5話―2 魔導超戦艦 武蔵



 最初は冗談かと思った。

 上からの勅命は、我等があらゆる兵装の製造を一手に引き受ける――かの三神守護宗家よりの依頼。

 【真鷲組ましゅうぐみ】の2代目――真垣 華那美まがき かなみことカナちゃんさんが、宗家に協力し魔導超戦艦【大和】のサポートエンジニアを買って出た事は知り得ている。


 しかしまさか、自分がその弐番艦含む兵装のサポート諸々を請け負う事になろうとは――。


「ちゅう事で、魔界への【武蔵】譲渡とあちらさんからの依頼の数々――それへの対応も、任せたで?壱京いっきょうはん。」


 無茶振りではあった――だが、自分でも魔界への興味がなかった訳ではない。

 そもそも自分はカナちゃんさん直属――彼女が出す指示は基本忠実にこなして来た。

 かく言う自分は【真鷲組ましゅうぐみ】に入る前、かつて経営の端々で目に余る程の不逞ふていを目の当たりにし――家族経営と言う前会社の暗部に愛想を付かした。

 その愚かな振る舞いで、経営が泥沼化した一族企業よりたもとを別ち――流れ流れて行き着いた≪自分が求めた超一流企業≫。


 今回の件に携わる際の処遇は、とにかく目を疑う様な好条件。

 それは即ち極めて危険が付きまとうと言うメッセージに他ならなかった。


 しかし魔界に到着してこちら、なんとも驚愕したすでに故人であるはずの戦国大名(まあ、成りはガキであったが)との対面も、最初は驚きすらしたがすぐに慣れた。

 を欲した割には、平和に胡坐あぐらをかいた様な魔界勢の姿で、所詮はこんな物か――と、確かに油断していた。


壱京いっきょう殿、気分はいかがか?」


 魔界国際宇宙港へ向かう馬車――亜音速で駆ける初体験の馬車のその中で、卒倒しかけた頭と意識を必死で戻そうとする自分。

 気にかけたミツヒデ殿が声を掛けてきた。

 しかしこのミツヒデ――明智光秀も自分の中では故人であるため、奇妙な感覚を覚えたものだ。


「……ああ、問題……無い。――あれが魔界の伝説……【真鷲組ましゅうぐみ】の荒くれ者どもが幼子に見えてきた……。」


 不逞ふていの極みであった前会社――使い潰されすさみきった職人たち。

 隙あらば、元締めとなる役員を亡き物にしようと言う殺気に包まれる毎日。

 最早企業としては終わっていた。


 そのすさんだ職人程ではないにしろ、真鷲ましゅうの若者も血気盛んでまとめるのには骨が折れたが、前会社と【真鷲組ましゅうぐみ】とでは企業の格の差――その開きは比べるのがバカらしくなる開きがあった。


 そんな世界で生きて来た故、多少の荒事には動じぬ自信があったが――この魔界はもはや、荒事などと言うレベルの認識では表現出来ぬ世界と思い知った。


「申し訳ない。我らもまさかあの生ける伝説の力が、あれほど常軌を逸したものとは予想出来なかったもので……。」


「ウチの主君も泡を食らう程に――」


 かの天魔王の懐刀ふところがたなが、額に嫌な汗を浮かべながらちらりと見た視線の先――気付いた主君がいささか恨めしげに意見する。


「――ほほう、それはもしやワシの事か?ミツヒデよ……!」


 歴史で知る姿からは大きく異なる主君と臣下のやり取り――聞くところによれば、この魔王はあの【マリクト】を天下布武の名の元に統一したと言う。

 この男の存在はまさに、魔界に転生し文字通りの第六天魔王へと相成った姿――まるで夢か幻でも見ている気がする。


 ただ、その男に感じる只者ではない感覚――自分の古い家系をわざわざ持ち出すつもりもなかったのだが、自分でも気付かぬうちにこの血に眠る【村上水軍】のたぎりが、いつの間にかこの身を支配し始めている。


 ――自分がこの第六天魔王と同じ戦国の世に生まれていたならば、きっと迷う事無く臣従していたと思える程に。


 だが今はそれを置いておこう――現時点で重要な事は彼女、吸血鬼レゾンの究極の力の継承。

 あの銀嶺ぎんれいを思わせる竜の化身を、赤く――真っ直ぐな少女色に染め上げねばならない。


「ノブナガ公――宇宙港へ着き次第あの竜の化身を、赤き吸血鬼色に染めます。」


 彼女がそのまま、四大真祖とやらの決闘を受け入れられる様――迅速且つ完璧な仕事をこなす。

 それが宇宙に名だたる【真鷲組ましゅうぐみ】の意地とほこり――共に魔界へ訪れた、素晴らしき職人たちの腕と我が頭脳をって――最高の仕事で終わらせよう。


 そしてその後――我等が日本のほこりし蘇った魂、魔導超戦艦【武蔵】の調整に取り掛かる。


 【村上水軍】の血を継ぐ自分が、最強の超弩級戦艦を本当の意味で蘇らせるのだ。



****



 最初訪れた時は、押し寄せる群衆で沸き返った空港――あっけに取られたな。

 しかしそのほとんどがテセラ目当てであり、私を見る目はどうやら珍獣程度――【ネツァク】から訪れた民ぐらいだろう、私の訪れを歓迎していたのは。


 だがしかし……どうしてこうなった……。

 もう魔界に来てこちら、このセリフしか浮かばない事態が笑えない。


「あなたがあの呂布りょふと!?信じられない!!あの最強と渡りあうなんて!」


「あの【マリクト】の魔王が言うのだから間違いないんだろう!凄いな、大出世じゃないかお嬢ちゃん!!」


 私は超魔導戦艦の弐番艦、【武蔵】であの【霊装機神ストラズィール】最終調整を行うために宇宙港に着いたばかり。

 ――なのだがこれはどうしたものか、あの魔王のあおりりのせいかこんな所まで私の一騎打ちネタが飛び交っているとは。

 魔界に着いたばかりの頃とは一転――今度は私目当ての群集に囲まれる始末。


 緋暮ひぐれ殿と魔王らより先んじて出立したはいいが、ここに来て未だ【武蔵】へ向かえず立ち往生――けれども、無下に出来ずに律儀に彼らの言葉へ耳を傾ける。


「ああ、私も一時はどうなる事かと思ったが――目指す物があるから、四の五のは言える状況ではなかったのだ。」


 恐らくここに集まっているのは、宇宙港客とは無縁の魔族ばかりだろう。

 この世界の魔族はめったに外界へ出る事が無いと聞く――隔絶された住民達なのだ。


 それは至極当然――おおかたが私の過去よりは上位であるが、魔界では力が低い下位魔族が占めているはず。

 その彼らには、外界の光量子ひかりは致命的――ゆえに魔界を出る事なく過ごすは必然であった。


と――どうにも私を放してくれない一般魔族達に、四苦八苦する姿がよほど滑稽に映ったらしい。

 傍らで必死に笑いを堪えているベルを見て、流石に私もやられっぱなしはシャクだと感じ――コツンッ!と拳骨をお見舞いした。


「――ったっ!痛いですレゾン~~!まさか反撃されるとは思いませんでした!」


 可愛い怒り顔――まるでテセラを見ている様な仕草。

 と言うかお前は魔量子体だろう……痛みまで再現しているのか?初耳だぞそれは……(汗)。

 こいつも事を急ぐ事態は知り得ているはずなのに、その暢気のんきさに呆れて大きな溜息ためいきで眼を糸の様に細めながら返答する。


「お前もこんな時まで、人を笑いものにするのはいかがな物かと思うが?さあ、【武蔵】の所へ急ぐぞ?――あちらも到着した様だ。」


 見事な足止めを食らった私達は、ものの見事に先んじた意味を失い――ノブナガ一行が乗った黒馬馬車の到着を目撃した。

 すでに停車したそれより、魔王とその懐刀ふところがたな――そして同行していた緋暮ひぐれ殿が宇宙港へ降り立ちこちらに向かって来る。


 結果ノブナガらと共に【武蔵】へ向かう事となるが――またしてもこの事態に、そこはかとなく憤慨ふんがいが湧き上がる。

 ノブナガが到着しその姿を現すや否や、先ほどまで私に群がっていた魔族の群衆が恐れおののいて一行の道を開ける。

 それを見た瞬間――こちらへ向かう前の魔王の言葉を思い出し、恨めしい瞳と言葉を魔王にお見舞いしてやった。


「先に行って準備を進めろと言ったな……。――全く、これが狙いか……。その人を見境なく手玉に取る思考は、どうにかならないのかあなたは……。」


 私の言葉を待ちわびた魔王――ニィと口角を吊り上げしたり顔。

 やはりかと思ったが、もう流石にこの男の思考には慣れた気がする。


「さてどうかのぅ。まあ、お主が魔王を名乗るのならば群衆との付き合いも時には必要じゃ。――その予行演習とでもとらえておけ。」


 ――群集のど真ん中で今それを口にするか?

 ああ……今まで気さくに話かけて来ていた魔族達の表情が、一瞬で引きつったのを感じた。

 この世界で魔王を名乗るとはそういう事。

 分かってはいる――それでもこの魔王にもてあそばれているのには憤りしか浮かばんが。


「では皆さん、早々に調整へと移りましょう。いざ【武蔵】へ。」


 さっきまで私の姿で笑いを堪えていた友がさらっと音頭を取る。

 つくづく私の周りは、私を笑いのネタにして楽しむやからばかり――すると、それを心中で察したのか目でコンタクトを送る客人緋暮ひぐれ殿。


 少し予想外ではあったが、まあ彼とは馬が合いそうだと何となしに思考を巡らせながら――私達は向かった。


 地球が誇りしかの超魔導戦艦の元へ――

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