3話―4 全力で願おうか



 巨躯の武将は魔王の開始の合図を耳にした。

 始まりと共に、いつもならあの吸血鬼の突撃が襲う。

 しかしあろうことか、吸血鬼は構えを取り――間合いを計る。


「(レゾンめが間合いを……。ふむ、これは僥倖ぎょうこう――突撃ばかりが攻撃ではない。ならばそなたが学んだ戦闘術、とくと見せて――)」


 巨躯の武将は、吸血鬼が突撃を封印し間合いを取る姿に口だけの事はある――その成長に、ならば自分からとわずかな動きを見せた。


 ――だが、巨躯の武将呂布りょふの認識は間違いであったと悟った時には、ふところ――で自分の魔槍を薙いだ吸血鬼が居た。


「……!?突撃っ!?」


 呂布 奉先りょふ ほうせんがその思考に辿たどりつく前――吸血鬼の刹那の襲撃は、払った右手の魔竜双衝角ドラギック・フォーディスをそのままに左手の手甲魔竜咆哮焔牙ドラギック・ガン・ブロウをゼロ距離で打ち放つ。

 赤焔せきえんの爆撃が音速の一撃となって吸血鬼の倍以上あろう巨躯を宙へ弾き飛ばす――いや、その体躯は吸血鬼の方が上。

 両手両足には黒竜鱗の推進システム内蔵鎧――竜鱗製のショルダーガード、背部には大型推進器内蔵の魔導式竜翼。


 レゾンは超音速の突撃の寸前――刹那の戦乙女形態ヴァルキュリア・モード移行を完了し、完全に巨躯の武将のきょをついた。


戦乙女形態ヴァルキュリア・モードっ……!?――いつ装填した!?」


 完全に視界から消えた吸血鬼――刹那、巨躯の武将が弾き飛び吸血鬼は戦乙女ヴァルキュリアへと変貌した。

 その一瞬――魔王ノブナガにすら悟らせぬ一瞬の奇襲。

 しかしそれは半端者であった吸血鬼の、脅威の成長が示される予兆に過ぎなかった。


「ぬおおおっ!!」


 巨躯と思えぬ軽やかさで身体をひるがえし、魔槍を地に突き立てながら攻撃の威力を逃がす呂布りょふ

 くっ!と吸血鬼をにらみ返すが、今居たはずの場所から消え去っていた――そして、その者の声が頭上から響き――


「ここだ!呂布りょふっ!!」


 反応するも、視界に吸血鬼をとらえられない――視界に映ったのはその少女が音速で打ち下ろした魔竜双衝角ドラギック・フォーディス

 ただの打ち下ろしではない――超高速の螺旋回転を加えた、大地を砕くドリルの様な一撃。

 超高速回転する切っ先を、呂布りょふの防御鎧めがけて打ち下ろしたのだ。


「ぬがあああっっ!!」


 体勢も整わぬ所への、刹那の連撃に強引に身を返しながら、辛うじてそのドリルの様な一撃を逸らす。

 直撃が逸らされ、火花を散らしかすめたドリル――防御鎧に亀裂を生じさせた。


 すると、今しがた攻撃したはずの吸血鬼はすでに後方へ下がりながら思案にふける。


「これでもまだ浅い傷程度――とんだ防御力の鎧だな……!」


 魔王、そしてその懐刀ふところがたなは眼前に繰り広げられるにわかには信じがたい光景――息をする事も忘れ、その劇的な打ち合いを凝視する。

 それもそのはず――ノブナガ軍、引いては魔界武門最強と名高い武将が二度までも重い一撃を貰う事態。


 辛うじて攻撃をさばけるのは、まさしく呂布りょふと言う男が最強であるがゆえ――恐らく魔界広しと言えど、所見であの連撃を回避出来る者はまずいない。

 唯一該当するならば、この地で聞き及ぶ魔界史上最強の不死王ノーライフ・キング【竜魔王ブラド】ぐらいであろう。


 しかし、その不死王ノーライフ・キングの名が脳裏をぎった瞬間――ノブナガとミツヒデは同時に途方も無い思考へ達し口にした。


「――ミツヒデよ……。我らはもしかしたら、とんでもない化け物を目覚めさせてしまったやも知れんぞ……!」


「やはり……殿もその思考へ辿たどりつきましたか……。私も同感にございます。」


 ――とんでもない化け物――その言葉は、決してレゾンと言う吸血鬼をあざけっての意味ではない。

 現に同じ思考を共有した主君と家臣は、まるで何かしらを制覇した直後の様な――止まらぬ笑みで満ちあふれている。


「おのれーーっっ!!」


 巨躯がその間にも体勢を立て直し、魔界の大気を震撼しんかんさせる程の強烈な怒気を吸血鬼の魂へ叩きつける。

 しかしその表情――もはや興奮冷めやらぬ笑み。


 この魔界にて呂布りょふは己の実力に並ぶ者も無くなってからは、退屈すぎる日々に甘んじていた。

 魔槍の一薙ぎで、大方の魔界最強を名乗る者を打ち払い――勝負と言える戦いも遠き昔。

 呂布りょふと言う最強が君臨して以来、魔界最強を名乗るにわかが姿を消すほどに、彼のデビューは鮮烈であった。


 ――その最強が今、かわしきれぬ連撃をまともに食らい――あまつさえその巨躯ごと弾き飛ばされた。

 それは同時に心の奥底に、表には出さぬがわずか――存在していた吸血鬼へのあなどりと、己への過信をも弾き飛ばす。


 巨躯は再び構え、魔槍を独楽コマの様に回転させる。

 身体表面を滑る様に巡り、斜めに構えた片側――左腕に身体を巡った魔槍がしかと固定されると、一切の油断がき消された。


それがしへの見事な連撃――さしもの我も不覚を取った!最早全力以外の手段は無い……さあここからが――」


 呂布りょふの両目に業火ごうかごとき炎が舞い踊り、ここからが本番と啖呵たんかを切ろうとする――だがその男の言葉をさえぎり、あの吸血鬼が不敵な笑みと共に巨躯の武将へ突き付けた。


「……全力で願おうか……!」


 鮮烈な歓喜の昂ぶりが、その言葉を耳にした居合わせた者の背筋をゾクリ!と駆け抜ける。

 立会いを担当する魔王が――その家臣が、そして相対する巨躯の武将もが同時に全身を激しく武者震わせた。

 吸血鬼が放った言葉は、そもそも彼女がまだ未熟な折――巨躯の武将より叩き付けられた一句も違わぬ言葉。


 それを呂布りょふに向かって放つ――それはこの一騎打ちの中ですら顕現けんげんしていない、巨躯の武将のの存在。

 吸血鬼は見抜いた奥の手を――隠した真価をさらけ出せ、そうくし立てたのだ。


 何時いつぞやとは真逆の立場に、笑みが豪快に轟く。

 巨躯の男の目が見開かれ――魔槍を眼前に、垂直に突き立てついに放つ。


「たった一月――にも関わらず、そなたの真価――いやには恐れ入った!そして自らが放った言葉を、それがしが浴びせられるとは夢にも思わなんだわ!――これはすでに、全力で当たらねば礼を失する。」


「ならばレゾンよ、見せてやろう!我が――その力を以って、そなたの修練相手を努めさせて貰う!後悔するなよっっ!!」


 呂布りょふが高らかにえるや、魔量子立体魔法陣マガ・クオント・シェイル・サーキュレーダーが彼の足元へ出現。

 この【マリクト】の魔王に合わせた、漢字を崩した様な独特のスペル――無数に刻まれたが大きく広がると、魔槍の柄表面が次々と同様のスペルに包まれる。


 そして巨躯の背後――後方に大きく広がる法陣より出現するは、魔導機械によって構成されし巨大馬。


「我が人として地球は大陸――現中華国の三国時代を駆け巡りし愛槍【方天画戟】と愛馬【赤兎馬】!今、それを振るうに相応しき相手を前に打ち震えておるわ!」


 魔槍の柄後端と切っ先が光を放ち展開――そこより魔法力マジェクトロンの光刃が突出し、顕現けんげんした愛馬が機械的なパーツに分解すると巨躯の鎧を包む。

 愛馬により強化された鎧は、さらに重厚且つ防御力を劇的に向上した重魔導鎧へ変化。


 呂布りょふは【マリクト】に転生したノブナガらと同様に、ミネルバやテセラの様な術式で魔導を行使する事が出来ない。

 体組織などに原因があるのかは魔界で研究段階との事であるが、本来その様な出生をした魔族がこの魔界で生きる術がないとされていた。


 しかし、その常識をあざ笑うかのごと呂布りょふの最強伝説――そして魔王ノブナガの【マリクト】統一。

 魔界に根付いた一つの常識をくつがえす者達が、この世界で物質界にもっとも近いとされる国【マリクト】に終結している。


 巨躯の武将がその中で、常識をくつがえ辿たどりついた答え――それが生身の修練と、魔法力マジェクトロンまとう武装を装備するという選択であった。


「やっぱりな……。全く――私はどれだけ手加減されてたんだ……。自信がガラスの様に砕け散りそうだよ。」


 そう言ってのける吸血鬼の表情は、言葉とは正反対――自信に満ちあふれた余裕をもうかがわせる力強き視線。

 それは過去の自分の弱さをしかと刻み――新たなる強さを手に入れんとする真っ直ぐな戦士の眼差し。


「いざ――!」


「尋常に――!」


 巨躯が全力を出す力の展開を終えると同時に、吸血鬼も全力をぶつけんと己が武装に魔霊力を充実させ――静かな構えと共に放つ言葉は、巨躯の武将と重なり合う。


「「勝負っっ!!」」






 【マリクト】の昼日中ひなか――魔界においての薄闇の中で、超重戦士と超音速の戦士との激突が生む大気を裂く轟音と衝撃波。

 それは、吸血鬼の偵察に訪れていた第三王女を慕いし者――四大真祖の意志すら揺るがす激震を運んでいた。


「な……なんて事……!」


 切れ長ながらも、優しさをあわせ持つ瞳の真祖 夜魏都よぎと は修練場より1km以上離れた木陰――乗機【マガ・バットラウド】から降り、事をうかがっていた。

 彼女もそのありえない異変に気付き、冷たい汗が額を躍っている。


 四大真祖ともなれば視力的な身体能力が魔術的に強化され、裸眼でも1km前後遠方の状況を余すことなく確認出来る。

 今まさにその視界に映る超常の激闘を目の当たりにし――彼女の心が激しく揺さぶられていた。


「地球の、何処いずことも知れぬ場所よりあふれ出た下級の――吸血鬼とも名乗りがたい娘が、あの魔界武門最強のさらにを引きずり出して――あまつさえそれを凌駕せん程の勢い……!」


「――こんな事が、あり得るのですか!?」


 四大真祖はレゾンがいかにして生まれ、戦いののち救われ――【ティフェレト】へ導かれたかを知りえない。

 しかし真祖クラスの吸血鬼であれば、レゾンという少女に宿るかつての主君びゃく魔王シュウと――その血が導かんとするあの不死王ノーライフ・キングの力を感じ取れぬはずがない。

 優れた吸血鬼が行う吸血行為は、吸われた者の魂をとうとびび――その命を背負う事に相当するという、吸血鬼が魔族の種族として存在するためのルールである。


 高貴なる吸血鬼一族の血が、何故あの様な下級魔族に――真祖の皆も同じ見解であった。

 そのルールにのっとればこそ、この夜魏都よぎとの脳裏を揺さぶる事態に動揺を隠せないのだ。

 

 それは吸血鬼レゾンという少女の可能性に――その計り知れぬうつわに真祖 夜魏都よぎと が魅了され始めている証でもあった。


「動揺のあまり周囲の警戒がおろそかになっているぞ、真祖殿よ。」


 不意にかけられた声――この偵察は先の仲間の先走りを恐れ、彼女が単独で行っていた。

 そこに仲間がいないはずの木陰で、自分に掛けられた声に咄嗟とっさに警戒を再展開。

 声のした方へ武装とともに殺意を投げる。


「安心しな、あんたが偵察目的である以上――【帝魔統法】上は問題ない、こちらも手出しはしないさ。ならな。」


 真祖の生身での攻撃射程外に、彼女を完全に攻撃射程にとらえる男。

 だが武装展開はしていない――彼の言う様に、【帝魔統法】を厳守している限りは攻撃しないとの意志表示。

 その男は、別件での周囲の監視偵察をノブナガより任されたしのび 魄邪軌はくじゃきである。


「まあいい機会だ、あんたもよく確かめておくがいいさ。本来【帝魔統法】で定められる偵察はを含んでいるからな。」


許された偵察行為――あんた達が間違いを犯さないためにも、あの吸血鬼の本質――刻んでおくといい。」


 クイッと親指を立てて修練場を指し、無警戒に木陰にもたれ掛かるしのび 魄邪軌はくじゃき

 攻撃の意志がないノブナガ軍の手の者にうながされ、再び偵察のため修練場を凝視する女性。


 真祖 夜魏都よぎとの心にあったヴィーナという王女への心酔――彼女はそれを、吸血鬼レゾンが恐ろしき速度で進化する姿に揺るがされた。

 しかし今は修練を偵察するほか、手段を選ぶ余地すらない――その思考の中、彼女はただ呆然と視界の奥を凝視しているのだった。 

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