6話―3 それは魔嬢王の器



「これは我等も想定していなかった……。大事となるぞ……此度こたびの件は。」


 【ゲブラー】より訪れた、【峻厳しゅんげんの魔王】代理――吸血鬼レゾンの魔界受け入れを拒否する、【ネツァク】四大真祖が宣言した反論決闘。

 その公正な結果を判断する事が、監査官らの今回のお役目。

 しかし流石の監査官も、まさかその真祖をまとめる【ティフェレト】第三王女ヴィーナが凶行に及ぶとは想像していなかった。


 反論決闘は【帝魔統法】にのっとった正式な戦いであり、魔界に住まう魔族であればそれに従わぬ様な者の末路を、百も承知しているはずである。

 だが――凶行は行われ、結果相手が遥かに格上であったのがさいわいし未遂となった。

 未遂となったのだが、それは標的となったのが吸血鬼であり――究極に届かんとする逸材であったからに他ならない。


 これが再生力や特殊な回避を会得していない魔族であれば、もはや第三王女の命運は最悪の結果へ叩き落とされるのみであっただろう。


「……映像記録へ完全に映りこんだ。これでは言い逃れも出来まい――さて、我等はしかるべき処置を講ずるのみだ……。」


 先程までは、感情の動きなどかけらも見せず――淡々と反論決闘の監視を行っていた監査官。

 それが打って変わって躊躇ちゅうちょする表情を浮かべている。

 

 講じるのみ――その言葉を告げながら、首謀者へ宣言が出来ない。

 彼らも理解している――これは法的処置を、ただ事務的に進めて良い事態ではない事を。

 この件でヴィーナ・ヴァルナグスが問答無用の重罪人となれば、新世代魔王を排出した【ティフェレト】と【ネツァク】はこぞって罪人を生み出したとし、魔界におけるその地位を失墜しかねない。


 そうなればこの魔界へ秩序の乱れが一気に押し寄せ、最悪の場合多くの魔王支配下にある魔族の内乱勃発へと繋がる恐れがチラついていた。


 まさに魔界の命運を左右する決断となる宣言――高位魔族であるが、彼等はやはり魔王の配下。

 この件が及ぼす被害を最小に食い止めるためには、――魔王の権限によって、贖罪しょくざいを果たす様宣言する必要があった。


 良く言えば自首せよと説得――悪く言えば罪を償えと叩き出す事。

 魔王の権限で、王族として、罪を犯した肉親へ――王族の責務を果たせとの非情なる宣言を行えと言う事――


 ――皮肉にもこの最悪の現場へ居合わせた、ヴィーナ・ヴァルナグスの肉親であり魔王の権限を発動出来る者が、唯一無二の適材者であった。



****



 未だ大粒の涙がこぼれて止まない第三王女。

 しかし事は、これでめでたしめでたしな訳にはいかない。

 まさにここからが最も大きな試練――かくして私の手は届いたが、同時に最悪の事態を引き寄せてしまっていた。


 けれど――それがどうした。

 私は揺るがない。

 今私がヴィーナの傍にいて、そこに導かれたかの様に彼女が――テセラがいる。

 きっと監査官らだけがいた場合――間違いなくヴィーナと、そしてそれを慕う四大真祖の命運は決まっていた。

 この手は二度と届かなくなっていたはずだ。


「さあ、ヴィーナ。私が出来る事の一つ――まずは君の心を呼び戻す事が叶った。」


「だから、その目をしかと見据え――君は決断しなければならない。そのために彼女があそこにいる。」


 私の身体に回されたつたないその手を強く握り締め――小さき王女へ見据えるべき方を視線で指し示す。

 そう、次は彼女の――ヴァルナグス第二王位継承権を持つ、ジュノー・ヴァルナグス……私の大切な友人、姫夜摩テセラの出番だから。

 そして罪人となった第三王女は、その


「……はい……!」


 淡いグリーンの瞳の少女が力強く頷いた。

 未だ残る深淵しんえんを、取り戻した理性が上回り――あふれていた輝きをその腕でぐしぐしと拭った顔は、凛々しき王族の物。

 彼女自身が理解している――あらぬ事態を引き起こした、己が取るべき行動を。


 そして同じくその視線の先――慈愛に満ちた私の友人は、かつてない決断を迫られる。

 隣り合うは、ミネルバ様の傍で控えていた側近だろう――私の遠目ならしかと視認出来るその特徴。

 一度見たら忘れる事叶わぬ髑髏どくろと骨が身体を成す魔人――テセラが判断を誤らぬ様、助言するためにせ参じたといった所だろう。


「ジュノー姫殿下――立ち上がって下さい、ご決断の時です。――大丈夫、あなたは成すべき事を成せば良いのです……王族として。」


「あなたが宣言したそののち――恐らく彼女は、その先まで見据えて究極へとその手を伸ばしたのでしょう。」


 先程私が貫かれたと誤解しただろう――そのせいで、無事を確認し力が抜けてへたり込んでいるテセラへ、側近が言葉を掛ける。

 急かす事無く――諭す様に。


「――故に姫殿下が宣言なさらねば、彼女も前へ進めません。心を取り戻したヴィーナ姫殿下のためにも……。」


 へたり込んだテセラ――まだ、その視線はうつむいたまま。

 けどいつしか、その身体がゆっくりと立ち上がる。

 私は【惹かれあう者スーパー・パートナー】の影響か――その大切な者と心が共有され、悲痛と嘆きが止め処なく私の精神を揺るがす。

 今の彼女がどれ程の葛藤かっとうの中にあるかが、手に取る様に知る事が出来た。


 そして――その戦う心がついに弾ける。

 慈愛と暖かさの化身とも思っていた少女――そこから放出されたのは……〈怒気〉。

 その震える激昂げっこうを思わす魔霊力は、まるでそこに最盛期のミネルバ様が立って居るかの様な――否、まさに


「【ティフェレト】第三王女ヴィーナ・ヴァルナグス!しかとその耳に聞き入れなさい!」


 立ち上がった第二王女――見慣れた慈愛に満ちたあの若草色の瞳が、修羅を思わせる形相。

 鋭く眉を傾け怒気をくは、正に【ティフェレト】の王位継承者。

――今彼女は己が責務を果たすため、引き裂かれる様な思いの中残酷で……非情な宣言を放とうとしている。

 肉親である最愛の妹、ヴィーナ・ヴァルナグスへ――


此度こたびの反論決闘――その勝者へ向けた凶行は、【ティフェレト】は愚かこの魔界に住まう魔族全てを侮辱ぶじょくする行為と知りなさい!」


 痛い――苦しい――涙が止まらない。

 彼女の心が押し潰されそうになっている。

 それでも懸命に、心へ修羅を宿し――王族としての宣言を放つ。

 今自分が口にしている言葉は、あの慈愛の化身の様な少女にとっては過酷そのもの。


 だからこそ私もその言葉を放つ、優しき友人の魔王として立つ姿を見届けねばならない。


「あなたはこれより、監査官らの指示に従い――【帝魔統法】における裁きの場へ出向き、王族として……」


 放つ魔王の如き少女が言いよどむ。

 その宣言を放つために、どれ程自分の心をつるぎで引き裂いただろう。

 力一杯噛みしめた口元が、赤き決意でにじむ程に――


――そして、彼女は最愛の妹へ非情で……残酷な最後の宣言を解き放つ。


「……王族として自ら罪を認め、その責務を全うして見せなさい!!」


 ジュノー・ヴァルナグスは、ヴィーナ・ヴァルナグスを罪人として突き放した。

 それは即ち――【ティフェレト】からのヴィーナ・ヴァルナグス追放を意味していた。


 その宣言の意味が分からぬ愚か者はこの場には居ない。

 ノブナガやミツヒデ殿も――そして、四大真祖もまるで己が事の様に苦渋の表情。

 そこには悔しさしかないだろう。


 だが――ヴィーナの行動に油断を突かれたとは言え、の状況へ導かれた。

 私の脳裏で描いていた万が一の選択肢――ヴィーナが

 その場合はまず何よりヴィーナが心を取り戻し、自らの罪を認めて【帝魔統法】の法廷の場へ上がる必要があった。


 そう――彼女を、そしてそれを心酔する四大真祖をまとめて救うにはその瞬間しかない。

 簡単な事だ――

 魔界の法にのっとり、法に従った手段でそれを行えばいいだけだ。


 だがこの場合、相手にするのは魔界上層の魔王――文字通りの化け物――

――だからこそこの力が、究極の頂き【竜魔王ブラド】の力が必要だったんだ。


 やってやろうじゃないか……魔界上層――魔界の法の守護者【峻厳しゅんげんの魔王アーナダラス】への反論決闘。

 これは私が魔界で存在するための最後の試練だ!



****



 親愛なる妹への、残酷なる宣言。

 魔王代理としての責務――わずかな言葉をつむいで第二王女の務めは終わった。


「よくぞ宣言して頂けました。これでこの件による、魔界社会への影響は最小限にとどめられるでしょう。」


「【ティフェレト】と【ネツァク】の威厳も辛うじて保たれました。」


 王族と言う責務を負った時点で、この様な事態に遭遇する覚悟は出来ていたはずの第二王女。


「――ここまでは【峻厳しゅんげんの魔王】代理としての言葉です。ですからこれよりは、我等個人の意見と受け取って頂きたい。」


「お辛かったでしょう。心中お察しします――ヴィーナ様の身柄、手の及ぶ限り丁重に扱わせて頂きます。では後日――この件については【ティフェレト】にて……。」


 監査官らですら、彼女の宣言には思う所があったのだろう。

 個人としての意見のくだり――事務的な対処では見られぬほどに、第二王女をおもんばかった配慮をその表情へ浮かばせた。


 そしてその言葉通り、通常なら何らかの形で拘束し連行する所―― 一切の処置無く同行のみで、しかるべき場所へ第三王女を連行して行く監査官。


「ジュノー姫殿下お疲れ様です……よく耐えられました。ご立派にございます。」


「……っ……うっ……」


 監査官の言葉――そして、骸骨の側近が掛けた言葉は第二王女の――心のたがを外す鍵となる。

 修羅を思わせる形相はすでに消え失せた。

 変わって、慈愛の少女から溢れ出た雫……絶え難き悲痛に歪むそのほおを、止まる事無く零れ落ちる。


 そして王の責務を終えた慈愛の少女は、嗚咽おえつと共にその場へ崩れ落ちるのだった。

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