7話ー5 セフィロトの樹
吸血鬼レゾンの提案した三国同盟案。
そこに【ティフェレト】は含まれてはいなかった。
それは至極当然――今回【ティフェレト】を代表するミネルバ・ヴァルナグスと、ヴィーナを魔王代理として追放したテセラは、見届け役として法廷への出頭を命じられていた。
そういった状況を配慮した吸血鬼の少女は、表立った面での【ティフェレト】による支援を避け――完全な裏方となるバックアップを魔嬢王へ申し出たのだ。
「人生という物は、どう転ぶか分かりませんね。」
吸血鬼の依頼を受け魔嬢王自らが出向いた先は、魔界の上層界――なのだが、そここは本来魔界で知られる世界には存在していない場所。
しかし地球の魔術的な位置で表されるそこは、確かに存在している。
――そこは世界と等しく繋がる魔界の根となる世界【ダアト】。
〈知識〉をシンボルに持つそこは、
吸血鬼の少女が【ティフェレト】の
かつては害獣とすら
「姉様、これが……知識をシンボルとする世界――【ダアト】なんですね。」
【ダアト】は本来の魔界各世界を繋いだ経路上には存在せず、特定の非常経路より移動が可能であった。
それは先の
すなわちこの経路は、【ティフェレト】の居城【
「ええ、この超大な魔導エレベーターを降りた先が目的地の【ダアト】です。そして、視界に見える各所より伸びる巨大な管も全て――魔界各世界に繋がっているのです。」
「ふぇ~~~。」
若草色の目をまんまるに開き、
この件を依頼した際、立場上実質の手伝える事が存在しないその王女も同行させてほしい――吸血鬼が魔嬢王へ頼み込んでいた。
やはり、【ティフェレト】三姉妹の末妹であった少女の命運が左右される事態、少しでもジュノー――
吸血鬼レゾンが望んだ大切な友人への、思いの
その吸血鬼が依頼してきた事の内容は、あらかた予想していた魔嬢王――しかし自分がそれを依頼として請けた事件そのものが、この魔王にとってうれしい誤算でもあった。
「私が彼女をここへ招待してまだ一年と立ちません。……しかしまさか、これほど早く
艶やかな手の甲を口元に当て、クスクスと微笑する魔王はさながら女神。
予想外の嬉しい誤算は、彼女が遠い未来に描いていた頼もしき現実。
凶気を
「
姉が女神の微笑で語る言葉に苦笑した第二王女――どうやらこの魔導エレベーター先である目的地を発見し、金色縦ロールのツインテールをぴょん!と跳ねさせ、暫く見せる余裕も欠いていた歳相応の反応を自然と披露した。
魔導エレベーターが下降する先には、各魔界の世界から宇宙と隔絶する外壁であると思しき巨大な管――その中を今しがた、魔嬢王姉妹が降りてきた魔導エレベーター同様の内包される管との二重構造が集約されている。
集約された場所は、言わば
そこがこの超巨大魔導連結ソシャール世界おいて、全ての動力制御を司る世界――〈知識〉をシンボルに持つ【ダアト】である。
****
「いやぁ~~ミネルバ!久方ぶりと言うところか、また一段と美しくなって~~!」
私は【ダアト】と呼ばれる魔界の一世界――そこに来て一段と引いてしまいました。
動力炉となるいくつもの塔の様な建造物が並ぶ、地表に当たる場所へ降り立った私と姉様――そこですでに、連絡を受けていたであろう一人の男性魔族が迎えてくれたのですが――
「ああ~いいよ~~、そのシャスを思わせる流れる
などと奇声の様な単語を発しながら――クルクルヒラヒラ舞躍る様に姉様へ近付くと、その手を取って抱き寄せようとした男性。
ヒラリと姉様がそれをかわすと、勢いのまま近くのそそり立つ壁へ激突しやっぱり奇声のままうずくまっています。
――といいますか、誰ですこの変態魔族は……(汗)
長身で姉様より頭一つ高いその表情は、薄く青い肌に少し垂れた切れ長の瞳――深い緑の
身体もそれに順ずる様な、細身の華奢さが目立つ肢体へ――何故か場違いに仕立て上げられた、タキシード風の魔族甲冑をその身に
その風貌――この世界では明らかに異種とも思える魔族さんです。
「ナイアルティア様ご機嫌麗しゅう。久方ぶりですね。」
ね……姉様、男性魔族さんのセクハラを華麗にかわし、あまつさえその魔族さんへの何もなかったかの様な社交的な挨拶――何と手馴れた行動ですか。
そして誰です?この変態さん……(汗)
「レゾンはすでに深き所まで聞き及んでいるはず――であれば、あなたもそろそろ知っておくべきでしょう。」
「彼はこの世界――
そこまで口にした魔嬢王を制する様に、あの変態タキシードさんが立ちはだかり――
「いいよ、ミネルバ。そこから先はボクが述べさせて貰うさ。初めまして――君が【ティフェレト】の第二王位継承権を持つ姫夜摩テセラだね?」
「大きくなっていたから見違えたよ。」
一瞬私の思考が停止します。
この魔界で呼ばれる名はジュノー・ヴァルナグスであるはず――でもこの人は私が地球で与えられた、もう一つの名を発しました。
緊張が身体を強張らせるのは、何かしらの意図が含まれると察したから。
「ボクはナイアルティア・ホーテプス――魔族の姿はボクの姿の一部でしかない。ボクは
「千の風貌を持つ、太陽系外より訪れた【観測者】――クトゥルー神族が一人、真の名はニャラルトホテプ……まあ、基本はナイアルティアでいいよ?マドモアゼル~~。」
その人は
そして太陽系外から来たとも――それでも私に引っ掛かる事は、そこではありませんでした。
だから思い切って質問――投げかけてみます。
「あ……あの、ナイアルティアさん!私の事――
そこまで出掛かった私の言葉を制するタキシードの魔族――気にかかる真相を私へ明かしてくれました。
「知ってるもなにも、その名――ボクが名付けたんだからね~。
「ああ、でも安心して?君の親とかそういうオチじゃないからね~。」
胸を撫で下ろす私がいます。
外宇宙からきた魔族外の方で、こんな変態タキシードな男性が親とかだったらショックで立ち直れないかもとか想像してしまいました。
「あれ?君今、すごく失礼な想像しなかった?」
「あ、えと……そんな事は、ないです。ははっ……(汗)」
ニヤニヤと私を見やるその――伝説の一人で、地球外から来た、【観測者】の神々で、変態のタキシード、と言うどこから突っ込んでいいか分からない魔族さんに、慌てて取り繕う私。
そのやり取りをクスクスと微笑する姉様の声に混ざり――もう一つの声が聞こえてきました。
「あの、ナイアルティア?そういうやり取りはいいから、連絡のあった件――先に済ますよ?」
「元第三王女の裁判まで余裕はないんでしょ?急がないと。」
元第三王女――その言葉を聞いて、私達が直面する現実に引き戻された私は声の主を見ます。
変態タキシードさん(でもういいや!)の傍に、いつの間にか現れた小柄な少女――けど、そこから
外見は……何と言うか、地球でたまに見かけた事のある感じ。
大切なお友達の
そのツナギが目にチカチカする様などピンクで、まん丸なメガネにもさっとした後髪がぼわっとした二房の三つ編みに結われ――何か所々顔も含めて機械油だらけの、魔族??みたいな少女が立ってました。
「ああ、自己紹介がまだだね。あたしはルキフグス、るっきょんと呼びなさい――これ厳命!」
なんかびしっ!と指差されました。
姉様……この【ダアト】にはまともな魔族さんは居ないのでしょうか(涙)
濃ゆすぎる【ダアト】の面々に肩を落としながら、今回の目的のために訪れなければならない研究施設へと足を運ぶ私でした。
****
「――と言うふうにだね、この魔界のシステムには驚かされたのだよ。ボクが知る
「千の内一人のボクを配して、その行く末を見届けたくなったんだよ~。」
目的地である研究施設までは、今までの魔界世界観からかけ離れた機械製の構造物が立ち並ぶ巨大な通路――時間にして30分前後歩きました。
けどまさかその間――変態タキシードさんが延々魔界について語ってくれる、等とはとは想像だにしていませんでした。
だって全然話が途切れないんですもん……(涙)
なんか変なスイッチ入ったんじゃと、姉様へ助け舟の視線を送ったら――笑顔でしっかり聞きなさいのアイコンタクト。
えっ!?まさかの放置なの姉様!?と、盛大に肩を落とした私は思考の底――ああ、きっと姉様は何度もこれを経験してるんだな……そう
ああ、タキシードを付けるの忘れてました……。
30分の道のりはそう長くもありませんでした――けどその視界へ徐々に鮮明となる魔界の構造の根、それには言葉を失う事になります。
隔壁で遮蔽された巨大通路――その天井を貫く形で建っていた建造物が、隔壁の切れ目からその全容を目視出来る位置まで来た私の眼前。
魔導エレベーターからは遠目にしか確認出来なかったそれは、宇宙空間へ花を咲かせるために生まれたとてつもなく巨大な樹――それは機械によって形作られた、魔界の真の姿でした。
そしてそれと同じくして変態タキシードさんの魔界うんちくが止まり――その隣りを歩いていた、大きな二房の三つ編みをぼわんっ!と振り乱し――振り向く〈るっきょんさん〉ことルキフグスさんが両手をいっぱいに広げ宣言します。
「ようこそ!ここが
「魔界統合制御機関【セフィロトの樹】だよ!はい拍手ーーー!!」
るっきょんさんの謎の拍手号令は置いておいて、ここが魔界の中心と言うのはこの視界に映る光景を見れば想像に難くはありません。
そして私と姉様が求めた物もここに存在している。
それは魔界を制御するための【
そう――私があの地球と魔界滅亡の危機を回避するため、ローディ君ことルシフェル様と共に集めた魔界の生命線。
【
超魔導戦艦を正常起動させるためには、魔王クラスの力が必須――でもそこに搭乗するであろうノブナガ様達は、私達の様な
だから――ここにある【
その方法は私の素敵なお友達の一人――クサナギ家は裏門当主である
レゾンちゃんはいつの間にか、三神守護宗家の大人達の様な緻密な戦略と戦術を身に付けていました。
今魔界の外世界では
もう戦略戦術とかの観点で言えば、レゾンちゃんに敵わないかもと思うぐらいです。
素敵なお友達の想像を越える成長に――また少し彼女を好きになってしまう私でした。
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