5話―3 悲劇の使者 峻厳の地より



 それは私の知らない所で進んでいた事件―― 一つの悲劇が訪れる前兆でした。


「これから数日後、ある所からお客人が訪れます。あなたも粗相の無い様振る舞いなさいね?」


 レゾンちゃんが呂布りょふさんとの一騎打ちを終えて間もない頃、姉様からそんな言葉を貰い私は詳しい事情を聞かされずに王族の職務をこなしていました。


 ――けど、それを告げた姉様がとても辛そうな陰りを覗かせていた事。

 まだ私にはそれが何を意味していたのかを、想像すら出来ませんでした。


「ねえ、ヴォロスさん。お客様の事何か姉様から聞いてますか?」


 最近私の職務をお手伝いしてくれる姉様の側近――魔元帥ヴォロスさん。

 この魔族さんは普段、未だに魔王が不在の世界【イェソド】を仮に管理する役を担っています。

 ですが、その世界が安定している時はこうやって、私の所へ戻りお手伝いしてくれるんです。


 最初はその――彼?の容姿には恐怖しか浮かばなったのですが……。


 ヴォロスさんはいわゆる魔法生物と言う扱いで、その見た目はなんともオドロオドロしいドクロに鋭い歯――身体も身とか皮に該当する物が見当たらない、骨、骨――そして骨な魔族さんです。


 本来竜骨戦士ドラギック・ウォーリアスをベースに魔導機械製の金属が身体を構成し、主動力に魔霊力を使う魔界でも異質の魔族さん。

 その成りのせいで、たいてい薄暗闇の魔界では突然現れたこの人が怖くて仕方ない時があります。


 まあ、姉様の側近の時点でその強さも怖いレベルなんですが。


「ええ、私も存じ上げません。――何か事情がおありかと思われます。ミネルバ様が語られるまでお待ちした方がよろしいかと。」


「……そう……うん!そうだね、ありがとうヴォロスさん。」


 そしてまた、その事が気になりながらも――私は職務に励むため、ちょっとオドロ怖い側近さんといそしんでいました。



****



「ヴィーナが見当たらないの?」


 予定されたお客人が来られると言う日。

 客間でいそいそと、お客人を迎える準備をするこの城の働きがしらである女性召使い達。

 その内一人の侍女さんから不審な出来事を告げられました。

 私はつい昨日までこの城内のお部屋――ヴィーナのためにあつらえた一室で、よく読み物にふけっていた薄緑の髪をした妹を目撃しています。


 あまりにも真剣なので、勉強か何かをこなしていると思い密かな応援と共に部屋を後にした事もあります。

 ここ最近の城内外の騒がしさで、自分の中に少しですが不安も覚えていた矢先――ヴィーナの事が途端に心配になって侍女さんに詰め寄ります。


「ホントに?もっとちゃんと探した?そうだ、城下町の方へ行ったとか――そう、あの子がよく使っていた離れも――」


 いざ心配があふれ出すと、何か勢いが止まらなくなり不安の加速度も増していきます。

 明るい答えを求めている私を見て、侍女さんは申し訳なさそうに首を横に振って答えます。


「……その、申し訳ありません。」


 ドクンッ!と不安が増長します。

 ここ最近幸せに満ち溢れていた私の心が、地球と魔界を救おうとしていた時の様な――言いようの無い影に覆われていくのが、自分でもはっきりと分かります。

 もう二度と味わいたくない、大切な人や心を通わせられたかも知れない人との別れ――再び私へその影が忍び寄って来ていると直感します。


「そ、そうだ!姉様に連絡を、まだ何処かに行ってしまったとは限らないし!私すぐに――」


 不穏な直感は思考を鈍らせ、徐々に私の正常な判断を曇らせて行き――焦る心が行動を空回りさせようと働きます。


「ジュノー……ここに居ましたか。」


 不安が一人歩きしそうな私の背後――声を掛けたのは素敵な姉様。

 けど――


「あの!姉様、ヴィーナが……ヴィーナが突然いなくなったって……!――あの……姉様……?」


 いつも素敵で凛々しくて――それでいて、大きな器で全てを微笑みで受け入れる【ティフェレト】がほこる魔嬢王。

 ――その姉様の眉間に深く刻まれたシワと共に、私が見た事もない険しい表情。

 その顔は明らかに只事ではない事態を予見させました。


「お客様がお見えです。――こちらへ……。」


 姉様が自ら迎える程の客人――いまだ険しい表情が見た先に二人の魔族が立っていました。


 その出で立ちは、どちらも同じ機関の様な所に所属していると思しき服装。

 堅苦しさと荘厳そうごんさがある、ともすれば厳しい取り決めを執行する所からおもむいた感が、至る所から滲み出ていました。


「いえ、結構。我等は最低限の取り行われる儀の連絡のため参った所存――事が済めばすぐ退散いたします故。」


 開いた口からつづられる、

 およそ不安しか浮かばない言葉の羅列。

 姉様の依然険しい表情を視界にとらえる私は、ただそこに立ち尽くすしか出来ません。


 ――そして不安に立ち尽くす私の耳へ、思考が暗転する様な悲痛をともなう言葉が突き刺さります。


「【ネツァク】四大真祖らより、先ほど正式な反論決闘の場所と日時が告げられました。――峻厳しゅんげんをシンボルとする【ゲブラー】のアーナダラス卿に代わり、反論決闘――と、四大真祖の戦いに対する公正なジャッジを我らアーナダラス配下が行うと――」


真祖らを取りまとめる者――へお伝え願いたい。」


 心に、魂に薄氷の刃が突き刺さる。

 震えが止まらない。

 いまあの人たちは反論決闘と口にしました。

 その決闘する者が真祖とレゾンと言いました。


 ――そして…………と言いました――


「決闘は明日の朝――場所は【ネツァク】の、かつて魔王シュウが治めし王都の南。すでに彼らは吸血鬼へそのむねも伝えた様ですので、ミネルバ卿への連絡を境にこの件は正式な決闘と見なされました。」


「では、我等はこれにて――」


 峻厳の地から訪れた、その出で立ちから想像する通りの魔族達。

 峻厳しゅんげんをシンボルに持つ【ゲブラー】は、この魔界で唯一の法律機関を要する世界。【帝魔統法】を用い、魔族同士の争い全般を解決するために【魔神帝ルシファー】様から正式な許可を得ている魔界の司法執行機関。


 その人達へ、自分でも発した事の無い悲しみを宿した怒りのままに、私は言い放っていました。


「なんで……何でヴィーナがレゾンちゃんに決闘なんか……!四大真祖ってシュウさんの配下でしょ!?――レゾンちゃんは、シュウさんの思いを継いでここにきたのにっ!!そんなの――」


 声が震えて――頭が真っ白になって――怒ってるのか悲しんでるのか分からないまま、前に出ようとした時――その私を掴み、引き止めたのはヴォロスさんでした。


「ジュノー姫殿下!……今は、今は心を落ち着かせて下さい!」


 【ゲブラー】の魔王の配下と名乗る魔族達は、表情一つ変えずにきびすを返し姉様へ一礼した後立ち去ってしまいました。




 痛む心が悲劇の訪れを否応なしに自分へ突きつけます。

 地球と魔界を賭けた戦いの最中――何度もすれ違い、やっとの事でその手を掴んだ私のお友達。

 これからは若菜わかなちゃんと、桜花おうかちゃん――そしてアーエルちゃんと一緒に大切な友達として歩んで行ける。


 そのためにもこの魔界であるべき姿を目指すと、レゾンちゃんは言いました。


 きっとこれからが――彼女が今まで経験する事が出来なかった、生命としての歩み。

 私はそれを応援するために自分のやるべき事を、全て終わらせてもう一度彼女と共に前に進もう――二人で誓って一緒に一歩を踏み出したのに――


「なんで……レゾンちゃん……。ヴィーナ……なんで……。」


 不安の影が、私自信を後先かえりみない行動へと駆り立てます。

 明日の朝ならばまだ間に合う――そう思考に過ぎった瞬間、ヴォロスさんが強く――強く引き止めます。


「放してっ!私、レゾンちゃんの所へ行かなきゃっ!!レゾンちゃんとヴィーナが決闘なんて、何かの間違いだよっっ!!」


 強く握ったヴォロスさんの手は、すでに冷静さを失い空回りする私をただ引き止めながら、姉様へ言い放ちます。

 空回った私を一瞬制止させる言葉――私の中へ急速に冷静な思考が持ち直し、ヴォロスさんを直視します。


「ミネルバ様、この私めに姫殿下と共に【ネツァク】へ向かう許可を頂きたい。」


「私が同行すれば、万が一にも備えられると推察します。」


「ヴォロス……さん?いいの?」


 冷静になった私を確認したオドロ怖い中に、とても優しい配慮を備えた骸骨の様な将。

 表情が見て取れません――けど、それは努めて優しくいたわる声。


「きっと姫殿下にはその結果が如何いかな物であれ、見届ける権利があります。――私はその権利を尊重したいと、そう思う所存にございます。」


 私を放し姉様へ向き直る姿は、まるで地球世界で見た宗家の素敵な人達の様な――頼れる大人の背中。

 そしてその背中を見せる側近へ、姉様はただ一言――険しさが残るも、少しだけ作った笑顔で瞳を閉じながら告げました。


「分かりました……。ヴォロス――ジュノーを頼みます。」


 姉様の言葉を確認した骸骨の将は、すかさず私の手を引いて駆け出します。

 私が少しでも冷静に事を判断出来る様に――配慮を惜しまぬ様語りかけながら。


「姫殿下――私が付いております!あなたはしっかりと事を見据え、己が成すべき判断を誤らぬ様に!」

 

 そして私達は、今からではギリギリ間に合うかどうか分からない――明朝【ネツァク】で行われる運命の反論決闘へ、黒馬の馬車を駆り立て向かうのでした。



****



 すでに【霊装機神ストラズィール】調整を終えた私は、魔界国際宇宙港ゲート前――わざわざ事を告げに来た女性と対峙していた。


「そちらには急な事で申し訳ありません――が、こちらに猶予が無くなりました。」


 その女性はあの真祖の内――紫の短いストレートヘアー、切れ長な目に似つかわしくない程の優しさを讃える真祖 夜魏都よぎと

 だがその表情――いつも見えていた優しさに加え、余裕が霧散した焦燥しょうそうおおう。


 それを見たこちらでさえ、あの少女――第三王女に何らかの異変が訪れた事を直感させるほど。


「明日明朝――【ネツァク】王都の南、そこで大規模な戦闘でも影響が出にくいエリアがあります。」


「【ゲブラー】より、反論決闘の公正をきすため審判者も呼びつけています。――これらが我らの提示する決闘内容となります。」


 今更ではあるが、ただの力技ではない正統な手続きの元で行われる決闘――言い換えれば、相手がこれに勝利すれば問答無用で私を追放なりなんなりと行える訳だ。

 それも法的な処置として。


「――ああ、承知した。私にも異存は無い――が、いいのか?」


 訪れた真祖の女性は、決意は固く後は決闘を待つのみでここに居る――居るはずだが、私の思考――大きく揺れる魔霊力が感じられたゆえ、カマをかけて見た。


 彼女もそれがカマをかけられたと気付いているのだろう。

 それでも私の言葉で明らかな動揺を覗かせた。


「……私は今はこれが最善と動いている、それだけです。例えあなたがあの究極と言われた【竜魔王ブラド】の力を継承したとしても……!」


 やはり見ていたか。

 ほかの三人はともかく、彼女は最初の偵察から私を監視対象としていた――ノブナガ配下のしのびと言う職を担う、魄邪軌はくじゃきから得た情報通りなら彼女は迷いを持って決闘に望むと読んだ。

 だがならば、こちらも相当の覚悟をって相対しなければ本当の勝利が掴めない。


 私たちが行う決闘は、私闘は私闘でもたった一人――大切な少女の行く先を決める戦いである。

 互いに負けられぬ――ほこりと、少女を慕う心の真摯さが問われる勝負。


「分かった。では明朝――【ネツァク】で……。こちらも全力で抵抗させて貰う。」


 その言葉を聞き、忘れぬ一礼と共にきびすを返し消え行く真祖 夜魏都よぎと

 後戻りなど出来ない――いや、する意味も無い。

 ヴァルナグス第三王女ヴィーナ・ヴァルナグスと私――絡み合う思いと願いは、明朝の反論決闘へと繋がる。


 私は運命の決闘に向かうべく、かつて魔王シュウが治めし世界へ己が心を研ぎ澄まし、その足で魔界国際宇宙港を後にした――

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