4話―5 不死王 その名はリリ



 あの巨躯の最強と渡り合ってから数日が過ぎ――恐らくはあの真祖らが、明確な【反論決闘】の日時と場所を通告してくる頃合。

 この決闘は【帝魔統法】に準じた戦いであるため、公正な判断を下す者――かの峻厳しゅんげんの魔王が治める【ゲブラー】よりの監査官も訪れると聞いた。


 ――まあ不正も何も、あいつらだってほこり高き吸血鬼としてこの決闘に望むのは承知済み――こちらとて不正の上での勝利に酔いしれる醜態しゅうたいなどは、生憎と持ち合わせてはいない。

 そのためにノブナガの厚意を真摯に受け入れ、あの巨躯の武将と対峙し――ここまで登りつめたんだ。


 そしてここからは、本当の決断が必要になる――この身に宿る究極の存在を、真の意味で継ぐことを宣言するため、今――天下城【キヨス】でミツヒデ殿の指示どおり和装に間にて待機中だ。


「お待たせしましたレゾン。こちらが話していた地球よりの来客――ブラックファイア卿の要望通りの技術者、緋暮壱京ひぐれ いっきょう殿です。」


 和の雰囲気ふんいきがすでに慣れてしまったのか、不思議と落ち着き払う自分がいた。

 ノブナガやミツヒデ殿より、この和の空間は静と動を余す事なく感じながら、それでいて心が洗われる日の本自慢の文化の一つと聞いたが――これから訪れる様々な試練へ向かう自分にとっても、この和室のおかげで覚悟と心構えが身体の隅々まで行き渡るのを感じる。


 あの魔王達や、少しばかりその日の本で過ごしたテセラ――その器と心はまさに、日本の素晴らしき文化によりもたらされたのだろうと、ごく自然に理解を得てしまう。


 そんな思いにふける私と、使い魔ではなく友として傍にある少女ベル。

 何となしに彼女を見ると、何か?と言う表情で可愛らしく小首をかしげる。

 いや何も。と、目配せし再び視界を両開きのふすまへ向けたとき、見計らった様にミツヒデ殿と客人が姿を現した。


「あなたが地球は三神守護宗家からの技術者……。緋暮ひぐれ――殿か、急な要望で申し訳ない……そして感謝する。私は吸血鬼レゾン・オルフェスだ。」


 地球と魔界ばかりか、私までもを救うためにあの星を駆け回ったテセラ――その彼女を、記憶が封じられていた頃からあらゆる面でバックアップして来た日本がほこる国家防衛組織。

 ――その三神守護宗家からの出向と聞いて、技術者の男へ先ずは礼をと立ち上がり感謝の意と共に述べた。


 ――が、いささか耳にしていた宗家の者とは勝手が違う事に気付く。


「流石は名高き吸血鬼と言う所か……。だが、こちらが想像していた程――いや相当予想外か……。私が、地球で味わった宗家以外の者との対応でも、そこまで礼と感謝の意を込められる者はいなかった……。」


 これは恐らく褒められた……のだろう。

 なるほどこの男――この感覚はどちらかと言えば社会の中でも、裏社会を生きていたのだろう。

 ああ、もしかしたら気が合うかもしれないな。

 私の過去は凄惨せいさんそのものだから――


「さて、顔合わせも済みました。しかし今は時間が惜しい――早急にレゾン嬢の力、その真の継承を終えるべく動きましょう。」


 たしかにミツヒデ殿の言う通り――真祖との【反論決闘】が差し迫る中、勝利を確実とするための準備は早い方がいい。

 私が最初に巨躯の武将にボロ負けた際、襲撃未遂を犯した真祖――それをそそのかした侵入者が気に掛からない訳では無いが。


 けど何よりもまず彼女――ヴァルナグス第三王女ヴィーナの心を救うため、あの真祖らに負けてはやれないから。


 彼らに勝利するための究極を得るため、まず事を終えよう。



****



 吸血鬼レゾンが真の覚醒を終えるための儀――相応の広さが必要と言う事で、彼女と巨躯の武将 呂布りょふが修練と言う名の激戦を繰り広げた、あの修練場へ一行は早々に足を運んだ。


 未だ修練の際に生じた凄まじき戦闘の傷跡が至る所へ刻まれるが、この件のため必要最低限の場所は仮補修を済ませている――そこに、事を見届けるためにここ【キヨス】の城主である魔王ノブナガが先んじていた。


 そして両脇には、何故か二人のノブナガ軍がほこる最強の二柱が控えている。


「……なんであの二人まで……いや待て。それ所じゃないな――この野次馬はどういう事か説明を要するんだが……?」


 修練場に訪れた赤き吸血鬼――何故か魔王傍に控える武将らに頭痛がしそうになり、その頭痛が特大の鈍痛になったのは周囲の異変に気付いたから。

 あろうことかレゾンの力の継承をひと目見ようと、ノブナガの軍勢で表立った者達まで野次馬を演じていた事だ。


 頭痛でこめかみを押さえうな垂れる少女へ、今回ばかりはミツヒデも弁明とばかりにあらましを語る。 


「レゾン嬢――あなたは自身が思う以上の者に慕われ、羨望せんぼうの目を向けられているのです。きっと今の彼らにとって、貴女はあのジュノー姫殿下と同等に輝いている事でしょう。」


 鈍痛が治まったと思ったら、直後にむずがゆさが身体を走る少女。

 彼女は力を得る事に必死になり気付かなかったが、このノブナガ軍の野次馬は愚直な彼女を鍛えるため、全力を惜しまず挑んでくれた猛将達。


 赤き吸血鬼の試練――呂布りょふと言う最強との修練は、すでにこのノブナガがほこる軍勢さえも虜にしていたのだ。


「では、力の継承の前に最も重要な方へ連絡をする必要があります。――しばしお持ちを……。」


 吸血鬼の友、ベルが頃合と語り出し――さらに立会いが必要な者との通信準備に入る――いや、むしろその者こそがこの場で最も重要な鍵を握るのだ。


「これより私はを介して、今もあの主惑星で故あって眠る存在を呼び起こします。」


 ベル――ブラックファイアが言葉と共に薄闇の真昼の空を見上げ、この魔界の天が常に向かい合う自転を取る先――太陽系における、闇にその存在を隠された主惑星【ニュクスD666】を見つめ――


――目覚めの言葉を解き放った――


「悠久の中で眠りし、偉大なるかつてのマスターよ――天楼の魔界セフィロト史上最強にして究極を欲しい物とした不死王ノーライフ・キング、そして私の素敵なお友達――【竜魔王ブラド】ことブリーディア・リリ・ドルシェ――」


「時は成りました……目覚めて下さい――」


 使い魔であった少女から、大よそ今までの彼女が持ちえたとは思えぬ、あまりにも膨大な魔霊力――その本流が積層型魔量子立体魔法陣ビルティ・マガ・クオント・サーキュレーダーを広域展開する。

 その魔霊力の本流は、天にありし暗黒の主惑星へと伝わり――わずかののち、魔導式の映像技術にて一つの風景が鮮明に明滅した。


 それは遠く離れた主惑星の、ささやかな大地を丸ごと映した様な文字通りの立体映像――中心に小さな別荘がたたずんでいた。

 ――その映像は野次馬を演じるノブナガ軍にも伝わり、成り行きを固唾かたずをのんで見守っている。

 あの緋暮ひぐれと言う技術者――統括部長も、初めて見る魔導にいささか驚きを隠せないが、驚天動地する程ではないていが見て取れる。


 ――暫くの沈黙、そして小さな別荘に訪れる変化。

 魔界と比べても、その周囲が主惑星の世界現状を映す様な暗闇にあって、たたずむ別荘の小窓にほのかな明かりが灯り――ようやく扉が開かれると、銀色のしずくが扉の奥からこぼれ落ちた。


 いや、それはまばゆい銀色の髪――その髪を後方へさらさらと泳がせながら扉を静かに閉じる影。

 暗闇であるにも関わらず、辺りがあふれる魔霊力で薄っすらと照らされ明るくなっている。

 銀色のしずくの奥に見える透き通る白、レゾンやテセラと違わぬかやや幼き印象――起き抜けの幼女が眠い目をこすり、ふわふわとした足取りでレゾン達の前へ立つ。


 魔界の少女にすれば普段着とも言える、ゴシック調のフリルとレース――白のフリルの中にささやかな黒のレースが混じる、ロリータファッションに近いカーディガンとスカート。

 さらにカチューシャの脇――幼き表情に混ざる二本の湾曲した双角。


「ふわぁぁ~~。おはよう、ベル――永い時でしたけど存外に早かったですね~。」


 幼き銀髪の輝きがあふれる少女――印象はまさに、ふわふわぽわぽわと言う形容が当てはまりそうな穏やかさ。

 可愛らしい欠伸あくびがそれを顕著けんちょにする。

 それは暗闇でそよ風に揺れるたんぽぽの綿毛の様な、はかなくも美しい姿。


 だが、その幼き少女はその場に居る全ての者へ名乗りを上げると、ふわぽわな穏やかさが消し飛ぶ衝撃を生む。


「初めまして~、魔界に住まう愛しき魔族方――そして、蒼き光に満ちた母なる大地から訪れた方々。すでに聞き及んでいると思います――私の名はリリ……不死王ノーライフ・キングにして吸血鬼最古の真祖、ブリーディア・リリ・ドルシェです~。」

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