6話―4 激震の魔界



 最初の出会いは我が祖国の小さな町で。

 民から受けた報で、当ても無く放浪するその小さな少女を保護する事になった。


 びゃく魔王様はその数年前――自国より造反者を出した事への責から王位を退位。

 その足で愚かなる元配下を探して、地球への旅路に着いた。

 旅路への前夜――我等四大真祖は、魔王無き祖国【ネツァク】の大地の守護を任されたのだ。


 魔王の不在である世界では、出会ったが出生も分からぬ魔族を迂闊に自国で保護する事叶わず、びゃく魔王様の旧知であるミネルバ様へ助力を申し出――快く受け入れられた。


 最初はそのみすぼらしさから想像が付かなかったが、少女はその内に類稀たぐいまれなる魔法力マジェクトロンを秘めていた。

 故に我等はその力に魅了され――いつしか彼女、現ヴィーナ様を【ネツァク】の王座にと考える様になっていった。


「どうぞお掛けになって下さい。」


 時は求めた結果を得る所か、最悪の結末に――ただ、失意のまま王都の居城〔月星輪ムーニアス・ティアー城〕へ戻った頃。

 失意の中にあって、今――なには無くとも果たさなければならぬ事が発生した故、この城へ我等にとって大切な客人を招いていた。


 それは思いと力の全てを総動員しても救う事が叶わなかった、心酔せし王女の心を見事救い出した大恩人――不死王ノーライフ・キングの力を継ぎし最強、レゾン・オルフェス様だ。

 もはや先の反論決闘――必死の思いであったが、度重なる無礼の数々を浴びせた我等は、ヴィーナ様を救われた事でいよいよバツが悪くなっていた。

 だからせめてこの方へ、心からの謝罪と礼を捧げるべきと――この様な困窮こんきゅうを極める時期ではあったが、是非城へと案内した。


 すでに共に戦ったボーマン、ケイオス、ファンタジアも名実共に認めた彼女への謝罪と礼には、反論する事もなかった。


 ここ〔月星輪ムーニアス・ティアー城〕――要人を招く部屋は、この居城でも主星を一望出来る一角へ設けられた間。

 他の世界共通の、地上で言う欧州ヨーロッパと言う地域に見られる風情を持つ祖国。

 しかし、吸血鬼の居城らしくシュウ様が様々な装飾を飾り立てる様命じ――全体的に城の至る所で、赤と黒を基調とした家具や小物が配されている。

 基本光を放つ様なきらびやかな装飾は、反射する輝きが光量子ひかりを連想させるため、吸血鬼の住まう城としてはそぐわないと廃している。 


 その要人用客間――同じく光を避ける種族であるレゾン様と対面にて座し、ささやかな装飾が刻まれるテーブルを囲んで仲間らも待機する。

 そこで私 夜魏都よぎとが真祖を代表し、今までの非礼を先ず詫びようとにらに頭を下げて謝罪を述べようとしたのだが――


「今回は私もヴィーナの気持ちをみきる事が叶わなかった。すまないと思っている。」


 まさかの先に謝罪を述べられた。

 私が頭を下げるのよりも先――こちらを見透かした様な行動に慌ててしまった。

 この少女と剣を交えてすでに理解していた事――レゾン・オルフェスと言う吸血鬼は愚直なまでに真っ直ぐで、自分以外に対し虚勢を張る事が無い。


 戦略的なあおりを用いた時ですら、みなぎる自信から出た物であり戦略。

 こちらをあざけり、ののしる様な態度は皆無であった。

 いついかなる時も真摯な――それでいて直接的な意思疎通を好む、正にほこりと気高さを貫いていくスタイルとお見受けした。


 あの第二王女が、素敵な友人と自慢する気持ちが分かる気がする。

 ゆえにミネルバ様も、この赤き吸血鬼をこの地へ移住させようと考えたのだろう。

 しかし今は先にその様な謝罪をされては、我等のバツの悪さがいよいよ末期を迎えるため――私はすぐ様こちらよりも、今までの非礼への謝罪を述べる。


「か、顔を上げて下さい!本来であればこの様な決闘を、法律上と言う拒めぬ状況下に宣言した我等の方が、非を被ってもおかしくはないのです!」


「ですからせめてこの場は――我等四大真祖の謝罪の場として憂慮願いたい!」


 言葉を走らせながら恥ずかしさが込み上げてくる。

 下等な吸血鬼ですって?

 自分の方がどう考えても実力的且つ状況的に優位な立ち位置、その座から我等を見下す事無く同じ目線――どころか下手したてへ降りて、頭を下げる事が出来る器が?。

 我等はいったい【ネツァク】と言う世界で何を学んで来たのかと、心苦しくなって来た。


 眼前の吸血鬼の器に限れば、それこそこの魔界へ訪れた時点で魔王クラスの逸材であったかも知れないと、今更ながらに後悔する。

 ――四大真祖と呼ばれた私達は、なんとも恐れ多い存在モノへケンカを売ったのだろうと。


 私の具申ぐしんを受け入れた最強の少女は苦笑いながら、侘びの礼を一時保留としてくれた。


「今回は明らかに我等四大真祖の、ヴィーナ様への配慮が欠落した事が招いた事態――結果、【ティフェレト】におけるびゃく魔王シュウ様の旧知であらせられる、ミネルバ様にまでご迷惑をお掛けした次第、それはそこに関係したあなた様は当然、ご友人である第二王女様にまで――」


 謝罪の場を得られ、それを皮切りに言葉があふれ出す。

 私の立場は皆をまとめる司令塔――この最強の少女が見抜いた通り。

 けど私は親愛なる第三王女どころか仲間――それ以前に自分自身のコントロールすら失っていた無念が、後悔と共に止まらずこの口へと押し寄せた。


 あふれる後悔は眼前の少女の耳をけがし、同じ思いの仲間達もただ視線を落とし――私の無念の釈明に身を硬くする。

 そんなみじめな我等へ――今や最強に座する少女は、その無念すら彼方へ弾き飛ばす御心おこころ躊躇ちゅうちょもなくさらけ出した。


「真祖らよ、あなた達は何も非難される事など行っていない。私が弱かったのは事実――だからこそ、己の全てを賭けてこの力を身に付けた。その間ヴイーナの心が壊れるのを水際でき止めてくれていたのは、間違いなく【ネツァク】がほこる最強の一角【ネツァク四大真祖】なんだ……。」


「私がここへ辿りつくまでに彼女を――ヴィーナを支えてくれていて……本当にありがとう……感謝する。」


 その言葉――間違いなく私だけではない。

 そばに控える、仲間の心の奥底へ清水のごとく染み渡り――無念と後悔、非難される事を覚悟した我等の魂へ……至上の思いが産み落とされた。


――我等をひきいるのは、この方をおいて他に無い――


 そして誰からでもない――傍に立つ四大真祖と呼ばれた仲間達は、無念などすでに吹き払われた面持ちで赤き最強を囲む様に、その片膝をついてこうべれた。

 当然同じ思いにこの身を包まれた私は、少女の眼前に座したまま懇願した。


 きっと彼女をここへ招待した時点で我等の覚悟は決まっていたのだ。

 しかしそれは、あくまで非を甘んじて受ける覚悟――配下に付けとの厳命あれば、相手はあのシュウ様をも上回る最強……我等の魂が果てようとも、贖罪しょくざいを果たす。

 ただの配下として使は出来ていたのだ。


 けれど今は違うと断言出来る。

 彼女の厳命を待つ必要なんてない――そもそもこの赤き最強は、そんな事を欠片も思っていない。

 その変わりに浮かぶ言葉は「私に協力して欲しい」だと心が直感した。

 直感した言葉と、仲間の今の心持ちを天秤にかければ――そんな物では最早、我等は満足出来ないとたけっているのが想像に難くない。


――だから私は、仲間が今最も望む鮮烈なる思いのたかを、赤き最強の魔法少女へ深く――ただ深くこうべれて懇願した。


「もし……もしもその感謝の意が本意であるならば、その意のもと是非我等を――【ネツァク】四大真祖を、あなた様の配下へ……お引き入れ下さい!」


 願いだ。

 彼女の力はシュウ様を超え――【竜魔王ブラド】にすら届いている。

 この配下にと言う言葉はすでに、非を受ける覚悟とは異質の思いから放った意志。


 【ネツァク】はこれより先――遠からずこの少女が統べる事になる。

 我等は非をり所に仕えるのではない――ただ愚直に彼女の力になりたい。

 もう私達の魂に刻まれたこの羨望せんぼうを、抑える事など出来るよしもないのだから。



****



 魔界を揺るがす反論決闘――その想定しないまさかの結末に、注目していた多くの魔族が震撼しんかんした。

 ただでさえあの【ティフェレト】のミネルバに、【ネツァク】の亡き魔王シュウを継ぎし四大真祖が絡む件。

 さらにそこへ【マリクト】の新進気鋭、ノブナガ・オダ・ダイロクテンまでもが首を突っ込む歴史上稀に見る大事件。


 その結末――驚愕と動揺は魔界の上層にまでも届いた。

 反論決闘は地球から訪れた赤き魔法少女の圧勝――それはあの武門最強、呂布りょふとの修練の噂を耳にした者ならば想像出来なくも無い。

 問題はその後――それこそ誰もが想定すらしていなかった、ヴァルナグス第三王女の凶行。


 そして居合わせた第二王女が魔王代理の権限にて、【ティフェレト】より第三王女を追放――その王女、ヴィーナ・ヴァルナグスは程なく【ゲブラー】の魔厳の牢獄がある地へ連行されるという事態。


 この数十年内で起こった事件はいずれも魔界下層界が起因する。

 言わばこれは魔界における非常事態――この状況を看過できぬ者が、人知れず動き出していた。


「ルシファー卿――これは流石に我でも見過ごせぬ事態であるぞ。」


 そこは峻厳しゅんげんをシンボルに持つ地。

 各魔界世界の中で、【マリクト】の和風世界などとはまた違った風景の広がる世界。

 そこに立ち並ぶはここではむしろ珍しい、機械的な質感が剥き出しの高層建築。

 魔族文化から来る散りばめられた装飾はあるものの、どちらかと言えば外界で主流とされるL・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー建築に近い。


 ただしそこへ内包されるのは、魔界の法を律する機関ばかり――それらが切り立った山々に囲まれた、一種の要塞を形取る。

 多くの魔族がこの峻厳しゅんげんの地だけは、口にする時に恐怖を感じると言う――その名は【魔厳の牢獄界マガ・プリズンズ・ヘル】。


 魔界における数々の罪人が収監される地の中心―― 一際高い建造物はその地の天井に届くほど。

 そこは言わずと知れた【ゲブラー】を治めし【峻厳しゅんげんの魔王アーナダラス】の居城である。


 『すまないなアーナダラス。私も想定ぎりぎりではある――だが、事はこのまま終わるとは思っていない。』


 峻厳しゅんげんを現すその体躯――体の作りは精強、長身で強靱さをさらに引き立てる正装のローブを纏う。

 薄い青と白――法を司る事を意識した、冷徹な判決不正を許さぬ意志を宿す魔導の鎧の役目も成す法衣。

 魔界であえて白を配するのは、まさしく闇に属する魔族へ向けた厳正さそのもの。


 精悍な表情に刻まれる深き眉間のシワは、数々の冷徹を突きつけた証。

 そしてこめかみ後部へ突き出る、4本の大小真っ直ぐ伸びる竜角。

 峻厳しゅんげんの地を治めるは、吸血鬼らとは異なる竜角の主。

 この地は純粋なる竜王族の住まう世界である。


「であろうな……。あの【ティフェレト】第三王女と【ネツァク】四大真祖――事の発端は彼らだが、節がある。」


 魔界の司法の頂点は、この騒動の背後に見え隠れする不穏の影をすでに捉えている。

 しかし、未だその正体には確信が持てないと言った所か。


 峻厳しゅんげんの居城と言われる魔導機械城の一室――装飾が両ひじ当て部へ光る座にて、宙空ちゅうくうへ映し出されたこの魔界を統べる頂点と、状況の把握に努める司法の頂点。


 そのそばで別の魔導式モニターパネルが明滅し、この世界の牢獄区画――中でも王族クラスの魔族を収監する一つの部屋、投獄者無しから有りの表示へ変更された。


 〈該当投獄者名称……【ティフェレト】第三王女――〉


 〈――ヴィーナ・ヴァルナグス〉


 視界の脇にその表示を捉えた峻厳しゅんげんの魔王。

 だがその瞳には、決して法を振りかざす傲岸不遜ごうがんふそんなどではない――罪を厳しく憎み、魔族をいつくしむ光を讃え――


 今しがた投獄された罪人の名に、悲痛の思いでその目を閉じる魔王がそこに居た。

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