7話―2 いにしえの物語〔前編〕



「今、お前は最強の頂き――ならば生ける伝説を含めた成り行きは、聞いているだろう……。ゆえに――」


 髑髏どくろの将が語り始める。

 それはあの天軍の最高位であった熾天使ルシフェルが、大切な兄弟であるルシファー――引いては、当時の魔界の主要な大地であった【ニュクスD666】に住まう全ての魔族の存在価値を賭けた戦いの物語。


 その華々しき戦いの裏で、同じく彼らと共にあった者達の歴史にすら残されぬ活躍の全貌。


「我らが戦った記録を語るとしよう……。表舞台――華々しき力の衝突を支えた、裏の戦い。あの神霊群らの野望を暴いた、知略と策略の裏舞台を。」



****



 神霊群――その者達は言った。


「魔族とは害獣。存在は危険である――それらを【悪魔】と呼称し、この宇宙より撃滅すべし。」と。


 それに反論した者――本来はしゅに仕える、否――仕えるからこそ神霊群の言葉に反抗した。


「世界は光だけでは成り立たぬ!光と闇は対となり始めて安定を約束される!それはしゅが定めた、宇宙のことわりそのものではないか!」


 しかし、神霊群はそれに耳を貸さず闇を――魔族達を【悪魔】として滅すべく、大天使長ミカエルを主軸とした光の大軍勢を魔界の大地へ送り込んだ。

 魔界の歴史はその熾天使してんしが堕天しながらも、この世界を救った事が多くの魔族の知りうる真実。


 だが、髑髏どくろの将は語る。

 その神霊群の陰謀を暴かねば、熾天使してんし率いる我らの望む勝利を得る事は叶わなかったと。


「ルシフェルが天軍への戦いを示唆しさした日――我々は反対したのだ。今のままでは戦いは水泡に帰すと。」


「だが、魔族の滅亡を阻止するために彼はリリ――【竜魔王ブラド】と有力な魔王クラスの魔族を引き連れて、決戦へ望む準備を進めた。」


 そこは【ティフェレト】の【美麗殿アテニア・キャセル】中央庭園――髑髏どくろの将は魔界の草木が放つ淡い光に包まれる。

 そこで遠き昔を懐かしむ様に語り、それを赤き吸血鬼とその友人が庭園で一際大きくそびえる大木にもたれ、聞き入っていた。


「その準備の最中……リリが我らへ頼み事をしてきたのだ。この戦い――確実なる裏を取る必要があると。そこで天界の中心地である【アース・エイデン】へ潜入を試みる様、当時私へ直接依頼してきた。」


 当時――強調する言葉へ、少し気になった赤き少女があえて質問を挟んでみる。


「質問良いか?あなたはその地……光の世界を知っていると言うが、その風貌でその地を知っているのが少し引っ掛かる。」


 もはや失言に何の躊躇ちゅうちょもなくなった少女へ、苦笑交じりに返答する髑髏どくろの将。


「お前――本当に遠慮が無くなって来たな。だが面白い……私もある意味肩肘張らずに語れると言う物。私の当時は、この様な姿ではないのだ。」


「我が名――その頃の名は堕天使だてんしフラウロス。天界より落ちた光の将であった。」


 この少女へは包み隠さず語ろう――最初からその心積もりだったのか、あっさりと正体をさらした。

 むしろその事で赤き少女が逆に驚いてしまう。


「ヴォロス殿、そんな重要な事実――私になど明かしてもいいのか?名を変えているのは少なからず、真実を伏せる必要があるからだろう?」


 赤き少女もかのノブナガとの接触が多かったせいか、妙に勘が鋭くなり発言の端々へ策士の如き勘ぐりが働き――少ない言葉から無数の情報を得ようとする。

 髑髏どくろの将はその少女がかもし出す、天井知らずの成長速度に感嘆を洩らしつつも丁寧な弁明を付け加えた。


「遠慮が無くなった――と言うよりお前、ノブナガ公へ近付いて来ているな。全く……油断も隙も無い。」


「真実を伏せている訳では無い……。私はその裏の舞台――そこで一度命を失っているのだ。」


 少女もその言葉で、少し質問を慎んだ。

 これから語られる事を聞けば、おのずとその理由がはっきりするだろう――同時にその失ったと言う言葉に深い意味があるなと察したのだ。


 少し下がった少女の配慮を感じた髑髏どくろの将は、淡い光に包まれたまま語りを続行する。


「私は天使フラウェルを名乗っていた頃、【アース・エイデン】ではその地の監視を行っていたが――そこで神霊群のしゅに反する行いを目撃し、天界より追放された。」


「そこで辿りついたのが魔界【ニュクスD666】だ。――それ以来フラウロスを名乗る事となる。それはルシフェル様からリリへ伝わり、その戦いのキーマンとされたのだろうな。」


 そこまで語り、髑髏どくろの将は赤き少女へ向き直り――古き友であるブラックファイアへ目配せすると、古き友もそれ以降は語っていないと目を伏せてサインを送る。

 それをきっかけに今は髑髏どくろの姿をした男は、当時の己の姿を思い出すかの様に――赤き少女へと昔話、その最も重要な点を進めて行く。



****



 【竜魔王ブラド】との謁見時、おおよその事件の全貌をベルより聞き及んだつもりだった私は、髑髏どくろの将の話に聞き入った。

 なにせ相手は天界の大軍勢――強大な魔族達の活躍なくしては、今の魔界はなかっただろう。


 だが私が聞き入ったのはその裏の戦い。

 その全貌を聞く内に、その本質が似ている物を感じ取っていた。


「力なき者が知を結集して難題に挑む……まるで私達だな。」


 髑髏どくろの将が語る物語の一説――【アース・エイデン】へと侵入を試みた魔族は8人。

 その時点で天界を最も知りうる髑髏どくろの将の昔――堕天使だてんしフラウロスを初め、魔神帝ルシファー、シャス・エルデモア、ナイアルティア・ホーテプス、ザイード・ソルフィード、紫雲――とこの魔界の頂点以外は知らぬ名が連なる。


 だがその後には、何やら聞いた事のある名も確認した。

 魔人 魄邪軌はくじゃき――そして竜王アーナダラス。

 なるほどそこに繋がったかと、昔語りの関連性へ光明を見た。

 魄邪軌はくじゃきは言わずとしれたノブナガ配下の最強の一角――竜王アーナダラスは……私が反論決闘を挑もうとする相手だから。

 

「それは当時の、八大魔王と呼ばれる伝説上の存在――しかしその事実を知る者は今の魔界では数える程だ。」


 髑髏どくろの男が遠い目――を現す行動で語るが、彼の表情からは実に読み取り辛い。

 そして語られる話から読み解いた事実の中――この男は本来ミネルバ様の父に当たると言う。

 同じく八大魔族に属したシャス・エルデモアと言う女性がミネルバ様の母親に当たると言うのだ。


 そこで再び疑問が脳裏をかすめさらに聞いてみることにする。


ではなく?」


 疑問は至極当然。

 そこにテセラ――ジュノー・ヴァルナグスと言う第二王女の名が無いから。

 その問いへの答え――声のトーンが下がる。

 今度は声調でなんとか沈痛な面持ちが伝わる。


「当時、強い魔族はより良い子孫を残す事を求められた。光に属する人類に比べて極めて小数な上――遺伝の質が悪ければ、そこより害悪……野良魔族が生まれてしまうからな……。」


「その際に、母体の魔霊力の波も影響していた。そのため子孫を求めながらも、頻度は極端に限定されていたのだ。」


 沈んだ声調は私への配慮か。

 確かに私は、野良魔族からの進化により生まれたも同然――けど今は、その凄惨な過去すら大切に感じる。

 そうやって生まれなければ、あのみすぼらしい少女と出会い――こうしてテセラやヴィーナ、果ては魔界の偉大なる者達とも出会えなかったのだから。


 少し間を取る髑髏どくろの将へうながす――今の私はその程度で揺るぎはしないから。


「……気にせず続けてくれ。私はあの時の様に弱くはない。」


 見違えた私に驚いた様な感覚が――あくまで感覚がこちらに届き、さらに後へと語りは継続される。


「【アース・エイデン】への潜入――それは私が堕天してフラウロスとなり……シャス・エルデモアとの間にミネルバを儲けてから後……――」


「つまりジュノーが生まれたのは、私がすでに命を落としてより幾年月を越えての話だ。」


 つまりは……腹違いか。

 ミネルバ様はテセラに魔族の希望を託したと言った。

 そして地球へその希望を記憶と力の封印と共に送り、可能性を待ったのだ。

 シャス・エルデモアと言う魔族の話は聞いた事がなかったが、何となくその所在に心当たりがある。


「シャス・エルデモアと言う、ミネルバ様の母にあたる女性――居るんだな……あの【万魔殿パンデモニウム】に。」


 まさにと髑髏どくろの将が頷いた。

 そこは私にも想像がつき易かった――何せ力の継承の際、【竜魔王ブラド】と共に映された場所は、紛れもなく【万魔殿そこ】であったから。

 多くの魔族が封印される地が実在、且つ主星がそうだと言うのであればその女性――生きたままそこへ封ぜられていると言う事になる。


 将の話から導かれる魔族と言う存在――地球に住む人類の様に、いたずらに子孫を残せる種族ではなかったと言うのが正しい認識だ。

 地上の光に住まう人類に例えれば、生まれてくる子供が先天性の異常をわずらう確立が極めて高く――挙句、その子供が世界を脅かす害獣となる恐れをはらむなど、生んだ親も気が気ではないはずだ。


 故の子孫繁栄への規制――魔族の質を落とさぬために、腹違いの子もいとわない。

 そうしなければ光の天軍から見限られ――そして滅ぼされる。

 私の生まれそのものだったんだな……魔族と言う種族は。

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