7話―6 想いを繋ぐ煌き
吸血鬼の少女がかの魔嬢王をパシリ扱いと言う、前人未到の快挙?を成し遂げた頃――【ティフェレト】からトンボ帰りのノブナガ一行はその足で、つい先日落成したばかりの【マリクト】の外れにある巨大設備へ向かっていた。
「うむ、なかなか壮観じゃの~。これでまた後の事への備えとして、魔神帝への進言が可能じゃな!」
【マリクト】は魔界の世界でも、元来物理世界に最も近き場所と言う形を取るため国際宇宙港からの便も良く、ともすればこのノブナガの治めし世界を観光名所に仕立て上げるのも容易であった。
そういった魔界の次代を見据えた設備――しかし今は成すべき事を、迅速に成せる様にと備えを間に合わせた。
すでにその経緯は【魔神帝ルシファー】より許可を取り付けており、天下布武を欲しいままにした魔王は相変わらずの抜け目の無さを撒き散らしていた。
「しかしこれはまた……よくぞこの様な場所へ、港の開設など許可が下りた物ですね。」
それは港――しかしすぐ傍に、大型の艦船を収容出来るドックを併設した魔界世界の内部では初となる巨大設備。
しかしそれほどの設備が、一朝一夕で建造できるものではない。
そこには
新設された設備の驚愕点はなんといっても、魔界の内部――少ないながら儲けられた海洋区画へそれが現れた事に他ならない。
その様を見た【
ここは魔界であり、
地球が地上とは違い、海洋に使われる区画には限度があり――あくまで生命の営みに必要な水資源として、最小限の容積しか確保出来ないのだ。
「ええ、それはこちらも同感ですが――艦艇部隊設立を見据えた殿の条件は、ルシファー卿にとって願ったり叶ったりだった様で――」
「すでにあちらで容易していた物をそのまま流用し、落成へと漕ぎ着けた次第です。」
ノブナガと言う男の思考内では、地球と魔界救済のために【ティフェレト】第二王女が地球で奮闘する中で見た、三神守護宗家により生み出された魔導超戦艦――それをひと目見た時から、この計画は動き出していた。
結果――吸血鬼レゾンの訪れが、その計画を一気に早める材料として費やされた形だ。
落成したばかりの港――そこにはすでに巨大な影が
全長が200mを越える船体に、折りたたまれた巨大なスラスターを兼ねた両翼。
翼となる箇所と船体では、デザインの意匠が大きく異なるが――そこが接合される場所にてデザインの融合を果たす、一種の美が打ち出されている。
しかしその船体形状は、本来海洋艦として運行するために適した出で立ちであるため、海洋港に着岸した姿はまさに一枚絵。
魔王ノブナガはこの【マリクト】の大地に、あろうことかあの大和型弐番艦となる魔導超戦艦【武蔵】を受け入れる港を用意してしまったのだ。
「さて……どこから取り掛かりましょうか。」
トンボ帰りの疲れもあるだろう――しかし、近場へとこの艦を移動して来た事で、よりその意欲が燃焼し始める【
向かう先は【武蔵】の最終調整と、魔界での任務状況に合わせた装備を集積する施設――着岸するや走り回っている、魔導超戦艦移送へ携わった真鷲の若衆達を鼓舞しながら自らも足早に目指す。
それは地球よりの技術支援として、魔界へ乗り入れた宗家御用達の多目的航宙運搬船。
【武蔵】をここへ曳航してきたのもこの運搬船――超戦艦曳航も想定した高出力船だ。
「
「まあ、せめてほどほどに願います。」
微妙な返答で【
その運搬船より先程からチラチラ見えている物を指しての言葉であろう――そこにはあの、レゾンが振るった
それが三対待機され超戦艦への搭載を今かと待ち続けると言う光景に、さしもの戦国を駆けた武将も言葉が見つからない様である。
そしてその場を後にする、天下布武を成し遂げた魔王と
彼らもまた来るべき時への準備のため――天下城【キヨス】へと足を向けるのだった。
****
【ティフェレト】は【
魔界の早朝から夕刻までは、薄暗闇が昼の時間だ。
けど私が三国同盟を宣言してからはすでに三日が過ぎ、その休息の時刻は三日目を指している。
休息の時刻は地球でもランチ後のティータイム――【
【ダアト】より戻ったミネルバ様は一足先に【マリクト】へ向かい、約束の物を統括部長へ渡す算段だ。
私が行こうと思ったら「あなたはジュノーと、ゆっくりしていなさい。」と、笑顔で制されたので甘んじてそうさせて貰う事にした。
その言葉が私のためであり、テセラのためでもあると察したからだ。
「お待たせ~レゾンちゃん。あっ、侍女さんありがとうございます。」
ヴィーナの件からこちら、ようやく落ち着きを取り戻した侍女達が、ティーセットと甘いスイーツを並べてくれる。
今回は、テセラの誘いで二人だけのお茶会――なのだが、どうも和の茶会だと逆に今の空気にそぐわないらしい?――ので、西洋式となった。
よく分からないが、ありがたい時間――そういえば、テセラと二人きりで落ち着いた話が出来るのはいつぶりだろう。
「……そういえば、テセラとしばらく――こうやって話せていなかったな。」
――と、そのまま口にしてみる。
するとはにかんだ笑顔のテセラが、ティーカップへ程よい暖かさの紅茶を注いでくれる。
この香りはローズティーか――薔薇を模した魔界には相応しいかもな。
そう感じながら、いつも羽織る防具を兼ねたマントを脱いで軽く畳む。
最近気が張りすぎて、マント一つを脱ぐ意識も飛んでしまってたからな。
そしてマントのリボンが解けた勢いで、いつも胸元にしまっていた大切な首飾りが胸前へ零れ落ちる。
――本当に、気が張っていたな。
その首飾りを眺める事すら忘れていた自分へ、零れた鈍い銀色の装飾が語りかけてくれた――そんな気がした。
「あれ?レゾンちゃんて、そんなアクセサリーつけてたの?全然気付かなかった……。わあぁ~なんかシンプルで素敵だね☆」
「三日月……と牙?すごい、吸血鬼のレゾンちゃんにぴったりだ☆」
零れた装飾は、友人にすら好印象を与える。
そのことで少し嬉しくなり――そして懐かしくなった私。
――もう、
だから――
「これは……大切な思い出が籠もった首飾りなんだ……。でもそれは、同時に悪夢そのものな凄惨な瞬間も思い出す――」
その言葉でテセラが強張った――言ってはならない事を口走った、と。
だから私は笑顔で答える――その過去が凄惨であっても、もうそれに
「大丈夫だ、テセラ。だから今――君に聞いて欲しいんだ。……私が私として生れ落ちたその日――ただの害獣であった私が……
「――そして……大切な最初で最後の同族だったみすぼらしい少女との、ささやかな幸福の話を――」
凄惨な過去の話を、今――とても穏やかな気持ちで口にする。
それはまるで――何かに導かれる様に、私の口から溢れ出た。
それが自分にとって、想像だにしない奇跡の産声であったとも知らずに――私はその、すべての過去を大切な友人と共有したのだ。
首元に鈍く
****
三国同盟は、それぞれの名だたる魔王や力を持つ者へ事前の協力を
吸血鬼の言葉に皆が信の心にて、成すべき事を成している中――四大真祖を
これはヴィーナの面持ちを確認するための面会と、未だ動きを見せぬ謎の不審者の同行偵察――それらを兼ねていた。
「
「望むのであれば、時間延長も憂慮するとの事ですが……いかに?」
【ゲブラー】の中でも警戒レベルは最高クラス――王族クラスの魔族が収監されるエリア。
警備に付く【
面会室へ通された
魔王アーナダラスからは、今回の件では下手を打てば魔界が戦乱へ突入する恐れがあったゆえ――それらを未然に防いだ形の、吸血鬼レゾン関係者へは何かと優遇処置を用意していた。
しかしそれはあくまで、罪人の刑以外に対してではあるが。
「御心使い感謝します。ですが結構——、通常と同様の扱いで。」
真祖の女性にとっては、まずヴィーナの状態を確認する事が最優先――彼女がとても凛々しき顔で連行された件は、その身内のみが知りうる状況。
それも考慮した吸血鬼の采配――
一度でもいい――裁判に掛けられる前に、その顔を見ておきたい。
そして真祖の女性は、この時のためにささやかな贈り物を持参していた。
「――憂慮と言う事であれば、面会時間延長以外で一つ許可を頂きたいのですが……。」
罪人は脱走や暴動――果ては自害等を未然に防ぐため、独房へ不用意な物品を差し入れる行為は厳禁である。
しかし、憂慮と言う言葉へ恐らくは全くの無害――いやむしろ、ヴィーナと言う少女の心を安定させるためには必要不可欠な贈り物。
それを少女へ手渡す許可を懇願する真祖の女性。
「……分かりました。ではそちらは一時検査をさせて頂きます。――では失礼して。」
魔界においても、その程度の物品に対する検査装置は常備している様で、検査を終えた贈り物が再び真祖の手元へ戻される。
そのタイミングに合わせたかの様に、面会室――魔導装飾が僅かに広がるも近代的なガラスを隔てた一室、少女が監視の魔族と共に訪れた。
だがその手には、例の憂慮が引き継がれ――手かせなどは一切なされていない。
「
薄緑の
この様な場所であろうと――やはり王女は王女、吸血鬼に救われた幼き少女はこの瞬間も戦い続けていた。
その凛々しき姿に、真祖も心底安心を覚える。
罪人として連行された当日を知りえぬ彼女ら四大真祖は、寝ても覚めてもいられなかったのは想像に難くない。
「私もですヴィーナ様。……しかし戦いは始まったばかり――我ら真祖も付いております。その強き心……決して無くさぬ様、ご自愛下さい。」
「――私が本日訪れたのは、ただ一つ――これをお持ちしました。」
真祖の言葉がガラス越しに届き――小さな小首を傾げる愛おしき少女へ、今しがた検査が終えた贈り物を小窓より差し出した。
それは透明で少々長細い小箱――検査がある事も想定し、中身が見えやすい事でただの小さな装飾であるとの理解を得るための処置。
そのただの装飾を目にした幼き少女の目尻には、薄っすらと輝きが滲み――
「……
それは少女が凶気に駆られ、力が制御できず暴走した折――自らの力で
暗き
滲む輝きが薄っすらと頬を伝う少女へ――心酔する仲間らの気持ちと共に、優しく告げる真祖
愛おしき少女が決して負けぬ様に――心が折れぬ様に――
「はい……これだけは、ヴィーナ様へ必ずお届けせねばと――皆で必死に捜索したんですよ?ですから――」
「またこの首飾り――無くしてしまわない様……しっかりお持ち下さい。愛おしきヴィーナ様……。」
渡された小箱――そこから取り出した鈍い銀色の輝きを、強く――思いを込めて強く抱きしめる少女。
「……ありがとう、
輝きはいつしか大粒へと形を変え――すでに頬がぐしゃぐしゃに濡れていた。
ヴィーナと言う少女はその首飾りと共に、いつも自分と共にあった四大真祖の熱き想いをも同時に受け取っていたのだ。
――その鈍い銀色の
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