―愛憎の章―

―愛と憎の狭間―

 4話―1 親愛なる愛と深淵なる憎



「それまでじゃっっ!!」


 天下城【キヨス】の大修練場が無数の衝撃がによりえぐられ、魔王の想像通り無残な姿に変貌へんぼうする中――巨躯の武将と小さな吸血鬼が交差して滞空たいくうしていた。


 試練の終了を知らせる魔王の声が響き、鬼気迫る表情で打ち合っていた二つの力のかたまりは、ようやくその武器を下ろして後方に下がる。


 全力の力の激突――小さな吸血鬼はまとった戦乙女ヴァルキュリアの鎧をパージしながら、無残に荒らされた地に降り立つ。

 息の乱れは見えるが、大きなダメージを受けた様子は見受けられない。

 対して巨躯の武将の視線――自らまとう鎧【赤兎馬せきとば】の腹を見据える。

 そこには超音速で回転するドリルにえぐられた生々しい傷跡――男にダメージこそ無いが、その傷跡に巨躯の男は高揚が隠せない。


呂布りょふよ、大した傷跡じゃな……。そなた、慢心していたのではないか?」


 巨躯の男に言葉をかける魔王、しかしその口元はニィと吊り上がり――してやったりの表情。


「クククッ……これは弁明の余地もありませぬ。……今回はそれがしの負けであるな。」


 魔王の言葉に反論の余地無しと目を伏せる――清々すがすがしさすら感じさせる、敗北したはずの将の姿。

 拮抗きっこうした最強の力の衝突――僅差きんさでの判定負け、といった所だろう。


「であるか!――と言う事でレゾンよ、今回はあくまで修練過程での成り行きぞ!呂布りょふとの勝ち負けは次へ持ち越し――よいな!」


 巨躯の負け宣言を聞き入れるも、あくまで修練である事を強調するノブナガ――それは武将の最強に対するほこりと自信に敬意を表した采配さいはいだ。


 さむらい大将呂布りょふも、己の慢心に気付き敗北の理由を見つめようとしている。

 その最強を名乗る男のほこりを汚す様な無粋は、この魔王も持ち合わせてはいない。


「……お……終わった……!」


 ノブナガの言葉を聞き、ようやく修練の終わりが見えた吸血鬼――完全に力が抜けて落ちその場にへたり込む。

 彼女も力の全力を出し切った――ここからまだ襲撃が始まると言われても、流石に断固拒否しそうな勢いが感じられる。


「レゾン……お疲れ様……!」


 使い魔から友となった少女ベルも、その素晴らしき成果に惜しみない賞賛を贈り、吸血鬼のそばへ寄り添った。

 その状況にもはや文句なしと言わんばかりに――いや、やや皮肉混じりで魔王ノブナガは告げた。


「吸血鬼レゾン・オルフェスよ――よくもワシが煮詰めた修練過程を台無しにしてくれたのう!じゃが――斯様かような真価を見せ付けられては、ワシも文句の付けようが無いわ!」


「――よいじゃろう!修練はこれにて卒業じゃ、よくぞあの襲撃に耐え抜いた!そなたの実力――この魔王ノブナガが、しかとこの目に焼き付けた!」


 魔王の宣言と同時――静まり返っていた無残な修練場に拍手喝采はくしゅかっさいが巻き起こる。

 声援が割れんばかりに響き、数千を越える賞賛が天下城【キヨス】を震わす嵐の様に飛び交った。

 強大な力の激突――あまりの凄さに、野次馬と化していたノブナガ軍の兵士達は言葉を失っていたが――思い出したかの様に湧き返り、そして称えた。


 ――当然称えし相手は、強大な力の対決を披露した


 程なく修練の決着――その一部始終を目撃した兵士らにより、【マリクト】界の魔導式通信や口コミにて魔界全土へと拡散された奇跡の対決――


 凄まじいその拡散力で、数日とせぬ内に魔界の各下層世界へと広がりを見せる。

 ――そして、魔王ノブナガの思惑通り魔界の世に知れ渡る吸血鬼の名と、そこに暗躍する【マリクト】の魔王の名声。


 しかし、すでに偵察によって対決の全容を知りえた四大真祖――彼らにとってそれは全く予想だにしない事態。

 奇しくもこの修練上の対決が、王女ヴィーナに関わる事件を悪化させる引き金となる。


 自分に降りかかる事態――そこから導かれる最悪の結末。

 回避出来るか否かの選択の時が、吸血鬼の少女の元へ音も無く忍び寄りつつあるのだった。



****



「それでねぇ、凄いんですよ姉様!レゾンちゃんがあの呂布りょふさん相手に、肉薄して――」


 【ティフェレト】の王宮内、広間で職務が終わりひと段落していた私とミネルバ姉様。

 テーブルに姉様が地球から取り寄せてくれた、今度は普通に紅茶と洋菓子をあつらえ――侍女じじょさん達がその、ほのかに香る熱い雫を丁寧にカップへ注いでくれます。

 そこで一足先に、積み重なった魔界文字の書類の山から開放された私は、ミツヒデさんからの吉報映像を見せて貰い、さっきから興奮が止まりません。


 その映像の中で、信じられない様な力を嵐のごとく振り回す少女――私の大切なお友達レゾンちゃん。

 修練最後の卒業試験を兼ねた一騎打ちを見た私は、頭のなかで盛大に疑問が大回転していました。


 確かノブナガ様がレゾンちゃんに課した修練期間は3ヶ月――なのに、1ヶ月と少ししか立っていない中での卒業試験。

 その経緯をミツヒデさんから聞いた私は、大切な友達のあまりの凄さに――思わず感涙の中で打ち震えそうになってしまいました。


「そう、確かにそれは凄いわね――ふふっ、それならジョルカも全てを賭けた甲斐があったと言う物です。レゾンに会ったらお礼を言わねばなりません……ジョルカの分まで……。」


 当然レゾンちゃんを魔界に招待した当人である姉様も、その事に多くの思いと共に喜んでくれました。


 呂布りょふさんは【マリクト】だけでなく、この魔界でも知られる武門最強をうたうとても強い魔族さんと聞いています。

 お茶会でレゾンちゃんが手も足も出ないその武将さんと、3ヶ月後には再び戦う事になると聞いた時――修練以前にとても彼女の事が心配になりました。


 最初にノブナガ様にけしかけられた時点では、レゾンちゃんが魔界に移り住むための必要条件を満たせていない――最悪、そのまま地球へ強制送還も考えられる状況。

 お友達と一緒に居られると喜んでいた私にとっても、魔王さんの突き付けた現実は寝耳に水でした。


 ――でもレゾンちゃんはノブナガ様も予想しない速度で成長し、彼女を支える誰もの予想を遥かに越え――修練卒業を勝ち取ったのです。

 そのレゾンちゃんの凛々しさと勇猛さが――映像を思い出すだけで……何かこう私のお顔が……。


「それはそうと――テセラ……あなたの顔、ちょっと殿方に見せられない様な事になってますよ?」


「ふへっ!?ウソっ……やだ、私……あぁ~姉様見ちゃだめです~~(照)」


 だめです……レゾンちゃんが凛々しくて、かっこよすぎて――頭の中がお花畑になってるのが自分でも分かってしまいます。

 そうです、私はその映像を見てからずっとこんな感じなんです。


 けれど――私は気付いていませんでした。

 私がお友達を思えば思うほど、そこからどんどん距離が離れてしまう思いがある事を。

 地球での暮らし――たとえ記憶が封印されていたとしても、ずっと幸せの中にあった私は誰かの絶望を感じ取る事に、鈍感になっていたのかも知れません。


 私から少しずつ離れていく絶望――暗き闇の深淵しんえんへ、奈落ならくを目指す様に進む少女。

 すぐそばにいたのに気付くことすら出来なかった。


 そして、その絶望が幾重いくえにも重なった憎悪の刃が――私の大切なお友達を狙い定めていた事実を、知る事なくただ幸せに酔いしれていたのでした。



****



 【ティフェレト】王宮がある敷地――そのはずれにある館。

 そこは通常めったに使われない建物であった。


 その館へわずかな明かりが灯り、人の気配がただよう。

 だが――異様な雰囲気、れ出す淡い灯りに映る姿がその異様さをさらに増加させた。


 窓に映る姿は影――手に持つ形状は短剣。

 短剣は人形の様な物へ何度も突き立てられている。


 何度も、何度も、何度も、何度も――


「――ナンデ、姉様……あんなに幸せそうなの?……ナンデ?ナンデ?ナンデ?ナンデ??」


 館の中には一人の少女が、ただ其処そこに居た――見開かれた瞳は光ではなく闇を映す。

 焦点などあってはいない――見えているのは絶望。

 少女の影がただ呪う様に、人形へ短剣を突き立て――もはや人形であった物は原型を止めず、ただのへと変貌へんぼうする。


 それでも短剣は繰り返す様に突き立てられ――影が大きく振り被る。


 鈍い音がゴキンッッ!と響き――人形であった物が置かれたテーブルが、ぼろ布ごと真ん中から真っ二つにぶち割られる。


「――真祖様方?早くして下さい……わたくしはもう待てませんわ……。もう――ワタクシノココロガクダケテシマイソウデスノ――」


 少女の影から短剣が離れ――床へとその切っ先を突き立てる。

 すると少女の手が己の顔をむしり――


「ハヤク!ハヤク!ハヤクハヤクハヤクハヤクハヤク――ハヤクッ!!!」


 薄緑の淡い髪がほんのりと赤みを帯びる程、むしる手がその顔に無数の傷を刻み――それが再生してを繰り返す。


 そして言いようの無い寒気と、深淵しんえんかられ出たかのごとき負の魔霊力が、館周辺を覆っていくのだった。

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