2話―4 マリクト厳戒態勢



「おおおおおおっっ!!」


 回転から振り下ろされる、音速の槍撃は荒野へいくつもの衝撃こんを刻む。

 横に薙げば、切っ先より真空をともなう衝撃波が駆け――隙ありと飛び込めば、舞い躍る槍が回転しながら巨躯の鎧を中心に弧を描き、あらぬ方向から魔槍の柄が強襲する。


 槍とは突く・薙ぐ・払うの攻撃と認識していたが、それはあくまで基本動作であった事を思い知らされる。

 巨躯と一体になったこの魔槍――呂布りょふという武将の手足ではないのかと、錯覚さえ覚えた。


「速度!力!見極める眼!まだまだ足りぬぞ!」


 初お披露目の力をぶっつけ本番で振るうのだ。

 不慣れな事は如何いかんともしがたい。

 問題は――本質的な戦力差で呂布りょふの猛攻に押され続ける事。


「……これ……が、魔界武門最強……!」


 そもそもこの武門最強の男と対峙する者など、魔界広しと言えどそうはいまい。

 私はその様な化け物と刃を交えているのだ。


 相手は最強――持ちこたえられるだけでも奇跡。

 その奇跡の防戦は私の精神に変化をもたらす。


 血が沸騰する様にたぎり――神経が研ぎ澄まされる。

 何かはっきりとは掴めないが、武将の一撃一撃に波が見える。


「ブラックファイアっ!――私の動きに合わせて、魔法力マジェクトロンの制御に緩急かんきゅうをっ!」


 武将の攻撃の波――それを感じ取った時、咄嗟とっさに使い魔へ魔法力マジェクトロン制御に今まで出した事のない指示を叫ぶ。


「……了解です!主よ!」


 ブラックファイアも予想しない指示に一瞬戸惑ったが、すぐさま対応する。

 思えば突撃の際、攻撃は常に最大出力――それで敵を圧倒出来ると考えていた。

 だがそれでは――眼前を狂気乱舞する、巨大な武将を越える事が敵わない。


 ふと地球で、三神守護宗家の兄弟たちが話していた――スポーツカーという物の話を思い出す。

 洗練された改造車で疾風はやてごとく駆けつけ――テセラの窮地を救った、私の友人でもある若菜わかなの兄弟達だ。


「(どんなパワーも常に全開では、その主動力――エンジンが悲鳴を上げる……。重要なのは必要な時、必要なだけパワーをかける事――)」


 頭に浮かぶ、一見今の状況に関係なく思える内容――呂布りょふの攻撃を避けつつ、飛ぶように後退した私は、構えも含めた体の動く速度を急激に低下させた。


「ふむ!流石にあの全力は、長くは持つまい!」


 後退した私を警戒しつつも、魔槍を独楽こまの様に旋回させながら足が地へめり込む程のめ――戦艦の主砲の様な突撃へ移行する、巨躯の武将。


「(ターボパワーは圧縮すればするほど強い力がでるけど、瞬発力が犠牲になる。速く走るなら、初速からの加速力レスポンスとのバランスが大事――)」


 必要な時に――初速からの加速力レスポンスを全開に出来れば――


 呂布りょふめと同時に、地を蹴る――襲い来る戦艦の主砲。

 だが私は、それよりも速く魔法力マジェクトロンを爆発させる。

 常時全開の魔法力を抑え――初速で最大加速となる様出力をバランス調整。

 この男よりも速く――もっと速く。


 加速する身体がその反対方向へ、強烈に圧迫され――三半規管をつんざく気圧変動を相殺魔術で軽減する。

 相殺なくしては、五感のうち重要な二つは音速を越える圧力。


「……っ……何と!?」


 巨躯より繰り出された魔槍が振り抜かれた。

 音速に達するその切っ先――私のふところを、竜の尾が薙ぐ様な一撃が襲う。

 ――だが、薙いだのは私の舞い上がった赤髪の先――


 薙がれた竜の尾よりも速く――低く頭を潜り込ませた私は、さながら戦闘機のてい

 構えた竜の双角ドラギッグ・フォーディス強襲――巨大な壁の魔導鎧に亀裂を生じさせる。


「……止ま……れっ!!」


 自身の速度は今まで経験した事のない超音速――血液を加速Gで瞬時に進行方向へ圧縮されながら、ブラックアウト寸前のスラスター逆噴射。


「ぬうっ!!」


 巨躯がひるがえる。

 逃しはしまいと魔槍を回転・旋回し構えを取り直す。

 ――だが、その瞬間は今の私には隙に映った。


「……うわああああっっ!!」


 叫ぶ声よりも速く、切り返したスラスターを瞬間で最大噴射――姿勢制御に使う力は最小限に、目標へ突撃する加速力は最大に。


 巨躯の壁へ、超音速に達した――刹那、魔槍と竜の双角ドラギッグ・フォーディスが激突音と火花を吐き出しながら交差。

 そのまま巨躯を後方へ弾き飛ばす。


 しかしそこはやはり魔界最強――地より足は離れず、20m以上地面をえぐって突撃をしのぐ。

 唖然とするしかない――今の突撃が何故防げる??


「くくっ……はーーっはっはっは!――いいぞ!これぞ最強の片鱗――ノブナガ様の観察眼はまことであったという訳だっ!」


 頭の上で巨躯の武将が高らかに笑う。

 修練中――それを忘却させられそうな殺気が霧散し、ただ私の突撃を絶賛する。

 ――とうの私はまだ上手く使えない、で激しい消耗と共に崩れ落ちていた。


「レゾン・オルフェス……素晴らしい攻撃であった!確実に初手よりも深い傷――たった一戦でこれとは恐れ入った!」


 ――崩れ落ち息も絶え絶え、それでも思わずバカにしているのかと問いたくなる。

 そんな男ではないのは承知しているが、使い魔と二人でやっと全力――届いた攻撃は鎧の傷のみ――この成果で深い傷だと?


 流石にバカにするなと眉をひそめて、恨めしそうに見上げてしまった。


「――その様な顔をするでない。今のは紛れもない賞賛だ――という事で今回の肩慣らしは引き分けとしよう……!」


 ――引き分け――こんな引き分けがあるかと反論しようとするも、体力が限界の壁をノックする。


マスターっ!」


 意識が飛びかけ、使い魔との魔力接続が自然に解除される。

 慌てたブラックファイアが黒竜の鎧ブラックドラゴン・インフェルノからの姿へ戻り、私を抱きとめた。


「その小さき身体でこれだけの修練――まだ始まったばかりだ、今はゆっくり休むがよい。」


「……まだ……修練……中だぞ。……睡……眠に許された時間……は――」


 完全に力を使いすぎた――意識が朦朧もうろうとする。

 本気で吸血したいと間違いを犯しそうなほどに。


「案ずるな、小さき戦士よ。この私との一騎打ちに望んでくれたそなたに、今の状態で奇襲をかける様なやからを――それがしがただですますと思うか?」


 ――そうだな。

 この男の義の厚さを考慮すれば、それは地獄に自ら足を踏み入れる様なもの。

 その様なバカを犯すのはよっぽど命知らずか、敵対存在――


 私の意識が朦朧もうろうとする中――気配も気取れぬほど消耗した自分に飛来する謎の影。

 まさかその地獄に、自ら飛び込むバカがいるとは予想だにしなかった。


 巨躯はすでにその影に気付き、私を覆う盾の様にそびえ立つ。

 直後――私に向けていた清々しい大物武将の豪快な笑みが一転――謎の影を刺し殺す勢いの形相で、魔界の大気が震えるほどの魔霊力を放つ。


「聞こえる様に声を発したが――まさか、今のそれがしの言葉が聞こえなんだとでも言うつもりか?」


 襲う影の強襲――私を狙っていたのだろうが、壁となった巨躯の武将が邪魔と言わんばかりに目標を変更。

 4本の触手が、鋭利な牙を刺突する剣に変化させ、呂布りょふへ降り注ぐ。


「ぬううんっ!!」


 巨躯から繰り出される魔槍の一撃が薙ぎ――強襲者が舌打ちと共に後方へ飛んで体勢を立て直す。


「申し訳ないが、オレはその娘に用がある。我が主となろうお方にとって、地球より沸いて出た下等な吸血鬼の存在はあってはならない!」


 体躯は男性としては小柄、特徴的なのは背中より伸びる4本の触手。

 白髪は腰まで伸び、切れ長の眼は狡猾こうかつさを想像させる。

 飾り気のない白いローブは上下分割、袖はないが足元は引きずる様なサイズ。


 あくまで私を標的にしここに現れた男。

 朦朧もうろうとした意識の中感じる、同種族の魔法力マジェクトロン

 こいつは吸血鬼……なのか?


 その思考が頭に過ぎると同じタイミング――巨躯の武将から眼が覚める様な怒気が放たれる。


「――それがしに一撃を見舞う事も夢ではない、素晴らしき才を持つ戦士を……下等だと?」


 巨躯の武将の怒りは、自分が認めた私の才能を侮辱ぶじょくされたからか。

 この義の厚さ――敵に回せばとてつもない恐ろしさに変貌するな。


 ――それほどの怒気に当てられながらもたじろがない、触手を持つ吸血鬼らしき者。


「その程度の怒気ならば、亡き王――白魔王シュウ様からいつも浴びせられていた!どうという事はない!」


 ――待て……今なんと言った。


「……シュウ……?」


 朦朧もうろうとする中でもその言葉には思わず反応した。

 まさか、あの魔王の配下か何かか?


『そこまでです!下がりなさい、ファンタジア!!』


 さらに事態が一転する。

 今だ使い魔に支えられ、空を仰ぐ形の私の目に映る巨大なコウモリ――いや、それは機械的な骨格。

 これは機動兵器の類か?――と疑問を薄れ始めた意識の中で反復しだした時、その機動兵装からまた新たな来訪者が現れる。


「よ……夜魏都よぎと!?……これには訳が――」


「言い訳は後です!あなたでは事態がこじれます、すぐに下がりなさい!」


 機動兵装のコックピットらしき箇所、ハッチが開き現れたのは女性。

 切れ長な眼に、ややキツめだが理知的なイメージ――その割にはどこか優しさを秘めたローブをまとう長身女性が、仲間とおぼしき触手の吸血鬼を下がらせる。


「私の名は夜魏都よぎと――この度は我が同胞が先走り、無用の戦闘をけしかけた事をお詫び申し上げます。我らは今は亡き【ネツァク】の魔王――白魔王シュウ様に仕えし四大真祖、吸血鬼の一族にございます。」


 やはり聞き間違いではなかった。

 なんとも私は、あの魔王と因縁が深い様だ。


 その間も夜魏都よぎとと名乗った吸血鬼は続ける。

 ――後に続く言葉は、正直耳を疑う事態の幕明けとなるが……。


「勝手ではありますが、今回の襲撃をなかった物としていただければ、後日――正式に決闘を申し込む所存にございます。【帝魔統法】にのっとり、吸血鬼レゾン・オルフェスに対する魔界受け入れ拒否を上告――反論決闘を宣言させて頂きます!」



****



 【マリクト】内への侵入者あり――レゾン・オルフェス強襲未遂と、その後に宣言した反論決闘。

 武将呂布りょふより耳にしたこれらの事態に、を感じた魔王ノブナガは、速やかな伝令と共に【マリクト】へ戒厳令とともに厳戒態勢を取った。


 それは四大真祖――かの白魔王シュウの配下が、反論決闘を宣言した事に対する物ではない。

 反論決闘とは【帝魔統法】――魔界を統治する上での絶対の法律。

 対象が法で認められるも魔界にそぐわぬと意を唱えた者があれば、法にのっとって正々堂々と決闘の上勝敗で事を解決する、魔界ならではの法律。


 問題はそこに介入した、魔界の法を根底から無き物にしようとする謎の存在。


「――という事で、呂布りょふとレゾン様が修練中にあの周辺を警戒していた。まああの不審者はそれ以降現れてはいないが。」


 首都【オワリ】の居城【キヨス】の一室――金属製のふすま越しにノブナガへ事の顛末てんまつを伝える影。

 軽装鎧にあごが隠れる様にえりを巻く、特殊な武具を兼ねた布。

 額の右から左にかけ、大きく立ち上げる髪。

 筋肉質な細身の体躯が、腕組みしながら壁を背にしてノブナガとやり取りする。


「左様か。――お主が先だって情報を得ておいてくれたおかげじゃ。戒厳令も速やかに運んだ――感謝するぞ、魄邪軌はくじゃきよ。」


「お安い御用だ、あんたが教えてくれた《忍び》という役――存外オレにはしょうに合う。」


 魔王ノブナガより信頼厚いこの魔族。

 魄邪軌はくじゃきと呼ばれた――ノブナガより《忍び》の使命を承りし者。

 彼は魔王ノブナガが目指した魔界での天下布武を、最強の武将呂布 奉先りょふ ほうせんと共に支えた――ノブナガ軍古参にして、最強をうたう二大武将の一人。


 呂布りょふと同じく、魔王ノブナガの比類無きカリスマに魔界の魔人族である。

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