に絶対の自信を持つ者である――それは旧知の友であるからこそ知りうる情報。


 今はノブナガ勢としても、その不審なる者の正体は推測でしかない――が、そこは主君の下に控える懐刀ふところがたなにより情報の確実性を高めている所。


 そのためには、この使者と言う任がその確実性の決め手となる。

 同時に【ゲブラー】へ出向く事で、万一の際――峻厳しゅんげんの魔王が持つ絶対の自信が生む空隙――その隙を生める役目も持っている。


 暫くの徒歩により、魔王の本殿である塔へと辿りつく。

 この世界を支える支柱と、険しくそびえる人工の山脈が巨大な要塞を形取る。

 罪深き罪人を決して逃がさぬ様な、恐れがそこへ集約される様に。


 その中央を、この世界の上部まで貫く一際高くそびえる巨塔――魔族的な装飾は気休め程度、そこは。 

 峻厳しゅんげんの魔王アーナダラスが居城【魔厳嶺ヘリオン・スパルティオ】である。


「お待ちしておりました。【マリクト】の使者である魄邪軌はくじゃき様とそのお連れ様――で間違いございませんね?」


 塔の最下層――魔王への取次ぎのため、すでに報を受けた主が遣わせた配下の魔族。

 使者であるしのびは頷き、遣わされた配下もそれを確認しただけで、すぐさまその塔の主の下へと案内する。

 事が急であると言うだけでなく――その迅速な対応にて、何かしらの行動に出るやも知れぬ不審なる者の策をけん制する狙い。


 策とは緻密な情報の収集と、積み重ねが物を言う――時間を掛ければかけるほど、その精度は増していく。

 それを穿つためには、それを上回る速度の情報伝達と即決即断――電光石火の行動で先を取る。


 つまる所、文化が発展した世界における情報戦争そのものと言えよう。

 その情報戦争におけるかなめ――諜報活動の任を受けたしのびの頭領は、連れ立った配下を万が一の護衛として峻厳しゅんげんの魔王の配下と共に待機させた。

 そしてもはや、いつぶりか分からぬ程の時を越え――伝説となった旧知の友との再会を果たす事となる。



****



「せっかくの再会だと言うのに、ゆっくり話も出来んとはな……。」


 魔王は塔の窓を眺めながらに嘆息した。


 峻厳しゅんげんの地においても、その高さは群を抜く高層建築の塔。

 【魔厳嶺ヘリオン・スパルティオ】の最上階から少し下層――魔王が座する一室がある。

 しかしそこは魔界の外世界――近代的なL・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーに準じた間取りを持つ、おおよそこの魔界からは浮いた感じの部屋の中。


「ああ、全くだ。だがそれも……あの希望を託された少女達が何とかしてくれる。」


「そもそもそれは、俺達が望んだ未来でもあるからな。」


 魔界でも恐れられるこの法の頂点と、まさに親しい友人ぜんとした会話をこなすしのびの頭領――それを見るだけでも、伝説が真実である事を裏付けしている。

 しかし峻厳しゅんげんの魔王の言う通り――いつどの様な不審なる輩の策がろうされるか分からぬ今、しのびの将は必要最低限にして最重要な情報交換を切り出した。


「今は情報のやり取りのみを最優先とする――許せよ?まずは吸血鬼レゾンとヴァルナグス第三王女へ、度々の義も誇りもない横槍を入れた不審なる輩――」


「我が殿はすでに目星を付けている――が、後一押し……情報が必要と言う所だ。」


 その横槍は、直接不審の輩本人が介入する様なたぐいでは無い――精神が直情的な者、あるいは不安定な精神が瓦解しかけている者を煽動する――決して自分が手を下さぬ手筈。

 そこから導かれる最も真実に近い解――不審なる輩は策士である事。


「なるほど……噂通りの先見の明。まさにノブナガと言う男は、新世代の魔王を名乗るに相応しいと言う所か……。して――」


 峻厳しゅんげん地を治める魔王の口から、心よりの賞賛が零れ出る。

 恐らく魔族と言う種族の特性上――かの伝説の戦いに置ける、知略の戦いにおもむいていた者達でも組み上げた策略には限度があったはずだ。

 その記憶の戦いを思い出したのだろう――魔王ノブナガが、いかに緻密かつ大胆な知略で事に望んでいるかを悟った故の賞賛であった。


 賞賛のあと――峻厳しゅんげんの魔王は旧知の友である使者の男を見据え――


「このオレは何をすればよいのだ?」


 そう問うた魔王はかつての戦いにおもむいた時の様な、現役さながらの鋭さで旧友の答えを待つ。

 そこへしのびの頭領は惜しげもなく告げる――その言葉は、たった一人の究極へと手を伸ばした少女に対する厚き信頼の元……放たれた。


「何も?――アーナダラス、あんたは彼女の全力に答えてくれればいい。そこから先は新しき世代の役目だ。」


 旧知の友が宣言した言葉――明確にはそれを言葉としてはいない。

 だが――そこに内包された意味を悟った峻厳しゅんげんの魔王は、鋭き眼光のまま見開いた。


 その瞬間――この【魔厳の牢獄界マガ・プリズンズ・ヘル】と呼ばれた世界が、人知れず震撼した。

 かつて伝説と言われた魔界の法の頂点が、武者震いに打ち震える。

 


「その一押しが今か――あるいは少し後かで確実となるはずだ。でなければ……我が殿があんたとの情報交換を急がせたりはしないからな。」


 全てが算段済み――新世代の魔王は、伝説の魔王が出る間もなく事を終息させる気である。

 その算段には、さらに後進――新世代の少女達の力と可能性すらも範疇はんちゅうに入っている。


 取るべき対応を告げられし法の頂点――もはや武者震いに見開く鋭き双眸そうぼうが、その時を今かと待ちわびている様にすら感じる。


「いいだろう……。ならばその魔王の手腕――とくと拝見させてもらおうか。」


 魔界の法の頂点と、【マリクト】がほこしのびの頭領の会見は何事もなく無事に終えた。

 ――そう、何事もなくである。


 そしてその頃――第三王女が収監された牢獄設備より、面会を終えた四大真祖の夜魏都よぎとが、作戦の基点となる【マリクト】へ移動するため【ゲブラー】より出国するタイミングであった。


 戦闘行為における策とは――何も必ず攻め入らなければならないと言う事は無い。

 重要なのは、攻めてくるかも知れないと言う気を張らせる事。

 そしてその疲弊した相手の虚を突く事。


 攻める気がなくとも、相手は攻め入られる事を想定して行動を取る。

 陽動は戦略の基本――しかし魔界においては直情的な行動が好まれるため、その様な策をろうする者は基本的に存在しなかった。


 だが――魔界、【天楼の魔界セフィロト】創生以後……たった一人だけその策を武器に魔界の大地を暴れまわった策士が存在した。


 その策士がこの魔界へ残す遺恨の残滓ざんし――それが僅かな動きを見せ始めていた。

 目標を――反論決闘に関わる者へと定めて――

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