2話―5 王女より ひとときの贈り物



 ……何がどうしてこうなった……

 

 まだ一月も経たない週の末日――当然のごとく襲いくるノブナガ軍の精鋭達。

 いいかげん奇襲の方法がネタ切れし始めたのか、同じ手段が目立ち始める。


 三ヶ月も奇襲を続けろというノブナガの命に、律儀に従う軍の兵士達が流石に哀れに思えて来た矢先――まさかの襲来で、完全に泡を食ってしまった。


 いつもの風情のある家屋かおく――今日はすでに二回の奇襲があったが、何れも複数見た手段。

 さて、まだ夜まで充分時間もある(とは言え魔界はほとんど薄暗い夕闇だが……。)

――神経を研ぎ澄まし一先ず身体を休め、奇襲に備える私。


 その矢先――静けさを撃ち破る音が家屋の入り口……響く引き戸が開く音。

 思考が即座に反応する――またも正面から攻め入るか。

 先の呂布りょふとの戦闘以来、正面玄関にすら警戒を怠らない日が続いていた。

 すでに魔竜双衝角ドラギック・フォーディスが容易に顕現けんげん出来るほどには上達した魔法術式。


 構えたその竜の双角ドラギック・フォーディスを、音速の刺突で振り抜こうとした――その時、


「レゾンちゃ~~ん!応援に――」


 んなっ!!??


「ひっ!?」


 寸でで刺突に構えた竜の双角ドラギック・フォーディスを投機し、地面を足で思い切り蹴りつける。

 ――マズイ!?止まれな――


 相殺しきれず余った速度のまま、現れた慈愛の王女ともつれる様に倒れ込む。

 しかしかばいながらも、受身は取れたはず――何とか攻撃せずに済んだ……。

 この奇襲は全く――想定外もはなはだしい……(汗)


 完全に眼の前が暗転してしまい、自分の状況がよく分からず――とにかく身体を起こそうとし両手を地面についた――の、だが……。


「――あの……レゾン……ちゃん……?」


 ぬぁっ!!?ちょ……テセラの顔が眼の前に……!??

 慌てて飛び退き平謝りを繰り出す。


「す……すまない!またいつもの襲撃だと――」


「……うん……その……大丈夫……だよ?」


 いかん……自分の顔から火が出そうだ……。

 しかしそもそも、何故こんなに私は動揺したり顔が火照ったりしているのだ??

 おまけによく見ると、テセラの顔まで火を噴きそうなぐらい真っ赤じゃないか……(汗)


「――若い……ですね~。」


「クククッ……良い物を見せて貰ったのう~。」


「まあ、ジュノーったら……。」


 ――なんであなた達まで居るのか説明が欲しい所だが?



****



「お茶……会?」


 先のアクシデントをひとしきりいじられ、ようやく事の顛末てんまつ辿たどりついた。

 現時点ではこの魔王らの命により修練を一時中断している様で、襲撃の心配はないらしい。

 ――が、私としてはテセラや魔王達は充分襲撃に値したと言いたかった。

 そしてその襲撃からの――お茶会である。


「なに、この間の件もある。よってお主から直接状況をと思うておったのじゃが――うむ、今日は一先ず茶会を優先するかの?……クックックッ……。」


 くっ!なんでイチイチ私とテセラを見て嘲笑ちょうしょうするんだ、この魔王……!

 そもそも言いだしっぺのテセラが、何やらさっきから目も合わせてくれないじゃないか……!


「テセラ……その、茶会とは――」


「へぅっ!?……うん!?その……えっと……日本風のお茶会を――地球で皆とみたいに……――っっ!!?」


 んだ!?いや慌てすぎだろ……声まで裏返ってるぞ!?

 オイ!そこの魔王ども!必死で笑いをこらえているが、バレバレだぞ……!!


「――まあ、ジュノーたっての願いという事で、茶会に必要な道具はそろえて来ました。もちろんそれも、地球より輸送して頂いた茶器ですよ?」


 まだ笑いが抜けぬミネルバ様であったが、このままではせっかくの時間が無駄になると、テセラに変わって取り仕切る。

 美しき魔王の呼びかけで控えていた侍女が次々と茶器なる道具と、もう一つ欠かせぬ茶菓子を配し修練に当てられた家屋かおくで、日本風の茶会と呼ばれる物が始まった。


「――なんだ?何が始まるんだ?」


 私はその詳細を知らないため、配された見慣れぬ茶器という道具に頭をひねるばかりだった。 


「さあさあジュノー。あなたが言い出したお茶会ですよ?まずは進んでお手本を見せてあげないと……。」


 茶器と呼ばれる道具――どうやら地球は日の本で古来よりたしなまれた、茶の場で使われる道具らしい。

 茶を点てる者と頂く者に分かれる様だが、みな一様にこの正座という座し方で頂くという。

 なんだこの正座とやらは……!これは存外にキツイ……!


 ――しかしよく見ると、魔王ノブナガだけは足を崩して胡坐あぐらを掻いている。

 何だ……その座り方で構わないのか……。

 そう思って私もその胡坐あぐらとやらに座りなおそうとしたのだが――


「だ……ダメ!レゾンちゃん、女の子がそれはダメッ!!」


 うん?突然さっきから目も合わせてくれなかったテセラが、慌てて飛び掛かって来た。


「いや、この正座とやらは私には少々辛い。いっその事ノブナガの様な――」


「だからダメなの!レゾンちゃんのスカートは膝丈――短いんだから!!」


 うんん??短いと何故いけないのだ?と思いながらも辛い正座に戻される。

 そして何やら胸を撫で下ろしたテセラが、キッ!と魔王――それも男性陣へ戦慄の眼差しを向けた。

 ――怖っ……テセラもこんな顔をするのか……。


「見て――ませんよね?」


「ば……バカを申すでない……!レゾンの容姿は、我等が人であった頃なら自分の子の年頃じゃ!その様な間違いを犯すか!」


 テセラの戦慄の表情に、何故か慌てて弁解をする魔王。

 隣りでミツヒデ殿も同じく必死で主君に同意する。

 全く――よく分からない事ばかりで、こちらも思考が麻痺しそうだ。

 

 そして私はテセラ考案の日本風の茶会なる物で、ほんのささやかなひと時を過ごしたのだった。



****



「ミネルバ姉様。私――レゾンちゃんのために、お茶会を開いてあげたいの。」


 私の素敵なお友達が、今も魔界に相応しい魔族になるために、厳しい修練をこなしています。

 すぐに応援に駆けつけたい――でも、魔界に戻った私はただ帰郷したという内容ではないのが現実でした。


「そうですね……いいでしょう。ですが、貴女の職務を最低限終わらせてからにして頂けますか?実際の所――導師ギュアネスの件で、私も処理しなければならない事案が山積みですから。」


 テフィレトの王都――次々訪れる他世界の重鎮じゅうちん達と、導師によって引き起こされた事件の処理、その対応に追われる姉様。

 私が帰郷した一番の理由はそこにありました。


『これからミネルバ卿は、非常に多忙となる事が予想されます。――ですから、貴女が彼女の支えになってあげなさい。いいですね?テセラ。』


 導師の策を前に、地球と魔界の存亡をかけて一緒に戦ってくれた三神守護宗家――その一つ、ヤサカニ家裏門当主 ヤサカニ れいさんが姉様を心配してくれ、私が支える様にと言ってくれました。


 地球で力と記憶を封印されて育った時間――そして地球と魔界を救うため、全ての力を取り戻して戦った時間。

 そのいずれでも、宗家の皆にお世話になりました。

 だから皆さんを私にとっての――地球における、もう一つの家族の様に思っています。


 そして忘れてはいけない、全てを賭けた戦いの中――私はレゾンちゃんと出会い、最初は敵対してたけどやっとその手を取り合う事が出来ました。


 導師に利用され、惑星破壊兵器のコア――人柱にされそうになった彼女を救う事が出来た私は、この魔界に――レゾンちゃんを招待したいと思ってました。

 ――けど物事は一筋縄ではいかない訳で、彼女はノブナガ様により絶賛しごかれ中なのです。


 そんな友達が頑張る姿を応援したくて、職務を大急ぎで終わらせ――せっかくの日本和風のお茶会だからと、ノブナガ様とミツヒデさんを誘って大切な友達の所へやって来たんです。


 そうです――友達を応援して、またお互い頑張ろうと言って再び自分達のやるべき事に全力を注ぐ――そのはずだったのに――


「……ダメ……思い出しちゃう……。レゾンちゃん……全然気付いてない――て言うか、その意味を理解してないみたい……。」


 それはレゾンちゃんが、修練中の強襲と勘違いして私を襲いそうになって、ギリギリで武器を投げ捨てた後――私……別の意味で襲われちゃった……。


 私の……ファースト――いやあああああっ(悶絶)!!


「――ミネルバ卿……。ジュノー嬢……重症じゃな……(汗)」


 【マリクト】より【ティフェレト】へ帰還する馬車の中――姉様達が生暖かい目で見やる中、私は一人恥ずかしさのあまり悶絶していたのはレゾンちゃんには内緒です……(汗)

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