3話―5 伝説の予兆 魔王の片鱗



「ぬおおおおおおっっーー!!」


「うわあああああっっーー!!」


 超重の一撃と超音速の一撃が【マリクト】の大気を――大地を揺るがす。

 あまりの衝撃音が城内外問わず響き渡り、何事かとノブナガ軍の兵士が一人――また一人と野次馬の様に集まりだす。

 そしていつしか城下にあった大修練場が、ノブナガ軍の兵士というギャラリーで埋め尽くされるのに時間を要さなかった。


 だが彼らが目撃した物――それは狂気の衝突を繰り返す二つの力。


「な……なんだありゃ……!?」


 まだ軍に配されて間もない弱卒兵は、放出される衝撃波に腰を抜かし魂まで抜かれそうになる。


「お……おい、あれ。呂布りょふ様とレゾン嬢ちゃんじゃ……!?」


 一部の兵が気付き声を上げる。

 それもそのはず――ノブナガ軍が誇る最強はともかく、レゾンと言う吸血鬼はそもそもノブナガ軍全員がと名打たれた修練過程で、だいたいの兵に面識が出来てしまっていた。


「ひいっ!?」


 野次馬と成り果てた一兵卒を無慈悲に襲う余波。

 二人が衝突する際の衝撃波は至る所に着弾し、まさにノブナガが危惧きぐした修練場が無事で済まない予感を如実にょじつの物とする。


「何を野次馬の様に集まって来ておるのだ!死にたいのかっ!!」


 あおりを食らった一兵卒が衝撃で卒倒し、そこへ飛ぶ主君の声に慌てて被害が及ばぬ後方へ退散する。

 次第に増加する野次馬に、一応想定はしていた魔王はミツヒデを呼び――


「修練場周囲へ強化結界を――あのうつけ共が、この決闘の余波を食らっては無事では済まん!全く――少しは状況を考えろというのに……!」


 かつて地球は日の本戦国時代でも、今同様に家臣の事を思い――対応を巡らせていたこの魔王。

 周囲からはおおうつけとののしられながらも、信を置く家臣への情に厚かった時代が思い出され、ミツヒデも苦笑のまま従う。


ここ大修練場は、呂布クラスの武将が修練に使用した場合の余波対策――外壁全周へ、機械的に強力な防御結界が展開可能であり、ミツヒデが速やかに結界を展開。

 大修練場を囲む1Km四方が、幾重にも張り巡らされた結界で囲まれ――その周辺にはノブナガ軍の野次馬と化した兵士達。

 もはや訓練に励む場所が、さながら格闘トーナメント会場と成り果てていた。


 普通ならそこで全員に自重し、静観せよと言うのが無用なリスクを低減させる仮処置なのだろうが――ここ【マリクト】が【オワリ】を治めしは魔王ノブナガ。


 この機を何かしらに利用せんとし、逆に兵士達をあおり始めた。


『何を思ったかこのうつけ共、ここが今危険な場所という事は言わずもがなであろう!――だが、集まってしまった物は仕方がない!』


 空気を読み即興の対応を見せる懐刀ふところがたな、魔導式の通信設備で大修練場外――野次馬と化した兵へ向けて、君主の通信を余す事なく流す。

 事の成り行きをあらかた察した兵士達は、そのまま主君の声に耳を傾けた。


『ならばとくと見て――そして脳裏に刻むがよい!うぬらは今、この魔界史上恐らく初めて――あの不死王ノーライフ・キングに継承者が誕生する瞬間――』


『新たなる最強の伝説と共に――新世代の魔王が誕生するやも知れぬ、その瞬間を目撃するじゃろう!そしてその目に――脳裏に焼き付け、事と次第を魔界全土へ拡散せよ!!』


 最後の最後に「事と次第を拡散せよ。」で締めくくる魔王。

 それは完全にこの魔王の策――【マリクト】がその事変に大きく関わったと言う事実拡散と、これより先吸血鬼レゾンに降りかかる火の粉を最小限にとどめる対応。

 吸血鬼レゾンと【マリクト】――言う世界の目を生み出す、そのための情報拡散。

 その状況が導き出す解――万が一レゾンに害成す者あれば、【帝魔統法】にのっとった真祖か


 予期せず起こる事態――それを全て策として組み込む恐ろしき才は、巨躯の武将と吸血鬼の一騎打ちという修練の外――嵐の様に猛威を振るっていた。


「全く、どうしてこうなった……。なんで、あふれるギャラリーが外野に詰めているんだ?」


 真剣勝負に水を差された感に、違う方向で心が折れそうになる吸血鬼。

 思わず攻撃の手を緩め、空中に滞空たいくうしてしまった。


 さすがに巨躯の男も、そこで同じく攻撃を止め――


彼奴きゃつ等はいささか祭り事を好むゆえ、多少は大目に見てやってくれ。どの道我が殿が思惑があってあおっているはずだ。」


 その言葉で、吸血鬼が一騎打ちの最中である事を忘れる程に、げんなりしながらつぶやく。


「くっ……、やはりノブナガか……。そこはいさめろよ……なんであおるんだ……。」


 すでに違う方向には心がポッキリ折れてしまったレゾンは、改めて今刃を交える相手に向き直り――


「仕切り直しだ!とっとと修練を卒業しなければ、私は時間が押している!」


 言い放つと同時に超音速で巨躯の武将へ爆撃の様な突撃――しかし渾身の防御でこらえる呂布りょふ


「あちらはあちら。こちらはこちらで事を進めるのみ!来るが良い、吸血鬼レゾンよっ!!」


 修練場の内と外――様々な思惑が渦巻くここ天下城【キヨス】。

 魔王の言葉でエキサイトしたノブナガ軍の歓声と共に、吸血鬼の修練卒業を決定付ける瞬間が迫りつつあった。



****



 すでに弱さへの焦りは無くなっていた。

 自分と共にあるベルの思いが、私に想像を越える力を与えてくれていたから。

 さらにそれだけではない――魔王が仕向けた修練で、吸血鬼としての本質的な力を底上げされている点。


 そこに、ベルが大幅に開放した力を上乗せしているだけ――けどそれこそが重要だった。


『ベル!呂布りょふの鎧――本気の硬さは想像以上だ!打ち抜く力、上乗せ頼む!』


『はい!了解です、レゾン!』


 魔導式の念話で、友に穿うがつ力の増強を嘆願たんがんする。

 呂布りょふが私のあおりに乗ってくれたはいいが、なんと防御をメインで強化してくるとは……。

 私の軽さでは打ち抜く事が困難な事態――いくら超音速の突撃を与えたとしても、衝撃が中に伝わらないのではダメージにもならない。


 緩急をつけ、巨躯の背後を取り――そこからさらに超速でフェイント。

 だが巨躯はその程度のこけ脅しには乗らない――予想はしている。


「どうした!?それがしの本気に打ち込めぬか!!ならこちらからっっ!!」


 魔槍【方天画戟】が風車の様に回転し、旋風の後音速の一撃――正直このサイズの槍でこの速度は反則以外の何者でもない。

 右に左にと、戦艦の砲撃――それも実体弾が強襲するかの猛攻。

 だが――このまま防戦一方では修練卒業すらままならない。

 

 思えばその巨躯の猛攻の中、恐ろしき一撃を感知してひたすら回避し次の攻撃を思案する自分に、ただならぬ力の目覚めを感じていた。

 弱さへの焦りとは異なる思い――自分から力になりたいと感じた、暗き深淵しんえん彷徨さまよう少女への気持ち。

 きっと、その少女の立つ場所へ辿たどりつくためには、テセラと共にありたいと願った場所に通じる物があるはず。


 テセラとヴィーナ――光と闇のいずれの力になるためにも、自分が得なければならない力の到達点――それは最強と言う名の力。


 その究極――不死王ノーライフ・キング【竜魔王ブラド】――


 巨躯の魔槍の間合いから大きく離脱――同時に使い魔から親友となったベルへ無茶を通す。


『あの巨躯の防御をぶち抜く!お前のの一部――顕現けんげん出来るか!?』


 量子体で意識を共有した状態――戦乙女ヴァルキュリアの赤き装飾胸部、そこへ量子思念体を宿す親友は少し思案したのち告げる。


『武装のみなら……!ですがこれを生身で使うのは強力ですよ?レゾンはちゃんと耐えられますか?』


 戦闘中にも関わらず軽くいじってくる友人。

 何だか今までの主従関係が嘘の様だが――今はそのノリが私達の絆そのもの。


『私をあなどったな!――いいだろう、見せてやるさ……!あのめんどくさい魔王がせっかく導いてくれた血統――使わぬ手は無い!』


 修練の最中、私は感謝せずにはいられなかった。

 己の全てと引き換えに――最強の血統を私へ運んでくれた白き魔王。

 ――この血統を力に変える事は、すなわちあの魔王【びゃく魔王シュウ】の意志と王位を継ぐと宣言するに等しい。


 私自信の決意の時――光と闇に立つ、二人の少女と共にあるために――


超振動ヴィヴラス血脈魔霊力ブラディラース極限霊門インフィニアル・ゲイト――!!」


 私を包む積層型魔量子立体魔法陣ビルティ・マガ・クオント・サーキュレーダー

 顕現けんげんした魔法陣を眼前へ収束させ、中心へ魔竜双衝角ドラギック・フォーディスを差し込むと、位相次元より半物質化した魔量子がそれをおおう。


 巨大なる光刃――私の体躯の数倍もあろう竜の双角、それは友が有する本体【霊装機神ストラズィール】と呼ばれる超常の機体の武装。


「ほほう。その武装――すなわちお主、虎の子の突撃で勝負するか!」


 巨躯の武将はあえてその武装装填を待つ。

 わざわざ力の顕現けんげんを待つ懐の深さは相変わらずだな。

 私が装填した武装を目にして、決着をつける算段と察したのか。


それがしも全力だ!レゾン・オルフェス、参られよっ!!」


 魔槍を構え、一撃必殺の眼光が魂すら射抜こうとする――けど悪いな、その眼光はもう私には通じない。

 身体中を荒々あらあらしく巡る血が沸騰し、細胞の全てへ恐ろしい程の魔霊力が満ちるのを感じる。


「……来るぞ!皆の者、しかと焼き付けろ――伝説の幕開けを!!」


 ノブナガの叫びはおろか、周囲の声が耳に入らない程に集中する。

 この武装を生身で放つには、全身へ魔霊力を余す事なく巡らさなければ身体が吹き飛ぶ。


「いくぞっ!呂布奉先りょふ ほうせん、これが私の――あんたが鍛えてくれた私の最強だっ!!」


 巨大な竜の双角が音速の螺旋を描き回転――同時に戦乙女形態ヴァルキュリア・モードに装備される全スラスターを後方へ。

 振り上げた巨大な光のドリルを巨躯の男へ定め――

 自分が持てる最強の一撃を魔界の武門最強へ叩きつける。


螺旋・竜双超撃衝スピアード・ブレイカーっっ!!――ぶち抜けーーーっっ!!!」



****



 天下城【キヨス】大修練場を全壊させん程の、強大な力の衝突。

 余波が1Km以上離れた周囲の森林地帯まで届き、魔界と言うソシャールの一世界が震撼する中――先ほどまで偵察のためにおもむいた影は姿を消していた。


 そこに一人残った木にもたれれ掛かる男――しのびの武将は、木々と共にその余波を浴びながら悔しそうに顔をゆがめていた。

 私事わたくしごとにではあるが……。


「おのれ……!呂布りょふめだけあの様な、血の沸き踊る戦いに身を委ねやがって……!」


 自分で了承した主君よりの命ではあったが、やはりこの武将も魔界の武闘派――おのれが立つ場所にまで及ぶ余波に、自分がその役を負えなかった事に不満が暴発していた。

 しかし、思考では真祖の行動の先とそれ以外――不審なる侵入者への対応をめぐらせる。


「(真祖の方は【帝魔統法】を持ち出している以上行動は限られる。まあ、法律上の行動なら監視程度で充分――問題は侵入者の方……だな。)」


 先の真祖の一人に干渉を試みた不審なる者――未遂で終わっているが、その後は姿を現さない。

 だがこのしのびの思考内では、吸血鬼が魔界に招待された件が関わっているのではと踏んでいる。


「(殿が盛大にを撒き散らしてくれた……。後はどちらに食いつくか、それとも――)」


 魔王が想定はしていた野次馬の件を、策に組み込む即興の奇策を講じ――その奇策に釣られて不審者が行動を起こすか否かを試みた。


 その監視偵察のため、再びしのびの武将 魄邪軌はくじゃき は風に巻かれて姿を消していた。

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