― 一騎打ち―

 3話―1 古(いにしえ)達の語らい



 テセラが望んだ茶会が無事終えた後――私は魔王ノブナガらと、例の件で連絡を蜜にしていた。

 事が事だけにあえてテセラには外して貰ったが。


呂布りょふより大体の詳細を聞き及んでおる。その者達――四大真祖と名乗ったのだな?」


 ノブナガが準備した議の場は、家屋かおくより離れた世界間を守護する砦内部。

 すでに戒厳令が引かれた重苦しい空気が息を詰まらせる。

 これは四大真祖とは別――だが、それらに関わる可能性がある不審者に対する物らしい。


 私のうなずきに、魔王ノブナガは深い思案でシワを寄せた表情になる。


 「――四大真祖が絡むじゃと……?やはり、これは事じゃな……。」


 先の茶会を私達以上に楽しんでいた魔王が、杞憂の事態に頭を抱える。

 この魔王が人であった際は、無類の茶器好きであり――茶の席を楽しむ武将だったらしいが、こちらとしては想像すら出来なかったな……。


 杞憂の表情のまま、傍に控えるミツヒデ殿と目配せし――胡坐あぐらをかいた魔王は片肘を膝につきながら、私へ重大な情報を提示して来た。


「お主も知っておくべきじゃな――あの四大真祖なる者達の素性を……。」


「――元びゃく魔王シュウの配下……と言っていたが、違うのか?」


 うなずく魔王――そののちに、これから自分を巻き込む数奇な運命がノブナガという魔王より告げられる。


――今は別の者に仕えておる。【ティフェレト】からの提示許可を受けておるから話すが……あやつ等が今仮で仕える者――それは、【ティフェレト】第三王位継承者ヴイーナ・ヴァルナグスじゃ……!」


 衝撃が、痛烈な刃となり自分の胸を切りつける――その言葉を聞きいた私は、激しい鼓動に襲われたのを感じた。

 言いようも無い闇に張り付かれた様な寒気――ヴィーナという名に対し、自分が想定しないほど過敏な反応を示す様に変化を遂げていた。

 そして闇は徐々に私の身体を這い上がり、精神の奥そこへ侵入を始めて行く。


 ――けれども、自分の深い意識の底で寒気や何かとは違う物が、同時に大きくなって来ているのを感じずにはいられなかった。


「四大真祖は本来びゃく魔王シュウが治めし【ネツァク】が誇る、吸血鬼の頂点に立つ者達じゃ。まさに魔界における純血の吸血鬼を、シュウ亡き今も取り纏める重要な位置におる。」


 さらに魔王は続ける――そこから得られる情報は自分の中に、ヴィーナと言う存在の外面と内面を記憶にある姿より抽出し構成――おおよその全容を把握するに至る。


「本来あの王女は、ミネルバ卿がジュノー嬢を地球へ送った直後――あの者達が、王位の素養を持つ者を保護して欲しいと連れて来たのがキッカケなのじゃ……。」


 どうりで差し迫った表情で私の前に現れた吸血鬼達、その経緯がだいたいの想像が出来た――が、


「にしては事を急いていたな……。」


 推測するに、王位につくに相応しい素養――それほどの器を持つ者を後押しして置けば、万が一その者が自国の王位を継いだ時、【ティフェレト】と【ネツァク】は一族関係をともなう強固な体制が構築される。

 特にあのびゃく魔王を欠いた【ネツァク】にしてみれば、それはかつてのミネルバ様とシュウの関係を再来させるチャンスだ。


 どのみち魔界という世界でも、国の前体制を受け入れる者もいれば反発する者もいるだろう。

 故にそれらを押さえ込むためにも、その選択は分からないでもない。


 ――だがひとつ疑問が沸いたので、概要に粗方詳しい様であるこの魔王に問うてみた。


「ヴィーナの素性――それははっきりしているのか?いくらミネルバ様が認めても、そこは魔族の民にとって重要だと思うが?」


 ノブナガも想定していた答えに対し、ふむとうなずき返答する。


しかり、じゃ。一応これもミネルバ卿より直接頂いた情報――じゃが、お主とジュノー嬢以外には他言無用のたぐいゆえ心せよ。――ヴィーナ・ヴァルナグスはどこの種族に属する魔族かも……それどころか記憶すら曖昧あいまいな所がある、おおよそ王位を継ぐべき存在ではない――との事じゃ……。」


 どこかでそうだとは思っていたが唖然とするな。

 ミネルバ様はよくそんな者を王族へ迎え入れたものだと、器に感嘆しそうになるが――事はそれほど単純じゃない内容だ。


 ――そこまで聞いて、自分の中にある深き闇の浸蝕の様な寒気――それをほふるかの様な感情が沸いていた事に気付く。


 もしかして――私は、彼女の助けになりたい?のか?



****



 時を同じく――吸血鬼がいる家屋かおくよりほど良く離れた木々の木陰。

 吸血鬼レゾンを応援するべく訪れた、王女テセラ主催のりんとしたつつましやかなお茶会が、まさかのドタバタラブコメで結果オーライになった頃――彼女達を支えて来た二人の使い魔は、その席から少し外していた。


 しかしそこには、使い魔が魔法少女として戦うマスターの傍にいた魔量子体ではない――姿互いに背を向け合い木陰で語り合う。


 そこにいた姿は二人の少年を模した姿ではない。

 一人は少年――


 少女は昔――それも気が遠くなる様ないにしえを懐かしみ、立派に育つ魔界の木を背にした少年へ、顔を見る事なく語りかける。


「思えば私達が、再び出会い――こうやって話が出来る時間が訪れようとは思いませんでしたね。」


 背にした木の反対側からかけられる言葉に、少年も同じくいにしえの記憶を振り返りながらつぶやく。

 テセラの傍にいた時は見せた事もない――金色の長い髪と、少年とも少女ともとれるどこか中性めいた美貌。

 その姿は神々しさすら感じさせる。


「そうだな。けど君がレゾン様に仕えてテセラの前に現れた時は正直驚いたけどな……。」


 少年の言葉にクスクスと響く笑い声。

 語り相手の少女――それは、吸血鬼レゾン・オルフェスに仕えし使い魔、ブラックファイアである。

 赤みの混じる黒髪が、降ろした腰の周りに放射線上に流れ、フリルとレースが風に躍る――魔量子で構成した赤と黒、そしてオレンジを配するワンピース形状のゴシック調ドレス。

 オレンジ色のタイツが足を可愛くいろどり、足首でベルト止めされるハイヒールブーツ。

 ――そして、頭部両こめかみ辺りから、わずかに湾曲して伸びる大小4本の角。


「それは私も驚きました。――だってあなた、いにしえの姿から見る影も無いのですから。輝く十二枚の光翼は何処どこ?って目を疑いましたよ。」


 今度は双角の少女の言葉で、少年がクスクスと笑い出す。

 

 地球と魔界滅亡回避の戦いの最後、テセラへ全力の力を【霊装の女神ウェア・ドール・フレイア】を介して解き放った時――顕現けんげんされた十二枚の黄金翼。

 テセラに仕えた使い魔――【世界創生ロード・グラウバー】のコアであるローディは、かつて主への反意と共に刃を向けた天界最高位の天使ルシフェル。

 この魔界を統括する【魔神帝ルシファー】と双子の兄弟である。


「昔の古傷を蒸し返さないでくれ、返答に困る。あれは天界――主と通じていた大天使ミカエルのおかげの譲歩だよ。――そもそも魔族を亡き物にとくわだてたのは、天界の幹部連中にあたる【神霊群】なのだから。」


 いにしえの時代、最高位であった天使ルシフェルが主に弓引く大戦。

 ルシフェルは当時、種としては未熟であった魔族達をと呼び、この宇宙より駆逐しようと画策した、主の代行者である【神霊群】――それらの増長へ戦いを挑んだ。

 双子の兄弟ルシファーを含めた、魔族らの可能性を全て否定された事に対して激昂げっこうした彼は、魔族の中でも名のある有力者を終結させ、魔族がこの宇宙には必要不可欠であると訴えようとした。

 それは、物理的なエネルギーバランス上での必要性である。


「――それより君の真実の姿、レゾン様はまだ知らないんじゃないのか?そろそろ教えて差し上げてもいい頃合いだと思うが……。」


 最高位天使であった少年はその言葉と共に少女を見やる。

 少女もまたその目を真っ直ぐ見据えた後――目蓋まぶたを閉じて、首を左右へ振る。


「レゾン様が、最後の壁を越えるまでの辛抱です。この力を一度開放すれば、最早今までの様な微調整など叶いませんので。」


「――ですから、私がかつて仕えたマスター――あなたと共に天界へ弓を引いた魔界史上最強の不死王ノーライフ・キング【竜魔王ブラド】と、レゾン様が肩を並べるその時まで……今は耐えるのみです。」


 天界への戦いへおもむいた最高位天使ルシフェル――その傍らにあって、彼の背を守る当時の魔界史上、文字通りの最強を我が物にしていた

 びゃく魔王率いる【ネツァク】の最古の真祖にして、今も語り継がれる伝説――【竜魔王ブラド】――ブリーディア・リリ・ドルシェには常に寄り添う、彼女の竜機魔導兵装マガ・ドラグーンと呼べる者がいた。

 その者の名は、魔界技術の結晶……霊装機神ストラズィール赤蛇焔せきじゃえん】――現ブラックファイアであった。

 

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