3話―2 使い魔から友達へ



「ではよいな……。くれぐれもレゾンの事、――頼んだぞ。」


 吸血鬼の修練も、茶会以前からさらに過酷を極めようとする二週目よりわずか前――魔王ノブナガは戒厳令はそのままに、レゾン身辺護衛をさらに強化するための強力な護衛を配属した。


「任せておいてくれ殿――この魄邪軌はくじゃきが責任を持って彼女の護衛に当たろう。――しかしなぁ……」


 魔王ノブナガがすのは【オワリ】が天下城【キヨス】――例の関係者しか立ち入れぬ部屋で、しのびを任せた武将へ命の確認を取っていた。

 それを聞き入れるノブナガ軍の誇るしのびとなった魄邪軌はくじゃきは、思わず続け様に欲望を吐露とろしてしまう。


「――あの吸血鬼、レゾンが恐ろしい勢いで成長していると、呂布りょふめが嬉々ききとして語るのが悔しいぞ殿よ……。これならば俺もあの吸血鬼襲撃に参加しておれば――」


「……たわけ……!我が軍最強がこぞって修練で国を開ければ誰がこの【オワリ】を――この【マリクト】を守護するのじゃ!言うておろうが――ワシとミツヒデはうぬら純粋な魔族とは違うのじゃと……。」


 しのびを任された男の意見はバッサリ魔王に切られる。

 それはノブナガもよく理解している事実――軍事力の面で言えば、【マリクト】所か魔界でその名を馳せる二人の猛将に依存した戦力である事は否めない。


 二人の武将もそれは重々承知しての役割分担――今このしのびは【マリクト】の防衛に専念中、護衛任務はその延長上である。


「はぁ~……。委細承知だ殿、俺とて与えられた任を途中で投げ出す様な腑抜ふぬけではない。――では護衛と細かな情報収集、我に全てお任せあれ……。」


 言葉ののち――しのびに相応しく風が巻く様に、魔界が誇る武将は忽然こつぜんと姿をくらます。


 しぶしぶではあっても、自分で口にした様に魄邪軌はくじゃきと言う男は決して担う任を投げ出す様な真似はしない。

 ノブナガが重用ちょうようする時点で、それだけ信を置いているという証でもある。

 

 ――それでも現在のノブナガ軍は戦力に乏しいとの考えは変わらない。

 変わらないが、それを放置して胡坐あぐらをかく愚か者でない所が、魔王ノブナガの恐ろしき才であると言える。


「さてと――今頃はミネルバ卿とジュノー嬢、その帰還に合わせミツヒデが動いておる。現状地球との回線が許されるのは、【ティフェレト】のみなのが悩みの種ではあるが。」


 一人残り、小さき台の前面に幾つもの立体モニターを浮遊させ、すでに予見する先の状況のための国を維持する力の形態と、その必要戦力の選択にかかる。


「あの不審者――予想が当たっていれば、恐らくそれがこの魔界で――地球で起きた事態に相当する事件を引き起こすやも知れぬ。」


「――ならばこの際、我が【マリクト】は魔界一の知識を武器に、装備をまとう軍隊が必要じゃ……。」


 魔王の視線は、吸血鬼レゾンの修練後所ではない――遥か先を見据えていた。

 彼女の魔界への移住の件は、キッカケに過ぎないのだ。


「そのために、子孫らからの技術とそれらを専門とする者の協力提供を仰ぎ――想定する緊急時の戦力としては、やはりこれは外せんのう~。」


 魔王が一枚のモニター画像を興味津々で見入る。

 それはかつて地球と魔界衝突防衛の折――地球は三神守護宗家が、L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーの一部と魔導技術の併用で復活させた一隻の魔導式超怒級戦艦。


 だが彼に見えているのはその背後に見える、弐番艦の存在――宗家から提供された情報の中、魔界との交流と協定の証として提示された件があった。


「我等が子孫が日の本で生み出した、【大和】型魔導超戦艦――その中ですでに竣工しゅんこうし任を待つ弐番艦【武蔵】。問題はいつこちらへ移送させるかじゃ……。」


 見据えるは遥か先――だが魔王は、吸血鬼に立ちはだかる因果の壁がそれだけの戦力を必要とする未来を想定している。

 魔王ミネルバへ恩を返すため――建前ではそうであるが、ノブナガも吸血鬼の事が心底気に入っているのは間違いない。

 彼女への全力の支援も惜しまない所存しょぞんなのだ。


 彼もまた、あの吸血鬼レゾン・オルフェスという存在の放つ――強力な魅力にあてられた者なのかも知れない。



****



 お茶会からこちら、修練内容がいっそう厳しくなった気がする。

 今までは襲撃といっても基本単独行動だった――それが何だこの有様は……(汗)


「レゾン様お命頂戴!!――ぬあぁ!!」


それがしはその者の様には――ごほぉ!!?」


「……まだまだ私がふぉぉっ!!?」


 誰だこんなめちゃくちゃな修練メニューを考案した奴は……。

 実践を想定した修練内容――だからといって一個大隊で攻めて来るのは、あまりにも無茶だろう……(汗)


「いい……加減、そのお命頂戴ネタは……やめたらどうだ……くっ!――て、まだ来るのか!?」


 何だかもう、いつ休憩したのか分からない思考の中――その後小一時間、襲撃をかわし続けていた私。

 夜には完全なグロッキーだった。


「……ダメだ。もう今日は流石に襲撃もあるまい……。――んぐっ、んぐっ……」


 ブラックファイアが用意した医療用メディカル・ブラッドを、まるで水を飲み干す様に頂き――お気に入りの家屋かおくの広間へ、大の字となって倒れこむ。


「お疲れ様です、マスター。メディカル・ブラッドもまだまだ予備はありますので、どんどん行っちゃって下さい!」


 ――いやそれはそれでよくはないだろう……。

 仮にもそれは医療用――そもそもこの魔界の医学レベルで、そんなもが大量にストックされてる事に驚きだ……。


「ストックでしたら、気になさらなくても大丈夫ですよ?この血液は元々、の極悪非道な罪人から――」


「待てっ!?それ以上語るなっっ!!――お前わざと言っているだろう……。」


 思わず飲んだ血液を戻しそうになった――もうその点は考えない様にしよう……(汗)

 何故か日に日にこの使い魔が、私をいじって楽しむのが当たり前になりつつある。

 ――悔しいが、その事に妙な心地良さを感じているのも事実だ。

 逆を言えば、このやり取りがあるからこそ、この過酷さが異常事態の修練を乗り越えられる――何だ……、私にはテセラ達以外にもこんなに心を許せる相手がいたんじゃないか。


 ――ふと使い魔を見やると、今の今までクスクス笑いを浮かべていたが、少し真面目な表情で見つめていた。

 その雰囲気がまるで少女を思わせる物で、一瞬ドキッとしてしまったが。


「――マスター、あなたにお話があります。ちょっと昔話からになりますが、聞いて頂けますか?」


 この様な態度の使い魔など滅多に――いや違う、このとこれ程面と向かって会話をする様な事は、かつて一度も無い。

 その思いに至った私は、この使い魔が何かとても重要な事を告げようとしている――そう直感し、甘んじてその話を聞く事にした。


「ああ、構わないよ。お前の昔の姿にも興味があるし――何より、こうやって腰を据えて話す機会など無かったからな。」


 であるはずの使い魔――その笑顔は年頃の少女の様な、柔らかで健気なものに映りまたもドキッ!として、目が直視出来なくなってしまう。

 けれど、きっと私の生涯で一番そばにいてくれた親しき者と――ようやく心を通わす事が出来る瞬間が訪れたのだ。



****



 遠いいにしえの事。

 天界に戦がありました。

 決死の戦いにおもむいたのは、全魔族の王の兄弟である最高位天使。

 そしてその背を守るは天楼の魔界セフィロトが存在しない時代の魔界において、最強を誇る不死の王ノーライフ・キング【竜魔王ブラド】。

 かくしてその者達が率いる魔族軍は、天界の一方的な魔族駆逐令に反発し大戦を引き起こしました。


 家屋かおくの広間――レゾン様と私、二人だけの会議。

 複数の立体モニターが浮かび、当時を再現したホログラフが明滅しながら早回しのいにしえを語ります。


「【竜魔王ブラド】――シュウの祖先に当たる真の吸血鬼だな。そして最高位天使、テセラから聞いたが――あのローディが天使ルシフェルだったそうだな?」


 マスターの問いにうなずきながら私は思います。

 自分もどれだけこの日を待ち望んだ事か――これまでは状況が状況だけにそんな余裕も無く、気付けばいろんな人達に先を越される結果となりましたが。


「はい、そうです。そして今マスターの血に脈々と流れるのも、同じくびゃく魔王シュウ様より託された最強の真祖の血脈です。」


 そして私がかつて仕えたマスターの姿を、映像で映します。

 白銀に棚引たなびく後髪に眉の上で切りそろえた前髪――白と黒を基調とし大きなリボンを腰に据え、吸血鬼を象徴する背部より広がる翼のために、背がなまめかしく露出する――フリルとレースがゴシック調のイメージを確固たる物にするドレス。


「……!?ちょっと待て……、これは――本当にあの【竜魔王ブラド】か!?」


 ああ、やはり驚かれましたか……。

 恐らくそれはもう恐ろしい、異形の怪竜が姿を現すと思っていたのでしょう。


「私はもっとイケメンヤサ男だが、力だけは魔界を震撼させる様なドラキュラ伯爵的な――」


 えっ!?そっち!?――ちょっと油断しました。

 流石はマスター、伊達に天然路線を突っ走っていませんね……。

 それだからコントロール出来ていない事に気付かず、チャームの魔法をダダ漏れにしてしまうんですよ……(汗)

 どれだけ私が、貴女に言い寄る女の子達にヤキモキした事か――ゴホン!続けます。


「これらを見て頂いたのは、それなりの理由があります。――この映像で、マスターはお分かりでしょう。」


 それは大戦の記録――あの最高位天使と肩を並べる最強の魔王ブラド。

 存在するだけで、惑星を焦土と化さん勢いのチートクラスの最強。

 感じた恐ろしさが、銀河を突き抜ける程の不死の魔王――その血がマスターには流れています。


「分かるさ……。それは今まさにあのノブナガが私に求め――私が手にしようとする力の正体。それに――お前が私に何を求めているかもな……。」


 えっ?ちょっと待って下さい。

 いえ、待って――その流れは――


「――私もどれだけお前を使い魔として、今まで信頼してきたか分からない。きっともっと早く答えてやらなければならなかったはずだ。」


 鼓動が止まりません。

 この流れは良くない物です――流されてはダメ、事には順序という物が――


「私はあの呂布りょふを越えて――そして、今また守らねばならぬ存在が私の眼前に現れた。もう、こんな所で立ち止まってはいられないのだ。」


 いや、だから待って下さいマスター様……!?

 その流れは――


「ブラックファイア、これからはお前は使い魔ではなく――友としてそばにいてくれないか?」


 お顔が真っ赤に破裂した様な音が――自分の中に響きます……。

 あ……私、何か炎が顔を焼いています。

 きっと耳まで赤くなっているでしょう――すみません今からこれより……堕ちます……(照)


「――ます……えっと、レゾンがそう言うなら……」


 ……?

 レゾンが私ではなく映像を見つめ――あの……、レゾン?今私が発言するタイミングでそれに気付きます?


「――おい、ブラックファイア……このブラドと共に映っている――これはこの魔王の血縁か何か――」


「すみません……それ、私です……(照)」

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