4話―3 蝕まれる第三王女



「ではこれらの件、余す事無くノブナガ公へお伝え願おう。」


 子孫らの活躍は、もはやかの【魔神帝】の信頼を不動の物にしているらしい。

 ノブナガ様も事が事だけに、魔界統括者から自重せよと制される恐れもあるとは言っていたが――事はとんとん拍子に進み、ほぼ【マリクト】より提案した通りの技術導入が約束された。


 ――まあそこに条件を付属されたのは、ある意味自重せよと言う事だろうが。


 すでに配下の魔王を引き連れて、遥か上層【ケテル】へと帰還されたルシファー卿――引き連れていた護衛がであるのには度肝を抜かれた。

 私を友人の様に扱い、あまつさえ地球との対談の度に低い物腰―― 一見そこから魔界を統べるいただきとは想像出来ない姿。

 だが、引き連れる護衛は魔王――それもミネルバ様も危ういと思われる程の魔霊力を放つ存在は、当たり前の様にルシファー卿にひれ伏し仕えている。


「本人からは想像出来ませんが、その周りを見るとゾッとしますね……。」


 謁見の間ではミネルバ様と私が残り、本日予定した別件を話会う算段――先ほどまで気を張っていたため、その気が緩むと同時に無意識な吐露とろが流れ出た。


「あらあらミツヒデ殿、まだ彼の護衛はそれが聞こえる範囲に居るかもしれませんよ?まあその程度の言葉に、いちいち目くじらを立てるルシファーではありませんけど。」


 思わず護衛が近くにと言う単語でゾクッとした物が身体を突き抜けるが、ミネルバ卿の言う通り日の本への絶大なる信を除いても確かにと、後に続いたフォローに納得する。


 しかし先ほどの件は、この世界の行く末――それを踏まえた【マリクト】の治世に関する技術導入諸々もろもろの内容、それはそれで重要な議題であった。


 ――問題はこの先、これは今からこの魔界が――いや、このミネルバ卿が治めし【ティフェレト】にとって極めて重要な事案。

 魔界の統括者を通すべきか否か悩んだ末で、あえてミネルバ卿のみにこの件を通そうと決意。


 緩んだ気を今一度引き締め、この城の城主へ向き直り――謁見の間周辺の人払いを申し出る。

 そしてその重要案件――≪第三王女と【マリクト】侵入者ら≫についての報告に入る。


「これからの議題――慎重なる判断の末の話とお心得下さい。――先日レゾン修練の際、襲撃者を確認致しました。」


 レゾンへの襲撃者――その言葉にミネルバ卿がいつもの穏やかな表情のまま、空気を一変させた。

 人払いを申し出た時点である程度予想はしていたのであろう――だが表情には見えぬが、あからさまに魔霊力の放出が高まっている。


 実の所、自分もこのミネルバ卿の力の放出を幾度と無く経験しているため、なんとか耐えられる――だがやはり魔界全土を合わせても相当の実力者。

 耐えられるが――


「襲撃者……詳しくお聞かせ願えますか?」


 卿へうなずき――こちらも呼吸を正し、今起きている事態を告げる。

 これはミネルバ卿にとって極めて心を痛める内容である――だからこそ、彼女へ直接報を届けねばならぬと我が主君との、見解一致の上での謁見。


「はい……襲撃者は恐らくミネルバ卿もご存知かと思われますが……【ネツァク】がほこる四大真祖達――彼らの【帝魔統法】にのっとった反論決闘を望むもの。」


「――ただ、その身内が感情を抑えられず先走り、結果未遂で終わったと言う内容です。」


 幾分ミネルバ卿の力が弱まった。

 その程度は予想の範疇はんちゅうだったと言う事か。

 確かに【ネツァク】の前魔王を知る彼女にとって、四大真祖と言う者らがどの様な素性と性分かは承知済みなのだろう。


 しかしここからだ――ミネルバ卿の御心に傷をつけぬ様、慎重に言葉を選び――この件における最も重要な点を確実に言葉に変える。


「その真祖らは、彼らの感情のままに動いた訳ではないとの報告も受けており――そこには、彼らの【帝魔統法】に準じた決闘を支援する者がいます……。」


「その支援者――吸血鬼レゾン・オルフェスの、魔界受け入れに反対の意を唱える者……。【ティフェレト】第三王女……ヴィーナ・ヴァルナグス様であります。」


 まるで胸が鋭利な刃でザグンッ!と打ち抜かれるかの音が、卿から聞こえた気がした。

 卿はゆっくり目蓋を閉じる――表情は努めて穏やか。

 そこにはやはり魔王の威厳、身内の反発者にも右往左往する気配は微塵も感じられない。


 ――あくまで見た目の表情だけである。


「――その情報に嘘偽りはありませんね?ミツヒデ殿……。」


 疑いを持っての確認ではない――ただ信じたくないとの思いが伝わってくる。

 大切な妹にとっての掛け替えのない友人――その少女の魔界受け入れを拒むは、やはり大切な妹。

 耐えようも無い苦しみがその言葉で余す事無く伝わり――こちらまで心が痛み出す。


 なんの面識も無い人物なら、自分もそこまで至る事もない――だが彼女、吸血鬼レゾンは今や【マリクト】においても愛おしく思える存在。

 そこにはやはり、彼女の修練を国を挙げて支えようとしていた事が起因する。

 この時点ですでに、彼女の修練に参加した配下の間では進んで応援したいという者で溢れ返っている。


「我が国でも、信頼出来る将よりもたらされた内容――そこに嘘偽りはありません。」


 言い切る言葉が自分の口を焼く。

 この様な事は自分も口にしたくはない――したくはなくとも、今後後手に回れば最悪の事態に成りかねない。

 だからこそ、ミネルバ卿へはお伝えせねばとせ参じたのだ。


「ご報告感謝致します……。」


 痛む心が少し時間を下さいとなげいている様にも聞こえる。

 しかし最後に伝えねばならぬ事――

 我が主君に、何をおいてもこれはお伝えせよとの厳命を受けた内容。


 それはともすれば、この魔界が先の地球と魔界滅亡の危機に相当する事態へ進む恐れ――我等が最も優先して手を打たなければならぬ事案。

 望まぬ言葉に苦痛を覚えながら――それでも自分の心に鞭打って、ミネルバ卿へとそのむねを全て伝えて行く。



****



 第三王女が真祖との密会を行う館――【ティフェレト】の人里離れたそこに、言いようの無い狂気が木霊していた。


「まだですの!ねえ!ネエッ!シンソサマッッ!!――ワタクシ……!ワタクシハッッ!!」


 見開かれた瞳は酷さを増し――流血がともなう程にその顔をむしる少女。

 王女はつい先日姉の会話を耳にした――

 吸血鬼の話になると頬を紅潮させる、幸せがまばゆいばかりに撒き散らされる第二王女。


 それからと言うものヴィーナ・ヴァルナグスの心は、正に荒れ狂う嵐――最早押さえつけられぬ負の衝動と、姉へのが館のと牙を剥き始める。


「ヴィーナ様っ、お気を確かに――がっっ!?」


 浅黒き肌に白髪の真祖――ケイオス・ハーンは狂った嵐へ飛び込むが、王女はすでに魔霊力を加減無く振りまく文字通りの嵐――傷つけまいと手を緩めるも逆に王女の力で弾かれる。


「おやめ下さい、ヴィーナ様!我等が必ず事を成します――それまでは何卒……何卒、気をお保ち下さいっ!!」


 駆けつけた切れ長の瞳――紫色の髪が王女の発する力に、後方へ激しく振り乱される真祖 夜魏都よぎと

 王女へ向かって力を沈静化させる魔導術を緊急展開――魔量子立体魔法陣マガ・クオント・シェイル・サーキュレーダーがヴィーナを包み、精神の暴走を制御。

 かろうじて王女の暴走は収束する。


 しかし、これはその場しのぎでしかない事は百も承知――その思いで、力の沈静化と共に深い眠りに落ちようとする第三王女を抱きとめた。

 自ら付けた顔の傷もたちどころに再生する少女――その再生力の中、落ちている王女はまだあどけなく、そして愛らしい表情。


「王女は大丈夫か?夜魏都よぎと。先ほどの暴走は……!?」


 王女の三倍の巨躯を持つ真祖 ボーマンも駆けつけ、館の中――したいし者が過ごす部屋を見て絶句ぜっくする。

 いつもの美しい装飾に彩られ、派手ではないが気品さがそこかしこにうかがええたたたずまい――それが王女の放った力の余波で、美しい小物は粉々に砕かれ大きな装飾は壁の至る所へ、爆風にさらされた様に突き刺さる。


 天井すら半壊しかけたは、巨大竜巻が通り過ぎた後の惨状を彷彿とさせた。

 嵐の巻き添えになったケイオス・ハーンも、ボーマンと共に駆けつけた触手魔獣真祖のファンタジアに助け起こされる。


「もうじき……!もうじきなのだ……!我らの反論決闘の日が訪れるのは――だがこのままでは……!」


 ケイオス・ハーンは、その浅黒い肌から見せる白い歯をギシリときしませ焦燥する。

 彼だけでは無い――ここにいる真祖の皆同じ思いである。


 反論決闘が先か、ヴィーナの心が負に蝕まれるのが先かと言う瀬戸際――真祖と言えど焦燥する思いが心を、身体を焼き焦がす。


 皆が同じ思い――しかしその中、たった一人揺らぐ心で王女を見つめる者。

 それはあの下等であったはずの吸血鬼が、魔界武門最強と渡り合った事実を目撃した女性。


「(我等は……、ヴィーナ様は本当にこの道を進むべきなの?)」


 下等と思い――たった一ヶ月と少し前、完全に見くびっていた地球からの望まぬ来訪者。

 王女ヴィーナが、【ネツァク】の王座へ付くための計画に水を差す邪魔者。

 だが彼女は、最初から下等な吸血鬼がその身に内包する力に気付いていた。

 だからこそこの計画を、前倒しにしてでも遂行する必要があったのだ。


 【ネツァク】が世界の象徴とするシンボルは≪勝利≫。

 より強い者が王座に付く事こそ相応しい――かつてのびゃく魔王シュウがそうであった様に。


 しかし、ここに来て迷いを生じさせる事態――夜魏都よぎとも、吸血鬼が修練卒業試験で発現した力に


 ――それは赤き少女が発現した力、びゃく魔王シュウをも越える最強の頂点、【竜魔王ブラド】の力の一端。

 ただ独り揺らぐ心で王女ヴィーナを見つめる優しき真祖は、私がお連れすると仲間へ目配せし被害の無い別の部屋向かう。

 天使の様な寝顔をきらめかせる腕の中の少女に、少しでもひと時の安らぎを与えたい思いで傍に寄り添う事にした。





「反論決闘――もはや一刻の猶予もない。我らの準備も早々に済ませねばなるまい。」


 王女の症状の悪化は想像以上――そこには明らかにあの下等な吸血鬼が絡んでいるのは明白、そう真祖内での見解は一致している。


 巨躯の真祖は決闘に必要な戦闘の選択に入る。

 【帝魔統法】にのっとり、正面からあの吸血鬼に打ち勝ち――その者を魔界より追放、そして第三王女の心を救い【ネツァク】の未来へと繋げる。


「相手の力量はそれなりの物――下等だからと侮らず我等の全力で仕留める。」


 男の確固たる決意に、二人の真祖も強くうなずきその巨躯に賛同する構え。

 唯一気に掛かるは、触手吸血鬼のファンタジアに接触して来た不審なる影――だがどうやら、この件に必要以上には絡まないと踏んでいる。


 その不審者のせいで、あわやの先走り――襲撃未遂をしでかした触手の真祖も、自重しているので不問にしている。


夜魏都よぎとが王女の元から戻り次第――我等は【帝魔統法】上の反論決闘最終準備に入る!」


 真祖らの思い――ただひた向きに第三王女ヴィーナを慕うが故。

 だが彼らはまだ知り得ない――自分達が下等と侮っている赤き少女が今、魔界史上最も恐ろしき化け物最強への進化を始めていた事を――


 そして訪れる反論決闘――それは天楼の魔界セフィロトの歴史上伝説となる、超常の事態の幕開けとなるのだった。 

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