ー凶刃の果てに―
6話―1 貫くのは凶刃
魔界の一世界――【ネツァク】の天空を二対の竜が舞う。
爆豪と旋風はその世界の
先の【マリクト】で起きた衝撃など比ぶるまでもない程の、超常の激突が目撃した【ネツァク】の民の心を突き抜けた。
例えるならば、魔界に終焉が訪れたのかと錯覚する程に――
『まだ浅い!この程度か四大真祖っ!!』
赤き竜の機体――それは超音速の爆風。
体躯からは想像も出来ぬ速度で天空を駆け――
『
黒き竜の機体――それは超重の獄炎。
超大な斬鋼刀が獄炎を
その二対の竜は全てが似通い――それでいて、本質が異なる意志と力。
赤き竜が舞えば、黒き竜がさせぬと肉薄する。
今や【ネツァク】の天空全てが彼等の決闘の場と化した。
その巨大で強力な翼を一度広げれば、達する速度が刹那でその世界の果てへと導くほど。
魔界全ての世界は決して狭くはないはずだ。
しかしその二対の魔竜にとっては狭すぎた。
「ボーマン、これでは
『食らうが良い――
腕部後方へ火炎を噴射する豪腕が、付け根より弾かれる様に射出。
赤い機竜を越える程の速度が、討ち落とさんと飛翔――その胴体を
「ファンタジアっ、出力を!」
ついで触手の真祖が、腰部に装備された四枚の羽を背部へ展開。
機体の突撃力を、爆発的に上昇させる気炎を噴出し――
「今ですケイオスっ!機竜の黒き一撃をっ!!」
あろう事か親愛なる第三王女を思うが余り、いつしか互いの意志と行動がバラバラになり始めていた四大真祖達。
それがこの赤き機竜を駆る、究極へと手を伸ばした一人の魔法少女の言葉でバラけていた心が一つとなった。
そして四つの心が黒き機竜を、赤き機竜に劣らぬ最強へと導き――気炎によって、超音速の域まで押し出された獄炎を振りまく
『食らえっっ!!
黒き突撃は魔界の天空――その大気を切り裂く軌跡を撒きながら、究極を
四つの心――すなわち強大な真祖の魔霊力が、文字通り一つとなって黒き突撃を舞い躍る獄炎で包む。
『悪くない気合――こちらも行かせてもらう!!』
強襲する黒き竜へその切っ先を向けられた、
その機体を包む
自身の最強奥義とも言える技――その【
『受けてみせろっっ!
竜の女神が黒き竜を上回る力と気炎を放ち――超音速を超えた光塵と化す。
黒き超刀が駆け――赤き螺旋が貫き、大気へ激突音と衝撃波を
超撃の衝突が偽りの大地へ牙を剥き始め、切り裂かれる地表。
それでも二対の竜の激突は止まらない。
互いに絶対引けぬ訳があるから――親愛なる者を救うと誓ったから。
そう――これはただの果たし合いでは無い決闘。
魔族と言われた民ですらこれ程の願いに満ちた戦いは、今まで一度も体験した事もないだろう。
――否、それは魔界の歴史上一度だけ存在した。
それは魔が光に弓引いたあの戦い――魔族がこの世にあるべき存在と、無くてはならない存在と訴えるために。
あの
そしてこの戦いは、その意志を継ぐ
****
もう充分その強さは理解した。
少なくとも我等にとってこれは最強。
四人の真祖の魔霊力を、まとめ上げる事が叶うこの【
それを持ち出し全力かつ確実な勝利を、ヴィーナ様へ贈りたかった。
そして下等な吸血鬼を追放し――あの方への
――だが最早それ所ではない。
なんだこの――眼前に立ちはだかるこれは――。
間違いなくこの者が魔界へ訪れた時は、魔界の下層ですら見る事が出来ぬ程の
だれが想像出来る?――その者は今、生ける伝説と同じ力を振り撒いている事実を。
同時にそこへ込められる吸血鬼の能力、命の記憶を乗せた魔霊力――信じ難い、だが信じるしかない忘れられぬ感覚がこの身を貫く。
我等が崇拝せし、魔界最強を継ぐと言わしめたあの狂気の
私だけではないはず――眼前に舞う少女を、下等ではないと感じるのは。
この赤き魔法少女であり、吸血鬼である少女はあの魔界の伝説【竜魔王ブラド】の力と――
そうだ――今この【ネツァク】を統べるに相応しき魔王は、きっとこのレゾン・オルフェスを置いて他に無いのだろう。
認めない訳にはいかない――現にこの娘、秘めたる力を半分も出していないのだから……。
****
『あなた達はよく戦った……!』
その時は訪れた。
四大真祖が駆る黒き竜――勝利を確信して、
だが、天空に
決して
その姿を見据える赤き女神――戦神の
誰もが確信せざるを得ない決闘の結末。
それでも、その
『――ま……まだ、だっーー!!』
『流石だな……。』
満身創痍の真祖――力なく振り上げられた
それを少女はあえて避けずに、機体へ食らう。
鈍い音が響く。
しかし機体へのダメージは、赤き女神にとって傷の内にも入らない。
――恐らく黒き竜のコックピット内、男が己が無力感に
赤き魔法少女がついに告げる。
『真祖らよ、私ではいまだ頼りないかもしれない――けれど、私に彼女を……ヴァルナグス第三王女の事を、任せては貰えないだろうか?』
下等と
少なくとも真祖らは常にこの眼前の少女を見下し、
しかしこの少女――そんな事は
いや――恐らく真実と認めてそれを、真摯に受け止めていたのだろうと思い知らされた。
つまりは力がどう以前に――吸血鬼としての高潔さにおいて、すでに敗北していたのだ。
少女の言葉には真祖らを、敗者として
ただ、真摯なる願いを提示しただけなのだから。
「……
優しき女性真祖のコックピット内――響いたのは、今まで黒き機竜をメインで操縦していたケイオス・ハーンの穏やかな声。
その言葉――誰の目にも明らかな敗北に、
彼もまた吸血鬼――赤き少女が、
無論その言葉へ他の真祖も、野暮を挟む醜さは備えてはいない。
『――ええ、分かりました。』
そして
建前上彼等はそれを執り行った――だがもはや、彼らにとってもその戦いがいかに圧倒的であったかを理解している。
それでも【帝魔統法】において厳正に判断すべき審査のため、伝説の戦いともなった決闘への驚きを、
「確認しました。――この戦闘において不正は一切認められません。よって、決闘を申し込まれた側――吸血鬼レゾンの勝利とみなします。」
「尚、真祖側は彼女の襲撃未遂の件がありますが――それに対する処置は勝利者側へ委ねられます。レゾン・オルフェスの返答は?」
魔界の法規上、決闘を申し込まれた側が勝利した時点で決闘は終了。
申し込んだ側に落ち度がなければ、この決闘は無効です――それで事を終えるはずである。
しかし彼らには、不審者に
その件をあの
吸血鬼レゾンが勝利した際は、真祖への采配を彼女に任せて欲しいと――それを監査官らが了承した形だった。
「襲撃は故意ではない。彼等の王女への思いも理解している――
監査官は
その上層の魔族へ、何の
そもそもこの少女は、相手へ敗北を認めさせ――その上で、彼らすら救おうと画策していた。
監査側にその采配権が移っていれば手出しも出来ない事態だが、自分に決定権があるならば、彼らを否定する気などさらさら存在しなかった。
四大真祖の思いが一人の少女――自分が救いたいと思う王女への物と、同じである事を知っているから。
赤き竜の女神からの通信も含め、余す事無く監査官側へ記録され――そして最後の決が下された。
が――
「反論決闘勝者である、吸血鬼レゾンの意を汲み――四大真祖側へのペナルティは不問とします。これにてこの決闘はレゾン・オルフェスの――」
赤き魔法少女が全てを賭けて辿りついたこの結末。
その行いが実を結んだかの如く、事が流れる様に
けれどその場へいつの間にか現れた――薄緑髪の少女が一人、天空へ
『!?ヴィ……ヴィーナ様っっ!?』
黒き竜から悲痛の叫びがあがる。
真祖
全てが
「ヴィーナっ!こんな所へいったいどうして……!?」
次いでレゾンが反応し、彼女の元へ女神を向かわせた。
法的な処置が進む中――彼女の状態を少なからず知るレゾンは、万が一の事態を感じ取っていた。
第三王女の精神状況悪化は、
『だめです!!レゾン様っっ、今のヴィーナ様はっっ――』
だが――
そこには赤き吸血鬼が知る状態と、真祖が知る状態――第三王女の危機的精神の変調に対する、認識の誤差が生じていた。
吸血鬼レゾンにとって事態崩壊を導く恐れを
女神から降り立つ赤き吸血鬼。
ただ空を見上げていた薄緑髪の第三王女。
吸血鬼はきっとすぐにでも言葉を伝えねば、事態が暗転すると少女の元へ駆けていた。
「ヴィーナっ!何故こんな所へ――」
「――アナタナンテ――イラナイノ――」
赤き少女には、一瞬言葉の意味が理解出来なかった。
それが油断となったのか――不穏なる言葉の刹那、鈍い音と共に鮮血が
「ヴィー……ナ――」
銀色を
すでにその目には光が消え失せ、暗黒の
そしてその銀が
レゾン・オルフェスが深々と刃に貫かれ――その口から鮮血を吐き出す。
しかし最悪の結末とは、多くの不運が一つへ集まり発生する現象。
その誰もが予想しない結末――ただ一人その事態を予想した者が、事の一部始終を目撃してしまう。
そう――
第三王女の事を気に掛け――【反論決闘】などと言う事態の結末を確かめるため、冷静を取り戻して駆けつけた者。
増大した不安の中、最悪の場面を頭で振り払いただ力の限り駆けつけた。
最悪な事に、頭で振り払ったその場面に間に合ってしまった第二王女――ジュノー・ヴァルナグス、姫夜摩テセラであった。
「レゾン……いや、……嫌ぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっっ!!」
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