3話―3 求むるは一騎打ち



 シスターテセラが命を奪われ、その内に導師ギュアネスの道具と化していた間―― 一番長くそばで支えてくれた


 ――そう、ずっと少年だと信じて疑わなかった。

 けど思えば、そこかしこに少女の様なしぐさがあふれていたはずである。

 そんな事にも気付けぬほどに、余裕がなかったんだと思い知らされた。


「――その……何だ。すまなかったな……全然気付く事が出来なくて……。」


 我が使い魔の激白に、最早謝罪の意しか浮かばない。

 それにも関わらず彼女は笑って答えてくれる。


「今更ですよレゾン。けどせめて、これからは私の事を名前で呼んで下さい。――出来れば、リリが呼んでくれていた様に――」


 ん?リリ?聞いた事の無い名前が出たな。


「あっ!?ごめんなさい、リリは【竜魔王ブラド】の名でブリーディア・リリ・ドルシェ。私は彼女からいつも、ブラックの頭二つを取って≪ベル≫って呼ばれてました。」


 姿だけではなく名も少女の様だったのか――最強とのギャップは壮絶だな。

 ――最強という言葉、自分でイメージしていた物からかけ離れた、不死の魔王の実力。


 そう、それを踏まえても自分に立ち止まる時間が無くなって来ている。

 テセラに救われ、被害者のつもりでいた自分の前に現れた――深淵しんえんの中に眠る、悲しみ――


 きっと、今度は私の番だ――


「では――ベル、お前に頼みがある。この修練に悠長に時間を取られている暇が無くなった。」


 大事な言葉を今この時に贈ってくれた使い魔――友となる事を求めてくれた。

 彼女とならこの修練を越えられる――そしてその先、悲しみに囚われる少女の事だって――。


「――だから。それを目標にあの呂布を越えるまでいかずとも、対等に立てる用取り組む。力を……貸してくれるか?――友として……!」


 彼女の眼からそらさずに、真っ直ぐ見据え返答を待つ。

 ベルも顔を赤くしながらだが、こちらを見てうなずき――


「はい……!レゾン……まずはあの侍大将――越えてみせましょう!」


 使い魔から友となった少女は、私にとっての最大の武器へと昇華した。



****



「やっとひと月か、思ったより長いの~」


 けしかけたのはワシ――最初は我が軍勢の勢いも、小娘の修練なら喜んでと息巻いておった配下の者共。

 そもそも女子おなごたわむれる目的じゃろうと、呆れ返ったものじゃがそれもまた、我が軍勢への一時の清涼剤になるか――それぐらいのつもりじゃった。


 ――しかしふたを開けてみれば、まさかの呂布りょふに見初められる程の才覚は、徐々に我が軍の者より聞こえる声に変化を与えた。


 最初は女子おなごと戦えると喜び勇んで向かっておった者が――今では、あんな恐ろしい者とは対峙出来ぬと逃げ帰る始末。


「しかし流石に三ヶ月は……吹っかけすぎたかの~。のうミツヒデよ。」


 いつもの会議用の一室――思わず懐刀ふところがたなへ振ってしまう。

 まあ帰って来る返答は予想の範疇はんちゅうじゃが。


「今更ですね殿……。私も流石にそれはと思ったものですが、何せ殿の判断――なにかしらの意図があるとあえて口にはしませんでしたが……。」


「ミネルバ卿へ、レゾン様修練の進捗しんちょく状況はおおむね良好と伝えております。今はただレゾン様の成長の可能性に賭け――ふた月でもみ月でも待って差し上げましょう。」


 【テフィレト】へおもむき、吸血鬼レゾンの修練進捗しんちょく状況と、例の――それらを終え【マリクト】へ帰還して間もないミツヒデ。

 ――同時に四大真祖と王女ヴィーナの件、せめてミネルバ卿の耳には入れておく必要があるとあわせて連絡済み。


 しかし残り二ヶ月――レゾンの身にまた彼奴等が関わるとなれば、それは王女ヴィーナの状況に異変が生じた場合と考えられる。

 ――二ヶ月とその後から、先の事を見越した客観的立ち位置で魔界の動きを見定めよう――


 その思考を頭に巡らせていた時――報が走る。

 この【マリクト】が天下城【キヨス】への訪問者――。

 バタバタと慌てた家臣が、血相を変えて部屋前に座し、


「も、申し上げます!殿――レゾン様が……レゾン様がお見えです!!」


「ほう、レゾンが此処ここへ?流石に三ヶ月の修練には音を上げたか……。」


 努めて冷静に答える――やはりすでに一ヶ月の間、あの様な無茶をさせたのだ。

 ここは一つ譲歩して期限の短縮を――


「いえ……!それが……レゾン様が申されますに――最後の一騎打ちで修練を卒業させて貰えないかと……!」


 ――思考が停止する。

 待て、一騎打ちじゃと?まさかとは思うが――しかし修練卒業などとは大きく出た――


「ノブナガ殿……いるか?」


 ワシは目を疑った――そこにいたのはレゾンという吸血鬼。

 余程いたのか伝令の帰りが待てず、会議の部屋まで訪れた。

 だが、そこからあふれんばかりの魔霊力――そんなはずはない……!


「待て、レゾンよ……!まだ予定の三ヶ月は満たしておらん……。少なくとも、我が軍の兵が襲撃で一巡するまでは、最低でもそれぐらいの――」


 こちらが、その程度ではまだ早いと言葉にするより先――あの娘は、よりにもよって言い放ちおった。

 初めて目にした時、まだ焦りが顔よりにじみ出ていたはずの表情に、余裕のしたり顔を引っさげて。


「ああ、面倒だったからこちらから襲撃して、ノブナガ軍全員から参りましたの言葉を貰って来たぞ?」


 ――な……何じゃと……!?


「だから、最後の勝負にあいつと――さむらい大将 呂布 奉先りょふ ほうせんとの一騎打ちを所望する!」


 衝撃が、吸血鬼の口から超重の重さをともないワシのはらわたへズンっ!と響く。

 弾かれる様に配下のミツヒデを見る――そうであろう、ミツヒデの目が完全に見開いておるわ……!


 ワシの心の奥に、今までにない程の高揚感が荒振あらぶり始め――


「ミツヒデ!!大至急呂布りょふを呼べ!!――これは問答無用の事態じゃ!!」


 その声で我に返ったミツヒデは、輝く表情のまま我が軍最強を呼びに文字通り飛んだ。





「お呼びにより、呂布 奉先りょふ ほうせん 参上致した。」


 我が軍における最強の巨躯――地球は大陸の戦国にて名を轟かせ、この魔界でも同様に武門最強を誇る。

 参じたその将はすでに興奮が抑えられないのか、たかぶる表情で吸血鬼を見下ろし放つ。


「レゾンよ、一騎打ちを所望と申した様だが――予定より早すぎる。それがしの期待を損なう様では話にならんぞ?」


 興奮交じりであるが底知れぬ怒気――我が軍でもこの呂布りょふの気を当てられて立っていられるのは、この者に肩を並べられるあの魄邪軌はくじゃきと我らぐらい。

 魔界についたばかりのこの吸血鬼では、早々に意識を飛ばされて堕ちたであろう――だが倒れる所かこの娘子むすめごめ、あの呂布りょふに怒気を返しおった。


「見損なうなよ、最強よ。これでも冗談は嫌いな方だ――あなたを冷やかすためにここに立ってるつもりはないがな?」


 予想だにしない、吸血鬼の怒気による反撃――もうこの巨躯の最強を押さえてはおけぬな……。

 今にもその魔槍を抜き放つ勢いでたかぶっておるわ……。


「待て待て!はやるな呂布りょふよ、これはレゾンの修練の一環――彼女が望むと言うならば、これより最終試験とする。レゾンもこの後に及んで二言はないであろうな?」


 もはや吸血鬼の覚悟は決まっておろう――それでも最後の確認をこの勇ましき娘へ投げ――


「ああ、元よりそのつもりだ。――魔王ノブナガ……せっかく組んで貰ったプランを崩してしまった……が感謝する。」


 本人より意志の確認を得――同時に感謝を贈られた。

 そういう所は抜け目無く律儀な娘じゃ。

 ――故にワシ含む皆が、協力したいと願い出るのじゃが。


 そして、予定を遥かに繰り上げた修練最終試験のため―― 一行は【キヨス】の城下に設けた広大な修練施設へ向かう。

 ここは我が軍の兵を鍛え上げるために用意した施設じゃが、呂布の様な者が心置きなく訓練に打ち込める充分な広さと、周囲外壁に強度を持たせた修練場である。


 しかし今回ばかりは、ここも無事では済みそうにない予感がしてならぬ……。

 何せ、あの呂布りょふに怒気をぶつけられる程の実力を得たやも知れぬ、吸血鬼と巨躯の最強との一騎打ち。


 さあ、その予感が霧散せぬ様せいぜい見せてもらおうかのう。


「では試験の条件を提示する。何――簡単な事じゃ、レゾンの能力如何いかんに関わらずこちらが良しと判断した時点で判定する。」


 はや呂布りょふを目で制しながら、吸血鬼へ注意点を補足し――


「――これは一騎打ちではあるが果たし合いではない。じゃが、レゾンの実力を測るための物――そのつもりで挑め、良いな!」


「では試験――開始じゃ!」


 右手を挙げ、振り下ろし開始の合図とする。

が、予想に反して双方がゆっくり武器を構え――じりっ、とにらみあう。

 なるほど、これはなかなか――あの呂布りょふめが最初から構えておる。

 それも反撃を狙う構え――じゃが、あろう事かあのレゾンが虎の子の突撃を封じ機をうかがう。


 その目は――何かに追われる様な焦燥感が消え、得体の知れぬ境地を悟った様な半端者とはとても思えぬ鋭さが宿っておる。


「――なんと、あの娘まさか……本当に――」


 今までに感じた事がない高揚感が、もはや止まる事なくこの身の内で荒振あらぶり――そこに導かれるを心待ちにする自分が居る。


 その中で、ついに吸血鬼が動く――じゃが突撃ではない。

 軽やかに駆け、助走から攻撃を仕掛けるのか――そう考えが過ぎった瞬間、吸血鬼の姿は一陣の風に消え――衝撃音。


 遅れて見たその目に映った物――呂布りょふが後方に弾かれ、宙を舞う姿であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る