2話―2 ネツァク四大真祖



「ご安心召されよ、我は座して待つ故。」


 与えられた家屋かおくへ突如として訪れた、ノブナガ軍最強の武将。

 体躯は2m近く――しかし堂々たる姿のせいで、私の倍以上ある様な錯覚を覚える。

 しかしこの男、正々堂々の中に義を通す信念。

 私の体力が回復しきっていないのを見越すや、最低限食事を取るだけの時間を座して待つと言う。


 むしろその時間を貰えただけでもありがたいが――いきなりこの男が訪問した経緯に興味が沸き、食事の後少しの質問の時間を設ける。


「ここに来た理由は問うまでもないが――何故この様なタイミングで?――まだ私は、そちらが望むほどの力を得ているとは言い難いと思うのだが?」


 巨躯の武将もまた、少しばかり話をと感じていたのかこころよく返答してくれる。


「確かに――今のそなたは赤子の手をひねるようなもの。足元にも及ばぬな……。」


 言い切られたか……。

 事実であるが悔しさは拭えんな。


「しかしながら、地球より来たりし者は下等と胡坐あぐらをかいていると、泣きを見るのは経験済みだ。――それがしが、あのノブナガ公に仕えているのがその証拠。」


「無論己が、地球からの転生者である事も踏まえてであるが――まさか戦わずしてひれ伏せられるとは、思うても見なかったがな……!」


 大きな手のひらがパンッ!と組んだ足を打ち、悔しさとも清々すがすがしさともとれる豪快な笑顔で語る巨躯の武将。


 ――ちょっと待て!?地球からの云々うんぬんはさて置き、戦わずして……だと?

 只でさえ破天荒と思っていたあの魔王――本当に【マリクト】に収まる器か!?

 ともすれば魔界の覇権を、あの魔神帝と争ってもおかしくはないんじゃないか?


 魔界に来てこちら、強さの常識が崩壊し――すでに正常な判断が出来なくなっていた。

 常識を超音速でぶっちぎる会話内容に、頭を抱えながら正状を保とうと努力する私に、巨躯の男は言葉を続ける。


「――これはノブナガ公に仕えて、二年余りの経験より導き出した答え――切り取った瞬間ではその者の強さの現在は計れても、そこまでに歩んだ成長過程――そしてそこからの成長速度を知る事は出来ぬと言う事実。」


「それを知るために――まずは肩慣らしとして、そなたと一騎打ちの前哨戦をと思ってな?」


 ――よく聞き取れなかった。

 赤子の手をひねる様に倒される私と一騎打ち……?

 抱えた頭が鉛の様に重くなるのを感じた――けど――


「テセラも、ミネルバ様も――そしてあの魔王ノブナガも……この魔界はいい加減常識が通じない者ばかり。――分かった、あなたの申し出……こころよくお受けする。」


 そう――この世界に常識が通じないならば、自分の可能性もまた――常識の中にいては開かない。

 どうやら己の中にも、常識では測れない何かが存在しているのかも知れない。

 呂布りょふと名乗る、ノブナガ軍最強の武将と一戦交える事に――したる抵抗も浮かばなかった。


 私の同意を聞いた巨躯の男――静かに目を閉じ、そして見開く。

 何かを悟った様な視線が私に突き刺さり――


かたじけない――では、早速手合わせの準備と参ろうか!」


 突如として訪れたノブナガ軍最強の男。

 修練一週間を越えた程度の未熟な私は、予想だにしなかった恐ろしき強敵との一騎打ちを〈修練の一環〉として行う事と相成った。



****



 美の世界ティフェレトは王都の外れ――人里離れた豪華な王族専用の屋敷。

 ヴァルナグス第三王女が、よく足を運ぶ事で知られていた。

 下々しもじもとの交流を理由に彼女が訪れるのは、とある関係の深い者達との密会のためであった。


「ごきげんよう、真祖様方。事の首尾はどうなっておられますか?」


「はい、すぐには動けませんが――今、夜魏都よぎと及びファンタジアが吸血鬼の元へ偵察に向かっております。」


 元々魔王ミネルバの命により立てられた屋敷は、王都と共通の芸術的な装飾が並ぶ部屋の数々。

 その一室、第三王女であるヴィーナが客人を持て成すための部屋――中央の椅子に腰掛ける王女にかしこまる、王女の三倍はあろう背丈の男。


「あのファンタジアが大人しくしている保障はありませんが――夜魏都よぎとがついていれば大事にはならんでしょう。」


 王女後方で大剣を携えた、褐色の肌に白に近い銀髪を逆立たせた男――単独行動に不安が残る同胞にやれやれといった表情で、もう一人の同胞の活躍を祈る。


わたくしは一刻も早く、お姉様方との暖かな日々を手に入れたくございます。そのためにもあの吸血鬼――地上からやって来た下級魔族が邪魔なのです。」


 真祖と言われた者達へ、部屋の窓から外を眺めながら訴える第三王女――その口調は努めて穏やかである。

 しかし窓に映る王女の瞳――そこに光など無く、地獄のふちのぞいた様な深淵しんえんを宿している。


おおせのままに。――そのために必要な機をうかがっております。ですから、何卒なにとぞ――今しばらくのご辛抱を――」


 真祖の一人――王女の三倍もあろう巨躯の男が、王女ヴィーナの心を傷つけぬ様――平にかしこまり、今しばらくと気持ちを制す。


「――分かりました。全てはお任せしますので、よしなに――」


 何とか御心に歯止めを掛けられたか――そんな思いの真祖二人は、王女へ深く一礼したのち部屋を退出した。


 直後――壁に反響する薄く脆き破砕音。

 全てを任せた協力者、真祖が退出して程なく――第三王女だけ残された部屋。

 窓の前にいたヴィーナが、傍のテーブルにあったグラスを叩き落としていた――


「――あの様な者が、アノヨウナモノガイルカラ――ワタクシハ――!!」


 黒き深淵しんえん彷徨さまよう光無き瞳――沸き上がる嫉妬の炎が、本来なら愛くるしさが咲きそうな幼い顔立ち――その目元に、見開いた瞳で出来た幾つものシワが浮かぶ。

 ギリッ!ときしむ歯は嫉妬という狂気を物語る。


 ――嫉妬に狂う王女が映る窓、ささやかな刺繍ししゅうが施された袖なしワンピースの襟元えりもとに、ほんの一瞬見えた飾り――

 ――に似た装飾がきらめきを反射させ、再び彼女の胸元に消えて行った。





「このままではヴィーナ様の御心おこころが壊れてしまう……!」


 王族専用のお屋敷から少し離れた、真祖が隠れ家にする山間の――王族の物より小さな屋敷で彼らは王女の周辺護衛を行っていた。


 彼らは現在、魔王が消滅してしまった王都【ネツァク】再建のため飛び回る――魔王シュウに次ぐ実力者達【ネツァク四大真祖】である。

 真祖らは王女ヴィーナを、とある事情により護衛を買って出るほど心酔していた。


「――分かっている。だが我等は王都再建という名目がある。――故に、【帝魔統法】に抵触する行いだけは避けねばならぬ……。」


 【帝魔統法】とは魔界を治める法律の事で、【魔神帝ルシファー】が名だたる魔王を召集し、取り決めた魔界で唯一の統治法である。

 しかしながら、正物質界――地球における人類が定める法律・規律と比べても、極めて簡素な統治法だ。


 魔族という種の特徴を考慮し、全般的に力技や強引な取り決めが目立つ内容だが、魔界に秩序をもたらすのに非常に貢献している。

 その一方、統治法に違反した場合は最下層である【マリクト】に流刑されるか、必要以上に反抗を続けるようであれば、存在の浄化処分という極刑が待つ。


 秩序を乱し【帝魔統法】に違反した魔族は、それらを裁判に掛ける事が出来る者――【ゲブラー】を治める峻厳の魔王【アーナダラス】、魔界で唯一の司法権を持つその魔王により裁かれる。


「現在あの吸血鬼は、ミネルバ様――そして魔王ノブナガ両魔王の観察保護下にあるといって良い。さらには吸血鬼レゾンは修練のため【マリクト】におもむいているというが、その後には正式な認可の元、魔界居住は確定するだろう――」


 魔界においての法律は、地球の法にはない独特さを有す。

 法において魔界に居住する事を許された者であっても、それに対し他の魔族が共存に反意を唱えられる場合がある。

 反意を唱えた者と、反意を突きつけられた者は闘争による解決が許可される。

 魔王――若しくは、それに匹敵する地位の上位魔族にての闘争による解決のみ有効と【帝魔統法】に記される。

 しかし、各世界の魔王等の観察保護を受けている魔族を、闘争の対象にする――また明らかに義に反する行いを以って戦闘を仕掛けた場合は、統治法に抵触――反意を唱えた者が罰せられる。


 魔界に古来から続いている弱肉強食の真理を、不義なく純粋に法律として制定する事に成功したのが【帝魔統法】と言われている。


「まずはあのレゾンという吸血鬼――修練とやらの直後なら、恐らく観察保護の対象から外れよう……。そこへ改めて【帝魔統法】の規則にのっとり闘争を宣言した上で奴を排除――ヴィーナ様の御心おこころに安寧をもたらすのだ……!」


 四大真祖と言われる者達が口にする、王都【ネツァク】の再建――正統な手段で事を解決せねば、場合によっては自分達は愚か王女まで罪人として裁かれる。

 そのために、雌伏しふくの時を耐えて過ごしているのであろう。


 彼らは吸血鬼一族でも、あの魔王シュウに匹敵する猛者である。

 それが王女ヴィーナに心酔し――そのために全てを捧げている様に見える。


「そして――シュウ様亡き【ネツァク】に君臨するに相応しいのは――底知れぬ吸血鬼の器を持つヴィーナ様をおいて他にない……!」


「……ああその通りだ!断じて地球から突如呼び寄せられた、出来損ないの半端者吸血鬼等ではないさ……!」


 心酔する王女を吸血鬼の――【ネツァク】の王へ押し上げるため――四大真祖、巨躯の機械半身を持つボーマン・アルアノイド――褐色の肌に白銀の髪を逆立てるケイオス・ハーンは、現在偵察に出向く仲間の思いと共に――その切なる野望を誓い合っていた。

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