―真紅の突撃―

 2話―1 ノブナガ軍 侍大将 呂布 



「勝負形式は一切問わぬ。特訓という事は全軍に通達済みじゃ。」


 最初は正気かと、耳を疑いました。


「許される時間以外は全て――修練の時間と心せよ!」


 しかし我が主君の表情――ああ、これは本気で楽しもうとしている時の顔だ……。

 私も戦国時代を駆け巡ったおりは、この顔に引っ掻き回された覚えが蘇ります。


 時は巡り――彼女の可能性、我が同胞であったあの羽柴秀吉が豊臣の名を頂き、天下を統一したあの男にも似た――レゾン・オルフェスという吸血鬼の未知なる可能性を心底楽しんでいる。


「三ヶ月の間が全て修練の時間とは――流石にあのレゾン様でも……。」


「……お主の目は節穴か……。あの娘の眼――あれほど真っ直ぐな意志をたたえた表情は、あのサル以来じゃ!」


 ――娘子を捕まえて、サル(秀吉)と比較するのはどうかと思いますが……(汗)


 【キヨス】城の一室――主君に関係のある人物しか入れぬ部屋にて、あの吸血鬼についての情報整理と、最終的な修練基準の裁定をいかにするかを話し合う。


「――ともあれミツヒデよ、お主は聞いたか?ワシは、とは言った。――じゃがあの娘、あろう事かと豪語しおったぞ!」


 ――ええ、そもそもノブナガ様がけしかけましたからね(汗)けどまさか、向こうが真っ向からそれを飲むとは思いませんでしたが……。


「全軍がそれぞれに時間差による襲撃、そこまでは良いですが――」


 主君へ修練の中、重要な点を確認しようとした時――部屋の外に気配を感じ、来ましたとノブナガ様に目配せする。


「お呼びに預かり――呂布りょふ、推参致しました。」


「うむ、入るが良い。」


 【キヨス】城一室の引き戸を開けて、挨拶のため座した男が立ち上がる。

 堂々たる体躯は2m近くあり、引き戸をくぐるのに少し頭を屈めるわずらわしさが想像に難くない。

 その男――名を呂布 奉先りょふ ほうせんと呼ぶ。

 なんとこの男、我らと同じ地球よりの――しかも日の本の戦国時代よりも古い時代、大陸の国より転生した者だ。


 我々よりもはるか前にこの魔界で目覚め、かつて彼が戦った三国時代そのままに、この世界での武門最強の座を会得していた。

 現状ノブナガ軍において、武門での最強の一角を成し――日の本の文化を受け入れさむらい大将を名乗る。


「粗方の話は聞いておろう――今回あの吸血鬼の娘が修練するにおいて、やはりお主が最大の壁となる。」


「存じ上げております。」


 【マリクト】の地にて天下布武を成し遂げるため、ノブナガ様と自分――二人の戦力分析をした結果、明らかにその達成に弊害となる事態。

 我々は、他の魔族の様な強力な魔法力マジェクトロンをほぼ持たずに転生した――という事実であった。


 その事態を早急に解決するべく――当時すでに最強の名を欲しいままにしていたこの男と、もう一人ノブナガ軍において重要な戦力を担う者を、何においても傘下に収める必要があった。


「――時に殿、今回はその娘にどの様な悪戯いたずらを仕掛けたのですか?」


 思わず主君と顔を見合わせ苦笑する。

 配下にまで見抜かれているな――無理もない。

 力も無い、名もない、存在価値すら危うかった当時のノブナガ勢力は、ノブナガ様と自分ミツヒデの二人――それが魔界武門で最強を誇る男を傘下にする手段。


 それは彼が悪戯いたずらと形容した〈知略と策略〉――魔界の誇り高き種族の義を重んじる信念を利用し、もう一人の魔族(現配下の武将)との果たし合いへ誘う。

 そこに策略を張り巡らせ、我らは一切手を出すことなく彼をひれ伏させた、言わば漁夫の利を得たのだ。


「お主も人が悪いのぉ。ワシが何もかも知略策略ばかりで、事を操作しておる様な物言いをしおってから……!」


 しましたけどね実際(汗)


「――ワシなりに考えておったのじゃ……。大恩ありしミネルバ卿――あのお方へいったいどの様な恩の返し方があるかを。そこに現れたのが、あの吸血鬼――レゾン・オルフェスじゃ。」


 激しく同意の念を覚える――転生して名も無き頃、我らはいつ他の魔族の餌食になってもおかしくない状況。

 その中にあって――後の天下布武への布石となった、魔王ミネルバ卿の技術的な全面支援。

 後から聞いた話では、万一日の本からの転生者が現れたら協力の意志を惜しまぬ様――この魔界全体を統括する、あの【魔神帝ルシファー】卿から指示を受けていたらしい。


 かく言うミネルバ卿と、この世界における神格存在――【観測者】であるルシファー卿は旧知の仲。

 その上、地球の数十年前に起きた【堕ちた魔王事変】の際、日の本の子孫がルシファー卿の兄弟とも言える存在――【オロチ】に飲まれた、破壊と再生を司る【魔王ヴェルゼビュード】の魂を救済した。


 それがキッカケとなり、ルシファー卿は地球――その中でも日の本に絶大なる信頼に基づいた、友好の意を向けてくれる。


 発端ほったんは我らが子孫――その信頼が、この度の地球と魔界滅亡を回避する決め手となり――そして今度は、魔界勢に我等が協力の意を示す。

 持ちつ持たれつ――人の和が世界を構成する基盤となる。

 それもまた、我等が故郷日の本が伝統として受け継ぐなのかも知れない。


呂布りょふよ――吸血鬼の娘レゾンのその内には、希望を託した者魔王シュウと、その祖先であるあの魔界最強とうたわれた【竜魔王ブラド】の血脈が息づいておる――」


 見開く巨躯の配下の双眸そうぼうに――ゾクリと魂が鼓動したのを感じた。

 ああ、またノブナガ様が得意のけしかけ を始めた――

 眼前の巨躯の武将もそれを理解している――だが、己が内の舞い躍る戦士の魂を押さえる事は最早出来ないだろう。


「――なんと……申された……!あの――最強の魔王、最強の不死王ノーライフキング――【竜魔王ブラド】……!――っとと、殿よ……またしてもそれがしにかけようとしておりますな……。」


「カカッ!――見抜かれたか……。やはりこの手は所見にしか通じんのぉ~――じゃが、今回はお主の腕を見越して頼みたいのじゃ……!」


 今ではそれ程違和感は無くなった――けれど、我が主君ノブナガ公が他人の腕を認め頼み事をする――この様な姿、いったい誰が想像したであろう。

 この魔界は生命の、精神的――肉体的な成長を魔術的に表した世界とされているが、我が主君もこの世界の理念を知らずの内に体現しているのかも知れない。


 ――でなければ、かつてその身を浸蝕した【オロチ】をほふる事等も叶うはずはないのだから――


「我が軍武門最強である……呂布りょふ。お主にあの娘――レゾンが最後に越える壁として立ちはだかり、戦い方と力の本質をさとしてやって欲しい。」


 最早この【マリクト】において、不動のカリスマによる統制を敷く我が主君。

 ――そのカリスマに、武将が主君たっての依頼に異論を唱えるはずも無い。


「――委細承知……殿の思いに答えてみせましょう。あの最強の血統に連なる者の成長にたずさわれる――これはそれがしにとっても、多大なる名誉。望む所であります!」


 かくして、吸血鬼レゾンの【マリクト】における修練――最後の相手は、現時点魔界の武門最強とうたわれる魔人――呂布 奉先りょふ ほうせん が努める事となる。



****



 修練開始から一週間弱が過ぎた頃、すでに身体が悲鳴を上げ始めていた。


「……っ!くそ……身体の再生力が追いつかない……!」


 再生――実質殺意を向けられ、殺傷目的ではないとは言え身体のあちらこちらに生傷が後を立たない。

 むしろそれよりも、体内でのダメージ蓄積が身体の再生力を上回り始める事態。


 明らかに、半端者の吸血鬼である弱点が露呈ろていしているとも言える現在。


「――これでまともな睡眠も取れないのは、正直キツイな……。」


 恐らくこの事態を一瞬で解決出来る手段――それは、霊格的に高位の生命体〈人間〉の血液を摂取吸血する事。

 完全に、医療用メディカル・ブラッドで得られるエネルギーでは手に負えない身体しんたい状況。

――それでも――


「全く……吸血鬼が吸血を躊躇ためらっていては、生命の維持すら危ういのだが――」


 後にも先にも、自分が吸血したのはあのみすぼらしい少女のみ。

 魔王シュウの場合は、彼女の残った魔法力とわずかな血を継いだ程度。

 それ以降は、人間と同様の食事で切り詰める毎日だった。

 ――ああ、そのせいでなんだか普通にミネルバ様の料理が美味しいとも思えたのか。


 ノブナガに与えられた和のおもむきが包む家屋かおくの中、一人蓄積したダメージ回復のため、微動だにせず座椅子に腰を下ろしていた時――入り口の扉が開く音、すかさず爪状魔力刃マギウス・クロウラーを構え臨戦態勢に入る。

 もうこんな事を毎日続けているため、物音に敏感になり過ぎ――入ってきた使い魔にまで刃を向けようとしてしまった。


「――レゾン様、お疲れの様ですね。」


「……すまない……ブラックファイア。気が休まる事がなくてな……。」


 盛大に息を吐き――落ちる様に、再び座椅子へ腰を下ろす。

 ――そこへドンッッ!と大量の物が入った容器を差し出す使い魔。


「この魔界で用意できるだけの、医療用メディカル・ブラッドです!レゾン様のために【マリクト】中からかき集めて来ました……!」


マスターは純血を摂取しませんゆえ、医療用でも確実に補給しておいて下さい。でなければこの修練――乗り切れませんよ?」


「……お・おぅ(汗)」


 出来る使い魔――というより、最近こいつはいろいろ遠慮と加減が無くなって来たな(汗)

 まるで世話を焼きたがる友人――テセラがもう一人増えた様な感覚。


 自分で想像した言葉で思い出される――暖かな、友人との日常。

 救われてから毎日の様に共にいた、慈愛の化身の様な少女。


「――テセラは、頑張っているかな?」


 思わず口をついた言葉に、使い魔が苦笑しながらふける思いに水を差しに来る。


マスター――まだ一週間と少しですよ?今テセラ様の事で頭がお花畑になれば、修練中に失態を犯しかねません。――今はつつしんで下さい。」


 使い魔に注された。

 うむ、やはりこいつ遠慮が無くなってきてるな……。

 ――けど思うその立ち位置、いままでは王女のポジションだ。

 私と仲良くしたい――その思いからひたすらに尽くしてくれる、お節介ともいえる行動。


 そう思うと、何だか使い魔のが可愛らしく思えて来た。

 ――決して王女の代わりという訳ではない、この使い魔が尽くしてくれたのは王女よりも遥かに長い期間だから。


「――ありがとうブラックファイア……。いつも、本当に感謝している。」


 その気持ちが思わず使い魔へ放たれ――の髪に触れ優しく撫でる。


「――っ!?ま……マスターっ……!?」


 ん?なんだ?

 ブラックファイアの表情がいつに無く真っ赤だ。

 それにやけにソワソワしだした。

 私とこいつの仲なのに――いったいどうした?


「何かおかしい――」


 そう口にしようとした時――今まで感じた事のない圧力プレッシャーが、魂の根底すら揺るがす勢いで突き抜ける。


 視線がすでに臨戦態勢――使い魔も同じく切り替え、家屋かおく入り口を見る。

――そこには――


「貴女がレゾン・オルフェス――で間違いない様だな。我が名は呂布 奉先りょふ ほうせん ――ノブナガ軍が誇る、武門最強の槍を任せて頂いている者だ……!」


 ――ま……て、待て待てっ!!?

 ノブナガ軍最強!?――その武将がいきなり来るとは聞いていないぞっ!?


 使い魔の注しがなければ、今頃後悔の念に押しつぶされていただろう事態に、私は吹き出す冷たい汗に濡れるしかなかった。

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