―贖罪の章―
―投獄 第三王女―
7話―1 その罪を救うため
「それでは行って参ります……姉様方。」
薄暗闇の朝。
小さな少女は先の見えぬまま、かの地【
上層界へは下層界間よりも長距離を移動する事となるため、地球で現すならばその裏側までの総距離に匹敵する。
しかし――少女はこれより、法廷の場へ上がるためにそこへ行くのだ。
ともすれば、良くて永き投獄生活――もし最悪の判決が下れば、もはやこの魔界の地を踏む事すら許されない可能性すら存在する。
魔族と言う種族にとって、
そこで永く生きられる魔族は、高位の魔王ですら皆無であり実質的な死刑宣告とも言えた。
例外として地球の地上界へ逃亡できたとしても、人里離れた闇夜が限られた生活空間――大都市のような場所では、主の加護を受けた討伐者らに害獣として刈り取られるのが関の山。
友人である姫夜摩テセラと言う王女が、いかに特別で特殊な存在かを感じずにはいられないほどだ。
それは心の奥底に未だ巣食っていると言う事だが、その瞳を見ればそれでも耐えうる意志が輝きと共に刻まれる。
「うん、いってらっしゃい……ヴィーナ。」
罪人として突き放した――その罪悪感を押し殺し、今は親愛なる妹へ暖かな思いをありったけ贈りたい――両の手が、悲しき旅立ちを待つ第三王女を優しく包み込む。
「大丈夫ですわ。
罪人として、その手を汚してしまった妹も同じ――次には会えるはいつとも知れない愛おしき姉、第二王女の手に抱かれながら
するとその二人をさらに深い愛情が、聖母の慈愛の如く包み込んだ。
「ミネルバ……姉様。」
愛しき妹を最初に王族へ迎えた【ティフェレト】の主――第二王女ジュノーと同じく妹を見送るために同席する。
彼女もこの様な事態が訪れるとは想像していなかった。
それでも――自分が信じて地球へ送り出した妹が、強く立派になってこの地へ戻り――本来魔王である自分が、全うするはずの責務を引き受けた。
それが嬉しくあり、しかしこの事態には悲痛しか浮かばぬ魔嬢王と言われた女性は、ただ別れを待つ二人の親愛なる妹を共に抱きしめた。
「ごめんなさい、二人とも。私の配慮が至らぬばかりに、あなた達へ悲しい別れを導いてしまいました。本当に――」
魔王とは思えぬその慈愛が、強く――強く二人を包み、
「本当にごめんなさい……。」
二人の妹は、大いなる姉の慈愛をその抱く両の手から――
だからそこに悲しみの表情など浮かべない――慈愛に答えるは、陽だまりに揺れる一輪の花の様な輝く笑顔。
二つの笑顔が姉へ慈愛で微笑み返す。
「ミネルバ姉様、私達は大丈夫です。」
「はい、大丈夫ですわ。」
その輝く微笑みは魔王の心にも伝わり、最愛の妹の試練への旅立ちを最高の面持ちで送れる。
そしてその時を告げる鐘ともなる言葉は、元第三王女を最悪の地へ連行する番人達――【ゲブラー】の魔王に仕える監査官が、しばしの憂慮の時間を終えて宣言した。
「そろそろ時間となります。お辛いでしょうが、これより【ゲブラー】へお送りします――では、ヴィーナ様。」
決意の瞳で凛々しく――堂々たる歩みには、監査官らも息を飲む。
おおよそ罪人の姿などでは無い――やはり彼女も【テフィレト】が
そこに血縁関係が無いなどと言う無粋な言葉も挟めぬほどに、ヴィーナ・ヴァルナグスは王族であった。
そして最後――その視線が送られた先。
そこに立つのは新しき彼女の姉様――最強の頂きに辿り着きし吸血鬼レゾン。
無言の瞳に込められたのは、願いと信頼――彼女の決意の根幹は、その吸血鬼が何とかしてくれると言う確信。
決意の瞳へ、返すは自信に
それはあたかもこの事態を見越していたかの様な、計算された策士の面構え。
何よりも赤き吸血鬼は、「守らせてほしい」と告げた。
第三王女にとって素敵な姉様達の思いとは、まさしく吸血鬼の思いも含んだ物であるのだ。
別れの挨拶が済むと共に、監査官が呼び寄せたのは魔界の魔獣内でも最強の部類に当たる【
通常
なかでも
移送される者が王族クラスであり、その護衛を含めた特例事項と見受けられた。
天空を飛行する【
罪人となった第三王女は別れと共に移送される。
その姿を見送りながら、導かれる最後のチャンスへの準備――その算段を張り巡らす吸血鬼が決意を胸に言葉を発していた。
「待っていろヴィーナ。私が必ず君を守ってみせる!」
****
「私をお呼びか?ヴォロス殿。」
それはヴィーナが連行されるのを見送った後、今後の策に必要な情報とあてを整理しようと、臨時に【ティフェレト】の一室を拝借しようとした時。
ミネルバ様の側近である、あの顔が心臓に悪い男が呼び出してきた。
「おいおい話すと言った事――覚えているか?恐らくお前の決意は、遥かな先を見据えている様だ。」
「ならばそれは、早い方が良いと感じたのでな。」
感情の判別が出来ぬ表情で、
少し話そう――そんな意志がかすかに見て取れ、それに従った。
【ティフェレト】の城は通称【
〈美〉をシンボルに持ち、ミネルバ様が治めるに相応しい
そこに秘められるのは単純な美意識も含まれるが、本質は生命の生き様やあり方に対する所が大きいと、これは友人ベルから説明を受けた。
その城の中央にある中庭では、それらを感じさせる庭園が広がり――侍女達の世話によって、魔界でも珍しい木々や花々が命を脈動させていた。
種族的な問題により生涯闇に包まれるこの世界では、日の当たらない場所で生きる夜光草の様な種が存在していた。
そんな中で息づく草木は淡い光を溜め込んで、開花と共にそれを放つ摩訶不思議な生態と聞き及ぶ。
その庭園へ言われるままに足を向けた私へ、異形の側近がこちらへ向き直る。
草木の放つ淡い光が、いよいよその異形を恐ろしく照らすかと思いきや、存外なほど幻想的に照らされた
「この庭園は私も気に入っている。お前も感じたであろう……この誰もを恐れさせる異形の姿さえも、美の一角へ
「ここにある魔界の草木は、
話の前振りにしてはやたらとロマンじみた感じがしていたが、古の魔族と言う言葉でその流れが重要である事に気付かされる。
「私もお呼ばれしてもよろしいでしょうか?」
今の今まで空気を読み姿をくらましていたベルが、いつの間にか私達のそばへ
なんとなくそのいきなり感で、なるほどと状況を察し、
「お前もここにいたのか、ベル。」
――と返したら案の定だった様だ。
いつものややいたずらっ子な笑顔で首を傾ける。
「ブラックファイア嬢もずいぶん久方ぶりとなるでしょう――昔話を少々……披露させて頂きましょう。」
ヴォロス殿はどうやら私も想像した通り、ベルとは知る仲――それも言葉にされた〈
そして語られる昔話は、この
主惑星【ニュクスD666】――そこがかつての魔界の中心地。
今の魔界が
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