7話―3 いにしえの物語〔後編〕



 髑髏どくろの将は語る――

 

 華々しき力を持つかつての熾天使してんし率いる対神霊軍。

 彼らが天界への進軍を待つ中――魔神帝ルシファー率いる潜入部隊は、堕天使フラウロスの案内で神霊群の住まう中枢【アース・エイデン】へ向かう。


 彼らはルシフェルや【竜魔王ブラド】には遠く及ばぬ力しか持ち得なかった。

 だから力を合わせる事で〈知略と策略〉を結集させた。


 その中で最も知性に長けたシャス・エルデモアの案を、ルシファーが採用し策として組み上げ――後の天楼の魔界セフィロト建造発案者でもあるナイアルティアが必要な装備や武具を整える。

 さらには軍勢を率いるのに長けたアーナダラスと紫雲(後の魔王ヴェルゼビュード)が、交戦状態を想定して魔族軍を待機させ、知略部隊潜入の護衛として魄邪軌はくじゃきとザイードが付く。


――と。


 髑髏どくろの将が語るいにしえの戦い――またも赤き少女は引っ掛かる。

 魔界の頂きであるルシファーのくだりである。


「まて、ヴォロス殿。ルシファー卿は知略部隊側?ルシフェルの本隊では無く?そこは流石に、私も疑問しか浮かばないぞ?」


 それは将も予想した返答――それは一番信じ難い情報であるのは百も承知であった。

 そういった魔界の真実――その詳細も含めた事情を余す事無く赤き少女へ伝えて行く。


「うむ、これは他言無用……とは言えルシファー卿はそれを公表したがっているが――事実だ。」


 そしてわずかに間を置き、少女の反応を確かめる様に真実を明かす。


「ルシファー卿は強大な魔霊力をお持ちだ……。しかし、真実を明かせばあのお方――戦う力マジェクトロンをお持ちで無い。いや――力と言う点では武力ではなく先見の明、近しい者では魔王ノブナガに近い物を持つのだ。」


 赤き少女がその目を見開いた。

 驚愕を覚えるほど、意外すぎる事実を耳にし―― 一瞬硬直して口を辛うじて開く。


「っ!?……ノブ……ナガに!?」


 予想通りの反応に少し満足した将は、先程の仕返しとばかり顔が上向きになり――しかし相変わらず表情は分からない。

 遊ばれたと分かった赤き少女も、ハッ!と気付きジト目で将へ苦言を放つ。


「はぁ、ヴォロス殿……それが真実なのは理解したが、これはまじめな話だろう?からかわないでくれ……。」


「……それは言われてみれば合点がいくな。――確かこの魔界の構造……その位置付けに二人が当てはまる。それぞれは、正しくシンボルをかんするに相応しき者だな。」


 レゾンは魔界の情報をテセラを初めとした、多くの者から聞き及ぶ際――魔界の各世界はシンボルを頂き、それを信念とし国家が築かれると知り得ていた。

 現在魔神帝が治める魔界の最上界【ケテル】は王冠を頂き――その魔界の始まりとなる最初の世界【マリクト】では王国を頂く。


 王冠は世界を統べる者――王国はその世界の民そのもの。

 地球世界の魔術的な要素が、現在ルシファー率いる現八大魔王が世界ににらみを利かす一方――ノブナガが流浪の民のため、無法地帯であった世界マリクト統一を果たした事により、確固たる意味を打ち出している。


 その考えに辿たどりつく最強に届いた少女へ、髑髏どくろの将は感嘆しか浮かばない。

 素直に少女への褒め言葉が口から滑り出した。


「ふっ、流石最強へ手を伸ばしただけの事はある。それはこの魔界の真理そのものだ――魔族の種族としての成長を信じ、願ってこの地が創られたのだからな。」


「――それでも、これ程の短期間でその悟りの境地に辿たどりつくのは容易ではない。感服したぞ、最強の吸血鬼よ。」


 これはさしもの少女も不意打たれた。

 【ティフェレト】の中央庭園――淡い木々の光の中で照らされた顔が、珍しいほど紅潮する。

 どうやらこの少女、天然ジゴロで男女問わず人をクセに――いざ自分がその立場になると滅法弱いらしい。

 単純に、褒められる事に対しての慣れが無いだけの様にも取れるが。


「……からかうな言ったはずだぞ、髑髏どくろの将。」


 照れ隠しの苦言は、完全に逸らした目の向く明後日あさっての方へ投げられた。

 これも髑髏どくろの将にとっては、いにしえを懐かしむやり取りなのか――語りながらも、自然と将の放つ魔霊力は穏やかに辺りを包む。

 草木の淡い光で照らされた赤き少女が、さも将の昔の仲間の様に頼もしく映っていることだろう。


 ここまでの成り行きを、傍に控え――静かに見守る赤き少女の友人ベルも、同じ頼もしさを感じている――否、こちらは少々毛色が違う。

 明らかにその目にハートが浮かぶ様な、うっとりした表情で吸血鬼への熱視線を送っている。

 どうやら吸血鬼が紅潮して慌てる様が、よほど愛おしく映ったのだろうと彼女の思考――からは読み取れる。


 そして流石に話があちらこちらへ飛び始めたため、髑髏どくろの将はまとめとばかりに重要点へと語りを推し進める。


 髑髏どくろの将にとっては、昔の友との暮らしを思い出させる昔語りの場――その中で彼女へ告げなければならぬ事があった。

 それは一番の試練になるであろう、彼女が選ぶ結末へ進む前に――かつて8人の伝説の名を欲しいままにした将が、伝説のたすきを繋ぐための言葉。


 その言葉に向け――将の語りに一際ひときわ熱がもり始めて行くのだった。



****



 結果は歴史が物語る。

 潜入部隊の活躍によって、神霊群がくわだてた魔族殲滅計画の全貌を突き止めた魔族軍は、好機とばかりに神霊群率いる天軍へ攻勢に出た。


 しかしその戦いは、勝利を掴むためのものではない――魔族の存在価値を天界に認めさせるための戦い。

 例え攻め入る魔界の代表者がその命果てるとも、後の世代へ繋ぐための覚悟を皆が宿し大戦に臨んだ。


 潜入部隊はからくも【アース・エイデン】からの脱出に成功したが、追っての追撃に対し殿しんがりを請け負ったフラウロスは、その命を一時は落とす事となる。

 だが――堕天使の犠牲があればこそ事は成された。

 魔族軍は大敗寸前まで追い込まれた――しかしそこから得た物は文字通り後へ繋がる価値を持っていた。


 魔族の軍勢に対し勝利を確信した神霊群は、魔族殲滅作戦最後の段階へ入ろうとする――しかし同宇宙にて、神霊クラスの争いに対し外宇宙から監視を行ったいた者らから横槍が入る。


 宇宙文明の観測と管理を行う神格意識集合体【観測者サタン】――そこへ属する外宇宙神霊群【クトゥルー神族】が抜き打ち査察を敢行――それが引き金となって、太陽系内聖なる書物記述に属する神霊群の謀略が明るみとなり、魔族らへそれ以上危害を加える事が禁じられ……大戦は終結する。


 【観測者サタン】へ口添えした天使軍の総大将ミカエルは、魔族らの反抗に対しての温情をしゅへ願い出――存在はそのままに力のみ奪取する譲歩の中、名だたる魔族の将らは主星である【ニュクスD666】へ封ぜられると言う結果へ収束したと言う話であった。


 それが髑髏どくろの将が語った昔語り――


「あなたがその、髑髏どくろの魔導機械生命体を形取る姿となったのは、主星へ魂のみ封ぜられた故――といった所だな。」


「ふっ……察しの通りだ。」


 昔語りから得られる情報から推理する、眼前の将の事情が何となしに浮かび口にすれば――将よりまさにと返答がなされる。

 中々に壮大過ぎて自分の手に余る事実ではある――けれどそこから見えてくる、はあらかた頭へ叩き込んだ。


 長くなった語りから少しの間――髑髏どくろの将が先程までの昔を懐かしむ語り口から、わずかな変化と共におもむろに口を開く。

 当然その表情は、口に相当する部分は開いたままであり、歯根から丸見えの禍々しい下顎が動いた気配は一切無いが。


「して、レゾン・オルフェスよ……。お前はこれから、いかにするつもりか。」


 これから、どうするか――昔語りから得らる内容を頭に入れた上で、これから私が向かう――いや、選ぶ結末を問うてくる。

 しかし髑髏どくろの将はこちらが語る以前に、私の思考など筒抜けだろう――それでもそれをあえて問うのは、まさしく今までで最も重要な事を伝えようとしている。


 その将の語りから今までの行動は、かつてなかない下位種の魔族でしかなかった自分へ、最大級の信頼を向けてくれている。


 ――だから私は、その問いに答えなければならない。

 けどそれは、この将だけに伝える様なたぐいの内容ではない――ないからこそ、変わりの返答を用意した。


「これから私が行う行動はただ一つ――けどそれは、それを聞いて欲しい皆を集めて改めて話したい……。それでいいか?ヴォロス殿。」


 【美麗殿アテニア・キャセル】の中央庭園――魔界の草木が変わらず淡い光を浮かべる中で、髑髏どくろの将は私を見据え相変わらず感情が読めないその顔で、少しの思案の後――告げた。


「……覚悟は、出来ている様だな。ふっ、いいだろう――それはひとまず皆を集めてからだ……。」


「だが……これだけは伝えておく。」


 将がじっと私へ視線を固定し――そこへ並々ならぬ期待を乗せて、たったひとつの言葉を手向たむけてくれた。


「――これより魔界の時代は、お前達の世代だ。思うようにやれ。」


 それは即ち――

 いにしえの世代が守り抜いた、この魔界の大地の行く末を――その未来を託すと言う宣言に他ならなかった。


「ああ、心得た。ありがとう……感謝する。」


 託された言葉を脳裏に――魂に刻み込む。

 私はようやくこの大地で、一人の魔族として認められた。

 暗闇と絶望の淵――みすぼらしい少女との出会いで救われたこの命。

 その存在が今ようやくここで真の価値を見出した。


 いにしえを代表するこの将が今、門出の言葉を私へ手向たむけてくれた。

 その将へ――限りない感謝の言葉でありったけの思いを返す。


 そして私はミネルバ様やテセラの元へ向かい――私のを整える。

 その拠点となるはこの【ティフェレト】がほこる【美麗殿アテニア・キャセル】の大会議室――あの地球と魔界救済のおりに使われた、【魔神帝ルシファー】への謁見も可能な魔界の緊急事態に備えられた大会議室。


 伝えるべき者達へ伝えよう――私がこれから決断し行う、魔界を激震させる戦いを……。


 魔界のいにしえの一人――法の頂点、【峻厳しゅんげんの魔王アーナダラス】への反論決闘を!

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