4話―2 支える者の見る先は



 時を少しさかのぼり――

 吸血鬼の修練が佳境かきょうに差し掛かる最中――【テフィレト】の王宮を目指した訪問者が、己が主君が予見する世界の先――それを憂いた対応案を引っさげて、魔嬢王への謁見へ向かっていた。


 先見の明――只でさえ先を見据える力が化けたとも言える主君の指示。

 先読みした、求むる未来を招来するための案に策――携えて東奔西走するのは決まって配下の役目である。


 地球が日の本を駆け巡ったかつて明智光秀と呼ばれた将は、あの頃となんら変わらず今も魔界で東奔西走。

 人として駆け抜けた、戦国の世での己が姿を思い出し――苦笑いの中で【テフィレト】の謁見の間で城主とさらにもう一人の存在を静かに待つ。


「これはミツヒデ殿、待たせてしまったか。」


 程なく声が響き、謁見の間へ通ずる回廊へ視線を送るミツヒデ。

 その視線がとらえるは、当然この城の城主――そして今回準備した案と策に関わる、重要人物が久方ぶりの再会できらびやかな笑みを浮かべていた。


 その男性とも女性とも取れる風貌は、魔界の誰もが畏敬の念を抱く全ての頂きに立つ者――【観測者】と【調律者】の両面を持つこの天楼の魔界セフィロト統括管理者。


「いえこちらこそ――急な呼び出しにご足労頂き、我が主君に代わり礼を述べさせて頂きたく――」


 相変わらずの律儀過ぎる挨拶を受け、統括管理者である男が思わず制した。


「まただミツヒデ殿、挨拶が固いと前も申したと思うが……。私は現【マリクト】の存在に一目を置いている。友人と語らう様に――もう少し肩の力を抜いてはくれぬか?」


 【マリクト】の魔王代理にしてみれば、それはそもそも難しい注文であった。

 代理者へ肩の力を抜けという者――金色の髪がそのまま光の帯の様に、淡いきらめきを零す存在、【魔神帝ルシファー】へ友の様に接すると言う恐れ多さ。


 あくまで魔王代理、一介の魔族であるミツヒデがその様なフランク対応が許されるハズはない――努めて敬意を払う態度で男は存在と相対した。


「今の自分にはこの対応が分相応と考えます。――時が経てばあるいは……、よって今回はご容赦下さい。」


「ルシファー、あまりミツヒデ殿を追い詰めては可愛そうですよ?今のあなたと友人の様に接っせよと言うのは、この魔界全土でみても全否定は否めませんから。」


 城の城主ミネルバのさとしに、目を伏せる【魔神帝】は少し寂しげな面持ちでいたし方無しとうなずいた。

 友人をもてなす様に砕ける魔界の頂点の表情に、ウチの主君とはやはり違うなと苦笑混じりであった【マリクト】魔王代理――優先して済ませるべき案のため、先ずはと吸血鬼修練の進捗状況しんちょくじょうきょうを報告する。


「では改めまして――報告の一点目、レゾン・オルフェスの修練状況ですが着実に成果を挙げていると思われます。三ヶ月の日があれば彼女も、魔界に相応しい存在となる事を保障しましょう。」


 最もこの内容については、後に予想をくつがえす速度で保障と言う言葉を現実の物としたのだが。


「次いで兼ねてより打診していた件ですが――」


 魔王代理も後は本人の心意気次第とその件を、あえて簡易な言葉で済まし――そこからが本題と切り出した。

 そもそもここから先は、すでに謁見の間へ姿を見せている金色の神と、故郷である地球との交渉を仲介するための任。

 そして交渉よりもたらされる、【マリクト】へのを手中にする事が何よりの目的。


「ああ、承知している。ではミネルバ卿、例の回線――地球との【クロノサーフィング回線】を接続してくれるか?」


 城主ミネルバがうなずき、通信受け側は魔導技術――送信側は地球は元より、太陽系全土で使用されるも未だ重い技術制限を受ける【L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー】。

 中でも恒星間通信を僅かなラグで通信可能な、制限レベルSクラスのオーバーテクノロジーである通信回線を開く。


 【L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー】は太陽系内全ての正人類――魔族と対成す人類が生み出し運用する技術であるが、度重なる世界滅亡大戦を受け極めて厳しい技術使用制限を、【観測者アリス】が選びし技術管理を担う者らによって課せられた。

 一方、元々の技術形態基礎が違っていた魔界の魔導技術に関しては、まだ魔界と人類との交流が断片的な事もあって、完全に制限の外とされた。


 しかし、技術進歩はともかくそれらが対応出来る幅の狭さが兼ねてより問題となっていた。

 そして先の地球と魔界衝突危機と言う造反した魔族のくわだてて――しくもその事態が問題を技術運用上の欠点として露呈ろていさせる事になる。


 『――こちらは地球が日本、三神守護宗家。大方定刻通り――安心しました、お久しぶりミネルバ卿。』


 天楼の魔界セフィロトにおける魔導技術――その欠点として、魔界内部の抗争には強いがもろい。

 技術の優劣如何いかんではない、魔導技術が基盤とする魔量子をエネルギーとする本質的な欠陥――本来魔導技術は魔界内で使用する分には欠点でもなんでもない。

 言わば使用する本質が全く異なるがゆえ、対応が出来ないと言う物――例えるなら異国の者同士の文化や生活基準の違いと言える。


 この地球との回線はそれらを解消する最初の一歩――魔界にとっても一つの転換期に相当する。

 であるならば、本来下層界まで出向く事がまずありえないこの魔界の頂点に君臨する魔王が、唯一地球との回線を設けられたここ【ティフェレト】へ足を運んだ事にもいなずける。

 なぜ重要回線が【ティフェレト】に設置されているかは、やはりその世界で第二王女であるジュノー・ヴァルナグス――姫夜摩テセラの存在、引いてはその姉である魔王ミネルバの功績が大きく関与している。

 これは、正人類側を監視する【観測者代理】の意向で最も信のおける魔族がいる世界と言う事で選ばれた。


「時間ではまだ数ヶ月ですが、ここまで距離が離れるととても久しい思いになります――三神守護宗家がヤサカニ家当主……れいさん、本当にお久しぶり。」


 地球と魔界――その距離は太陽系を公転する主惑星【ニュクスD666】の公転軌道に準じる。

 主惑星【ニュクスD666】は正常に太陽を公転した場合、その軌道は火星と木星間――アステロイドベルト外を通過し、他の惑星と大きく異なる直角に近く――それでいて非常に楕円な公転軌道を取っていた。

 近日点と近遠点が倍以上の開きを持つこの星系屈指の特異な惑星――その衛星軌道にあるのが天楼の魔界セフィロトなのだ。


 実際この魔王ミネルバと、ヤサカニ家当主と言われた女性達は超遠距離モニター通信以外では会った事がない。

 それでも親しい間柄と取れる表情で迎えられるのは、双方が同じく姫夜摩テセラと名を与えられた、【ティフェレト】第二王女にとっての姉の様な存在であるからだろう。

 二人の間――膨大な距離を置いてのモニター通信でのやり取りでも、まるで腹違いの姉妹の様なむつまじさがにじみ出ていた。


『この久方ぶりの通信――またとんでもない事態のやり取りでない事を祈っていますが……以前お話した件ですね?』


 こくりと姉妹の様に親しい魔王がうなずき――まず魔界の代表者との交渉をと、この世界の頂点である金色の存在に席を譲る。

 モニター前に今しがた移動した魔界の頂点は、身動き一つで大気を震撼させながら、かつて地球と通信して以来――またしても頂点としてあるまじき腰の低さで地球代表者への面会を始める。


「私も久しぶりという所ですね。――先の魔界救済の件では、誠に地球側に助けられました。近い内にそちらへ礼を兼ねた訪問をとも――」


 そこまで言葉にして、流石に地球側の女性に被せられた。


『ル……ルシファー卿!ですからその様にお気になさらずとも……我ら地球側も魔界の助け――そもそもテセラ……いえ、ジュノー王女殿下の助けがなければ地球が……――』


 そして今度は、モニター言葉だけでヤサカニ当主に被せられる。


「零さん大丈夫ですよ?地球との会話では、ジュノーをテセラと呼称する事で合意してます。そちらもその方が会話し易いでしょう?」


 モニター脇から響いた声にならばとジュノーと呼んだ第二王女の名を【テセラ】に改める。

 いや――むしろそのヤサカニ家当主としては、親しく姉妹の様なミネルバとの会話はともかく――モニター越し、膨大な距離があるにも関わらず魔霊力が地球にも届く存在と相対している事が重要。

 先の両世界滅亡の危機の最中では、気が張り詰めており些細な余裕もなかった女性は、改めて思うと自分は実在する神と会話を成していると言う事実――その神が平に頭を下げると言う事態に、いつもの冷静な思考が何処どこかへ吹き飛んでいたのだ。


 地球で言う日本においては、宗教的に唯一の神を信望する国々とは異なり、生活する全ての者に神が宿る八百万やおよろずの神々と言う概念である。

 それでもやはりその頂点に君臨する様な神ともなれば、日本の神々になぞらえるなら【アマテラスオオミカミ】クラスの主神である。

 しかし、よくよく考えてみればごく身近――魔法少女の力を持つ宗家の身内に破壊神【ヒノカグツチ】本体を宿した者もいたとの事実に気付き、ようやくれいも落ち着いた思考の海へ帰還する。


『――ごほん!すみませんミネルバ卿、それとありがとう。ではこれより過ぎた事の会話はまずさて置き、これから必要な事案の交渉に移りたいと思います。』


『こちらが本国の防衛省――引いては地球側、【観測者代理】であるアリス代行より認可済みである、魔界への技術譲渡の件についてですが――』


 こうして地球と魔界――その歴史的な転機となる交渉が開始される。

 しかしその転機を図るべくして導いた者が、かつて地球は日の本の戦国時代を駆け抜けた――魔王と恐れられた男の、魔界と言う世の行く末を案じた治世の策であると言う事実を、この魔界が知るのはまだ先の話となるのだが――

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