2話―3 真紅の突撃 戦乙女形態



「そなたも食事を済ませたとは言え、万全ではないだろう。今回は肩慣らし――この戦いを、今後の己に必要な物を見極める手立てにするが良い。」


 ノブナガ軍最強を誇る武将【呂布 奉先りょふ ほうせん】――この男との修練には一切の手抜きなど許されない。

 一瞬の気の緩みも見逃さず、叩き伏せられるのは明白。

 肩慣らしとは言ってくれる――いざ対峙すれば、自分の戦い方のいずれをってしても敵う手段がない現実にうなされそうだ。


 与えられた家屋かおくより1kmほど離れた、障害物も見当たらない荒野。

 そこをと称した手合わせの場とした。

 本気のこの武将を相手にしていたら、家屋かおくが巻き添えを食らい兼ねない。

 密かに気に入っているのもあるが、を壊してはノブナガにどやされそうで嫌だ……。


「分かった。この戦いで得られる物があるなら、どんな些細ささいな物でも得るとしよう。」


 自分で承諾した手合わせ――下がる道など無い、ただ前に進むだけ。

 その気迫にて、眼前にそびえるあまりにも巨大な壁をにらみ――せめて先手は頂こうと身構える。

 それを受ける巨大な壁は防御などしない。

 あなどりなどではない――甘んじて初手をくれてやろうという態度に、いきなり押し掛けた侘びと言わんばかりの謝罪が表れている。


 つくづく義にあふれた武将だな。

 これは本気でこの男から学ばなければならない――私の真価を輝かせる手段を。


「では――いくぞっ!!」


 爪状魔力刃マギウス・クロウラーを双に構え、突撃を敢行する。

 地球での戦いの中、無謀な突撃は両刃もろはの剣と学んだ――が、相手は初手を差し出す構えである。

 ならせめて一撃を決め、そこから得られる手答えをキッカケに修練のかてにしよう――学ぶ思考を刃に乗せて巨躯の男へ亜音速で肉薄した。


 衝突音――金属と金属がかち合う、高周波の様な強烈な響き。

 さむらい大将呂布りょふは防御として魔界製の魔導甲冑を頭から胴――腰をて両手両足を守る重戦士を連想させる出で立ち。

 その腹部へ爪状魔力刃マギウス・クロウラーを振り抜き一撃を見舞った――はずである。


「――冗談……だろ……!?」


 私の攻撃は確実にふところとらえていた。

 だがそこにかすかな亀裂が入るも、さむらい大将からすれば蚊が刺したほど。


 弾かれるだろう――それ所ではない、鎧表面飛び石レベルのかすり傷に絶望的な戦力差を覚悟した。


「……全力で願おうか……!」


 巨躯である男が頭の上から、ズンッ!と見下ろす――それは不満に満ちた表情。

 呂布りょふが私に差し出した課題――それを履き違えた事を悟った時、私の腕ほどもあろう槍の柄が深々とめり込み――


「――ゴフッ!!?」


 空を切る音が音速に達する勢いの魔槍――呂布りょふによる一撃が私の身体を、打ち出した砲弾のごとく切り立った岩肌に叩きつける。


「――っ!!?」


 声にならぬうめき――激痛が全身を引き裂く。

 叩きつけられた時点で内臓が二、三と一部骨がイカれた鈍い音。

 裂けた血管よりあふれる血液がのどから逆流する。


 肩慣らし段階でこの容赦無さ――これは、吸血鬼の再生力も含めた修練である事を確信した。


 ひらりと巨躯に似合わぬ軽やかさで飛び、クレーター状にえぐられた中心で、激痛にのたまう私の前に降り立つ呂布りょふ


「――申したはずだ……赤子の様にひねって終わりと……!」


 ――完全に意図を読み違えた。

 私が、一人で意固地いこじになった所で敵うはずも無い相手――そんな相手と相対する手段、すでに自分で見出していたはずだ。


 一人で敵わぬなら力を借りればいい――


「――ごほっ!……くっ、とんだ思い上がり……だったよ……!」


 岩肌より落ちる様に体勢をかろうじて整え――すでに始まる体組織再生を魔法力マジェクトロンで補いながら、力を借りるべき者へ声を張り上げる。


「ブラックファイアっっ!!私はこのさむらい大将に歯が立たない――力を貸してくれっっ!!」


 待ち望んだ呼びかけに、量子体を顕現けんげんさせる我が使い魔。

 ここの所、執拗しつようにお節介を焼くほど遠慮のなくなっていたも、この一騎打ちは最初から傍観ぼうかんしていた。

 私がさむらい大将の意図に気付くまで――待っていてくれた。


 やはり私にとっての使い魔は、無くてはならない存在――だからこそ、敵わぬ相手に勝利するために力を借りるのだ。


「ハイ!我がマスター――今ある全力……あなたの現状で最強を、この義を通す男へぶつけましょう!」


 使い魔の言う現状における最強――地球では共に戦うのがやっとだった。

 だが今なら、それ以上も可能な力を内に感じている。

 その手段――どの様な形で力として顕現けんげんすれば良いか、それは大切な友人が教えてくれた。


「ああ!行くぞ――超振動ヴィヴラス魔導印マギウス炎竜帝ブラディウス……――」


 魔量子立体魔法陣マガ・クオント・シェイル・サーキュレーダーを展開、使い魔の存在が量子的に私の身体を包んでいく。


魔法少女マガ・スペリオル・メイデンシステム――制限解除!戦乙女形態ヴァルキュリア・モード!!」


 私が使用する魔法少女マガ・スペリオル・メイデンシステムの制限については、元々自分より遥かに強大な力を持つブラックファイアが、システムに制約を掛けていた。

 充分に力を使いこなせない――時には暴走していた私が力に飲まれぬ様、どんな時も絶妙な魔法力マジェクトロン配分で制御を行っていた使い魔。


 故に地球で、二人が魔法力マジェクトロン共に分離しながら戦闘していた際は、自分の防御がやっとの半端な力しか運用出来なかった。


 けれど今なら――いや、今発動せずして何とする。

 これが私の最強なら、この力を修練し物にすればいいではないか。

 きっと、このさむらい大将が望む肩慣らしとはだ。


戦乙女ヴァルキュリア――煉獄黒帝竜ブラックドラゴン・インフェルノ!!」


 私の身体に半物質化する、黒竜のうろこを形取るショルダーガード――竜爪、そして竜の牙をまとうかのごとき腕部・脚部に装着される、推進システムを組み込む魔導鎧。


 竜麟りゅうりんより形成された真紅のマントに背部――大型推進器内臓の魔導式竜翼。

 各所の真紅に輝く装飾は、魔法力マジェクトロン共振増幅装置オーヴァ・レゾナンサー


 ――これが今の私の最強――


 その力の顕現けんげんを前に、不敵な笑みと共に喜びをあらわにするノブナガ軍最強の武将。


「――そう!……それが見たかったのだ……!」


 鎧の全てをまといきり、武装をさらに顕現けんげんさせる。

 爪状魔力刃マギウス・クロウラーを大型化し、硬度と攻撃に用いる魔法力マジェクトロンを大幅に増幅した魔竜双衝角ドラギック・フォーディス


 竜の双角そうかく――刺突の構え。

 初お披露目でどれほど扱えるかは分からないが――今のうちに利点と欠点を洗い出し、修練終了までに使いこなす。


 その覚悟を構えに乗せ――各部スラスターを起動。

 全力のとなり、最強の男を強襲する。



****



 魔界修練という試練の中、吸血鬼の少女が放つ魔法力マジェクトロンが極端な増大を見せる中――今修練場となっている荒野より数キロ離れた、【マリクト】界を横断する街道の中腹、偽りの森林にひそむ二機の魔導兵装。


 待機する姿は大型のコウモリを思わすそれら――四大真祖の乗機【マガ・バットラウド】。

 今まさに修練の場に向かい、吸血鬼の動向に対した偵察を目的とする。

 後に訪れる機を逃さぬための偵察である。


「――おかしい。先だって偵察に向かったはずのファンタジアから報告がない……。」


 四大真祖の紅一点。

 切れ上がった目つきに、理知的な思考――キツめの印象に反する様な、穏やかさと凛々しさを兼ね備えた長身の女性。

 長くはないが、肩まである紫色の髪は自然に流れるストレート。


 紅一点――夜魏都よぎとは共に訪れた独断先行と、いかんせん短絡的な獣の思考で動く同胞、触手を宿す魔獣系吸血鬼のファンタジアからの連絡がない事に不安を覚える。

 魔導兵装【マガ・バットラウド】のモニターを注視しながら、羽織る魔導製の防護コートのまま腕組みし眉をしかめる。


 他の仲間も不安に駆られるほど短絡的思考ではある――が、それは王女ヴィーナが絡んだ場合、崇拝のあまり湧き出る感情が操作出来ない故。

 だからこそ、必要以上に押さえ込まず――ほどよく感情を解き放たせるため、あえて単独で接近しての偵察を指示していた。


 【帝魔統法】上では保護観察対象への直接的な戦闘は厳禁であるが、相手を見定めるための情報収集に関しては、制限付きで法への抵触はないとしている。


「あからさまな戦闘に発展していれば、モニターでも状況が確認出来るはず――」


 ――彼女が想定した状況は最悪のケース、万が一そうなる前に自分が制止に入らねばならない。

 最悪のケース――それはすなわち、四大真祖全員はおろか王女ヴィーナが罪人として法廷で裁きを受けると言う、一番望まぬ形。

 そうなってはあの魔王シュウが治めた【ネツァク】は、導師ギュアネスを初め罪人ばかり輩出はいしゅつするという、魔界の歴史上極めて深刻な事態へと導かれる。


 最凶であったが、魔界での誇りは誰よりも高かった魔王の名声と【ネツァク】の名――そして今、そこに君臨するに相応しい素養を持つ王女ヴィーナの尊厳を――御心おこころを守護するため、早急な事態確認へ向かう。


「ファンタジア……事を焦らないで下さいよ……!」


 コウモリが翼を広げる様に、魔導兵装【マガ・バットラウド】の一機が浮上――そのまま光学的な視界から、光を屈折――魔導式ステルス状態へ移行し周囲探索へ飛ぶ。



****



 鬱蒼うっそうとした森林を抜け吸血鬼が修練を積むために向かった荒野――そこへ着いているはずの四大真祖の一人、触手を宿す魔獣系吸血鬼に想定しない存在との交渉が発生していた。


「――ええ、その通りです。【帝魔統法】に抵触しない手段――私が講じて差し上げようと言っているのです。」


 それは森林の中、一際高い大木に立ち言葉を降らす様に語りかける。

 言葉を浴びせられているのは4本の触手が背中より生える魔獣系吸血鬼ファンタジア。

 彼の短絡的な思考は、目の前に突如として現れた者が不審である――その認識を王女を救うためによい手段がある、その言葉でかき消され現状に至っていた。


「ほ……本当か……!お前が策を立てれば、法に触れずにヴィーナ様を【ネツァク】の王にする事が叶うのだな・・!?」


 地球であれば、最早ちまたに出回る悪徳商法レベルの言い回し――しかし、猪突猛進・短絡思考の触手吸血鬼には抜群の効果が発揮される。

 森に溶け込む様な魔導製と思しきローブ――口元だけをあらわにし一体式のフードを深々とかぶる、短絡思考の吸血鬼との交渉に望む不審極まりない男か女か分からぬ者。


 この誰もが想定していなかった横槍の様な介入――おどらされた触手吸血鬼は、その身のまま厳命された偵察の事など明後日の方向へ吹き飛ばされ、王女の邪魔者――赤き吸血鬼がいる荒野へ駆ける。


「――相変わらず単細胞な吸血鬼だ……。やはり四大真祖を操るのは、容易であったな……。」


 交渉に選んだ触手吸血鬼を、まるで古くから知る様な口ぶり。

 森林を抜ける一時の強風が不審者のフードをなぎ払う。

 それと同時に、銀とも白とも取れる髪がフードと共に後方に走った。

 現れたのは女性――その顔、両の頬に魔術式タトゥーが刻まれた姿。


 だが――生命としての息吹いぶきが一切感じられない、まるで死人の様な肌色。

 再びフードをかぶりなおし、風を巻いて忽然こつぜんと姿を消す不審者――その者が居たはずの木々、そこから腐敗し生命ならざる力が周囲を食らい尽くしていた。


 ――それはまるで負の極限、【オロチ】に浸蝕されたかの様な――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る