5話―4 反論決闘



 かくしてその日は訪れた――

 狂気の魔王と恐れられた【びゃく魔王シュウ】が治めた大地――〈勝利〉をシンボルに持つ世界【ネツァク】。


 今は王亡きこの地の都の南――決して負けられぬ、ほこりと想いが相対する。

 一人の王女への親愛なる想いが、一つの決戦の火蓋ひぶたを落とす引き金となる。


「決闘に際し細かいルールは存在しません。が、決闘を申し込んだ側が負けた場合はそちらが敗北し――申し込まれた側が勝訴となりますので。」


 【ゲブラー】よりの使者である監査官により告げられる、決闘のルール説明が双方の緊張を高める。


 片や決闘を申し込んだ側――【ティフェレト】第三王女を慕う四大真祖。

 片や決闘を申し込まれた側――【ティフェレト】魔王ミネルバからの観察保護が解除となる吸血鬼、レゾン・オルフェス。

 真祖からすれば、相手が観察保護から脱した今こそが重要であった。


「しかし、いちじるしい不正――相手側をおとしめる様な行為が発覚した場合は、この決闘を無効とし該当した側へペナルティを課す事とします。」


 法的決闘であるこの事例は、正々堂々である事が条件。

 戦う人数如何いかんは問題とされないが、そこに卑劣ひれつおとしめめがあれば決闘そのものが無効と化す。

 それは戦闘に特化した魔族と言う種族の気性を、見事に法律へ転換したルールと言えるだろう。

 言いたい事は力で示せと言う力技――いかにも魔界らしい。


 【ネツァク】と言う世界はその風景も、他の世界同様地球で言う西洋風のおもむきであるが、やはりそこは吸血鬼の世界。

 地球上に存在する吸血鬼らであれば、その衛星である月の影響下で最大の活動力を得る事で知られる――しかし魔界に月は存在しない。


 しないがそれは言い換えれば、月が満月に達する際に最大となる何かしらのエネルギーがなければ、満足な活動を行えないと言う事になる。

 そこから導かれる結果として、月と同様のエネルギーを発する元があれば、吸血鬼は最大の活動が出来ると言う事に他ならない。


 この【ネツァク】は魔界でも唯一、主星である【ニュクスD666】の全貌が視認出来る世界の形状を伴っている。

 主星がこの世界へ地球で言う月が発するエネルギー、即ち高純度の魔霊力を運んでいるのだ。


 要因として、主星【ニュクスD666】は魔霊力に共振する【震空物質】の自然生成された結晶がそこかしこに存在する事に由来する。

 そこへ、【万魔殿パンデモニウム】に封印された数々の強大な力を持つ古き魔王の生命エネルギーが共振・蓄積された結果、主惑星が月と同様の働きを持つ様に変化したと推測されている。


 【ネツァク】が決闘の場に提示された理由はそこからおのずと導かれる――吸血鬼として半端者であれば、この地で最大の力を得る事が出来ないと言う事実が証明されるのだ。 


「双方に異論がなければこれより反論決闘を開始致しますが――いかに?」


 峻厳しゅんげんの魔王より遣わされた二人の監査官――彼らは言わば上層界の上位魔族。

 その実力は魔王の配下ですら、下層界の魔王に匹敵する実力を有する。

 中でも魔界の法の番人である【ゲブラー】出身の上位魔族においては、その実力の異常さは世の知る所。


 この決闘に万が一不正が存在すれば、その異常な実力が如何いかんなく発揮される。

 まさに法を守護するのには打って付けの存在である。


「私は問題無い。どのみち私が挑まれた物――どんな勝負でも受けて立つ。」


 異常なまでの力――上層の化け物の言葉に一切臆する事の無い、究極を受け継ぎし少女。

 最早その表情の堂々さたるや、事を見守る立会人を買って出た【マリクト】の魔王ですら魅了する。


「なんと良い表情か……。あのサルも天下人になったであろう時、あの様な何人も魅了する顔をしていたであろうな……。」


 またしても娘子むすめごをサル呼ばわりする(サルと呼ばれた者と同一視する)主君に、懐刀ふところがたなミツヒデも呆れて突っ込む。


「……ですから殿、娘子むすめごにサルは如何いかがなものかと(汗)せめて秀吉と……」


 突っ込むが最早詮無き事かと、盛大な溜息をって再び支援する少女の雄姿に向き直る。

 決闘に際し不正の原因とならぬ様、相対する者らからを遠巻きにしか確認出来ないが。


「我々も異存ありません。我等は四人でそこの吸血鬼へ決闘を申し込んだ。――が、そちらが望むなら一人ずつお相手いたしますが――」


 対する夜魏都よぎとを始めとする真祖ら――決闘を申し込んだ側であるにも関わらず、そこにはいずれもあせりの表情。

 無論それは自分達が負ける等と言う事ではない――それはこの決闘を捧げるべき親愛なる王女の変調を危惧きぐしての物。


 いつ王女の精神に限界が訪れるとも知れない中、彼らとしては四人で一斉にかかり、電光石火にて事を終えたい心持ち。

 その気持ちを抑えつつ、一人ずつとの提案を差し出した。

――が、


「その必要はないよ。あなた達はいているだろう?まとめて来な。」


 即答。

 揺るぎない無い自信。

 レゾンも無論事を長引かせる気など毛頭無い。

 一秒でも早く王女ヴィーナへ、言葉を伝えねばならない。


 彼女を救うための一言を――

 「君を守らせて欲しい」と言う、たったその一言を――


 しかし赤き魔法少女の揺るがぬ自信は、真祖達の闘争本能に火をともす。

 彼らとてかのびゃく魔王に仕えし、ほこり高き吸血鬼。

 〈勝利〉をシンボルに持つ世界の魔王に仕えたその力は伊達では無い。


「――委細承知。我等も最初から四人で事に当たらせてもらいます――後悔無き様に……。では監査官殿……!」


 双方意見無しで準備は整った。

 監査官もその状況を、監視と共に複数の映像記録を始める。

 そこに不正の種を撒かれぬ様にと周到に。


 そしてそれは宣言された――


「では、これより――反論決闘……開始!」


 【ネツァク】と呼ばれた吸血鬼の故郷――互いの思いをその背に乗せて、等しくびゃく魔王の意志と幼き王女への慈しみを賭け、今――はがねの意志が激突する。


 ――反論決闘の火蓋ひぶたは落とされた――



****



 四大真祖はそれぞれに乗機【マガ・バットラウド】に搭乗する。

 彼らが素の肉体による戦闘もこなせる事は、先の触手魔獣ファンタジアがレゾン強襲未遂をしでかした際にさらしている。


 だが、事を素早く収束させたい彼らは出し惜しみせず奥の手の魔導兵装を持ち出した。


 それに対する赤き魔法少女は、彼らの意向を真っ向から受け――魔法少女マガ・スペリオル・メイデンシステムの制限解除形態である【戦乙女ヴァルキュリアモード】をご披露した。


『あの形態は魔界武門最強――呂布りょふですらほふらんとする力を持っています!決してあなどらず、四人で連携して先手を取ります!』


 夜魏都よぎとの声が各魔導兵装へ伝わると、機械的なコウモリの様な姿が気炎を上げ魔法少女を強襲する。

 しかしその中――コックピット内では、司令塔を受け持つ女性の声に驚愕を覚えていた。


『なっ……あの呂布りょふほふるる……だと!?そんなバカな力があの下等な吸血鬼に――』


 白銀の髪に褐色の肌で、未だ赤き吸血鬼をあなどるケイオス・ハーンはその事実に疑いしか持てない。

 ――その一時の動揺を見せる仲間へちゅうす、第三王女の三倍からなる巨躯を持つ半身機械の真祖。


「それはあくまで力が――あの、と言う事だ!本体である少女にその様な力など――」


 その仲間への忠告と同時に巨躯の真祖ボーマン・アルアノイドが、魔導兵装を空中滑空のまま変貌させた。

 見かけは機械の巨大なコウモリ――しかし、そこへ折りたたまれていた腕と足が伸びコウモリ然とした頭部の前面が開くと、人面下半分を覆う形の頭部へ移行を済ます。

 この魔導兵装が擁する強襲形態――バット・ウォーリアである。


 その変貌――人型としての攻撃が可能な形態のまま、赤き魔法少女へ肉薄し――


「力など無いっっ!!」


 魔導兵装より遥かに小さな赤き少女の【戦乙女形態ヴァルキュリアモード】≪煉獄黒帝竜ブラックドラゴン・インフェルノ≫と切り結んだ。

 機体に対して大型と思える腕部が魔法力光刃マジェクトロン・ブレーダーまとい、赤き少女の魔竜双衝角ドラギック・フォーディスと衝突する。

 巨大な腕部に見合う突撃力が魔竜の角をきしませる。

 その衝突部――飛び散る火花越しに、少女がジッと見据えて受け止め――


「――やはり呂布りょふが最強か……。」


 わずかに吊り上げた口元から、を放つ。

 あざけりでも罵倒ばとうでもない――己の自信から満ち溢れる嘲笑ちょうしょう


「……っ!!?」


 そこに得体の知れない何かを感じた巨躯の真祖が、と共にあっけなく力の拮抗状態から脱する。


「どうした?こないのならこちらから行くぞ?」


 眼前に飛行するは下等なる吸血鬼――そこには何の疑いも無い。

 だが、そこから漏れ出す底知れぬ魔霊力――ほんの数日前、主惑星【ニュクスD666】から放たれた魂の根底から消し去らんとする程の、恐ろしき力に酷似している。


「……これ……はどういう!?」


 巨躯の真祖は間違いなく赤き吸血鬼をあなどっていた――しかし、今自身が感じた恐るべき恐怖の残滓ざんし

 それが身体を縛り前へと踏み込めない。

 もしかしたら自分は、と剣を交えようとしているのではないか?


 それでも――己の中にある【ヴァルナグス】第三王女ヴィーナへの忠誠心が、その身を前へ進めろと叫ぶ。

 自分が立ち止まれば、王女の御心が救われるすべを失う――それだけはあってはならない、ただその思いを力に変えて――


おごるなよっっ、っっ!!」


 それは巨躯の真祖が無意識に放ったのだろう。

 しかしそれは、すでに心の奥に恐怖と同時に迷いが生じていた事実に他ならない。


 その身が感じてしまった赤き少女の可能性――すでに眼前の下等であったはずの吸血鬼が、究極の座へ届かんとする程の化け物へ進化している事実を。

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